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第六章 羽ばたくお手紙

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「そう。人間は時々妖より残忍でって言われたわー」
 人は怖い。私にもそれはわかる気がした。
「だから、こうやってきちんと人には人の、妖には妖の場所を分けてあると滞在しやすいらしいわね」

 そこは想像通りでほっとする。
「じゃあ、逆にここが困るとか、こうして欲しいとかの話は出てくる?」
「食べ物のことくらいじゃないかしら。ここに滞在している間は、基本『箱庭』の食べ物以外は食べない方が穢れが落ちやすいらしいの。だけど『箱庭温泉』で出されるご飯って、基本は旅館のご飯って感じなのよ」
「それがダメなの?」
 私が思い描いたのは、ご当地の海の幸、山の幸がふんだんに使われた料理が机いっぱいに並んだ所。

「美味しいの、本当にすごく美味しいのよ。……あ、私はちゃんと手順を踏んでここにいるからいいけど、朝陽は誰かに勧められても食べちゃダメよ?」
 そういえば、ギンスイが持って来た温泉まんじゅうも食べないようにと釘を刺されたんだった。
「もしかして」
「そう、『箱庭』に入って出られなくなるわ」
「やっぱり……」

 箱庭に触れてもダメ、箱庭からの食べ物を食べてもダメ。
 私は心に刻む。

「それで、話は戻るんだけど、出される食事がどんなに美味しくても、やっぱり温泉街の色んな名物も食べたいじゃない、でもこっちには無いのよ。それが、『大体同じ』って言った理由。建物なんかはそのままなのにね」
「どういうこと?」
「作る人がいないのよ。ほんと、食べてから来れば良かったわ」
 しょんぼりとした母の声に、ちょっと申し訳なくなる。お土産にと思って買ってきた『温泉たまご』の事は、そっと胸にしまった。

「お客様が少ないと言っても、働く人員もギリギリなのよね。毎日の食事を作るのに手一杯って感じなの……それでも何か一つくらい、名物になるような物がこちらでも用意できたらいいんだけど。……って、こんな話で参考になってる?」
「なってるよ、ありがとう!」
 
 きちんと『箱庭温泉』の強みと弱みが見えてきたと思う。
 私の力強い返事に、母は安心したようにひとつほっと息を吐いた。

「それなら良かった。それでも、いざとなったら私は自分で何とかするから……朝陽、絶対に無理はしないでね」
「わかってる、大丈夫だから」
 安心して欲しくて、私は殊更声を張る。
「じゃあ、がんばって」
「母さんもね」

 そう言葉を交わして、通話はぷつりと切れた。

「私は大丈夫だから」
 言い聞かせるように、私は暗くなったスマートフォンの画面に呟いた。
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