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3-2. 穏やかな皇城の庭で
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ハインリは元々、皇后付きの専属護衛騎士だった。
皇族付きの専属護衛騎士というのは、近衛騎士団から選出される。剣の腕や家格、人柄などあらゆる面で優れた実力を証明された人物のみが着任できる大変誉れ高い職位らしい。そもそも近衛騎士団は他の騎士団と比べて入るのが難しいことも考慮すると、ハインリはエリート中のエリートな訳である。
とはいっても皇后付きの専属護衛騎士は複数いるそうで、ハインリ本人は先輩護衛騎士たちに体よくこき使われているだけだと思っていたらしい。皇后は政務の関係で城の外に出ることが多いようで、御身をお守りすべくため日々奔走していたのだという。
しかし、イリヤが高熱で倒れてすぐにハインリは転属を命じられた。それも皇后から直々に。ハインリは大いに戸惑ったらしいが、最終的には自らの意思でイリヤに仕えることを決心したのだという。
「それにしても、物憂げなご様子がわざとだったとは。私は殿下が気落ちなさっているのはてっきり例の一件のせいだと思っていたのですが違ったのですねぇ。ゾラには違うんじゃないかと言われましたが、本当にその通りでした」
「え、何の話?」
「ほら、殿下が夕食の時に……」
「わーー!!やめて!!あれはほんとに忘れて!!」
慌てる僕の姿を見て、ハインリが「あっはっは、やはり私は今の殿下の方が好きですよ!」なんて嬉しそうにほざいているがこっちはたまったものではない。マジで本当に触れてほしくない話だ。恥ずかしさで顔が熱くなってきた。
つい先日、確かにちょうど以前のイリヤになりすますべく僕が情報収集に精を出している頃のことだ。その日の授業は皇室礼法に帝王学というザ・皇族な授業の組み合わせで僕は燃え尽きていた。というのも、この二つについては前世の知識がまったく役に立たないため自力で授業に食らいついていく必要があるのだ。
それどころか礼儀作法については、前世で身に着けていたのであろうしぐさを無意識にしてしまうこともあって先生を困惑させてしまった。悲しいかな、どうやら前世の僕は皇族ではなかったらしい。この時ばかりは隣で要領よく授業内容をこなしていくルヴィエが心底恨めしかった。従者向けの礼儀作法を学ぶのもそれはそれで大変そうではあったが。
僕は普段、授業の合間のちょっとした時間に、ルヴィエとの距離を少しでも縮めるべくため雑談を振るようにしているのだが、この日は余裕がなくて全然そんな時間を取れなかった。だから夕食の席ではいつも以上にたくさんルヴィエに話しかけようと意気込んでいた。
のだが、体力も気力もいよいよ限界だったのだろう。
あろうことか僕は食事をしながらテーブルで寝落ちた。食事中、会話に励みながら、突然に。
(気がついたら朝だったとか、ほんと今でも信じらんない……ううっ……)
翌朝、ベッドの上で状況を理解した時には両手で顔を覆うしかなかった。そして、情けなさでいっぱいの気持ちになりながらも朝食の席についた僕は開口一番にルヴィエに謝罪した。ルヴィエはいつもと何ら変わらない様子で「別に気にしてない」と言っていたが、僕はあまりの居た堪れなさから、昨夜の醜態(寝落ち)のお詫びに今度何かプレゼントさせてほしいと申し出る有様だった。
「思い出したらドッとつらい気持ちになってきた……僕は何であんな失態を……」
「あんなの失態のうちに入りませんよ。どちらかというとお可愛らしいエピソードではないですか」
「うっ、でも僕って皇子だから」
「でーすーかーらー、殿下は考えすぎですってば!」
ハインリの意見を蔑ろにしたい訳ではないのだが、こっちはこっちでイリヤらしく在りたいと思う切実な事情があるのだ。
とはいえ、ハインリとの会話で周囲の人々が今のイリヤをどう見ているのか知ることができて少しほっとしてもいた。案外、無理に取り繕う必要はないのかもしれない。いやでも、だからって食事中に寝落ちるとか……なんて無様な……
再び気落ちし始めた僕と励まそうとするハインリがそんな堂々巡りの会話をしている中、ふと視界の端に薄紫がよぎった。
皇族付きの専属護衛騎士というのは、近衛騎士団から選出される。剣の腕や家格、人柄などあらゆる面で優れた実力を証明された人物のみが着任できる大変誉れ高い職位らしい。そもそも近衛騎士団は他の騎士団と比べて入るのが難しいことも考慮すると、ハインリはエリート中のエリートな訳である。
とはいっても皇后付きの専属護衛騎士は複数いるそうで、ハインリ本人は先輩護衛騎士たちに体よくこき使われているだけだと思っていたらしい。皇后は政務の関係で城の外に出ることが多いようで、御身をお守りすべくため日々奔走していたのだという。
しかし、イリヤが高熱で倒れてすぐにハインリは転属を命じられた。それも皇后から直々に。ハインリは大いに戸惑ったらしいが、最終的には自らの意思でイリヤに仕えることを決心したのだという。
「それにしても、物憂げなご様子がわざとだったとは。私は殿下が気落ちなさっているのはてっきり例の一件のせいだと思っていたのですが違ったのですねぇ。ゾラには違うんじゃないかと言われましたが、本当にその通りでした」
「え、何の話?」
「ほら、殿下が夕食の時に……」
「わーー!!やめて!!あれはほんとに忘れて!!」
慌てる僕の姿を見て、ハインリが「あっはっは、やはり私は今の殿下の方が好きですよ!」なんて嬉しそうにほざいているがこっちはたまったものではない。マジで本当に触れてほしくない話だ。恥ずかしさで顔が熱くなってきた。
つい先日、確かにちょうど以前のイリヤになりすますべく僕が情報収集に精を出している頃のことだ。その日の授業は皇室礼法に帝王学というザ・皇族な授業の組み合わせで僕は燃え尽きていた。というのも、この二つについては前世の知識がまったく役に立たないため自力で授業に食らいついていく必要があるのだ。
それどころか礼儀作法については、前世で身に着けていたのであろうしぐさを無意識にしてしまうこともあって先生を困惑させてしまった。悲しいかな、どうやら前世の僕は皇族ではなかったらしい。この時ばかりは隣で要領よく授業内容をこなしていくルヴィエが心底恨めしかった。従者向けの礼儀作法を学ぶのもそれはそれで大変そうではあったが。
僕は普段、授業の合間のちょっとした時間に、ルヴィエとの距離を少しでも縮めるべくため雑談を振るようにしているのだが、この日は余裕がなくて全然そんな時間を取れなかった。だから夕食の席ではいつも以上にたくさんルヴィエに話しかけようと意気込んでいた。
のだが、体力も気力もいよいよ限界だったのだろう。
あろうことか僕は食事をしながらテーブルで寝落ちた。食事中、会話に励みながら、突然に。
(気がついたら朝だったとか、ほんと今でも信じらんない……ううっ……)
翌朝、ベッドの上で状況を理解した時には両手で顔を覆うしかなかった。そして、情けなさでいっぱいの気持ちになりながらも朝食の席についた僕は開口一番にルヴィエに謝罪した。ルヴィエはいつもと何ら変わらない様子で「別に気にしてない」と言っていたが、僕はあまりの居た堪れなさから、昨夜の醜態(寝落ち)のお詫びに今度何かプレゼントさせてほしいと申し出る有様だった。
「思い出したらドッとつらい気持ちになってきた……僕は何であんな失態を……」
「あんなの失態のうちに入りませんよ。どちらかというとお可愛らしいエピソードではないですか」
「うっ、でも僕って皇子だから」
「でーすーかーらー、殿下は考えすぎですってば!」
ハインリの意見を蔑ろにしたい訳ではないのだが、こっちはこっちでイリヤらしく在りたいと思う切実な事情があるのだ。
とはいえ、ハインリとの会話で周囲の人々が今のイリヤをどう見ているのか知ることができて少しほっとしてもいた。案外、無理に取り繕う必要はないのかもしれない。いやでも、だからって食事中に寝落ちるとか……なんて無様な……
再び気落ちし始めた僕と励まそうとするハインリがそんな堂々巡りの会話をしている中、ふと視界の端に薄紫がよぎった。
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