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第十一章 箱庭の星夜
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「朝陽までこっちに来ちゃったんなら、あの家どうしようかしら?」
「母さん……」
『箱庭』内で顔を合わせた母は、開口一番、頬に手を添えてそう言った。
「心配するのは、そこ?」
「だって、来ちゃったものは今更どうしようもないじゃない」
「それはそうだけど……」
返す言葉もなくて、私の声はだんだんと小さくなる。
「なんとかなるでしょ」
明るく言い切る母に、私は苦笑する。
「それに、お母さんとしては、朝陽がきちんと妖さんを助けられる子で安心したわ。よくやったわね」
母の言葉に、私の肩で小さな妖がぴょんと跳ねた。
結局、なりかけだった茜鎧の男の子は、落ちるところを奇跡的に私が受け止めたわけではなくて、名付けを終え、ちゃんとした妖になったから助かったという事だった。
問題は、その名付け。
「あら、朝陽が名前をつけたから、すっかり懐いてるのね」
『名前ー嬉しいー!』
母と小さな妖、アカネはきゃっきゃと楽しそうに盛り上がっている。
茜色の鎧を着た子だから『アカネくん』。咄嗟に口から出たそれが、まさか名付けたことになるとは思いもしなかった。
名付けられ、なんとか妖として安定したアカネは、名付け親の私と今繋がっているらしい。
だから、私が求めれば現れる……。
「アカネか。良い名じゃないか」
声をかけられて振り返ると、海神ユノが一匹の白猫を抱えて立っていた。その隣にはルリとギンスイ。
ギンスイは、いつも穏やかな彼女にしては珍しく、毛を逆立てて白猫を威嚇している。
アカネはひゃーっ、と小さな声を上げて、私の首の後ろにしがみついた。
「よしよし、もう大丈夫だから安心しな。こいつは俺がしっかりと話をしたから、なあ」
声だけは穏やかに、しかし白猫を抱く手にちょっと力をこめてユノが言う。アカネが恐る恐る私の陰から顔を出した。
「もう追いかけたりしませんので、許してくださいー」
情けない声を上げる白猫に、安心したのかやっとアカネは私の肩の上に立ち位置を戻した。
「アナタのせいで、あちこち大変な事になってるのよ!」
ギンスイに強く言われ、白猫がユノの腕の中でさらに身を縮こめる。
「ごめんなさい母ちゃん」
白猫の目が潤み、見る間にぽとぽとと涙を落とし始めた。
「泣いたってダメ! どう始末をつけるつもりなの!」
「まあまあ、ギンスイ。その辺の話は後でじっくりやろう。差し当たって今は、嬢ちゃんをどこか落ち着ける場所に連れて行くのが先じゃないか?」
呆気にとられてなりゆきを見守っていた私は、急に話がこちらに向いて驚く。
「それはそうだわ、ごめんなさいねえ」
ユノの言葉に尾をゆらりと揺らし、落ち着きを取り戻した様子でギンスイが私の元に歩み寄ってきた。
「あ、私のことは後で……」
「そうはいかないわ、私の身内のせいでこんな事になったんだから、せめて私に、休めるところまで案内させてくれないかしら?」
どうしようかと迷う私に、母が目配せをする。ギンスイと一緒にここを離れた方が良いという事みたい。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「もちろんよ、着いてきて!」
ギンスイが尾をぴんと立てて先を行く。
見知ったはずの、知らない街。湯煙の中を私も歩き出した。
「母さん……」
『箱庭』内で顔を合わせた母は、開口一番、頬に手を添えてそう言った。
「心配するのは、そこ?」
「だって、来ちゃったものは今更どうしようもないじゃない」
「それはそうだけど……」
返す言葉もなくて、私の声はだんだんと小さくなる。
「なんとかなるでしょ」
明るく言い切る母に、私は苦笑する。
「それに、お母さんとしては、朝陽がきちんと妖さんを助けられる子で安心したわ。よくやったわね」
母の言葉に、私の肩で小さな妖がぴょんと跳ねた。
結局、なりかけだった茜鎧の男の子は、落ちるところを奇跡的に私が受け止めたわけではなくて、名付けを終え、ちゃんとした妖になったから助かったという事だった。
問題は、その名付け。
「あら、朝陽が名前をつけたから、すっかり懐いてるのね」
『名前ー嬉しいー!』
母と小さな妖、アカネはきゃっきゃと楽しそうに盛り上がっている。
茜色の鎧を着た子だから『アカネくん』。咄嗟に口から出たそれが、まさか名付けたことになるとは思いもしなかった。
名付けられ、なんとか妖として安定したアカネは、名付け親の私と今繋がっているらしい。
だから、私が求めれば現れる……。
「アカネか。良い名じゃないか」
声をかけられて振り返ると、海神ユノが一匹の白猫を抱えて立っていた。その隣にはルリとギンスイ。
ギンスイは、いつも穏やかな彼女にしては珍しく、毛を逆立てて白猫を威嚇している。
アカネはひゃーっ、と小さな声を上げて、私の首の後ろにしがみついた。
「よしよし、もう大丈夫だから安心しな。こいつは俺がしっかりと話をしたから、なあ」
声だけは穏やかに、しかし白猫を抱く手にちょっと力をこめてユノが言う。アカネが恐る恐る私の陰から顔を出した。
「もう追いかけたりしませんので、許してくださいー」
情けない声を上げる白猫に、安心したのかやっとアカネは私の肩の上に立ち位置を戻した。
「アナタのせいで、あちこち大変な事になってるのよ!」
ギンスイに強く言われ、白猫がユノの腕の中でさらに身を縮こめる。
「ごめんなさい母ちゃん」
白猫の目が潤み、見る間にぽとぽとと涙を落とし始めた。
「泣いたってダメ! どう始末をつけるつもりなの!」
「まあまあ、ギンスイ。その辺の話は後でじっくりやろう。差し当たって今は、嬢ちゃんをどこか落ち着ける場所に連れて行くのが先じゃないか?」
呆気にとられてなりゆきを見守っていた私は、急に話がこちらに向いて驚く。
「それはそうだわ、ごめんなさいねえ」
ユノの言葉に尾をゆらりと揺らし、落ち着きを取り戻した様子でギンスイが私の元に歩み寄ってきた。
「あ、私のことは後で……」
「そうはいかないわ、私の身内のせいでこんな事になったんだから、せめて私に、休めるところまで案内させてくれないかしら?」
どうしようかと迷う私に、母が目配せをする。ギンスイと一緒にここを離れた方が良いという事みたい。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「もちろんよ、着いてきて!」
ギンスイが尾をぴんと立てて先を行く。
見知ったはずの、知らない街。湯煙の中を私も歩き出した。
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