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1-1. 皇子殿下に転生したようです

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 皇帝って意外と暇なんだろうか。

「いやぁ、それにしてもイリヤが元気になったようでなにより!ほんとにさー、ほんの二、三日前までこっちは気が気じゃなかったんだよ!」

 だからといって連日のように皇子の部屋を訪れて長々と居座るのはどうなのだろうか。
 ヘラヘラとした、もとい、にこやかな笑みを浮かべて息子の快方を喜ぶ皇帝・ユリウスはとにかく若々しい。軽薄な口調のせいなのか、華やかに着飾っているせいなのか。それなりの年齢のはずだが、不思議と青年のように見える。まばゆい金髪も相まって、いつ見てもなんだかキラキラした印象の人物だ。

「それで何か思い出した?やっぱり何も思い出せない?何でもいいから話してくれると嬉しいんだけどなぁ~?」

 皇帝の端正な顔立ちが眼前に迫る。まぶしさに眩暈がしそうだ。ただでさえキラキラした風貌なのに、薄緑の瞳を宝石のごとく輝かせながらベッドサイドまでにじり寄らないでほしい。
 父親って、もっとこう……厳格な感じなのでは?なんというか、落ち着きがなさすぎる。ましてこの御仁は大国の皇帝なのだからもっとどっしりと構えていてほしいなぁ、なんて他人事のように思った。

 それでも、どうやらこの男が今世の自分の父らしいのだ。

「父上、申し訳ありません。何も思い出せないのです。状況はある程度理解しているつもりですが、実感が湧かなくて……」

「そっかぁ。うーん、やっぱり高熱のせいなのかなぁ……イリヤの記憶が無くなったのって。相当魘されてたから幻覚でも見えてたんじゃないかと思ってたんだけど」

「――陛下。お言葉を遮るようで恐縮ですが、イリヤはまだ本調子ではございません。皇宮医からも無理はさせないようにと重々言われているではありませんか」

 なんでもいいから話を聞きたくて仕方ないといった様子の皇帝を窘めたのは皇后・エレノアだ。
 皇子の母でもある彼女は背筋をスッと伸ばし、品良く椅子に腰掛けている。名残惜しげに溜め息を吐いた皇帝よりよほど為政者らしい佇まいの女性で、じっと見つめられると緊張してしまう。

「イリヤ、私は無理に以前の記憶を取り戻さなくても良いと考えています。あなたとこうしてまた話ができるようになっただけで今は十分、いずれは先々のことも考えねばなりませんが当面は静養なさい」

「はい、承知しました。母上」

「政務の関係で私はそろそろ行かねばなりませんが、何か不都合があればいつでも言いなさい。くれぐれも無理はしないように」

 皇后は優しい。物々しい雰囲気とは裏腹に、言葉の端々から皇子の身を案じていることが伝わってくる。まだ片手ほどの回数しか顔を合わせていないが、彼女にはなんとなく好感を覚えていた。
 
 こちらを気遣ってか皇后が静々と部屋を去った後、皇帝はやれやれといった様子で大げさに首を振った。

「こんな時だってのにエレノアはいつも通りだねぇ。無理にお高く取り繕っちゃってさぁ。まぁ、それが彼女のかわいいところでもあるんだけど。おまえのことが心配で堪らなくて本当は政務なんてほっぽりだしたい気分だろうに」

 妙に芝居がかった表情をしながら皇帝はそう口にした。
 なんだろう。この皇帝、口を開けば開くほどに残念な印象が更新されていく。

「ふふっ。イリヤ、考えてることが顔に出てるぞ?大切な我が子が突然一週間も昏睡し続けたんだ。さすがの私とてそりゃあ心配したさ」

「……はい」

「国中の名医を掻き集めても何も分からず、途方に暮れていたタイミングで眠ったままのおまえがいきなり暴れ始めた時は本気で焦ったよ。久しぶりにゾクッとしたね」

 皇帝の瞳がどこか遠くを見るかのように眇められる。
 軽快な口調のままだが、どうやら皇帝は本当にそう思っているらしい。

「それでまぁ、いよいよ手段を選んでいられなくなって魔術師たちにもあれこれ調べさせた訳だけど結局何も分からず仕舞い。おまえの記憶はごっそり抜け落ちてるし、元に戻る気配もないし完全にお手上げ。元気になったのは本当になによりだが、一体何がどうしてこうなったのか」

「……魔術師?」

 まるで馴染みのない、耳を疑うような一言に眉を顰める。魔術師なんてお伽話の中でしか聞いたことがない言葉だ。ごく当たり前のようにさらっと言われたが、何か特殊な用語だったりするのだろうか。

「うん?医師たちの見立てだと、普遍的な知識については問題なさそうだって話だったけど……その反応を見るにどうやら抜け漏れがあるようだな?」

 こちらを見つめる皇帝の視線に、じとりとした嫌な汗が滲む。
 内心を悟られないよう、必死に表情を取り繕いながらもイリヤは――いや、僕は「どうか勘づかれませんように」と心の中で切に願った。
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