7 / 52
3-1. 穏やかな皇城の庭で
しおりを挟む
「わぁー、お花がとってもきれーい」
つい気が抜けて、心の声が漏れてしまった。後ろから「ブッ」と吹き出す音が聞こえる。
「……ハインリ、不敬だよ?」
「っふ、ふふ……失礼いたしました、殿下。久しぶりにくつろがれたご様子でしたので、つい」
そう言ってハインリが爽やかに笑った。彼はイリヤの専属護衛騎士を務める好青年なのだが、ゾラ同様目覚めてすぐの頃から世話になっているためイマイチ頭が上がらない。
現在、僕とハインリは皇后宮へ向かっていた。先日招待されたお茶会に出席するためだ。
予定通り、ルヴィエにはゾラと一緒に皇子宮で留守番をしてもらっている。
色とりどりの花が咲き誇る皇城の庭を歩きながら、ハインリはさらに言葉を続けた。
「ここしばらく物憂げなお顔をされていましたからほっとしました」
「それはほら、授業続きでちょっと疲れてたから……」
「このところ毎日ですもんね。そりゃあ疲れますよ……殿下、前々から思っていたのですが陛下にご相談されてみてはいかがですか」
「あー、いや。そこまでじゃないよ!ほら、今日はいい息抜きになりそうだし。そんなに心配しないで」
「うーん、さようですか。まぁ、確かに今日はいつもより明るい雰囲気でいらっしゃいますもんね。でも、おつらい時はいつでもおっしゃってくださいね」
ハインリの気遣いがありがたい半面、グサっと心に刺さった。
疲れていたというのも間違いではないのだが、僕が物憂げだったのはどちらかというと意図的にそう見えるよう振る舞っていたという方が正しい。僕なりに以前のイリヤ皇子らしく見えるよう趣向を凝らしてみたのだ。
イリヤ皇子はとにかく物静かな子供だったらしい。明晰な思考力を持つせいか、年齢にそぐわぬほど思慮深く、不要なことは決して口にしない。いつもどこか遠くを見つめるような眼差しで静かに佇んでいたのだという。
ゾラやハインリ、各授業の先生たちからさりげなく話を聞き出し、わざわざ元のイリヤらしくしてみたのに……かえって心配させてしまったらしい。そんなつもりはなかったのだが、言われてみれば確かに物憂げな感じに見えるかもしれない。なかなか上手く演じられているのでは?と思っていただけに結構ショックだ。
「その、ハインリ。僕が物憂げに見えたのは、威厳があるように見せようとしていたというか……いや、率直に言うと記憶を失う前の、元の僕らしく振る舞おうとしてみたんだけど」
「えっ、つまりわざとだったと?」
躊躇いつつも僕は頷いた。適当に誤魔化そうかとも思ったが、素直に打ち明けることにした。不用意な心配を掛けるのは本意ではない。
ハインリはというと驚いたような顔をした後、目を瞬かせた。
「ははぁ、殿下ってほんと何でもできるんですね。言われてみれば最近の殿下は確かに以前の殿下のような雰囲気でした。とはいっても、私が殿下にお仕えすることになったのは熱でお倒れになられた直後からなのでゾラほどかつての殿下について詳しく知っている訳ではないのですが」
「まぁ、それはそうだろうね。ゾラより僕のこと詳しく知ってるヤツなんて誰もいないんじゃない?」
「でしょうね。もっとも、そんなゾラは”殿下は回復されて以降、どんどん明るくなられて本当に嬉しい。なのに最近また表情が少なくなってしまわれて心配だ”とつい昨日嘆いていましたよ」
「うわ、ゾラにまで心配されてたのかぁ……ほんとそんなつもりじゃなかったんだけどな」
先日、以前のイリヤと性格や言動に差があるとゾラからやんわり指摘されたからこそ、僕はできるだけ元のイリヤらしく振る舞おうとしてみたのだが。なんとも上手くいかないものだ。優しい老侍従にまでいらぬ心労を掛けてしまったと知っていよいよ気持ちが落ち込んできた。
そんな僕の様子を見兼ねたのか、ハインリが苦笑を浮かべながら再び口を開いた。
「僭越ながら、殿下は考えすぎなのだと思いますよ。深く考えず、どうかお心のままに振る舞いくださいませ。私どもは殿下がお元気でいらっしゃればそれで良いのですから」
「でも、ほら僕って皇子だし。それなりに神妙な顔つきでいた方が格好つくかなって」
「いいんですよ、そんなことは考えなくて。私どもだけでなく皇后陛下もそうお考えのようですし。子供は子供らしくあるのが良いと以前しみじみと仰っていました」
「母上が?」
思わず目を見開く。ハインリとゾラはともかく、皇后までそう考えているのは意外だった。
今でこそ優しい一面があると知っているものの、皇后はいかにも皇族らしいどこか近寄りがたい雰囲気を纏う人物だ。イリヤと同じ銀の髪に、冷たい海を想起させる青い瞳。そして何より毅然とした身のこなし。畏怖の念を覚えるほどに気高く美しい彼女は、見る者を自然と傅かせるようなオーラを放っている。
ああいうオーラは一朝一夕で身につくようなものじゃない。小手先で真似るのは不可能だ。
以前のイリヤが物静かな子供だったという話を聞いた時、僕は真っ先に皇后のことを思い出した。皇后のような気高さを身に着けるため、イリヤは幼いながらも身の振る舞いに気をつけていたのではないか。あるいは、皇后のように振る舞うことを周囲から求められていたのではないかと僕は考えたのだが。
どうやら皇后の考えは違うらしい。ハインリが言うのだから間違いないはずだ。
つい気が抜けて、心の声が漏れてしまった。後ろから「ブッ」と吹き出す音が聞こえる。
「……ハインリ、不敬だよ?」
「っふ、ふふ……失礼いたしました、殿下。久しぶりにくつろがれたご様子でしたので、つい」
そう言ってハインリが爽やかに笑った。彼はイリヤの専属護衛騎士を務める好青年なのだが、ゾラ同様目覚めてすぐの頃から世話になっているためイマイチ頭が上がらない。
現在、僕とハインリは皇后宮へ向かっていた。先日招待されたお茶会に出席するためだ。
予定通り、ルヴィエにはゾラと一緒に皇子宮で留守番をしてもらっている。
色とりどりの花が咲き誇る皇城の庭を歩きながら、ハインリはさらに言葉を続けた。
「ここしばらく物憂げなお顔をされていましたからほっとしました」
「それはほら、授業続きでちょっと疲れてたから……」
「このところ毎日ですもんね。そりゃあ疲れますよ……殿下、前々から思っていたのですが陛下にご相談されてみてはいかがですか」
「あー、いや。そこまでじゃないよ!ほら、今日はいい息抜きになりそうだし。そんなに心配しないで」
「うーん、さようですか。まぁ、確かに今日はいつもより明るい雰囲気でいらっしゃいますもんね。でも、おつらい時はいつでもおっしゃってくださいね」
ハインリの気遣いがありがたい半面、グサっと心に刺さった。
疲れていたというのも間違いではないのだが、僕が物憂げだったのはどちらかというと意図的にそう見えるよう振る舞っていたという方が正しい。僕なりに以前のイリヤ皇子らしく見えるよう趣向を凝らしてみたのだ。
イリヤ皇子はとにかく物静かな子供だったらしい。明晰な思考力を持つせいか、年齢にそぐわぬほど思慮深く、不要なことは決して口にしない。いつもどこか遠くを見つめるような眼差しで静かに佇んでいたのだという。
ゾラやハインリ、各授業の先生たちからさりげなく話を聞き出し、わざわざ元のイリヤらしくしてみたのに……かえって心配させてしまったらしい。そんなつもりはなかったのだが、言われてみれば確かに物憂げな感じに見えるかもしれない。なかなか上手く演じられているのでは?と思っていただけに結構ショックだ。
「その、ハインリ。僕が物憂げに見えたのは、威厳があるように見せようとしていたというか……いや、率直に言うと記憶を失う前の、元の僕らしく振る舞おうとしてみたんだけど」
「えっ、つまりわざとだったと?」
躊躇いつつも僕は頷いた。適当に誤魔化そうかとも思ったが、素直に打ち明けることにした。不用意な心配を掛けるのは本意ではない。
ハインリはというと驚いたような顔をした後、目を瞬かせた。
「ははぁ、殿下ってほんと何でもできるんですね。言われてみれば最近の殿下は確かに以前の殿下のような雰囲気でした。とはいっても、私が殿下にお仕えすることになったのは熱でお倒れになられた直後からなのでゾラほどかつての殿下について詳しく知っている訳ではないのですが」
「まぁ、それはそうだろうね。ゾラより僕のこと詳しく知ってるヤツなんて誰もいないんじゃない?」
「でしょうね。もっとも、そんなゾラは”殿下は回復されて以降、どんどん明るくなられて本当に嬉しい。なのに最近また表情が少なくなってしまわれて心配だ”とつい昨日嘆いていましたよ」
「うわ、ゾラにまで心配されてたのかぁ……ほんとそんなつもりじゃなかったんだけどな」
先日、以前のイリヤと性格や言動に差があるとゾラからやんわり指摘されたからこそ、僕はできるだけ元のイリヤらしく振る舞おうとしてみたのだが。なんとも上手くいかないものだ。優しい老侍従にまでいらぬ心労を掛けてしまったと知っていよいよ気持ちが落ち込んできた。
そんな僕の様子を見兼ねたのか、ハインリが苦笑を浮かべながら再び口を開いた。
「僭越ながら、殿下は考えすぎなのだと思いますよ。深く考えず、どうかお心のままに振る舞いくださいませ。私どもは殿下がお元気でいらっしゃればそれで良いのですから」
「でも、ほら僕って皇子だし。それなりに神妙な顔つきでいた方が格好つくかなって」
「いいんですよ、そんなことは考えなくて。私どもだけでなく皇后陛下もそうお考えのようですし。子供は子供らしくあるのが良いと以前しみじみと仰っていました」
「母上が?」
思わず目を見開く。ハインリとゾラはともかく、皇后までそう考えているのは意外だった。
今でこそ優しい一面があると知っているものの、皇后はいかにも皇族らしいどこか近寄りがたい雰囲気を纏う人物だ。イリヤと同じ銀の髪に、冷たい海を想起させる青い瞳。そして何より毅然とした身のこなし。畏怖の念を覚えるほどに気高く美しい彼女は、見る者を自然と傅かせるようなオーラを放っている。
ああいうオーラは一朝一夕で身につくようなものじゃない。小手先で真似るのは不可能だ。
以前のイリヤが物静かな子供だったという話を聞いた時、僕は真っ先に皇后のことを思い出した。皇后のような気高さを身に着けるため、イリヤは幼いながらも身の振る舞いに気をつけていたのではないか。あるいは、皇后のように振る舞うことを周囲から求められていたのではないかと僕は考えたのだが。
どうやら皇后の考えは違うらしい。ハインリが言うのだから間違いないはずだ。
737
お気に入りに追加
1,190
あなたにおすすめの小説
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
美形×平凡のBLゲームに転生した平凡騎士の俺?!
元森
BL
「嘘…俺、平凡受け…?!」
ある日、ソーシード王国の騎士であるアレク・シールド 28歳は、前世の記憶を思い出す。それはここがBLゲーム『ナイトオブナイト』で美形×平凡しか存在しない世界であること―――。そして自分は主人公の友人であるモブであるということを。そしてゲームのマスコットキャラクター:セーブたんが出てきて『キミを最強の受けにする』と言い出して―――?!
隠し攻略キャラ(俺様ヤンデレ美形攻め)×気高い平凡騎士受けのハチャメチャ転生騎士ライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる