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「じゃあ、何か飲み物持ってきてもらってもいい?」

「分かった」

 素直に甘えることにした僕は、飲み物を取りに行くためこちらに背を向けたルヴィエの姿を見送る。といっても、部屋の隅にすでに水差しが用意されていたようでルヴィエはすぐに戻ってきた。

(水差し、二つもある。それにバスケットも。あれはゾラが置いてくれたのかな?)

 僕がそんなことを考えていると、透明なグラスが差し出された。

「これでいい?」

「うん、ありがとう。いただくね」

 そう言って、何も考えずに僕はグラスに口をつけて水を飲もうとしたのだが。

「ーーうっ、何これ!?なんか妙に甘くない!??」

 水だと思って口に含んだ液体はほんのり甘く、かすかにとろみがあった。匂いはほとんどない。
 刺激や異変を感じた訳ではないものの、予想外の味に驚いた僕は念のため、ハンカチを口に当てて急いで吐き出した。

「あ」

 ルヴィエはそう呟くと、すばやくもう一つの水差しから水を注ぎ、改めてグラスを持ってきてくれた。 

「こっちはたぶん水」

「げほっ……ありがと……」

「それはたぶんベルサラ」

「ベルサラ?」

「樹液」

「じゅ……!?」

「身体に良い」

 口直しに飲んだ水をあわや吹き出すところだった。
 ルヴィエの落ち着いた様子を見るに、少なくとも毒ではないらしい。でも、なんでそんなものがここに。そう思っていたら、辿々しくもルヴィエが説明してくれた。
 どうやら皇帝からの見舞いの品らしい。というか僕が意識を失う直前、シュヴァルツが注いでいた水差しを「これ、目が覚めたらイリヤに飲ませてあげて」と皇帝がそのまま置いていったのだとか。僕はあの時、タイミングを見失って飲み損ねたが……てっきりただの水だと思っていた。
 樹液と聞いてギョッとしたが、北方の国々では馴染みのある飲み物らしい。滋養に富んでいるとかで、最近皇帝が愛飲しているんだとか。

 ルヴィエは何度か飲んだことがあるようで「俺は好き」と言うので、おそるおそるもう一度口をつけてみることにした。砂糖や蜂蜜とは違う独特な甘さが気になるものの、まろやかな口当たりで確かに案外美味しいような気が……しなくもない。

 それより、この水差しを皇帝が置いていったってことは、もしや。

「ねぇ、あのバスケットってもしかして」

「……サンドイッチ」

「やっぱり!ルヴィエが取りに行かされたやつでしょ?ってことは」

「…………ムルクの肉入り」

「やっぱり!そうだよね!」

 予想通りだった。あの時の皇帝の口調はやけに芝居がかっていて、何か裏がありそうだと思っていたのだ。たぶん、ルヴィエを揶揄うためにわざわざあらかじめ厨房で用意させていたのだろう。

「……食べる?」

「うん、実は結構気になってた……って、ルヴィエ!」

 ルヴィエが、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。過去最高に彼の表情筋が仕事をしているところを目撃してしまった。

 顔を歪めたまま「イリヤがそう言うなら」と呟いたルヴィエはベッドサイドに自分が腰掛けるための椅子を引き寄せて、膝の上にバスケットを乗せた。そして、サンドイッチを一切れ差し出してくれた。
 もっとも、ムルクが皇都に出没したのは半年前のこと。干されたのか、燻されたのかまでは分からないが、ムルクの肉は干し肉のような状態に加工されていた。トマトやレタス、チーズなんかも挟まれていて食欲が唆られる。

 そして、僕は初めてムルクの肉を口にしたのだが――普通に美味しかった。
 
 ルヴィエは以前「獣臭くて微妙」と評していたような気がするけど、香草で味を整えられているのか全く気にならなかった。それに程良く脂がのっていて食べ応えもある。
 ルヴィエが疑いの目を向けてきたので、百聞は一見にしかずとばかりに食べかけのサンドイッチをそのまま彼の方に差し出した。しばらく躊躇っていたようだが、結局渋々といった様子でサンドイッチを口にしたルヴィエはというと「たしかに美味い」と不思議そうな顔をしていた。竈の爆発で焼け焦げた肉とプロがしっかり仕込んだ肉ではそりゃあ味が違うのも当然だ。

 バスケットに入っていた他のサンドイッチも食べ終えた僕らは、そのまま他愛もない話をして夜を過ごした。

「あ、そういえば。すんごい今更だけど、ルヴィエって”俺”って言うんだね。さっき初めて聞いた気がする」

「……じゃあ、”僕”にする」

「ふふっ、そんな顔しないでよ。良いと思うよ?これからも”俺”で」

 飲んで、食べて、しゃべって。ただそれだけ。
 でも、ルヴィエとのそんなささいなやり取りを噛み締めることで、僕は悪夢に引き摺られることなく、朝を迎えることができたのだった。
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