箱庭温泉の不機嫌な神様 〜普通のデザイナーですが、あやかし温泉街の宣伝係をやってます〜

オトカヨル

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第四章 地獄めぐり

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 手を繋いで、というよりはルリの指先に掴まって歩く。

 目を上げれば、晴れ渡った空。視線を落とせば地獄の風景。

「ここが『雀地獄すずめじごく』。地下から噴き出すガスが弾ける音が、雀が寄り合って鳴いているように聞こえることに由来する」
 そう言われて、立ち止まって耳を澄ます。
 ぴち、ぴちち、と小鳥の鳴き声にも聞こえるような、小さな音がする。
 見れば、湧き出している温泉の中で気泡が弾けているのが見えた。

「他と比べれば、可愛い名だろう」
「そうですね」
 地獄の名前と由来は簡単に調べて来た。その中では一番、大人しく可愛らしい。
 頷いて歩き出した私の傍らを、猫がするりと追い越して行く。今にも柵を潜って、危険な場所に入りこんでしまいそうで心配になる。
「あの子、危なくないんでしょうか?」
「大丈夫。私達より余程、地獄には詳しい」
 
 ルリの言葉が聞こえたのか、着いておいでとでも言うように猫が尾を振る。
 優雅に尾を立てて歩くキジ猫の先導で、私達は石畳風の遊歩道をのんびりと進む。
 その頃には私もようやく落ち着いてきて、そっとルリの手を離そうとした。が、するりと離れかけた手を、ルリがぎゅっと捕まえる。
「迷子になるといけない」
 そんな事は無いといいたかった。だけど、どこか真剣な瞳を向けられれば、無理に手を振り払うような事はできなかった。
 ただ、こちらとしては心臓が忙しく働かないといけなくなるけど……。

 幸い、次の目的地『地獄茶屋』の屋根が見えて、やっとルリの手が離れた。

「あの茶屋では、地獄の噴気で蒸した『温泉たまご』が……」
「あ、私買ってきますよ!」
 この火照った頬を冷ますためにも、ちょっと時間が欲しい。私はさっと道を駆け上がり店に飛び込んだ。

「あら、お客さんば連れてきてくれたと?」
 木製の蒸し器の前で、女性が私の足元に声をかけた。釣られて下を見ると、先ほどの猫がにゃあ、と答えるように鳴いた。
「じゃあ、サービスせんばいかんねえ」
 女性はそう言いにこにこと私に笑いかけてくれる。
「この子、ここの猫なんですか?」
「それがねえ、そん子、家に連れて帰ろうとすると逃げるとよ。だけん、この辺り皆んなで世話ばしとると。地獄は地熱でどこでも暖かいからぬっかけん、寒い思いはしとらんと思うとけど」
 寒く無いよと言うように、猫がまた、にゃんと鳴く。

「それで、たまごは何個いるね?」
「えーっと、蒸し立てを2つと、お土産用の4個パックをひとつ」
 私は、壁に貼ってあるポスターを見ながら答えた。
 渡せるかはわからないし、あちらにも同じものがあるかもしれないけど、なんとなく母にお土産をと思って買ってしまった。
 蒸し立ては紙で包んだ塩と一緒に袋に入れて、お土産用は4個入りの可愛いデザインの紙パックで渡される。
これこいはレモネード。おまけね」
 そう言い良く冷えた瓶を手渡される。ラベルには『地獄クラフトレモネード』と右から左に横書きで書かれていた。
「あ、ありがとうございます!」
「また来んね」

 そう、笑顔と声に送り出された。
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