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3-1. 穏やかな皇城の庭で

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「わぁー、お花がとってもきれーい」

 つい気が抜けて、心の声が漏れてしまった。後ろから「ブッ」と吹き出す音が聞こえる。

「……ハインリ、不敬だよ?」

「っふ、ふふ……失礼いたしました、殿下。久しぶりにくつろがれたご様子でしたので、つい」

 そう言ってハインリが爽やかに笑った。彼はイリヤの専属護衛騎士を務める好青年なのだが、ゾラ同様目覚めてすぐの頃から世話になっているためイマイチ頭が上がらない。
 
 現在、僕とハインリは皇后宮へ向かっていた。先日招待されたお茶会に出席するためだ。
 予定通り、ルヴィエにはゾラと一緒に皇子宮で留守番をしてもらっている。
 
 色とりどりの花が咲き誇る皇城の庭を歩きながら、ハインリはさらに言葉を続けた。

「ここしばらく物憂げなお顔をされていましたからほっとしました」

「それはほら、授業続きでちょっと疲れてたから……」

「このところ毎日ですもんね。そりゃあ疲れますよ……殿下、前々から思っていたのですが陛下にご相談されてみてはいかがですか」

「あー、いや。そこまでじゃないよ!ほら、今日はいい息抜きになりそうだし。そんなに心配しないで」

「うーん、さようですか。まぁ、確かに今日はいつもより明るい雰囲気でいらっしゃいますもんね。でも、おつらい時はいつでもおっしゃってくださいね」

 ハインリの気遣いがありがたい半面、グサっと心に刺さった。
 疲れていたというのも間違いではないのだが、僕が物憂げだったのはどちらかというと意図的にそう見えるよう振る舞っていたという方が正しい。僕なりに以前のイリヤ皇子らしく見えるよう趣向を凝らしてみたのだ。
 イリヤ皇子はとにかく物静かな子供だったらしい。明晰な思考力を持つせいか、年齢にそぐわぬほど思慮深く、不要なことは決して口にしない。いつもどこか遠くを見つめるような眼差しで静かに佇んでいたのだという。
 ゾラやハインリ、各授業の先生たちからさりげなく話を聞き出し、わざわざ元のイリヤらしくしてみたのに……かえって心配させてしまったらしい。そんなつもりはなかったのだが、言われてみれば確かに物憂げな感じに見えるかもしれない。なかなか上手く演じられているのでは?と思っていただけに結構ショックだ。

「その、ハインリ。僕が物憂げに見えたのは、威厳があるように見せようとしていたというか……いや、率直に言うと記憶を失う前の、元の僕らしく振る舞おうとしてみたんだけど」

「えっ、つまりわざとだったと?」

 躊躇いつつも僕は頷いた。適当に誤魔化そうかとも思ったが、素直に打ち明けることにした。不用意な心配を掛けるのは本意ではない。
 ハインリはというと驚いたような顔をした後、目を瞬かせた。

「ははぁ、殿下ってほんと何でもできるんですね。言われてみれば最近の殿下は確かに以前の殿下のような雰囲気でした。とはいっても、私が殿下にお仕えすることになったのは熱でお倒れになられた直後からなのでゾラほどかつての殿下について詳しく知っている訳ではないのですが」

「まぁ、それはそうだろうね。ゾラより僕のこと詳しく知ってるヤツなんて誰もいないんじゃない?」

「でしょうね。もっとも、そんなゾラは”殿下は回復されて以降、どんどん明るくなられて本当に嬉しい。なのに最近また表情が少なくなってしまわれて心配だ”とつい昨日嘆いていましたよ」

「うわ、ゾラにまで心配されてたのかぁ……ほんとそんなつもりじゃなかったんだけどな」

 先日、以前のイリヤと性格や言動に差があるとゾラからやんわり指摘されたからこそ、僕はできるだけ元のイリヤらしく振る舞おうとしてみたのだが。なんとも上手くいかないものだ。優しい老侍従にまでいらぬ心労を掛けてしまったと知っていよいよ気持ちが落ち込んできた。
 そんな僕の様子を見兼ねたのか、ハインリが苦笑を浮かべながら再び口を開いた。

「僭越ながら、殿下は考えすぎなのだと思いますよ。深く考えず、どうかお心のままに振る舞いくださいませ。私どもは殿下がお元気でいらっしゃればそれで良いのですから」

「でも、ほら僕って皇子だし。それなりに神妙な顔つきでいた方が格好つくかなって」

「いいんですよ、そんなことは考えなくて。私どもだけでなく皇后陛下もそうお考えのようですし。子供は子供らしくあるのが良いと以前しみじみと仰っていました」

「母上が?」
 
 思わず目を見開く。ハインリとゾラはともかく、皇后までそう考えているのは意外だった。
 今でこそ優しい一面があると知っているものの、皇后はいかにも皇族らしいどこか近寄りがたい雰囲気を纏う人物だ。イリヤと同じ銀の髪に、冷たい海を想起させる青い瞳。そして何より毅然とした身のこなし。畏怖の念を覚えるほどに気高く美しい彼女は、見る者を自然と傅かせるようなオーラを放っている。

 ああいうオーラは一朝一夕で身につくようなものじゃない。小手先で真似るのは不可能だ。
 以前のイリヤが物静かな子供だったという話を聞いた時、僕は真っ先に皇后のことを思い出した。皇后のような気高さを身に着けるため、イリヤは幼いながらも身の振る舞いに気をつけていたのではないか。あるいは、皇后のように振る舞うことを周囲から求められていたのではないかと僕は考えたのだが。
 どうやら皇后の考えは違うらしい。ハインリが言うのだから間違いないはずだ。
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