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「ふーん、おもしろいねぇ……イリヤ、ルヴィエとは仲良くやれてる?」

 ルヴィエの背中が見えなくなった後、皇帝がそう呟いた。キラキラとしたご尊顔がなぜか一層輝いて見える。

「え?まぁ、それなりに……いや、ほんの少しだけ……?」

「いいね」

 そう言うと、皇帝はおもむろに手をあげた。いつの間に用意したのかシュヴァルツがグラスをテーブルに置き、透明な液体を注ぐ。僕の前にも同じものが差し出される。

「本当はゆっくり酒でも呑みたいところだけど、この後も予定が詰まっていてね。紅茶も飲み飽きたしコレで失礼するよ。アイツが言い出したことだから、可能性があるとは思っていたけれど上手くやれているとは驚きだな。父上の時のようなことになる想定もして、控えの候補を揃えていたがめでたいことに出番はなさそうだ」

 グラスを手に取ろうとして、僕は動きを止めた。何気なく語られた言葉に引っかかりを覚える。

「どういうことですか」

「言葉通りさ。ルヴィエがおまえの侍従になりたいと言い出したんだ。それも突然。理由を聞いてみても頑として答えないし、どうするか悩んでたんだけど思い切ってアイツの希望通りにしてみた。ルヴィエから聞いてなかった?」

「……ええ、聞いていません。それに、控えの候補って」

「こっちから問いかけてやらないとアイツは本当に何も話さないからなぁ。詳しくは本人に聞いてみるといい。控えの候補も言葉通り、おまえとルヴィエが合わなかった場合のスペアさ」

 事も無げにそう言われ、一瞬内容を理解できなかった。呆然とする僕を置き去りにしたまま、皇帝の話は続く。

「皇族は代々気難しいヤツが多くてねぇ。私は極めて真っ当な方だし、運に恵まれたこともあって一人目の側近候補が順当に正式な側近へと昇格した訳だけど、父上の時は歴代の中でも特に酷かったらしい」

 現皇帝の父、つまりイリヤの祖父である先代皇帝の側近選定は凄まじく難航したのだという。最初の側近候補が致命的なミスを犯し、先代皇帝の逆鱗に触れたとかで以降の候補者は少しでも気に入らないことがあればすぐに次候補へと挿げ替えられる有様だったという。
 だが、候補者たちは家柄も能力も申し分ない優秀な若者ばかり。気軽に取っ替え引っ替えしていいような人材ではなかった。

「後々になって国の重臣たちが代替わりした時にさぁ、若かりし日に父上に雑に首を挿げ替えられたかつての側近候補たちばっかになっちゃって。父上はともかく、後継の私まで苦労する羽目になったんだよねー」

「はぁ、そうだったんですか」

 うっかり間の抜けた返答をしてしまった。皇帝の前なのだから気を引き締めなければと思ってはいるのだが、あまりに一気に色んな話をされて僕はそうとしか言えなかった。

 だというのに、ここにきて皇帝はまたしても重たい一撃をぶち込んできた。

「あ、そうだ。また今度ちゃんと話すつもりだけど、皇族の話が出たからついでに伝えておくと近いうちに皇妃を娶る予定だからよろしく!候補者選出はエレノアに全面的に任せてるから誰になるのかまだ未定なんだけど、この前候補者リストを見せてもらったらなかなか気になる令嬢がいてね?その子にしようかなと思ってるんだよね」

 おそろしく軽い口振りでとんでもないことを聞かされた。どう考えても、帝国の未来に関わるような事案だ。
 皇帝の側近候補選定も重要だが、間違いなくそれ以上に重要な立場である皇妃の選定。皇后の名が出たあたり、もしやこの前のお茶会ってそういう……?と僕が半ば現実逃避のように考えていると、再び皇帝が口を開いた。

「メドウブリュー公爵家のイザベラ嬢なんだけど、イリヤはどう思う?」

「……なんと?」

「だーかーらー、皇妃候補。イザベラ嬢に皇妃になってもらおうかなって思ってる」

 皇帝のその言葉を聞いた途端、僕は感じたことのない頭痛に襲われた。

 昼間、ティーサロンで感じた痛みとは比べものにならない。頭が一気に締めつけられて、そのままバラバラになってしまいそうな感覚。「まだ選定段階だから内々に決定してからおまえに相談しようと思ってたんだけど、ついこの前三人で話したってエレノアから聞いてさ。どんな令嬢だった?」と皇帝がにこにこしながら尋ねてきたが、痛みを堪えるのに必死で何と答えたかすらはっきり覚えていない。もしかしたら上手く答えられなかったのかもしれない。視界が暗くなって、身体が重く、沈んでいく。周囲のざわめきもどんどん遠ざかっていく。

(皇妃は……イザベラじゃない……皇妃は、と同じオレンジの瞳の、あの人で……)

 意識を失う直前、僕はそんなことを思い出しかけたような気がした。
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