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第十一章 箱庭の星夜

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「馬鹿な事を……」
 これは、いつか聞いたルリの声? 出会った時の第一声。

 あの時聞いた声は叱咜するような強い声だったけど、なんだろう、この声は違う。悲しい? 悔しい? それとも……。

「朝陽君」
「あれ、ルリさん」

 私は視界いっぱいに広がる端正な顔立ちと、そのぎゅっと寄せられた眉根を見て、なんとなく安心する。
 もう大丈夫だと思ってしまう。

「何故、こんな馬鹿な事を」
「馬鹿な事?」
 そうルリにため息と共に言われ、私は自分の状況を把握しようとゆっくり頭を巡らせた。
 場所は多分、雲仙温泉街のメインストリートにある神社の前。ずいぶんと鳥居が上に見えるなあと思ったら、自分が地面に座り込んでいるみたい。ルリはそんな私の背を支え、膝をついてこちらを覗き込んでいた。

 何があったんだっけ、私は自分の記憶を辿る。

 箱庭の温泉街で聞こえた助けを呼ぶ声と、赤い光。茜色の鎧を着た小さな小さな、なりかけの子。その子が地獄に落ちそうになって……。

「そうだ! アカネくん!」
 必死に手を伸ばした事を思い出し、私は自分の手を慌てて確認する。
 何かを包むような形で重ねられた手、私はそれを恐々こわごわ開いた。

「よかったぁああ」
 手の上に、ちょこん、と茜色の鎧を着た男の子が座っていた。こちらを見てにっこりと笑う。
 
『たすけてくれて、ありがと!』
 その口から出てきた声に、私は驚く。
「お話ができるようになったの?」
『うん!』
 大きく頷いて、その子はぴょんと飛び上がった。私の二の腕へ飛び、さらに肩へと上がってくる。ちょっとくすぐったい。

おきゃくさまを助けてくれた事は素直に礼を言う。だが、忠告したはずだ、『箱庭温泉』に決して触れてはいけないと」
「あ」
 ルリの言葉で気づいた。温泉街のメインストリート、見覚えがあって、でも少し違和感があったのは……。
「もしかして、ここ、『箱庭』の」
「中だ」
 ルリが低い低い声でそう答えた。

 ほとんど同じで、でも少し違う。ここは『箱庭温泉』の中だったんだ。そう気づくと同時にルリの言葉を思い出す。

『人間が誓約無しに「箱庭」に触れると、中に入り込み、出られなくなる』

「私、もう、外に出られない……?」
 呆然とする私の肩で、元気に男の子が跳ねていた。
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