悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ

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 数字を見るのは苦手だ。抽象的な数学の概念を理解するのはもっと。

(せめて、こう……日常生活で役に立ったりとか、お金が絡んでるとかだったらまだしも……いや、ただの言い訳だな。机に向かって練習問題をこなすのにうんざりしてきただけな気がする)
 
 明日の授業に備えて前回の予習に精を出していた僕はペンを置いて、椅子に座ったまま伸びをする。神童のフリをするのは本当に骨が折れる。まさかイリヤ皇子が毎晩せっせと勉強に励んでいるだなんて誰も思わないだろう。皇子宮の一部の人間を除いて、ではあるが。
 伸びをしたついでに、息抜きがてら窓の外を見る。皇都で街歩きを楽しんでいた時は天気が良かったが、今は夜空に小雨が降っている。雨は嫌いだが、しとしととした雨音は嫌いではない。雲の合間から時折柔らかな星の輝きが見えることもあり、なかなか悪くない夜だ。

 窓際ではルヴィエが黙々と本を読んでいる。この景色もずいぶんと見慣れてきたものだ。

(小難しそうな本ばっかじゃなくて、たまには趣向を変えてみればいいのにって前々から思ってたけど……『ジュリエッタ』の違和感半端ないなぁ……)

 皇子の私室が比較的落ち着いた色合いでまとめられていることもあり、昼間に書店やサロンで目にした時よりも一層『ジュリエッタ』の装丁の赤さが気になる。ド派手すぎて悪趣味に感じるほどだ。
 公爵令嬢のお墨付きということもあり、僕もルヴィエが読み終わった後に借りてみようと思っているのだが――果たして、いつになるやら。読み始めてからそれなりに時間が経ったはずなのにびっくりするほどページが進んでいない。そろそろルヴィエに声を掛けてやったほうがいいかもしれない。

「ルヴィエ~、今どんな感じ?」

「ジュリアと護衛騎士が再会した。目が合ってまた動悸を感じてる」

「どれどれ……うん、”胸の高鳴り”かぁ……動悸といえばそうなんだけど、端正なお顔立ちの凛々しい騎士と目が合って満開の花が咲き誇る美しい庭園で感じる感覚だからねぇ……」

 本を見つめるルヴィエの横顔にどことなく剣呑な気配が漂っているような気がするのは、たぶん気のせいではない。僕の考えでは少なくとも不穏な類の動悸を感じるシーンではないと思うのだが。僕はまたしても、主人公・ジュリエッタ――作中でジュリアという愛称で呼ばれている少女の気持ちの移り変わりについて、順を追って懇切丁寧に解説していく。

(神童だって苦手なこともあるよな)

 いつになく眉を顰めながら僕の説明に耳を傾けるルヴィエの姿を見て、僕は素朴にそう思った。ルヴィエの表情筋は相変わらず仕事放棄をしているので、眉を顰めるといっても本当に微々たる動きなのだが、おそらく彼は今とても理解に苦しんでいる。
 基本的にルヴィエは理解力も、物覚えも抜群に優れている。授業で習うような事柄はもちろん、日々の生活においてもゾラやハインリに教わったことや窘められたことをちゃんと理解し、その後の行動に反映している。
 でも、やはり経験しないと十分に理解しきれないこともあるようで、身体を動かす剣術やダンスの授業では試行錯誤を重ねることで理解に努める彼の姿を度々目にしているし、時には失敗する姿だって見たことがある。
 そして、何より。これまでルヴィエと一緒に過ごしてきてなんとなく、いや、はっきりと彼にも苦手とするものがあると分かってきた。対人面に関すること、とでも言えばいいのだろうか。表情が乏しいことや、話題によっては途端に説明が覚束無くなること、こうして物語のキャラクターの心の機微や行動にピンと来ないこと。どうやらルヴィエはこういった事柄に関する理解力や感度がまだ育まれていない。
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