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第2章:性的虐待の連鎖は僕で終わりです。【オーナー:聖史】

03-悪夢に魘された父に、いきなり性器を咥えられて、

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 当時、僕はまだ八歳でした。そんなことをしたこともなければ、されたこともありません。でも、住んでる場所が場所だったので、その行為が性行為だということは理解していました。

 端的に言ってしまえば……とても嫌でした。気持ちが悪かった。
 父の唾液、温かい息、食い込む指先、あがる水音、性器をなぞるやわらかな舌の感触も……すべてに怖気が走りました。
 なぜ父がこんなことをしだしたのか。なぜ僕はこんなことをされなければいけないのか。何もわからず混乱するばかりでした。

 僕がどんなに嫌がっても、引き剥がそうとしても、父はまったく離れません。ひ弱な父といえど、成人男性の力です。子どもが敵うわけもなかったんです。
 そのうち抵抗するのにも疲れ、父のするに任せて、僕はすっかり虚脱してしまいました。すると、しばらくしてから、温かな父の口の中で、自分の性器が硬く充血していくのを感じました。

 調子のいいときにはいつも僕を見て笑いかけてくれる形のいいあの唇に……。世間のことなど何も知らない夢の人であるあの父に……。
 僕はなんていやらしい人間なのか……自分が許せなくなりました。


 その拷問が終わったのは明け方近くになってのことでした。父が疲れ果て、僕の股間に顔を埋めたまま寝入ることで、やっと終わることができました。僕は父の口から、ふやけたようになった自分の性器をそっと抜きました。父の寝顔を覗き込んでみると、それは涙と唾液でぐしゃぐしゃで苦しげに歪んでいました。

 ……本当は、その顔をきれい拭いてあげたかった。
 でも、まるで身を守るように背中を丸めて寝ている父を動かすことは躊躇われました。もしここで父を起こしてしまったら、また続きをされるかもしれない……そう思えば、怖くて触れることもできなかったんです。

 僕は、しゃぶられ続けて赤く擦り剥けた自分の性器を濡らしたタオルで冷やし、父を起こさないよう嗚咽を堪えながら眠りにつきました。

 早く朝が来ればいい。そうすればきっと、この悪夢は終わりを告げる。
 そう願う反面、朝が来なければいいとも思っていました。悪夢は終わっても、なかったことにはできない。幼い僕は、そのことを理解していました。この悪夢のようなひとときが、父と僕の関係をどう変えてしまうのか……それが恐ろしかったんです。


 でも、どんなにいやがっても朝はやって来ます。
 そうして、僕が目を覚ますと、視界いっぱいに泣き濡れた父の顔がありました。僕と目が合うなり、父は「よかった!」と叫んで僕に縋りつき、声を立てて泣きだしました。

 僕は一瞬、父が昨夜したことを後悔して泣いているのかと思ったのですが……ええ、違いました。鳴き声に混ざって聞こえる母の名を呼ぶ声に、僕の目が覚めたことが……僕の瞳が健在だったことが嬉しくて泣いているのだと知りました。

 父は、昨夜のことを……自分が僕にしたことも、悪夢に魘されたことも、何も覚えていませんでした。そのうえで、覚えていないなりに不安を抱え、それを解消したくて僕のあとをついて回るようになりました。花売りの仕事中も、買い物をするときも、料理中もです。父が親鳥を追う雛鳥のように僕にくっついて回る以外は、それまでと何ら変わりない日常に戻りました。


 ですが、僕にはわかっていました。もしまた父が悪夢に魘されることがあれば、そのときは……僕は、ふたたび襲われることになるだろうと。
 夜が怖くなり、眠れない日々が続きました。そんななかで、あの夜のことを何度も何度も反芻しては、『なぜ』の答えを探し続けました。

 そして、思い至ったんです。悪夢に魘され母に縋り泣いていた父が『とうさん』に謝罪していたということ。僕が襲われたあの日に、その『とうさん』から手紙が届いたということ。キーワードは『とうさん』だったんです。

 僕は、保留として仕舞い込んでいたその手紙を引っ張り出しました。でもどれだけ読み返してみても、なんら変哲のない家族への手紙でした。健康や生活を気遣う思いやり。昔を懐かしむ思い出の言葉。せめて顔が見たいという切望。それらの文面からは、悪夢の引き金というよりは、むしろ愛情の深さを感じさせました。

 父の意向を確認するために保留としていた手紙でしたが、『とうさん』が悪夢のトリガーになり得るのであれば、もはや保留にしておくこともできません。もう二度とあんな目にあうのはごめんです。会ったこともない祖父には、それでも申し訳ないとは思いましたが、手紙は燃やし、今後の郵便についても、薬屋さんに相談して、局留めになるよう手配しました。

 その後も、『とうさん』からの手紙が何通か送付されてきましたが、父には見せず、僕だけで目を通してすぐに処分させてもらいました。悪夢のトリガーを排除するためのその作業は、父にとっても、僕にとっても必要不可欠なことでした。


 そんなことで安心していた僕はやはりまだ子どもでした。それまでなんのトリガーもなく訪れていた、いつもの悪夢のことにまで頭がまわらなかったんです。

 それは、いつもと同じく、暗闇の中、突然響いた父の慟哭から始まりました。トリガーはなかったはず。いつもの悪夢です。それでも近づいていいものかどうか迷いました。ひとまず灯りをつけ、母譲りの僕の目がよく見えるようにと、灯りを挟んだ場所からそっと父に声をかけました。

 ……もう、結果から言いましょうか。
 そんな努力はすべて無駄に終わりました。

 あの夜同様、僕は父に剥かれて、押さえつけられ、朝まで性器をしゃぶられ続けました。それは、父が悪夢を見るたびに繰り返され、回を重ねるほどに、僕の身体を敏感にし、同時に僕の神経を摩耗していきました。

 それが、少しだけ様相を変えたのは、僕が十歳を過ぎたころでした。
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