箱庭温泉の不機嫌な神様 〜普通のデザイナーですが、あやかし温泉街の宣伝係をやってます〜

オトカヨル

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第十二章 もとの日々へ

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 泣いている間に運ばれていたらしく、耳元に気圧差のようなものを感じて顔を上げたら、駄菓子屋奥の応接間に居た。

「朝陽!」
 ツツジが慌てて駆け寄ってくると、ルリはようやく私を下ろしてくれる。立てるか心配だったけど、なんとか酔いは抜けたみたい。

「戻りました、ツツジさん」
「よかった、思い出せたんだね」
「はい!」
 私は元気にそう返し、そして首を傾げる。
「でも、なんで私、すっかり全部忘れて……母さんの事だって、海外に移住したなんて思い込んでて」

「そりゃあ私がそういう風に『上書き』したからさ」
 声に振り返ると、皆が『主』と呼ぶその人が、海神ユノを伴ってゆっくりと入って来る。
「まさか思い出すとは。なあ、ユノ」
「ヤマカ、お前は手を貸しちゃいかんとは、言わなかったからなあ」
 ユノにヤマカと呼ばれたその神は少し悔しそうに唇を尖らせた。

「お嬢ちゃんはアカネと繋がっていたから、咄嗟に記憶をこちらに逃したのさ。後は、眠っている間に少しずつ深層に記憶を戻しておいた。何かのきっかけで表に出て来るように」
 ユノの肩でアカネがぴょこりと跳ね、そのまま私の方へ飛びついて来る。
「ありがとう、アカネくん!」
『アカネがんばったー!』
 私は指先で茜色の兜越しに頭を撫でる。アカネは嬉しそうに目を細めた。

「そんなに人間贔屓だったか、ユノ?」
 ヤマカの問いに、反応したのはルリだった。
「……やはり、ユノさん。あなたも朝陽を」
 ユノから私を隠すように、ルリが立ちはだかる。
「ん、アカネに名づけをした以上、妖憑きになったんだから、責任を取って『あの子と家族になるつもりだ』って言った、アレか?」
 ルリが頷くとユノは頭を掻いて、少し後ろを振り返る。

「まあ、お前に発破をかける意味もあったが、本心だ。そして、まだそのつもりだぞ」
 ユノの大きな体の後ろから、ひょこっと母が顔を出した。
「おかえりなさい、朝陽! 母さんね、ユノさんと結婚しようと思ってー」
「え!?」

 驚きの声が、幾重にも重なった。
「宿で世話になってる内に、意気投合してなあ」
「朝陽が嫌なら考え直すわよ?」
「嫌ってことはないけど」
 これといって反対する理由はない。でも、神様と婚姻する場合って、どんな感じになるんだろう?
「母さんも神様になるの?」
「今の所そのつもりはないわ。まずはここで働き終わってから、ユノさんの神域にお引っ越しはしようと思ってるけど。とりあえず人として最後まで生きてから、その後どうするかは決めるってことになってるの」
「お、おめでとう」
 私の戸惑いを他所に、ルリは苦い声でユノに問う。
「それで『家族になるつもり』なんて言ったんですか?」
「嘘はついていないだろう?」
 にやりと笑うユノの前で、ルリが一層厳しい顔になる。
「あなたがあんな事を言うものだから、私は……」
「さっさと自覚できて良かっただろう。感謝して欲しいもんだ」

「なるほど、ユノの手助けはそれでか。賭けはお前の勝ちだよ、ルリ」
 ヤマカはうーんと唸ると無造作に手を打ち鳴らす。ルリの目の前に一枚の紙が浮かび上がった。ルリはそれを受け取り、一気に引き裂く。

「で、こっちは結婚祝い」
 もう一度手を打ち鳴らすと、今度は母の前に紙が現れた。だけど母は首を振った。
「私は約束は果たすわ、それは貴女が最後までちゃんと持っていて。だって望みは叶えてもらったんだから」
「そうか」

 ヤマカは納得したようにその紙を受け取り、胸に抱く。

「さて、私は疲れたし、またしばらく眠っていよう。……お前たちの成長が確認できて、嬉しかった」
 ヤマカはそう言うと、微笑む。その場の皆が、思わず頭を垂れる。当然、私も。

 次に顔を上げた時には、もうその姿は消えていた。
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