悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ

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(……ん?この本、なんかやけに既視感が)

 ふと、通りすがりの本棚に目が留まった。派手めなピンクやブルーの書籍で彩られた本棚の中に、赤い背表紙が一つ。深紅に近い、どこか毒々しい色合いをした本だ。

(あ、このタイトルってそういえばこの前のお茶会で話題に出てたやつだ)
 
 その時、つい魔が差したのだ。ルヴィエがこういう本読んでるところって見たことないよな、と。
 だからちょっとした冗談のつもりで彼にこの本を手渡してみたのだが――

「ルヴィエ、本当にその本読む気……?」

「読む」

 所変わって洗練されたティーサロンの中、おもむろに例の一冊をテーブルに乗せたルヴィエの様子を見て、僕は呆然としていた。数刻前のほんの出来心が思わぬ展開を招いていたのだ。

「うそぉ……えっ、ここで読むの?薦めておいてなんだけど、せめてここではちょっと……」

「なんで?」

「いやだから、それはご令嬢がたの間で流行ってる本であって、僕らが読むにはちょっとアレというか、その」

 休憩のために立ち寄ったはずのティーサロンで僕は冷や汗をかいていた。何が言いたいのかよく分からないといった様子で首を傾げるルヴィエと堪えきれないとばかりに口元に手を当てて震えるハインリと三人でテーブルを囲んでいるが、心が全く休まらない。

 それはひとえにルヴィエが今にも読み始めようとしている本のせいである。

 優雅な茶器に上品な焼き菓子、そしてある意味この空間に相応しい一冊。
 深紅のその本の表紙には、箔押しの金の薔薇と共に『ジュリエッタは二度微笑む』と刻まれている。

 風変わりではあるものの、あきらかにロマンス小説といった雰囲気を醸し出すその本はどう考えても不愛想な少年が好んで読むような本には見えない。ミスマッチ感が半端ない。

(さすがに「その本は読まない」って言われると思って……ほんの冗談で薦めてみただけだったのに……!)

 ド派手な本を手渡されて、ルヴィエが困惑する姿を見たかった。本当にただそれだけだった。なのに、『ジュリエッタ』を手渡されたルヴィエはというと、じっと表紙を見つめた後に「これも買う」と言って何食わぬ顔でスッと本を小脇に抱えたのである。

 そして今に至るわけだが、さっきから周囲の視線が気になって仕方ない。この本の本来のターゲット層、つまりうら若き令嬢たちがこちらの様子をちらちらと伺っているのだ。ここはハインリに薦めてもらったティーサロンなのだが、格式高すぎず、気楽な雰囲気のところがいいとオーダーしたことがかえって仇になってしまっていた。

「ねぇ、あの男の子が持ってる本って……最近話題の……」

「そうよね……斬新だって噂の……」

「確か、実は……が本当の主人公だったって展開の……」

「それだけじゃなくて……が……になって……それで……」

「えっ、そういう話なの……?」

「だとすると、あんな歳の男の子が読むにはちょっと……」

 ひそひそと話す令嬢たちの会話が時折漏れ聞こえてくる。案の定といった懸念を周囲から抱かれてしまい、居た堪れない思いに駆られた。

(ルヴィエ、ごめん……!)

 次のお茶会あたりで「ねぇ、お聞きになられた?ルヴィエ様が人目も憚らずに『ジュリエッタ』を読んでいらしたそうよ」「まぁ、ルヴィエ様ったら!ロマンス小説まで嗜まれるの?」なんて噂されかねない。
 そして、そうなったら今度は僕がルヴィエから不本意極まりないといった目つきで睨まれかねない。厨房爆破事件の時の皇帝のように。

 せっかくルヴィエと少し仲良くなれた気がしているのだから、それだけは避けたい。そんな一心でどうにかルヴィエから本を取り上げようと椅子から腰を浮かせたその瞬間、思わぬ人物に名前を呼ばれた。
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