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82-彼と人魚の一年後
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「ねえねえ、キングおじさん、あのお話をして!」
クルーザーのエンジンを止めてコックピットから出ると、さっそく始まった。姪っ子からの『恒例おねだり攻撃』だ。
うん、予想はしていたよ。
今日は風が少なくて海も凪いでいる。日差しは少し強いが、なかなかのクルージング日和だ。
我が家に昨日到着したばかりのメアリー一家を連れて、俺たちは久しぶりの沖合へときていた。
キャビンの冷蔵庫には、アンナが用意してくれた六人分のランチがある。
それを食べて午後になったら、子どもたちを誘ってボートシュノーケリングをする予定だ。
海水も澄んでて、海のコンディションがいいから、きっと素敵な一日になるだろう。
去年、この沖合でシュノーケリングしたときには、子どもたちが『人魚を探す!』と言って大はしゃぎだった。
その少し前に、俺は彼に出会ったんだよな……。
「キング、アンカー打ち終わったよ」
「ああ、ベリル、ありがとう」
笑顔で近づいてきたベリルを抱き寄せ頬にキスを贈ると、ベリルの笑顔がさらに深くなった。
「ねえ、キング。僕も聴きたいな。人魚に恋したひいおじいさまのお話」
きらきらと海の底の輝きを宿した瞳で見あげてくるベリルは、今日も変わらず可愛らしい。
母親譲りらしい金の髪も、この一年でまた伸びた。元の長さにはまだ足りないが、背中の中ほどまでになったハニーブロンドは、今日は凝り性メアリーの餌食となって、複雑に編み込まれている。
「え、もう何度も聞いて飽きただろ? あ、そうだ。ベリルがニーナたちに話してやれば……」
ベリルの頼みを聞いてやりたいのは山々なんだが……それとなく断る道を探ってみると、
「えー、ダメだよ。キングの声で聴くのがいいんじゃないか。僕は何度聴いても全然飽きないよ。キングのお話も、声も、大好きだから!」
と、力説されてしまった。
以前は遠慮ばかりで、なかなか自分の望みを口にしないベリルだったが、こんなに可愛く我が儘を言えるようになったんだと思えば、感慨も一入だ。
「そうよ! ひいひいおじいさまの話を語るなら、その子孫であるキングおじさんじゃなきゃ。ベリルとは、あとで人魚姫の話をいっしょにするの。いいから、さあ、始めましょう?」
ニーナにまでそう言われたのでは、もう逃げようはなさそうだ。
先月、六歳の誕生日を迎えたニーナだが、そのロマンチストぶりはいまだ健在だ。
なんでも『しちゅえーしょんが大事』とかで、妙なこだわりをもつようになった分、ロマンチストの度合いが高まっている気もする。
ニーナに手を引かれながらベリルと一緒にデッキ中央へと向かうと、そこにはデッキチェアがきれいな円形に並べられていて、すでに『お話会』の会場が設えてあった。
四歳になって、ますますメアリーに似てきたしっかり者のノーラも、ルークが脱走しないようにと膝に抱えてチェアにスタンバイ済みだ。
今年も変わらずルークの護衛に勤しむジャックも、その横で大人しくおすわりして待機中だった。
もうじき二歳になる当のルークは、去年に比べれば多少は落ち着いてきたのか……いや、みんなが警戒を解かないせいで、そう見えるだけなのかも知れないが……「にんぎょー」と舌足らずな発音でお話会への意気込みを見せている。
なにもかもが余すことなく準備万端というわけだ。
「わかった。降参。ひいひいジイさんと人魚の話をすればいいんだな?」
思わず両手をあげて降参のポーズをとると、姪っ子たちとベリルがにっこりと顔を見合わせて、「やったー!」と笑い出した。
この笑顔が見られるなら、少しぐらいの気恥ずかしさも耐える甲斐があるってものだ。
昔、曾祖父が人魚に恋した物語……以前は、これをなにも考えずに語っていた。
いや、なにもということはないか。自分が小さいころに聴いたときの憧れや、この話を語り継いでいくだろう子どもたちに、希望を託しながら語っていたな。
ところが、去年の夏。
俺は曾祖父と同じく、突然降ってきたような劇的ロマンスを、身をもって体験してしまったんだ。
それ以来、この恋物語を語るのが妙に気恥ずかしくなってしまった。
ひと目で恋に落ちた男が、相手を想い、せつなく身を揉み、相手が異種族だとわかっても追い求めることをやめられない…………まんま、俺のことじゃないか。
曾祖父は、気の毒にも相手に振り向いてもらえるチャンスを得られなかったが、幸い俺は、その人を手に入れることができた。
当然簡単なことじゃなかったが、あのとき諦めないでよかったと、一年経ったいまでもしみじみと思う。
「あら、人魚の話ね。私も仲間に入れてよ」
メアリーがキャビンから出てきて最後のデッキチェアに腰かけた。バカンスに来たはずなのに、手にはモバイルパソコン……相変わらずのワーカホリックだ。
「あ、そうそう。ベリル、仕事の調子はどう?」
「うん、順調。みんなも喜んでくれてるみたい」
ベリルはいま、海洋写真家として活躍している。
喜んでいるというのは、ブログで交流のある『海好きの仲間たち』が、このたび決まった写真集第二弾の発売を喜んでくれているということだ。
きっかけは、去年メアリーたちがバカンスに来ていたときから始まっていた。
クルーザーのエンジンを止めてコックピットから出ると、さっそく始まった。姪っ子からの『恒例おねだり攻撃』だ。
うん、予想はしていたよ。
今日は風が少なくて海も凪いでいる。日差しは少し強いが、なかなかのクルージング日和だ。
我が家に昨日到着したばかりのメアリー一家を連れて、俺たちは久しぶりの沖合へときていた。
キャビンの冷蔵庫には、アンナが用意してくれた六人分のランチがある。
それを食べて午後になったら、子どもたちを誘ってボートシュノーケリングをする予定だ。
海水も澄んでて、海のコンディションがいいから、きっと素敵な一日になるだろう。
去年、この沖合でシュノーケリングしたときには、子どもたちが『人魚を探す!』と言って大はしゃぎだった。
その少し前に、俺は彼に出会ったんだよな……。
「キング、アンカー打ち終わったよ」
「ああ、ベリル、ありがとう」
笑顔で近づいてきたベリルを抱き寄せ頬にキスを贈ると、ベリルの笑顔がさらに深くなった。
「ねえ、キング。僕も聴きたいな。人魚に恋したひいおじいさまのお話」
きらきらと海の底の輝きを宿した瞳で見あげてくるベリルは、今日も変わらず可愛らしい。
母親譲りらしい金の髪も、この一年でまた伸びた。元の長さにはまだ足りないが、背中の中ほどまでになったハニーブロンドは、今日は凝り性メアリーの餌食となって、複雑に編み込まれている。
「え、もう何度も聞いて飽きただろ? あ、そうだ。ベリルがニーナたちに話してやれば……」
ベリルの頼みを聞いてやりたいのは山々なんだが……それとなく断る道を探ってみると、
「えー、ダメだよ。キングの声で聴くのがいいんじゃないか。僕は何度聴いても全然飽きないよ。キングのお話も、声も、大好きだから!」
と、力説されてしまった。
以前は遠慮ばかりで、なかなか自分の望みを口にしないベリルだったが、こんなに可愛く我が儘を言えるようになったんだと思えば、感慨も一入だ。
「そうよ! ひいひいおじいさまの話を語るなら、その子孫であるキングおじさんじゃなきゃ。ベリルとは、あとで人魚姫の話をいっしょにするの。いいから、さあ、始めましょう?」
ニーナにまでそう言われたのでは、もう逃げようはなさそうだ。
先月、六歳の誕生日を迎えたニーナだが、そのロマンチストぶりはいまだ健在だ。
なんでも『しちゅえーしょんが大事』とかで、妙なこだわりをもつようになった分、ロマンチストの度合いが高まっている気もする。
ニーナに手を引かれながらベリルと一緒にデッキ中央へと向かうと、そこにはデッキチェアがきれいな円形に並べられていて、すでに『お話会』の会場が設えてあった。
四歳になって、ますますメアリーに似てきたしっかり者のノーラも、ルークが脱走しないようにと膝に抱えてチェアにスタンバイ済みだ。
今年も変わらずルークの護衛に勤しむジャックも、その横で大人しくおすわりして待機中だった。
もうじき二歳になる当のルークは、去年に比べれば多少は落ち着いてきたのか……いや、みんなが警戒を解かないせいで、そう見えるだけなのかも知れないが……「にんぎょー」と舌足らずな発音でお話会への意気込みを見せている。
なにもかもが余すことなく準備万端というわけだ。
「わかった。降参。ひいひいジイさんと人魚の話をすればいいんだな?」
思わず両手をあげて降参のポーズをとると、姪っ子たちとベリルがにっこりと顔を見合わせて、「やったー!」と笑い出した。
この笑顔が見られるなら、少しぐらいの気恥ずかしさも耐える甲斐があるってものだ。
昔、曾祖父が人魚に恋した物語……以前は、これをなにも考えずに語っていた。
いや、なにもということはないか。自分が小さいころに聴いたときの憧れや、この話を語り継いでいくだろう子どもたちに、希望を託しながら語っていたな。
ところが、去年の夏。
俺は曾祖父と同じく、突然降ってきたような劇的ロマンスを、身をもって体験してしまったんだ。
それ以来、この恋物語を語るのが妙に気恥ずかしくなってしまった。
ひと目で恋に落ちた男が、相手を想い、せつなく身を揉み、相手が異種族だとわかっても追い求めることをやめられない…………まんま、俺のことじゃないか。
曾祖父は、気の毒にも相手に振り向いてもらえるチャンスを得られなかったが、幸い俺は、その人を手に入れることができた。
当然簡単なことじゃなかったが、あのとき諦めないでよかったと、一年経ったいまでもしみじみと思う。
「あら、人魚の話ね。私も仲間に入れてよ」
メアリーがキャビンから出てきて最後のデッキチェアに腰かけた。バカンスに来たはずなのに、手にはモバイルパソコン……相変わらずのワーカホリックだ。
「あ、そうそう。ベリル、仕事の調子はどう?」
「うん、順調。みんなも喜んでくれてるみたい」
ベリルはいま、海洋写真家として活躍している。
喜んでいるというのは、ブログで交流のある『海好きの仲間たち』が、このたび決まった写真集第二弾の発売を喜んでくれているということだ。
きっかけは、去年メアリーたちがバカンスに来ていたときから始まっていた。
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