箱庭温泉の不機嫌な神様 〜普通のデザイナーですが、あやかし温泉街の宣伝係をやってます〜

オトカヨル

文字の大きさ
上 下
52 / 68
第十一章 箱庭の星夜

2

しおりを挟む
「朝陽までこっちに来ちゃったんなら、あの家どうしようかしら?」
「母さん……」

 『箱庭』内で顔を合わせた母は、開口一番、頬に手を添えてそう言った。

「心配するのは、そこ?」
「だって、来ちゃったものは今更どうしようもないじゃない」
「それはそうだけど……」
 返す言葉もなくて、私の声はだんだんと小さくなる。
「なんとかなるでしょ」
 明るく言い切る母に、私は苦笑する。
「それに、お母さんとしては、朝陽がきちんと妖さんを助けられる子で安心したわ。よくやったわね」
 母の言葉に、私の肩で小さながぴょんと跳ねた。

 結局、なりかけだった茜鎧の男の子は、落ちるところを奇跡的に私が受け止めたわけではなくて、名付けを終え、ちゃんとした妖になったから助かったという事だった。

 問題は、その名付け。

「あら、朝陽が名前をつけたから、すっかり懐いてるのね」
『名前ー嬉しいー!』
 母と小さな妖、アカネはきゃっきゃと楽しそうに盛り上がっている。
 茜色の鎧を着た子だから『アカネくん』。咄嗟に口から出たそれが、まさか名付けたことになるとは思いもしなかった。
 名付けられ、なんとか妖として安定したアカネは、名付け親の私と今いるらしい。

 だから、私が求めれば現れる……。

「アカネか。良い名じゃないか」
 声をかけられて振り返ると、海神ユノが一匹の白猫を抱えて立っていた。その隣にはルリとギンスイ。
 ギンスイは、いつも穏やかな彼女にしては珍しく、毛を逆立てて白猫を威嚇している。

 アカネはひゃーっ、と小さな声を上げて、私の首の後ろにしがみついた。

「よしよし、もう大丈夫だから安心しな。こいつは俺がしっかりと話をしたから、なあ」
 声だけは穏やかに、しかし白猫を抱く手にちょっと力をこめてユノが言う。アカネが恐る恐る私の陰から顔を出した。
「もう追いかけたりしませんので、許してくださいー」
 情けない声を上げる白猫に、安心したのかやっとアカネは私の肩の上に立ち位置を戻した。

「アナタのせいで、あちこち大変な事になってるのよ!」
 ギンスイに強く言われ、白猫がユノの腕の中でさらに身を縮こめる。
「ごめんなさい母ちゃん」
 白猫の目が潤み、見る間にぽとぽとと涙を落とし始めた。
「泣いたってダメ! どう始末をつけるつもりなの!」
「まあまあ、ギンスイ。その辺の話は後でじっくりやろう。差し当たって今は、嬢ちゃんをどこか落ち着ける場所に連れて行くのが先じゃないか?」

 呆気にとられてなりゆきを見守っていた私は、急に話がこちらに向いて驚く。

「それはそうだわ、ごめんなさいねえ」
 ユノの言葉に尾をゆらりと揺らし、落ち着きを取り戻した様子でギンスイが私の元に歩み寄ってきた。
「あ、私のことは後で……」
「そうはいかないわ、私の身内のせいでこんな事になったんだから、せめて私に、休めるところまで案内させてくれないかしら?」

 どうしようかと迷う私に、母が目配めくばせをする。ギンスイと一緒にここを離れた方が良いという事みたい。

「じゃあ、お願いしていいですか?」
「もちろんよ、着いてきて!」
 ギンスイが尾をぴんと立てて先を行く。

 見知ったはずの、知らない街。湯煙の中を私も歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: 八百万《かみさま》の学校。 ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。 1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。 来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。 ☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: ※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】 【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】 舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。 産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、 人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。 『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

処理中です...