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86-少年人魚の海の空
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やばい! メアリーだ!
キングと僕が、ふたりで海を覗き込んでいたことを不審に思ったのか、こっちに来る!
……クリス、逃げてっ!
咄嗟に海へ向かって合図を送る。キングが身体の向きを変えて、その合図を上手に隠してくれた。
察したクリスが音もなく海中へと沈む。いくらか潜ったところで向きを変え、深く深く、里へと帰っていく。
以前に比べて泳ぐのが早くなったかも……これもオス化の影響かな。
「ベリル、もしかしてお友だち? よかったらそちらのダイバーさんも…………え……?」
……あーあ。
今日がこんなにいい天気じゃなければね。
太陽の光が深く差し込んで、どこまでも明るい海の中を目で追いながら、どうしようって考えたけど、考えたってどうしようもない。
あれだけはっきりと見えたんじゃ。
「ちょっと! ベリル、いまの見た!?」
「え……な、なんのこと?」
「なによ、見てなかったの!? もったいない! 人魚よ、人魚! 絶対そう!」
ひと目で興奮してるとわかる反応に気圧されながらも、「そうだったの?」と惚けてみる。
「キングは見たわよね? あんたが見逃すはずないものね?」
「ああ……まあ、それっぽかったようなー気がしないでもない……みたいな?」
「なによ! はっきりしないわね! 絶対人魚だったってば!」
僕たちの態度にイラッとしたらしいメアリーは、こうしちゃいられないとキャビンに駆け込んだ。
「ニーナ! ノーラ! 聞いてよ、いまねー!」
メアリーの声に続いてニーナとノーラが「きゃー!」と、歓喜の悲鳴をあげるのが聞こえた。
「僕のときも、あんなだったの?」
「ああ、あんな感じだったよ。メアリーはまだマシだったけど、おチビさんたちがね。実際に目にしたわけでもないのに大騒ぎ。今回はモロ見ちまったからなぁ」
夏が終わるまではずっと騒いでそうだなぁと、暢気な予想をしているキングに、ちょっとだけ笑った。
僕もキングも、メアリーたちが人魚に害は与えないと信じているからこんなにも暢気でいられるんだ。
「あの声は、メアリーだったのかもしれないな……」
キングのつぶやきに顔をあげると、昔どこかで聞いたという声の話を教えてくれた。
『この海のどこかに、絶対いるわ!』
確信と期待に満ちた声だったという。いまも騒がしいキャビンを見ながら、「そうかもね」としみじみ答えた。
「僕は……いつメアリーに言えるのかな……」
「なんだ、ベリルが人魚だってこと、言っちゃうのか?」
「うん、メアリーたちには知っててもらいたい」
隠し通す自信もないし。もしみんなといっしょに泳げたら楽しいだろうとも思う。
このあとに控えているシュノーケリングでは、僕は船上サポーターの予定だけど。
「うーん。もし言うなら、メアリーたちが帰る間際にしないか? あの火に油を注ぐってことだろ?」
『あの火』と、キャビンを指さすキングに、思わず笑ってしまう。
たしかに。さっき自分でも、クリスが見つかったら『きっとただでは済まない』と考えていたことを思い返して、キングの案に賛成した。
「ちょうど一年前だな。ここでベリルに会ったんだ」
「うん。僕、あのとき、キングのひいおじいさまのお話をこっそり聞いてたんだ。そしたらルークに見つかって、ルークが海に降ってきて……」
懐かしいな。たった一年前のことなのに、随分と昔のことのように思える。
「なんだ。じゃあ、俺たちを出会わせてくれたのは、ひいジイさんとルークなのか……感謝しないとな」
キングもそのときのことを思い出してるのか、僕のことをじっと見つめてくる。
あのときも、こうしてキングのことを見あげてた。
海の空は、いまも変わらずこの瞳の中にある。
以前、海の底から見あげていた本物の海の空は、僕の気持ち映して、寂しくも、楽しくも見えた。
でも、キングの海の空はキングの心を映して、僕には出せないいろんな輝きを見せてくれる。
最初はその輝きの意味がわからずに戸惑うこともあったけど、それも少しずつ分かるようになってきた。
いまは…………キスしたがってる。
「おい、笑うなよ」
「ごめん、ごめん」
拗ねてそっぽを向いてしまったキングの顔を引き寄せて、唇に軽くキスを贈った。そのまま海の空を覗き込む。
表情豊かなこの青色をずっと見つめていられる。こんな幸せを手にできるなんて、あのときは思いもしなかった。
「……これはテストかなにかか? 忍耐力とか、自制心とかの」
「ううん。『大好き』ってだけ」
「いや、やっぱりテストだろ。じゃなきゃ試練だ」
早く夜になればいいのに、という半ば唸るような声を肩口で聞きながら、キングの胸にギュッと抱き込まれて目を閉じる。
耳元で確かめる少し速めの強い鼓動に、一年前にあった出来事を思い出した。
この愛しい身体に宿る命を、危うく失うところだった。この鼓動がなくなっていたかも知れないんだと思えば、あのときと変わらず、やっぱりなにかに感謝したくなる。
キングも、僕も、ここに在れる幸せは、当たり前じゃない。
いくつもの幸運に助けられて、ここに立ってるんだ。
目蓋を射す光に誘われて目を開けると、キングの腕の中から見える海原が、太陽の光をいっぱいに浴びてきらきらと踊っていた。
こんな日の海の空は、降り注ぐ光に煌めいて、楽しそうに輝くんだろう。
きっと海の底でも、澄んだ水を抜けて届いた光が、海の空と同じように心を躍らせているに違いなかった。
Fin
**********
(2015-9-25)
長編現代ファンタジーBL『少年人魚の海の空』
これにて完結です!
長々とお付き合いくださりありがとうございました!
お時間ありましたら、感想など、よろしくお願いいたします。
作者はチキンですので、お手柔らかに~。
(-人-;)
この作品は、最初、バッドエンドの童話を書こうと思って人魚をターゲットにしたのが始まりでした。
『人魚にオスは生まれません』というフレーズから始まり、主人公をどんどん不憫にしていったら、健気なベリルに絆されてこんなことになりました(笑)
長編を完結できたのは実は初めてで、たくさん学ぶことがありました。
今後は、ほどよい長さで完結できるよう精進したいと思います(汗)
番外編……いろいろモヤモヤしてます(笑)
人魚姿のベリルとキングが、ジャグジーでイチャつく話とか……。
ムラムラきたら書いちゃうかも知れません(笑)
そのときは、またよろしくお付き合いくださいませ♪
藍栖萌菜香
キングと僕が、ふたりで海を覗き込んでいたことを不審に思ったのか、こっちに来る!
……クリス、逃げてっ!
咄嗟に海へ向かって合図を送る。キングが身体の向きを変えて、その合図を上手に隠してくれた。
察したクリスが音もなく海中へと沈む。いくらか潜ったところで向きを変え、深く深く、里へと帰っていく。
以前に比べて泳ぐのが早くなったかも……これもオス化の影響かな。
「ベリル、もしかしてお友だち? よかったらそちらのダイバーさんも…………え……?」
……あーあ。
今日がこんなにいい天気じゃなければね。
太陽の光が深く差し込んで、どこまでも明るい海の中を目で追いながら、どうしようって考えたけど、考えたってどうしようもない。
あれだけはっきりと見えたんじゃ。
「ちょっと! ベリル、いまの見た!?」
「え……な、なんのこと?」
「なによ、見てなかったの!? もったいない! 人魚よ、人魚! 絶対そう!」
ひと目で興奮してるとわかる反応に気圧されながらも、「そうだったの?」と惚けてみる。
「キングは見たわよね? あんたが見逃すはずないものね?」
「ああ……まあ、それっぽかったようなー気がしないでもない……みたいな?」
「なによ! はっきりしないわね! 絶対人魚だったってば!」
僕たちの態度にイラッとしたらしいメアリーは、こうしちゃいられないとキャビンに駆け込んだ。
「ニーナ! ノーラ! 聞いてよ、いまねー!」
メアリーの声に続いてニーナとノーラが「きゃー!」と、歓喜の悲鳴をあげるのが聞こえた。
「僕のときも、あんなだったの?」
「ああ、あんな感じだったよ。メアリーはまだマシだったけど、おチビさんたちがね。実際に目にしたわけでもないのに大騒ぎ。今回はモロ見ちまったからなぁ」
夏が終わるまではずっと騒いでそうだなぁと、暢気な予想をしているキングに、ちょっとだけ笑った。
僕もキングも、メアリーたちが人魚に害は与えないと信じているからこんなにも暢気でいられるんだ。
「あの声は、メアリーだったのかもしれないな……」
キングのつぶやきに顔をあげると、昔どこかで聞いたという声の話を教えてくれた。
『この海のどこかに、絶対いるわ!』
確信と期待に満ちた声だったという。いまも騒がしいキャビンを見ながら、「そうかもね」としみじみ答えた。
「僕は……いつメアリーに言えるのかな……」
「なんだ、ベリルが人魚だってこと、言っちゃうのか?」
「うん、メアリーたちには知っててもらいたい」
隠し通す自信もないし。もしみんなといっしょに泳げたら楽しいだろうとも思う。
このあとに控えているシュノーケリングでは、僕は船上サポーターの予定だけど。
「うーん。もし言うなら、メアリーたちが帰る間際にしないか? あの火に油を注ぐってことだろ?」
『あの火』と、キャビンを指さすキングに、思わず笑ってしまう。
たしかに。さっき自分でも、クリスが見つかったら『きっとただでは済まない』と考えていたことを思い返して、キングの案に賛成した。
「ちょうど一年前だな。ここでベリルに会ったんだ」
「うん。僕、あのとき、キングのひいおじいさまのお話をこっそり聞いてたんだ。そしたらルークに見つかって、ルークが海に降ってきて……」
懐かしいな。たった一年前のことなのに、随分と昔のことのように思える。
「なんだ。じゃあ、俺たちを出会わせてくれたのは、ひいジイさんとルークなのか……感謝しないとな」
キングもそのときのことを思い出してるのか、僕のことをじっと見つめてくる。
あのときも、こうしてキングのことを見あげてた。
海の空は、いまも変わらずこの瞳の中にある。
以前、海の底から見あげていた本物の海の空は、僕の気持ち映して、寂しくも、楽しくも見えた。
でも、キングの海の空はキングの心を映して、僕には出せないいろんな輝きを見せてくれる。
最初はその輝きの意味がわからずに戸惑うこともあったけど、それも少しずつ分かるようになってきた。
いまは…………キスしたがってる。
「おい、笑うなよ」
「ごめん、ごめん」
拗ねてそっぽを向いてしまったキングの顔を引き寄せて、唇に軽くキスを贈った。そのまま海の空を覗き込む。
表情豊かなこの青色をずっと見つめていられる。こんな幸せを手にできるなんて、あのときは思いもしなかった。
「……これはテストかなにかか? 忍耐力とか、自制心とかの」
「ううん。『大好き』ってだけ」
「いや、やっぱりテストだろ。じゃなきゃ試練だ」
早く夜になればいいのに、という半ば唸るような声を肩口で聞きながら、キングの胸にギュッと抱き込まれて目を閉じる。
耳元で確かめる少し速めの強い鼓動に、一年前にあった出来事を思い出した。
この愛しい身体に宿る命を、危うく失うところだった。この鼓動がなくなっていたかも知れないんだと思えば、あのときと変わらず、やっぱりなにかに感謝したくなる。
キングも、僕も、ここに在れる幸せは、当たり前じゃない。
いくつもの幸運に助けられて、ここに立ってるんだ。
目蓋を射す光に誘われて目を開けると、キングの腕の中から見える海原が、太陽の光をいっぱいに浴びてきらきらと踊っていた。
こんな日の海の空は、降り注ぐ光に煌めいて、楽しそうに輝くんだろう。
きっと海の底でも、澄んだ水を抜けて届いた光が、海の空と同じように心を躍らせているに違いなかった。
Fin
**********
(2015-9-25)
長編現代ファンタジーBL『少年人魚の海の空』
これにて完結です!
長々とお付き合いくださりありがとうございました!
お時間ありましたら、感想など、よろしくお願いいたします。
作者はチキンですので、お手柔らかに~。
(-人-;)
この作品は、最初、バッドエンドの童話を書こうと思って人魚をターゲットにしたのが始まりでした。
『人魚にオスは生まれません』というフレーズから始まり、主人公をどんどん不憫にしていったら、健気なベリルに絆されてこんなことになりました(笑)
長編を完結できたのは実は初めてで、たくさん学ぶことがありました。
今後は、ほどよい長さで完結できるよう精進したいと思います(汗)
番外編……いろいろモヤモヤしてます(笑)
人魚姿のベリルとキングが、ジャグジーでイチャつく話とか……。
ムラムラきたら書いちゃうかも知れません(笑)
そのときは、またよろしくお付き合いくださいませ♪
藍栖萌菜香
応援ありがとうございます!
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