30 / 52
9-4
しおりを挟む
「じゃあ、何か飲み物持ってきてもらってもいい?」
「分かった」
素直に甘えることにした僕は、飲み物を取りに行くためこちらに背を向けたルヴィエの姿を見送る。といっても、部屋の隅にすでに水差しが用意されていたようでルヴィエはすぐに戻ってきた。
(水差し、二つもある。それにバスケットも。あれはゾラが置いてくれたのかな?)
僕がそんなことを考えていると、透明なグラスが差し出された。
「これでいい?」
「うん、ありがとう。いただくね」
そう言って、何も考えずに僕はグラスに口をつけて水を飲もうとしたのだが。
「ーーうっ、何これ!?なんか妙に甘くない!??」
水だと思って口に含んだ液体はほんのり甘く、かすかにとろみがあった。匂いはほとんどない。
刺激や異変を感じた訳ではないものの、予想外の味に驚いた僕は念のため、ハンカチを口に当てて急いで吐き出した。
「あ」
ルヴィエはそう呟くと、すばやくもう一つの水差しから水を注ぎ、改めてグラスを持ってきてくれた。
「こっちはたぶん水」
「げほっ……ありがと……」
「それはたぶんベルサラ」
「ベルサラ?」
「樹液」
「じゅ……!?」
「身体に良い」
口直しに飲んだ水をあわや吹き出すところだった。
ルヴィエの落ち着いた様子を見るに、少なくとも毒ではないらしい。でも、なんでそんなものがここに。そう思っていたら、辿々しくもルヴィエが説明してくれた。
どうやら皇帝からの見舞いの品らしい。というか僕が意識を失う直前、シュヴァルツが注いでいた水差しを「これ、目が覚めたらイリヤに飲ませてあげて」と皇帝がそのまま置いていったのだとか。僕はあの時、タイミングを見失って飲み損ねたが……てっきりただの水だと思っていた。
樹液と聞いてギョッとしたが、北方の国々では馴染みのある飲み物らしい。滋養に富んでいるとかで、最近皇帝が愛飲しているんだとか。
ルヴィエは何度か飲んだことがあるようで「俺は好き」と言うので、おそるおそるもう一度口をつけてみることにした。砂糖や蜂蜜とは違う独特な甘さが気になるものの、まろやかな口当たりで確かに案外美味しいような気が……しなくもない。
それより、この水差しを皇帝が置いていったってことは、もしや。
「ねぇ、あのバスケットってもしかして」
「……サンドイッチ」
「やっぱり!ルヴィエが取りに行かされたやつでしょ?ってことは」
「…………ムルクの肉入り」
「やっぱり!そうだよね!」
予想通りだった。あの時の皇帝の口調はやけに芝居がかっていて、何か裏がありそうだと思っていたのだ。たぶん、ルヴィエを揶揄うためにわざわざあらかじめ厨房で用意させていたのだろう。
「……食べる?」
「うん、実は結構気になってた……って、ルヴィエ!」
ルヴィエが、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。過去最高に彼の表情筋が仕事をしているところを目撃してしまった。
顔を歪めたまま「イリヤがそう言うなら」と呟いたルヴィエはベッドサイドに自分が腰掛けるための椅子を引き寄せて、膝の上にバスケットを乗せた。そして、サンドイッチを一切れ差し出してくれた。
もっとも、ムルクが皇都に出没したのは半年前のこと。干されたのか、燻されたのかまでは分からないが、ムルクの肉は干し肉のような状態に加工されていた。トマトやレタス、チーズなんかも挟まれていて食欲が唆られる。
そして、僕は初めてムルクの肉を口にしたのだが――普通に美味しかった。
ルヴィエは以前「獣臭くて微妙」と評していたような気がするけど、香草で味を整えられているのか全く気にならなかった。それに程良く脂がのっていて食べ応えもある。
ルヴィエが疑いの目を向けてきたので、百聞は一見にしかずとばかりに食べかけのサンドイッチをそのまま彼の方に差し出した。しばらく躊躇っていたようだが、結局渋々といった様子でサンドイッチを口にしたルヴィエはというと「たしかに美味い」と不思議そうな顔をしていた。竈の爆発で焼け焦げた肉とプロがしっかり仕込んだ肉ではそりゃあ味が違うのも当然だ。
バスケットに入っていた他のサンドイッチも食べ終えた僕らは、そのまま他愛もない話をして夜を過ごした。
「あ、そういえば。すんごい今更だけど、ルヴィエって”俺”って言うんだね。さっき初めて聞いた気がする」
「……じゃあ、”僕”にする」
「ふふっ、そんな顔しないでよ。良いと思うよ?これからも”俺”で」
飲んで、食べて、しゃべって。ただそれだけ。
でも、ルヴィエとのそんなささいなやり取りを噛み締めることで、僕は悪夢に引き摺られることなく、朝を迎えることができたのだった。
「分かった」
素直に甘えることにした僕は、飲み物を取りに行くためこちらに背を向けたルヴィエの姿を見送る。といっても、部屋の隅にすでに水差しが用意されていたようでルヴィエはすぐに戻ってきた。
(水差し、二つもある。それにバスケットも。あれはゾラが置いてくれたのかな?)
僕がそんなことを考えていると、透明なグラスが差し出された。
「これでいい?」
「うん、ありがとう。いただくね」
そう言って、何も考えずに僕はグラスに口をつけて水を飲もうとしたのだが。
「ーーうっ、何これ!?なんか妙に甘くない!??」
水だと思って口に含んだ液体はほんのり甘く、かすかにとろみがあった。匂いはほとんどない。
刺激や異変を感じた訳ではないものの、予想外の味に驚いた僕は念のため、ハンカチを口に当てて急いで吐き出した。
「あ」
ルヴィエはそう呟くと、すばやくもう一つの水差しから水を注ぎ、改めてグラスを持ってきてくれた。
「こっちはたぶん水」
「げほっ……ありがと……」
「それはたぶんベルサラ」
「ベルサラ?」
「樹液」
「じゅ……!?」
「身体に良い」
口直しに飲んだ水をあわや吹き出すところだった。
ルヴィエの落ち着いた様子を見るに、少なくとも毒ではないらしい。でも、なんでそんなものがここに。そう思っていたら、辿々しくもルヴィエが説明してくれた。
どうやら皇帝からの見舞いの品らしい。というか僕が意識を失う直前、シュヴァルツが注いでいた水差しを「これ、目が覚めたらイリヤに飲ませてあげて」と皇帝がそのまま置いていったのだとか。僕はあの時、タイミングを見失って飲み損ねたが……てっきりただの水だと思っていた。
樹液と聞いてギョッとしたが、北方の国々では馴染みのある飲み物らしい。滋養に富んでいるとかで、最近皇帝が愛飲しているんだとか。
ルヴィエは何度か飲んだことがあるようで「俺は好き」と言うので、おそるおそるもう一度口をつけてみることにした。砂糖や蜂蜜とは違う独特な甘さが気になるものの、まろやかな口当たりで確かに案外美味しいような気が……しなくもない。
それより、この水差しを皇帝が置いていったってことは、もしや。
「ねぇ、あのバスケットってもしかして」
「……サンドイッチ」
「やっぱり!ルヴィエが取りに行かされたやつでしょ?ってことは」
「…………ムルクの肉入り」
「やっぱり!そうだよね!」
予想通りだった。あの時の皇帝の口調はやけに芝居がかっていて、何か裏がありそうだと思っていたのだ。たぶん、ルヴィエを揶揄うためにわざわざあらかじめ厨房で用意させていたのだろう。
「……食べる?」
「うん、実は結構気になってた……って、ルヴィエ!」
ルヴィエが、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。過去最高に彼の表情筋が仕事をしているところを目撃してしまった。
顔を歪めたまま「イリヤがそう言うなら」と呟いたルヴィエはベッドサイドに自分が腰掛けるための椅子を引き寄せて、膝の上にバスケットを乗せた。そして、サンドイッチを一切れ差し出してくれた。
もっとも、ムルクが皇都に出没したのは半年前のこと。干されたのか、燻されたのかまでは分からないが、ムルクの肉は干し肉のような状態に加工されていた。トマトやレタス、チーズなんかも挟まれていて食欲が唆られる。
そして、僕は初めてムルクの肉を口にしたのだが――普通に美味しかった。
ルヴィエは以前「獣臭くて微妙」と評していたような気がするけど、香草で味を整えられているのか全く気にならなかった。それに程良く脂がのっていて食べ応えもある。
ルヴィエが疑いの目を向けてきたので、百聞は一見にしかずとばかりに食べかけのサンドイッチをそのまま彼の方に差し出した。しばらく躊躇っていたようだが、結局渋々といった様子でサンドイッチを口にしたルヴィエはというと「たしかに美味い」と不思議そうな顔をしていた。竈の爆発で焼け焦げた肉とプロがしっかり仕込んだ肉ではそりゃあ味が違うのも当然だ。
バスケットに入っていた他のサンドイッチも食べ終えた僕らは、そのまま他愛もない話をして夜を過ごした。
「あ、そういえば。すんごい今更だけど、ルヴィエって”俺”って言うんだね。さっき初めて聞いた気がする」
「……じゃあ、”僕”にする」
「ふふっ、そんな顔しないでよ。良いと思うよ?これからも”俺”で」
飲んで、食べて、しゃべって。ただそれだけ。
でも、ルヴィエとのそんなささいなやり取りを噛み締めることで、僕は悪夢に引き摺られることなく、朝を迎えることができたのだった。
672
お気に入りに追加
1,292
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼毎週、月・水・金に投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる