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31-理想とのギャップには目をつむりましょう。
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もし拒絶されたら。
告白しておいていまさらだけど、そんな不安が喉元を塞いだ。
身体の疼きは、この先もきっと変わらず訪れる。ここで大悟に拒絶されてしまえば、俺は肉の疼きのなかで地獄を見るに違いない。
でも、どんなにツラい状態になったとしても、また適当な男を漁って済ませばいいやとは思えなかった。きっともう大悟以外の男じゃ満たされない。そんな確信だけははっきりとあった。
大悟とのセックスは、俺にとって何もかもが特別なんだ。
強い緊張と羞恥。大波に浚われるような深い快感。そのあとに訪れた眠りの満足度までが、恐ろしいほど甘かった。
あの夜が特別だったのは、単に身体の相性がよかったからとか、ましてや相手が親友だったからなんて理由じゃない。あれは、恋してるとも知らずに好きな男に抱かれたせいだ。
恋してるかどうかなんて、あの夜を思い出せばすぐにわかることだったのに、それを、あんなにもぐるぐると悩んで……いくら恋したことがなかったとはいえ、ほんと自分が情けない。
そもそも頭で考えるのが間違いだったんだ。この感情は、頭でどれだけ考えたって解読できるものじゃない。『好き』っていうのは、もっと率直で、直感的で、単純で……たぶん頭とは違う別のどこかに存在してる。
「大悟が好きだ」
気がつけば、そんな言葉が口を突いて出ていた。
喉元を塞いでいた不安はまだあるけど、それよりも膨れあがった恋心が身体中で暴れていて、言葉にでもして解放しないと、俺自身がもうどうにかなりそうだった。
「好き。大好き……」
まるで泉の水が湧き出るみたいに、言葉が次々と溢れ出る。それでも足りないのか、身体のあちこちから何かが漏れ出しそうだった。指先や宙に浮いたままの爪先までが、じわりと何かが滲む感覚に、腫れたようにじんじんと痺れてきていた。
たまらず疼く指先で大悟のシャツを握り締め、腕のなかの太い首筋に頬を擦り寄せる。
その途端、
「うわッ!」
ガクリと全身を落下感が襲った。
慌てて大悟に縋りつくと、耳元で息を詰める気配がするのと同時に、それまでピクリとも動かなかった大悟が急に歩を進め始めた。それはすぐに速度を増して、半分走るような勢いでリビングを抜けていく。
そのあいだも、大悟に横抱きにされていたはずの俺の身体は少しずつずりさがり、小さく開いていた寝室のドアを大悟が蹴り開けた次の瞬間には、ベッドの上へと放り投げられていた。
「っっ!!」
勢いがついた俺の身体は、クッションのきいたマットレスの上でバウンドしながら半回転してやっととまった。
痛む箇所はない。大悟にしては乱暴な所作に、何が起こったのかと驚くばかりだ。
うつ伏せのまま呆然としていると、視界の先にベッドへと縋りつくようにしてへたり込んでいる大悟の頭が見えた。
「大悟? 大丈夫か?」
恐る恐る声をかけると、顔を伏せたままの大悟から「ごめん」と小さく返ってきた。
放り投げられた俺よりもダメージが大きそうな大悟の様子に不安が膨れあがる。
俺が告白なんてしたから? やっぱり恋人になりたいだなんて言うべきじゃなかった?
大悟の『ごめん』が、何に対しての謝罪かわからない。その不明瞭さが怖かった。
「あ、いや、俺は平気っ。びっくりしただけでどこもなんともないからっ。俺のほうこそごめんな。重かったよな?」
押し寄せる不安に潰されそうになって、上擦った声でそんなことを口走った。
『そのダメージは抱きあげていた俺が重かったせいだろう』だなんて、ありがちな理由をあからさまにこじつけてみたが、それが見当違いだってことはわかってる。
大悟は三年前のあのときも、俺を抱きあげたままもっと長い距離を楽々と運んで見せたし、一昨日の夜だって、病院でだって、俺を落としそうになるような柔さは少しもなかった。
「いや、その『ごめん』じゃなくて。ああいや、それもか。乱暴にして悪かった。あんまり驚いて……力が抜けた」
力なくそう言いながら、ベッドへしがみついた姿勢はそのままに、顔だけをあげた大悟が俺へと視線を合わせてきた。その瞳は、おおむね自嘲的で情けない表情をしていたけど、わずかに寄せられた凛々しい眉がその眉間に小さなしわを刻んでいて、深い苦悩を抱えているようにも見えた。
「それとは別に俺が謝りたかったのは……うーん、上手く説明する自信がないな」
大悟が言いかけて言葉を濁す。俺からも視線を逸らして、どうやら言葉を選ぶために逡巡しているようだ。
上手く伝えられないと大悟が不安になるなら、大悟の真意がちゃんと伝わるまで、いくらでも話に付き合ってやる。
そう言ってやりたかったけど、言えなかった。
大悟の言葉を聞きたい。でも聞くのが怖い。
考え込む大悟を見守りながら、どうか謝罪の理由が俺の告白への拒絶じゃありませんようにと、祈らずにはいられなかった。
やがて大悟の視線が俺へと戻ってきた。「誤解しないでほしいんだけど」と前置きを挟んでから、重たそうに口を開く。
「俺は、幸成を侮っていた。だから、『ごめん』」
「え、」
それは、まったく予想してなかった言葉だった。
「幸成はエロい。セックスが好きで、身体の疼きを鎮めてくれるなら誰でも構わない。それはずっと前から疑ってたことだったけど、実際にセックスしてみて確信に変わった」
「う、」
随分な言われ方を真顔でされてしまったが、まったくもって反論の余地がない。ちょっと前までの俺は、まさしくその通りだったから。
「だから、幸成を手に入れるには身体からが手っ取り早いと侮った。誰でもいいなら俺でもいいはずだ。俺を『都合のいい男』として使えばいい。そしていずれは、と思ってたんだ」
ふいに伸ばされた大悟の片手に頬を包まれて、胸の内を覆っていた不安が、ふたたび膨らみはじめた恋心にとってかわる。
どうしよう。期待がとまらない。
「いずれは……?」
みっともない震え声になってしまった。それでも、聞かずにはいられない。おとなしく次の言葉を待ってなんかいられなかった。
頬に触れる大悟の手は温かい。眉間のしわは消えて、真っ直ぐに見つめてくる瞳ももう翳ってはいなかった。普段は仏頂面ばかりしている整った顔が、ふわりと小さく微笑んだ。
「ああ。いずれ俺は、幸成の身も心も、すべてを手に入れる。幸成にお願いされるまでもなく、最初からそのつもりだったんだ」
不思議な音を聞いた気がした。たぶんこれは、膨らみすぎた気持ちが弾けた音だ。
目元がやけに熱くて痛い。頬にも熱が集まって、温かかったはずの大悟の手の温度を一息に飛び越えた。
何か言いたい。いまのこの気持ちを大悟に伝えたい。そう思うのに、喉が震えて声が紡げない。
ああもう、情けない。鼻まで痛くなってきた。
大悟が身を乗り出して、うつ伏せた俺に顔を寄せる。
「幸成、好きだ。ずっと好きだった」
半身を返して大悟の頭を抱き寄せる。
絡み合う互いの視線に、先ほど妄想したベッドシーンを思い出した。
そっと横たえられたわけじゃないけど、というか放り投げられたけど。全裸どころか、まだ靴も履いたままだけど。
そんなことはもうどうでもよかった。
マイノリティーの初恋だ。それが実った。好きな人から好きな気持ちを当たり前のように返される。そんな奇跡みたいなことが起きたんだ。夢も妄想も、この現実には叶わない。
俺に抱き寄せられるままベッドへとのぼってきた大悟を、思う存分抱き締める。
身体を繋げてるわけでもないのに、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。大悟の体温が、大悟の重みが、大悟の存在が、この手のなかにあるというだけでうれしくてたまらない。
頬を擦り寄せ、言葉にならない想いを唇に託して大悟に届けた。
好き。大悟が好き。
いつから育ってたのかわからないけど、この想いは、この先ずっともっと大きくなっていく。そんな気がする。だって、いまこの瞬間も……。
想いを届けるのに夢中になりすぎて、そのキスは、しだいに互いを奪い合うような激しいものへとなっていった。
告白しておいていまさらだけど、そんな不安が喉元を塞いだ。
身体の疼きは、この先もきっと変わらず訪れる。ここで大悟に拒絶されてしまえば、俺は肉の疼きのなかで地獄を見るに違いない。
でも、どんなにツラい状態になったとしても、また適当な男を漁って済ませばいいやとは思えなかった。きっともう大悟以外の男じゃ満たされない。そんな確信だけははっきりとあった。
大悟とのセックスは、俺にとって何もかもが特別なんだ。
強い緊張と羞恥。大波に浚われるような深い快感。そのあとに訪れた眠りの満足度までが、恐ろしいほど甘かった。
あの夜が特別だったのは、単に身体の相性がよかったからとか、ましてや相手が親友だったからなんて理由じゃない。あれは、恋してるとも知らずに好きな男に抱かれたせいだ。
恋してるかどうかなんて、あの夜を思い出せばすぐにわかることだったのに、それを、あんなにもぐるぐると悩んで……いくら恋したことがなかったとはいえ、ほんと自分が情けない。
そもそも頭で考えるのが間違いだったんだ。この感情は、頭でどれだけ考えたって解読できるものじゃない。『好き』っていうのは、もっと率直で、直感的で、単純で……たぶん頭とは違う別のどこかに存在してる。
「大悟が好きだ」
気がつけば、そんな言葉が口を突いて出ていた。
喉元を塞いでいた不安はまだあるけど、それよりも膨れあがった恋心が身体中で暴れていて、言葉にでもして解放しないと、俺自身がもうどうにかなりそうだった。
「好き。大好き……」
まるで泉の水が湧き出るみたいに、言葉が次々と溢れ出る。それでも足りないのか、身体のあちこちから何かが漏れ出しそうだった。指先や宙に浮いたままの爪先までが、じわりと何かが滲む感覚に、腫れたようにじんじんと痺れてきていた。
たまらず疼く指先で大悟のシャツを握り締め、腕のなかの太い首筋に頬を擦り寄せる。
その途端、
「うわッ!」
ガクリと全身を落下感が襲った。
慌てて大悟に縋りつくと、耳元で息を詰める気配がするのと同時に、それまでピクリとも動かなかった大悟が急に歩を進め始めた。それはすぐに速度を増して、半分走るような勢いでリビングを抜けていく。
そのあいだも、大悟に横抱きにされていたはずの俺の身体は少しずつずりさがり、小さく開いていた寝室のドアを大悟が蹴り開けた次の瞬間には、ベッドの上へと放り投げられていた。
「っっ!!」
勢いがついた俺の身体は、クッションのきいたマットレスの上でバウンドしながら半回転してやっととまった。
痛む箇所はない。大悟にしては乱暴な所作に、何が起こったのかと驚くばかりだ。
うつ伏せのまま呆然としていると、視界の先にベッドへと縋りつくようにしてへたり込んでいる大悟の頭が見えた。
「大悟? 大丈夫か?」
恐る恐る声をかけると、顔を伏せたままの大悟から「ごめん」と小さく返ってきた。
放り投げられた俺よりもダメージが大きそうな大悟の様子に不安が膨れあがる。
俺が告白なんてしたから? やっぱり恋人になりたいだなんて言うべきじゃなかった?
大悟の『ごめん』が、何に対しての謝罪かわからない。その不明瞭さが怖かった。
「あ、いや、俺は平気っ。びっくりしただけでどこもなんともないからっ。俺のほうこそごめんな。重かったよな?」
押し寄せる不安に潰されそうになって、上擦った声でそんなことを口走った。
『そのダメージは抱きあげていた俺が重かったせいだろう』だなんて、ありがちな理由をあからさまにこじつけてみたが、それが見当違いだってことはわかってる。
大悟は三年前のあのときも、俺を抱きあげたままもっと長い距離を楽々と運んで見せたし、一昨日の夜だって、病院でだって、俺を落としそうになるような柔さは少しもなかった。
「いや、その『ごめん』じゃなくて。ああいや、それもか。乱暴にして悪かった。あんまり驚いて……力が抜けた」
力なくそう言いながら、ベッドへしがみついた姿勢はそのままに、顔だけをあげた大悟が俺へと視線を合わせてきた。その瞳は、おおむね自嘲的で情けない表情をしていたけど、わずかに寄せられた凛々しい眉がその眉間に小さなしわを刻んでいて、深い苦悩を抱えているようにも見えた。
「それとは別に俺が謝りたかったのは……うーん、上手く説明する自信がないな」
大悟が言いかけて言葉を濁す。俺からも視線を逸らして、どうやら言葉を選ぶために逡巡しているようだ。
上手く伝えられないと大悟が不安になるなら、大悟の真意がちゃんと伝わるまで、いくらでも話に付き合ってやる。
そう言ってやりたかったけど、言えなかった。
大悟の言葉を聞きたい。でも聞くのが怖い。
考え込む大悟を見守りながら、どうか謝罪の理由が俺の告白への拒絶じゃありませんようにと、祈らずにはいられなかった。
やがて大悟の視線が俺へと戻ってきた。「誤解しないでほしいんだけど」と前置きを挟んでから、重たそうに口を開く。
「俺は、幸成を侮っていた。だから、『ごめん』」
「え、」
それは、まったく予想してなかった言葉だった。
「幸成はエロい。セックスが好きで、身体の疼きを鎮めてくれるなら誰でも構わない。それはずっと前から疑ってたことだったけど、実際にセックスしてみて確信に変わった」
「う、」
随分な言われ方を真顔でされてしまったが、まったくもって反論の余地がない。ちょっと前までの俺は、まさしくその通りだったから。
「だから、幸成を手に入れるには身体からが手っ取り早いと侮った。誰でもいいなら俺でもいいはずだ。俺を『都合のいい男』として使えばいい。そしていずれは、と思ってたんだ」
ふいに伸ばされた大悟の片手に頬を包まれて、胸の内を覆っていた不安が、ふたたび膨らみはじめた恋心にとってかわる。
どうしよう。期待がとまらない。
「いずれは……?」
みっともない震え声になってしまった。それでも、聞かずにはいられない。おとなしく次の言葉を待ってなんかいられなかった。
頬に触れる大悟の手は温かい。眉間のしわは消えて、真っ直ぐに見つめてくる瞳ももう翳ってはいなかった。普段は仏頂面ばかりしている整った顔が、ふわりと小さく微笑んだ。
「ああ。いずれ俺は、幸成の身も心も、すべてを手に入れる。幸成にお願いされるまでもなく、最初からそのつもりだったんだ」
不思議な音を聞いた気がした。たぶんこれは、膨らみすぎた気持ちが弾けた音だ。
目元がやけに熱くて痛い。頬にも熱が集まって、温かかったはずの大悟の手の温度を一息に飛び越えた。
何か言いたい。いまのこの気持ちを大悟に伝えたい。そう思うのに、喉が震えて声が紡げない。
ああもう、情けない。鼻まで痛くなってきた。
大悟が身を乗り出して、うつ伏せた俺に顔を寄せる。
「幸成、好きだ。ずっと好きだった」
半身を返して大悟の頭を抱き寄せる。
絡み合う互いの視線に、先ほど妄想したベッドシーンを思い出した。
そっと横たえられたわけじゃないけど、というか放り投げられたけど。全裸どころか、まだ靴も履いたままだけど。
そんなことはもうどうでもよかった。
マイノリティーの初恋だ。それが実った。好きな人から好きな気持ちを当たり前のように返される。そんな奇跡みたいなことが起きたんだ。夢も妄想も、この現実には叶わない。
俺に抱き寄せられるままベッドへとのぼってきた大悟を、思う存分抱き締める。
身体を繋げてるわけでもないのに、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。大悟の体温が、大悟の重みが、大悟の存在が、この手のなかにあるというだけでうれしくてたまらない。
頬を擦り寄せ、言葉にならない想いを唇に託して大悟に届けた。
好き。大悟が好き。
いつから育ってたのかわからないけど、この想いは、この先ずっともっと大きくなっていく。そんな気がする。だって、いまこの瞬間も……。
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