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第八章 一客二来

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「ちょっとだけ、昔話をしてもいいですか?」
 私の問いに、戸惑いながらもツツジが頷く。

「昔、といっても本当に数年前の事なんですけど、私は小さなデザイン事務所に所属してました。『相手に寄り添い、支える』を方針としている所長のもとで、どんなものでも欲しいと言われれば作る。そんなお仕事をしてたんです」
「へー、いい所で働いてたんだね!」
 私はツツジの言葉に苦笑する。
「そうですね。所長自身が実力のあるデザイナーだったので、とっても勉強になりましたし、お客様と一緒に、何かを作り上げていく実感がもてる……あの場所のお陰で今があるのは確かなんです。でも」

 そこで言葉を切ると、私は目を落とす。机の上の空になったガラスの器に、うつろな自分の瞳が映っていた。
「あるお客様に、パッケージデザインを勝手に使われてしまったことがあって」
「どういう、こと?」
 ツツジが続きを促していいのか迷ったんだろう、小さな声で問う。

「数社でコンペしたお菓子のパッケージでした。そこに出された案はコンペに立ち合った私も全部見てます。その中に、そんなアイデアは私のものしかありませんでした」
 花の形の小さな砂糖菓子を小袋に入れる、そんな商品のパッケージ。
 私は、袋の上部だけ色を変えて、口を閉じて上から見ればお菓子のモチーフとなった花が開いた様に見えるというデザインを持っていった。
 袋を閉じる紐は葉の色にして、全体で花をイメージさせる。
 
 それを見た担当者の感触は悪く無かった。
 でも、一旦会社で協議するからと担当者が持ち帰り、デザインはいいが金額が合わないからと話が立ち消えになった。

 残念だけど仕方ないなと思っていた半年後、私はその菓子店の店頭でほんの少し色を変えただけの花の形のパッケージを見つけて……。

「それを報告しても所長は、『仕方ないな』と言っただけでした。それどころか、今後の付き合いに影響するから絶対に誰にも言うなって」
 顔を伏せる私の頭に小さな重みが乗っかる。暖かくて柔らかい。それはツツジの手だった。
「辛かったね」

 何かが胸いっぱいに満ちる。……そうか、あの時の私はその一言が欲しかったんだ。
「それがきっかけで、事務所を辞めました。なんだか、頑張る理由がわからなくなってしまって。それからは、自分から何かを提案する様な仕事は辞めて、指示された通りにデザインを作るような事ばっかりやってたんです」
 それはそれで、仕事として嫌いでは無かったし、続けることは苦ではなかった。

 でもきっと楽しくはなかった。

「今、こうやってツツジさんとか、ルリさんと一緒に『箱庭温泉』の為に何かを作っていると、すごく楽しいんです。ワクワクして、楽しくて」
 顔を上げて私は笑う。

「だから、何も気にしてもらうような事、ないんです」
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