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 どう考えてもありえない。前世の僕だってそう判断してた。
 でも、そういえば彼女を皇妃にするつもりだって誰かが言ってたような。
 いや、ついさっき皇妃とは会話したじゃないか。

 だから、新聞記事はデタラメで、これはただの悪い夢で。

――混乱しながらも必死にそう思い込もうとしているうちに、どうやら僕は目を覚ましたらしい。療養していた頃、毎日嫌になるほど目にしていたベッドの天蓋が視界の端で揺れている。

 魘されていたせいか、寝汗が酷い。身体を起こし、瞼に滴りそうな額の汗を手の甲で拭う。

「使って」
 
「あ、ハンカチ……ありがとう。って、ルヴィエ?」

「うん」

「そっか、ルヴィエか……ごめん、窓開けてもらってもいい?ちょっと暑くて。それと明かりも」

「分かった」

 薄闇の中、ルヴィエの声が聞こえた。手渡されたハンカチを握りしめながら、僕は呼吸を繰り返す。

 ガタンと窓が開く音がして、涼しい夏の夜風が身体を撫でるように通り抜けていく。続いて、ベッドサイドに置かれたランプに明かりが灯された。
 
「これでいい?」

「うん、ありがとう」

 僕はそう答えて口を閉じた。何か言うべきだと分かってはいたが、言葉が出てこない。

(……イザベラの身にあんなことが起こるなんて信じられない。でも、その前に見た皇妃はイザベラじゃなかった……じゃあ、彼女は一体……そもそも、前世の記憶なのか単なる夢なのかすら……今の僕には……)

 ルヴィエが何も言わないことをいいことに僕はずっと黙って考え込んでいた。考えたところで何も分かるはずがないのに。
 どんどん深みに嵌って、押し寄せる思考の波に溺れそうになったその時、ルヴィエが口を開いた。

「呼んで」

「……え?」

「何かあったら、俺を呼んで」

 またしても言葉が出てこない。今度は純粋に、びっくりして。
 いまだにルヴィエが自分から話し出すことは珍しい。それでも、この頃は少しずつ増えてきていた。だから、どちらかというと言われた内容に驚いていた。でも、彼の言葉がどういう意味なのかはよく分からなかった。

「たぶん、色々できる」

「なるほど……?」

 ごめん、ルヴィエ。何が言いたいのか全然分かんない。そんな念を込めてこちらを見つめるルヴィエの瞳を見つめ返す。ランプの明かりに照らされているせいか、瞳の奥に隠された深緑がいつもよりはっきりと見える気がする。

「何か言って」

「えーっと、それは……どういう……?」

 僕が困惑しているのを感じ取ったのか、一拍置いてからルヴィエは僕が持つハンカチを指差した。さっき彼に手渡されたものだ。その後、ルヴィエは人差し指を移動させて窓を示した。
 なるほど。とうとう彼は侍従の仕事をする気になったらしい。つまり、何かして欲しいことがあれば自分に頼めと。そういうことが言いたいらしい。

(相変わらず口下手すぎて何を言いたいのか理解するのも一苦労って感じだけど……これはきっと、ルヴィエなりに僕を気遣ってくれてるのかな)

 無口なルヴィエの精一杯の気遣い。ささやかな好意と言ってもいいかもしれない。なんだかくすぐったくて、僕はへらりと顔を緩めた。
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