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第八章 一客二来
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それは、短い手紙だった。
『連絡はつきませんが、元気にしてます。家を空けることになるので、その間管理をお願いできる?』
その下には、管理費用としてこちらの口座に必要な額を振り込んだと書かれていた。
簡素で、でも母さんらしい手紙。
「手紙が無かったら、朝陽こっちに来ないかもって思ったの」
そこで言葉を切って、ツツジはしょんぼり、悲しそうな顔になる。
「だってね、ツツジはずっとずっと『箱庭温泉』に続くあのお店を守ってきたの。ツツジにこの姿をくれた主様のためにがんばってきたのに、ちょっと会って話しただけの人間に仕事の手伝いを頼むなんて、ヤだったんだ。なのに、もしかしたら、この手紙でまた手伝いを呼ぶ気なのかなって……鍵だってほんとは手紙の中に入ってた。多分、主様がツツジに気づかれないよう鍵だけ送ったんだ……」
手紙からはそんな意図は感じられなかったけど、ツツジの気持ちはわかる気がした。
信用してもらってないのかななんて考えちゃって、悲しくなる気持ちが。
「お会いしたことはないですけど、その主様だって、考えがあっての事でしょうし」
そう言葉を挟むと、一層ツツジは肩を落とした。
「うん、そう。ほんとは分かってた。ツツジはツツジのお仕事があるから、『箱庭』にずっと入ってられないって、だから他の人の手が必要だったんだって……」
うるりとツツジの目が潤む。それが涙になる前にと私は慌てて口を開く。
「気にしないでください! 手紙が来なくても、連絡がつかない時点でそのうちこっちに駆け付けてましたし。お店に行ったのは偶然でしたけど」
「偶然じゃないよ」
ツツジは私を見上げて、そう言った。
「チラシの裏面にね、主様からメッセージが書いてあったんだ『母親と話をさせるように』って」
あの時、確かにツツジもルリも真っ白なはずのチラシの裏面を確認してた。だとしたら、あの場所に私は招かれたって事……?
驚く私の前で、なおもツツジの言葉は続く。
「チラシを見るまでは、知らんぷりするつもりだったの。でもあのメッセージを見て、そんなに言うなら『箱庭』に入って出られなくなっちゃえばいいって、思っちゃったんだ。……だけど、朝陽は最初から『箱庭温泉』の為に頑張ろうとしてくれたから、ごめんなさいって言えなくて」
可愛らしい嫉妬心だけど、あの時ルリがいなければ、それが招くのは『可愛らしい』では済まない結果。
でも、何故か腹立ちは感じなかった。
「やっぱり、気にしないで欲しいです」
そう言うと、ツツジはまだ少し潤んだ目を丸くして、不思議そうにこちらを見つめた。
『連絡はつきませんが、元気にしてます。家を空けることになるので、その間管理をお願いできる?』
その下には、管理費用としてこちらの口座に必要な額を振り込んだと書かれていた。
簡素で、でも母さんらしい手紙。
「手紙が無かったら、朝陽こっちに来ないかもって思ったの」
そこで言葉を切って、ツツジはしょんぼり、悲しそうな顔になる。
「だってね、ツツジはずっとずっと『箱庭温泉』に続くあのお店を守ってきたの。ツツジにこの姿をくれた主様のためにがんばってきたのに、ちょっと会って話しただけの人間に仕事の手伝いを頼むなんて、ヤだったんだ。なのに、もしかしたら、この手紙でまた手伝いを呼ぶ気なのかなって……鍵だってほんとは手紙の中に入ってた。多分、主様がツツジに気づかれないよう鍵だけ送ったんだ……」
手紙からはそんな意図は感じられなかったけど、ツツジの気持ちはわかる気がした。
信用してもらってないのかななんて考えちゃって、悲しくなる気持ちが。
「お会いしたことはないですけど、その主様だって、考えがあっての事でしょうし」
そう言葉を挟むと、一層ツツジは肩を落とした。
「うん、そう。ほんとは分かってた。ツツジはツツジのお仕事があるから、『箱庭』にずっと入ってられないって、だから他の人の手が必要だったんだって……」
うるりとツツジの目が潤む。それが涙になる前にと私は慌てて口を開く。
「気にしないでください! 手紙が来なくても、連絡がつかない時点でそのうちこっちに駆け付けてましたし。お店に行ったのは偶然でしたけど」
「偶然じゃないよ」
ツツジは私を見上げて、そう言った。
「チラシの裏面にね、主様からメッセージが書いてあったんだ『母親と話をさせるように』って」
あの時、確かにツツジもルリも真っ白なはずのチラシの裏面を確認してた。だとしたら、あの場所に私は招かれたって事……?
驚く私の前で、なおもツツジの言葉は続く。
「チラシを見るまでは、知らんぷりするつもりだったの。でもあのメッセージを見て、そんなに言うなら『箱庭』に入って出られなくなっちゃえばいいって、思っちゃったんだ。……だけど、朝陽は最初から『箱庭温泉』の為に頑張ろうとしてくれたから、ごめんなさいって言えなくて」
可愛らしい嫉妬心だけど、あの時ルリがいなければ、それが招くのは『可愛らしい』では済まない結果。
でも、何故か腹立ちは感じなかった。
「やっぱり、気にしないで欲しいです」
そう言うと、ツツジはまだ少し潤んだ目を丸くして、不思議そうにこちらを見つめた。
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