箱庭温泉の不機嫌な神様 〜普通のデザイナーですが、あやかし温泉街の宣伝係をやってます〜

オトカヨル

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第十二章 もとの日々へ

2(side ルリ)

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「どうしたんだよルリ、そんな真っ青な顔で?」
 先程まで朝陽が立っていた場所を見つめ、呆然とした顔で動きを止めたルリに、キリカが軽く声をかける。
「主は朝陽ちゃんが『箱庭』から出られるようにしてくれたんだろ?」
 そんなキリカを、ルリは色を失った顔で振り返った。その目はキリカの向こう、自らの主へ向いていた。

 主とルリの間の張り詰めた空気。キリカは訳がわからず、ツツジの顔を見た。ツツジも、分からないという風に首を振る。

「朝陽君と繋がっていた『えにし』が、何処にも無い……」
「そう。だからあの子は、もうこの場所に来る事は出来ない、この場所の事も思い出さない。全ては元の通り、『外の世界』で今まで通り生きていけるようにしたのさ」
 キリカとツツジもようやく事情が飲み込めたのか、表情を固くする。

「何故……?」
「それがお前の願いだったから」
「そんな事を願ってなど!」
 声を荒げるルリの前で、彼らの主はゆっくりと答えた。
「願ったんだよ、お前は」
 
 主が軽く、パンっ、と手を打ち鳴らすと、ルリの目の前に一枚の白い紙が浮かび上がった。
「これは……」
 そこには、ルリが主に願った内容が書かれていた。確かにルリの筆跡で、名もしっかりと書かれている。

「加津佐 朝陽の事を忘れ、また彼女も私の事を忘れるように願う……」
「そう、それがお前の願いだ。……あの子は、ほんの小さな頃にこの雲仙に来たことがある。地獄で親とはぐれたあの子は、湯煙に迷い本当なら熱水に落ちて命を失う運命だった。だけど、お前があの子を助けた」
 ルリは、ずきずきと痛み出した頭に手を当てる。

「人を救う事自体は別に悪い事じゃない。私だってそうする時もある。だけど、その命を救うことで何が起こるのかを、神の一端としてお前は知らなくてはならなかった。だからこそ、見届けなさいと私は命じた」
 神ともなれば、簡単に人の運命を変える事ができてしまう。何を引き起こすのかを知らず、安易にその力を振るわぬようにという、言うなれば親心だった。

「だけどね、お前が言ったんだ。人の子を見守るのは辛い、雛鳥のように巣の中で守れるなら、どれだけ楽だろうか、とね」

 雛鳥、という言葉にルリの肩がびくりと震える。

「いずれ耐え切れずこの神域に攫って来てしまう。だからその前に忘れさせて欲しい、あの子は人の世界で生きて欲しいってお前は私に願ったのさ」
 そう言って主はルリの事を、我が子を慈しむように優しい目で見た。
「大事な眷属のたっての願いだ。私はできる限り叶えてやるとも……そして違える事は無い」

 どんなに、状況が変わってもーー。

 ルリは、自分の『願い』が書きつけられた紙を握りしめる。

「まさか、今度はあの子を『つがい』として求めるとは。もしかしたら、記憶が微かに残っていたのかもしれないね。……安心するといい。今度こそ、ほんの僅かも残らないように、綺麗に消してしまうから」
 主の指先がルリの額に軽く触れ、触れたそこが、ぽうっと光を帯びる。

 ルリは、ゆっくりと目を閉じた。
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