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08 焦らしてみましょう。

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 吸われていた親指をアナルから抜き去り、そのかわりに埋め込んだのは人差し指と中指だ。親指が纏っていた滑りを借りはしたが、すっかり解れていたアナルは、いきなり増やされたそれらの指も易々と飲み込んでいく。
 熱く充血した内壁はひどくぬかるんでいた。きっと、トイレの個室で潤滑剤を仕込んだときに、いくらかマッサージも追加したに違いない。

 そのときにこぼしただろう熱の籠った溜め息を、幸成は何人の男に聞かせたのか。
 個室を出てからカフェテリアに辿り着くまでのあいだに、いったいどれだけの男女を悩殺したんだろう。

 存在の有無すら確かめようもない不確かな者たちを相手に、グツグツと煮立つように腹の底から嫉妬が噴き上がった。


 こんな簡単に熱くなって、自分でも呆れるくらい嫉妬深くて嫌になる。
 それに比べて、『まって』とは言っても『だめ』とは言わない幸成は、本当に偉い。

 堪らずアナニーしてしまうほど餓えた身体を持て余し、すぐにセックスができるよう準備万端整えていたにもかかわらず、その計画をふいにしてでも友人のためにできる限りのことをしようと努めているんだ。
 なおかつ、こんなふうに無言で指を増やされ、乱暴にアナルを散らされても、俺と二人で決めたルールを守ろうとしている。
 俺に対するいくばくかの負い目を差し引いたって、健気としか言いようのない献身ぶりだ。

 俺も、見も知らぬ学生や日向に嫉妬の炎を燃やしてなんかいないで、幸成を見習わないとな。幸成にあげさせた嬌声に聞き入って、憂さを晴らしてる場合じゃない。


 アナルを弄る指をとめ、あらかじめベッドサイドに用意しておいたローションに空いてるほうの手を伸ばした。
 顔の向きは幸成に据えたままで、
「日向。男同士のセックスでは、アナルを使うってことは理解しているな?」
 と、できるだけ冷静にと心掛けながらベッドサイドへと声をかける。

 俺からの突然の問いかけに、それを投げかけられた当の日向はもちろん、幸成までがギクリと身体を揺らした。二人とも、何がはじまったのかと戸惑っているんだろう。
 日向の返事はなかったが、幸成から事前洗浄の講義を受けていたんだ。当然理解してるものと判断して、俺は俺の講義を勝手にはじめてしまうことにした。

「アナルは筋肉のかたまりだ。そのまま無理に使えば筋肉は裂ける。柔軟体操からはじめるスポーツと同じで、セックスする前には解す必要があるんだ」
 そう解説しながら幸成の内側をゆるりと探った。
 途端に、「ふあっ」と小さく甘い声があがり、幸成の瞳がとろりと蕩けていく。
 これでいい。幸成の意識はもう講義どころじゃなくなった。

 ネコの日向にアナルの解し方を説明するなら、タチの俺よりも幸成のほうがきっと適任だ。
 だからって、こんな幸成に講義はさせられない。ほんの少し弄っただけなのに、すでに蕩けきったような顔をして……もし講義の途中で我慢できずに実演しはじめたらどうするんだ。そんなの、いくら適任でも許可できるわけがないだろう。
 幸成が自分のアナルを解してみせるなどという特別授業があるとしたら、それは当然、二人きりのときに俺だけが受講する。日向の同席なんて許せるか。


「アナルマッサージは、放っておいても田崎先輩が勝手にしてくれるだろうが、日向もどんなことをされるのかちゃんと知っておけ」
 そもそも日向は『知る』ためにここへ来たんだ。田崎にまかせきりでも構わないが、そうしてなお、先に進めずにいるのであれば、ひとつでも不安をなくせるよう手間は惜しまないほうがいい。

「解すにはローションが必須だ。先輩も用意してるとは思うが、念のため薬局で買って行け」
 そう言いながら、アナルに埋めた指を浅めのところまで引き返してローションを追加する。でも、片手じゃ思うようにあたためてやれず、あえなくひやりとしたままアナルに滴らせると、たちまち幸成のそこがきゅんと反応して俺の指を締めつけてきた。

 その感触に、思わずゴクリと喉が鳴る。早く挿れてしまいたいという欲望と、挿入に至るまでの過程もちゃんと二人で味わいたいという願望がせめぎ合った。
 禁欲期間が長かったせいで即物的な欲求を優先したい気持ちも確かにあったが、幸成を存分に楽しませたい気持ちのほうが遥かに大きい。
 前戯には前戯でしか味わえない楽しみがある。それを素っ飛ばすなんて、もったいないじゃないか。


「はじめは指一本からだ。多少のコツはいるが、要は幸成に習った洗浄と同じだ。最初は出すイメージで力を入れて開け。あとはローションが助けてくれる」
 一本からだと説明しながら、すでに二本も収まっているアナルにローションを馴染ませながら三本目の指を追加した。
 その三本をゆっくり奥へと進めると、目を瞑り、頬をシーツに押しつけた幸成の顔がせつなげに歪んでいく。ふぅと、喘ぎを吐息で殺しているところをみると、理性はまだ働いているらしい。

「ゆきなり。指を増やすタイミングは?」
 そろりと指先で奥を探りながら幸成に問いかけた。
 すると、ふと目をあけた幸成から、ふたたびあの凄艶な流し目を寄越される。でもそれは、さきほどの羞恥にまみれたなかでの夢見心地なそれとは違い、先を急くじれったさのなかで、何をさせる気なんだという非難を多分に含んだものだった。

 まあ、そうだろう。あれだけ好き勝手にアナルを散らしていながら、その指先は幸成の一番好きな場所にはまだ触れていないんだから。
 三本に増えてもなおそこにはもらえず、さらには質問に答えさせようとまでしてるんだ。まだなのかと幸成が焦れるのも仕方がない。

 不満たらたらなその流し目に、胃の裏あたりがゾクゾクと痺れる。その心地よい感覚に負けて、すぐにでも幸成の意に従ってしまいたくなったが、奥歯を噛みしめ、なんとか堪えた。


 もう少しだけ奥へと指を運ぶ。それでもそこには触れてやらない。
 堪らなくなったらしい幸成が目蓋を閉じて、腰を揺らした。
 指先を誘うその動きも躱して、
「ゆきなり、指を増やすタイミングを教えてやって」
 と、耳元に甘く囁き促す。

「ぅぅ、もぉ、」
 吐息に混ざってこぼれたその声は確かに不満を訴えていたが、同時に甘い期待も滲んでいた。
 この焦らしプレイに付き合わないことにはご褒美はもらえないということに、どうやら気がついたらしい。
 それでも、触れそうで触れない指先に気を取られてしまうのか、「ぁ、ふ、ぁ……」と小さな喘ぎを漏らすばかりで、なかなか言葉にならなかった。

「ゆきなり?」とみたび促してやっと、
「も、ものたりな、くぅ、感じたらぁ……」
 と、答えられた。

 その喘ぎまじりの答えの愛らしさに、内心で(しまった)と、いくらか焦る。
 焦らしプレイは厄介なんだ。焦らされて欲しがって、我慢しながらも無意識にねだる幸成が、可愛くないわけがない。ついむしゃぶりつきたくなるのをぐっと堪え、焦らしながらも焦らされるのが焦らしプレイだった。
 禁欲明けにするものじゃない。


「だそうだ。ローションは惜しまずたっぷり使え。アナルはすぐに水分を吸う。解す途中や、挿入直前にも追加しろ」
 そう長くは焦らしてやれないだろうという予感に、いやいや幸成をとびきり気持ちよくするためだと気持ちを立て直して日向への講義を続ける。

「先輩がどのくらいのサイズかは知らないが、最低でも指三本分は楽に入れられるようにしておいた方がいい」
 幸成の場合は四本だ。どうやら大き目らしい俺のサイズは、アナルセックスに慣れてる幸成でも難しいらしく、解すのも念入りになる。
 いつもは俺がじっくり解すからそれなりに時間もかかるんだ。幸成が自分で解してきた気持ちも、焦らされているいまならよくわかった。


「アナルセックスは、上手くすれば受け身のほうが気持ちいい。それはアナルのなかに気持ちよくなるためのスイッチがあるからだ。そうだな、ゆきなり」
 ふたたび問いかけると、
「そっ、そぅ」
 と、期待に上擦る声で、それでも懸命に答えてくれる。

「腹側の、ペニスの根元あたりにある。触れるとコリコリしてほかとは違う感触だから、指の感覚だけでもたぶんわかるだろう」
 そう言いながら、そのコリコリの左右と真ん中にそろりと指を這わせた。
 幸成の口が『あ』の形にふわっとひらいて震えだす。

「ゆきなり。ここ、何て言うんだっけ?」
「ぜ、ぜんりつ、せんっ」
 シーツに押しつけていた頬を引き剥がし、もう無理とでも言いたげにぱたぱたと頭を振りながらも、幸成はちゃんと答えはくれる。きっと頭のなかでは、目の前のご褒美しか見えていないに違いない。

「このスイッチ、押す?」
「おすっ、おしてっ、おねが……ひ、ああああっ!」
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