親友をセフレにする方法

藍栖 萌菜香

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22-【ダメ見本】TPOを忘れずに。

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 大悟は、驚いた顔をしてそのまま固まっていた。きっと俺がボロボロ涙を零しているからだ。
 だって仕方ないだろ。嬉しいんだから。

 大悟がここに居てくれることが嬉しい。
 大悟に名前を呼ばれることが嬉しい。
 大悟の無事が、こんなにも……。

 大悟のそばに行きたい。もっとちゃんと確かめたい。
 そう思って足を踏み出すと、カクンと音を立てて膝が崩れた。
 大悟がすぐ駆け寄ってくれたおかげて、なんとか硬い床に膝を打ちつけることは免れたけど。

「ちょっ、大悟っ、は、恥ずかしっ」
 俺は大悟に、いわゆるお姫様だっこをされて運ばれてしまった。
 つい潜めた声で咎めたけど、おろされたのはすぐそばの、エレベーターホールにあった長椅子だった。大悟の足で、ものの数歩分。最初からそうと知っていれば騒がなかったのに。

 俺の、走って止まって泣いて崩れて担がれて騒ぐという一連の奇行が、衆目を集めてしまったらしい。近くから遠くから、様子をうかがうような視線が痛い。
 でも、お姫様だっこへの驚愕と羞恥のおかげで、壊れたかと思った涙腺も元に戻った。


 大悟が長椅子の前に跪き、床におろした俺の右足からスニーカーを脱がせた。足先をそっと持ちあげて足首を、ついで膝もゆっくりと動かしていく。『どうだ?』と聞いてくる心配そうな視線に、「大丈夫。ちょっと変な感じがするだけで、痛くない」と隠さずに答えた。

 大丈夫だと言ったのに、大悟がボトムの上から手のひらでの保温とマッサージを始める。大悟の大きな手からじわりと伝わる体温が気持ちよかった。何よりも、ちゃんとここにいるんだと実感できてホッとした。

 大悟に怪我はないようだ。じゃあ、なんで入院なんかしてるんだ? 怪我じゃないなら、病気だろうか?
 ふたたび不安がひたひたと込みあげてくる。
 見たところ、一般的な入院患者のようなパジャマ姿ではなく、ポロシャツにスラックスというラフな格好だ。大悟の家族の忙しさを思えば、入院準備の手配が遅れているというところかもしれない。

 一日半も連絡できないような病気だなんて、もし、よくない病気だったらどうしよう。
 できることなら、そんな怖い話は聞きたくない。けど、聞かずにいて後悔するなんて、もう懲り懲りだった。


「なぁ大悟。な、なんの病気なんだ?」
 俺は、自分から連絡しなかったせいで、大悟のそばにいてやれなかった悔しさを思い出しながら、重たい口を開いた。

 マッサージの手をとめた大悟が『なんのことだ?』と見あげてくる。ちょっと唐突過ぎたか?
「入院、してるんだろ?」
「ああ、過労だ」
「へ?」
 過労?

 そう言われてみれば、大悟はちょっと疲れた様子だ。
 でも、過労? この若さで何をしたら過労だなんて……。
 そう考えかけて、唯一思い当たってしまった『過労の原因』に、思わず頬が火照ってしまう。

「ご、ごめん。俺のせいか……無理、させたよな?」
 まさか、大悟がセックスで体調を崩すなんて思ってもみなかった。初めてなのに抜かずの二発だなんて無茶させたのがダメだったのかな。


「なんで幸成のせいなんだ」
「だって、俺が」
 無理やり跨ったのが、そもそもの原因だし、抜かずの二発目をねだったのも俺じゃないか。

「幸成は親父に何かしたのか?」
「は? おやじ?」
「過労で倒れたのは親父だ」
 え、どういうことだ?
「じゃあ、大悟は……」
 なんともないのか?

「昨日と今日は、社長代行として接待に連れまわされてた。さっき最後の報告が済んでやっと解放されたんだ」
「……は、なんだ」

 なんともないどころか、大悟は父親の代わりに働いてたのか。疲れてる見えるのは慣れない労働を強いられたせいで、写メを送れなかったのは接待中でスマホを触れなかったから? それからあの不定期写メは、父親の病室で報告を終えやっとひと段落ついたところに、たまたまきれいな花籠を見つけたから撮ってみたというところか。


 なんだ、よかった。怪我でも病気でもなくてよかったけど……けどさ。
 身体さえ無事なら、真夜中だって、トイレに立ったときにだって、写メじゃなくても連絡くらいできただろう。

 あの足元が消えてなくなるような恐怖に耐えた俺の十数分間は、なんだったのかと思う。安堵した反動で、腹立たしさが込みあげてきた。
 あの写メを見た瞬間から大悟の無事を知るまでずっと、怖かったし、心配したし、後悔したし、祈ったし。あの混乱のなか、歯を食い縛って耐えた俺の努力を返しやがれ。

 いやいや、用事もないのに定期連絡ほしがるとか。恋人でもあるまいし、俺にそんなことをねだる資格なんてないだろ。それに、連絡しなかったのは俺だって同罪じゃないか。
 でもでも、さっきの電話のときだって、大悟がもう少し察して説明してくれてれば……。
 ああもう、そうだよ。俺も悪かったよ。俺が慌てないでちゃんと聞き出せばよかったんだよ。大悟ばかりを責められない。

 いやーていうかさー。俺ってばさっき、スゲー恥ずかしい早とちりしなかったか?
 そんなことまで思い出して、頬がさらにじわりと熱くなる。

 どれもこれも、互いに言葉が足りてなかったのが原因だ。
 はあ、と大きな溜め息をひとつついてから膝に置かれた大悟の手に手を重ねた。

「おまえさぁ、大事なことはちゃんと言えよ。言わなきゃ伝わらないし……伝えないまま放置して、あとから後悔したって仕方ないんだぞ」
 今回の小言は、やけに苦々しい。後半は、半分自分に向けての言葉だった。


 怖いことなんていくらでもある。でも、だからって逃げて放置して、そのあいだに悔やむことになったら、そのときは、きっと怖がりな自分を許せなくなるだろう。
 今回はただの誤解で済んだけど、人間、いつ何が起こるかわからないんだから。

 わかったばかりのこの大切な気持ちも、ちゃんと大悟に伝えよう。
 怖がってばかりいないで。悔やむことになるその前に。

「わかった」
 大悟が、心持ち強い口調でそう言った。俺の小言に、大悟も何か思うところがあったらしい。
「でも……上手く、言えないかもしれない」
 今度は不安そうな少し掠れた声だった。視線もやや伏せられて、いかにも自信なさげな様子だ。

 大悟の手を握り締めながら「下手でもいいよ」と、笑顔で言ってやる。
「間違えたっていい。誤解させたっていい。何があっても俺は離れたりしないから。だから、言葉を諦めるなよ。ちゃんと大悟の想いを伝えてくれ。リハビリならいくらでも付き合うから」

 大悟はずっと無口で通してきたから、自分の考えや感情を言葉にするのはきっと難しいんだろう。
 でも、たとえ上手く言葉にできなくても、そういった感情が大悟の身の内にもちゃんとあるんだってことを、発信することが大切なんだと思う。
 大悟の周りの人間にとっても、大悟本人にとっても。


「わかった。なら、言う。幸成、」
 大悟が神妙そうに俺の名を呼んだ。改まって、なんだろう?

「俺を、おまえのセフレにしてくれ」
 決意の滲んだ大悟の声が、エレベーターホールに低く響いた。
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