箱庭温泉の不機嫌な神様 〜普通のデザイナーですが、あやかし温泉街の宣伝係をやってます〜

オトカヨル

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第四章 地獄めぐり

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 こわい、こわい、こわい。

 おかあさんもおとうさんも、どうしていないの。
 さっきまでいっしょにいたのに。



 息が苦しい。

 ヒューヒューと喉の奥が鳴り、上手に息ができない。私はその場にうずくまる。……もう一歩も歩けない。
 辺りを見回しても真っ白で何も見えなくて、涙が溢れてくるせいでより一層、視界がぼやけてゆく。

「どうしたの?」

 柔らかい、優しい声がした。私は声のした方へ顔を向ける。
 視界は変わらずぼやけていて顔は見えないけど、そこに誰かが居る事はわかった。
「っく、くるし」
 苦しいの、と訴えようとしたけど、最後まで言葉にならず途切れる。
「うー」
 泣き声もきちんとした声にならない。私は手を伸ばした。何かに縋り付かないと耐えられないと思った。その手があったかい、何かに触れた。

「迷子かな? ここに長く居ると危ないよ。君が嫌じゃないなら、僕がご両親の所に連れて行ってあげる」
 触れたのは、誰かの大きな手だった。
「で、でも、知らない人、ついていっちゃ、ダメって」
 私の言葉に、手を取ってくれた人はちょっと困ったように首を傾げたようだった。
「そうだ、知らない人がダメなら、知ってる人なら大丈夫だよね。僕は……」
 そこで名前を聞いたはず。なのに、声が歪んでよく聞こえない。
「わたしは、あさひ」
「あさひちゃんか、いい名前だね。さあ、これでもう知らない人じゃないから抱っこしてもいいかな?」
 私は頷く。ひょいっと抱き上げられると、その人の顔がちょっとだけ見えた。

 その人は、優しく優しく、微笑んでくれていた。


◇◇◇



「……さひ」

 ああ、これは家族旅行で行った先で迷子になった時の夢。あの後、ちゃんと両親の元に連れて行ってもらったけど、今考えたら、危なかったかもしれないんだなあ。
 喘息をおこしかけててすごく苦しかったのもあるけど、あの助けてくれた人の笑顔が、本当に優しくて柔らかくて、安心してしまって……。

「…………朝陽君」

 あの時もこんな風に名前を呼ばれて、探されてたなあ……。

 って、名前呼ばれてる……? 誰に!?
 私は必死に目を開けた。
「わっ!」

 視界いっぱいに整った顔があって、私は椅子から転げ落ちそうになる。
「危ない!」
 声と共に、ぐいっと腰に手が回り支えられる。
「ル、ルリさん?」
 私は近くに感じる体温に、とにかく慌てて辺りを確認した。壁際の書棚、見慣れない机。……そう、ここは母の買った家の書斎だ。
 仕事をするのに一番良さそうだと思って、昨夜ここにノートPCを持ち込んだのは覚えている。
 でも。

「なんで、ここにルリさんが?」
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