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リザの思惑にまんまと乗せられている気がするが、こういう事はさっさと片付けるに越したことはない。
広大な皇室図書館の片隅で、本棚の影に隠れるように蹲るイザベラを見つけた僕は振り返ることなく指示を出した。
「イザベラ嬢の気分が優れないようだから、公爵家まで送ってあげてほしいんだけど――お願いしてもいいかな、ハインリ」
即座に背後から息を詰める音が聞こえた。僕の視線の先にいるイザベラも涙を浮かべた瞳を大きく瞠る。
ややあって、背後からハインリの苦々しい声音が聞こえた。
「殿下、しかし……」
「僕のことは気にしないで。適当に代わりの近衛を呼んで、警護をお願いするよ」
にこっと笑みを添えて僕はハインリにそういった。リザの真似だ。
おそらく、リザはハインリをけしかけるためにわざわざ皇子宮まで足を運んだのだろう。もっとも彼女がどこまでを知っていて、どこからが偶然なのかは分からないが。
(まぁ、少なくとも御年七歳の皇子殿下がこんなふうに二人の背中を押すような真似をするのは予想外だろうな)
イザベラとハインリ。
きっと二人には何かしら込み入った事情があるのだろう。僕はなにも知らないが、たぶん。
ダメ押しのように「くれぐれも丁重にね。イザベラ嬢は僕の友人だから」と言葉を重ねると、ようやく「承知いたしました」という声が背後から聞こえた。そして、ハインリはイザベラをぎこちなく抱き起こし、二人はそのまま遠ざかっていく。彼ららしくもない、上品でもスマートでもない振る舞い。とはいえ、これで事態がより良い方向に向かうのであれば本望だ。
二人の後ろ姿を見送り、肩の力が抜けた。さて、ハインリには代わりの護衛を見繕うと言ったがどうしたものか。とりあえず司書に声を掛けて、誰か近衛を呼んでくれないかお願いしてみようかな。
「イリヤ」
「はーい。どうしたの、ルヴィエ?」
「どういうことだ」
「だよね。長くなりそうだからまずはどこかに座ろうか」
想定通りのルヴィエの反応に僕はくすりと笑って足を踏み出した。念のため、誰もいないところがいい。そう思いながら歩いていると硝子張りの休憩スペースを見つけた。ちょっとした温室のような空間で見通しが良く、周囲に誰もいないことが一目瞭然。燦々と陽光が差している上に可愛らしい花々も飾られているため内緒話をするには明るすぎるくらいの雰囲気だが、後ろ暗い話ではないのでもってこいかもしれない。
ルヴィエを呼び寄せ、椅子を引いて腰掛ける。
「それで、何から聞きたい?」
「……何から聞けばいいか分からない」
「ルヴィエってほんと素直だよね」
ルヴィエの瞳には分かりやすく困惑の色が乗っていた。表情そのものは出会った頃からほとんど変わりないはずなのに、いつからか瞳を覗き込めばルヴィエの考えが分かるようになった気がする。「イリヤ、助けて」とでも言いたげなその眼差しに笑いが込み上げてきた。
僕が笑ったせいだろうか。今度はムッとした視線を感じたので、慌てて口を開いた。
「ふふっ、ごめん。困ってるルヴィエがなんかかわいくて」
「意味がわからない」
「そんな顔しないでよ。はー、それじゃあ話を戻すけどルヴィエはどう思った?さっきのハインリとイザベラのやり取り。何か気づいたこととか、思ったこととかはあった?」
「……ハインリの様子がおかしかった」
「うん。どんなふうに?」
「妙にぎこちなくて、手が震えていた」
「どうしてだと思う?」
「イザベラのことを……警戒していた?」
「あはは、どうしてそうなるの!」
独特なルヴィエの感想にまたしても笑い声を堪えられなくなってしまった。やっぱり、もう少し位はロマンス小説を読む練習をしておいた方がいいのかもしれない。
深紅の表紙を思い浮かべながら、僕はどう説明しようかと考えを巡らせる。
広大な皇室図書館の片隅で、本棚の影に隠れるように蹲るイザベラを見つけた僕は振り返ることなく指示を出した。
「イザベラ嬢の気分が優れないようだから、公爵家まで送ってあげてほしいんだけど――お願いしてもいいかな、ハインリ」
即座に背後から息を詰める音が聞こえた。僕の視線の先にいるイザベラも涙を浮かべた瞳を大きく瞠る。
ややあって、背後からハインリの苦々しい声音が聞こえた。
「殿下、しかし……」
「僕のことは気にしないで。適当に代わりの近衛を呼んで、警護をお願いするよ」
にこっと笑みを添えて僕はハインリにそういった。リザの真似だ。
おそらく、リザはハインリをけしかけるためにわざわざ皇子宮まで足を運んだのだろう。もっとも彼女がどこまでを知っていて、どこからが偶然なのかは分からないが。
(まぁ、少なくとも御年七歳の皇子殿下がこんなふうに二人の背中を押すような真似をするのは予想外だろうな)
イザベラとハインリ。
きっと二人には何かしら込み入った事情があるのだろう。僕はなにも知らないが、たぶん。
ダメ押しのように「くれぐれも丁重にね。イザベラ嬢は僕の友人だから」と言葉を重ねると、ようやく「承知いたしました」という声が背後から聞こえた。そして、ハインリはイザベラをぎこちなく抱き起こし、二人はそのまま遠ざかっていく。彼ららしくもない、上品でもスマートでもない振る舞い。とはいえ、これで事態がより良い方向に向かうのであれば本望だ。
二人の後ろ姿を見送り、肩の力が抜けた。さて、ハインリには代わりの護衛を見繕うと言ったがどうしたものか。とりあえず司書に声を掛けて、誰か近衛を呼んでくれないかお願いしてみようかな。
「イリヤ」
「はーい。どうしたの、ルヴィエ?」
「どういうことだ」
「だよね。長くなりそうだからまずはどこかに座ろうか」
想定通りのルヴィエの反応に僕はくすりと笑って足を踏み出した。念のため、誰もいないところがいい。そう思いながら歩いていると硝子張りの休憩スペースを見つけた。ちょっとした温室のような空間で見通しが良く、周囲に誰もいないことが一目瞭然。燦々と陽光が差している上に可愛らしい花々も飾られているため内緒話をするには明るすぎるくらいの雰囲気だが、後ろ暗い話ではないのでもってこいかもしれない。
ルヴィエを呼び寄せ、椅子を引いて腰掛ける。
「それで、何から聞きたい?」
「……何から聞けばいいか分からない」
「ルヴィエってほんと素直だよね」
ルヴィエの瞳には分かりやすく困惑の色が乗っていた。表情そのものは出会った頃からほとんど変わりないはずなのに、いつからか瞳を覗き込めばルヴィエの考えが分かるようになった気がする。「イリヤ、助けて」とでも言いたげなその眼差しに笑いが込み上げてきた。
僕が笑ったせいだろうか。今度はムッとした視線を感じたので、慌てて口を開いた。
「ふふっ、ごめん。困ってるルヴィエがなんかかわいくて」
「意味がわからない」
「そんな顔しないでよ。はー、それじゃあ話を戻すけどルヴィエはどう思った?さっきのハインリとイザベラのやり取り。何か気づいたこととか、思ったこととかはあった?」
「……ハインリの様子がおかしかった」
「うん。どんなふうに?」
「妙にぎこちなくて、手が震えていた」
「どうしてだと思う?」
「イザベラのことを……警戒していた?」
「あはは、どうしてそうなるの!」
独特なルヴィエの感想にまたしても笑い声を堪えられなくなってしまった。やっぱり、もう少し位はロマンス小説を読む練習をしておいた方がいいのかもしれない。
深紅の表紙を思い浮かべながら、僕はどう説明しようかと考えを巡らせる。
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