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70-彼の欲張りな願い
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「それから。年に一度、この海域を調査している件なんですが……俺の祖父は、いまだに人魚の探索をしています。その探索を続けさせてほしいんです」
俺がそう言うと、大婆様が一気に気色ばむ。
「人魚を人間の晒し者にすることは許さないわよ? ベリルの恋しい人だっていうから、いまだって見逃してるの。勘違いしないで。いまここでこの船を沈めることだって」
そう言いながら、大婆様が片手をこちらに向かって差し出してくる。
途端に、船の周りの海面がうねりだし、船体がぐらぐらと揺れ始めた。
「ああ、いや。すみませんっ、誤解です! これからも人魚を探すけど、見つからないようにしてほしいってお願いでッ……」
しまった。アプローチが不味かった。
船の揺れに翻弄されるベリルを庇いながら、慌てて訂正する。
すると、大婆様は『なんだ、つまらない』とでも言いたげな顔をして手をおろした。すぐに、船も海も、なにごともなかったみたいに静かになる。
この人は極力怒らせない方がよさそうだ。
「祖父は、曾祖父が恋した人魚に憧れていて、生涯を賭して人魚を探し続けるつもりなんです。それを無理にやめさせてしまえば、彼から生き甲斐を奪うことになりかねません」
そんな事態は避けたいと思う。孫として。
「なんだい。人魚本人に引き合わせて、ってことは考えないのかい?」
ここに本人がいるじゃないさと、大婆様がおばあさまを横目で見た。
「いえ、曾祖父ならまだしも、相手は祖父なので、そういった気遣いは無用です」
むしろ、そうして夢を終わらせてしまう方が、彼から楽しみを奪ってしまいそうだから。
「……曾祖父とやらは、もう……?」
おばあさまが静かに尋ねてきた。
「ええ、亡くなりました。二年前に」
おばあさまはさっき、未練は船の上に置いてきたと言っていたけど、はやり自分にプロポーズした男の行く末は気になるんだろうか。
でも、それきりおばあさまはなにも言わない。
もう百年近く昔のことだ。ロマンチックな男だけがその恋を覚えていたのだというなら、それはそれでいいと思う。
「それから海底調査も……この海を守るためにどうしても必要なんです。探索兼調査の実施期間やエリア情報をベリルを通して里へ流すので、そのあいだだけ注意願えませんか?」
俺が具体的な依頼内容を告げると、
「……まあ、もともと里からでるようなヤンチャは、ベリルくらいだったからね。問題ないだろ」
と、おばあさまが、ベリルをチラリと見遣りながら許可をくれる。
「ありがとうございます。それから、もうひとつお願いが」
「なんだい、この婿殿は……注文が多いね」
『もういい加減、話はうんざりだ』とでも言いたげなおばあさまだったが、ここは我慢してもらうしかない。
里へ戻れるベリルは別として、俺は、おばあさまや大婆様と次回いつ話せるかわからないんだ。なるべく思い残すことなく話し合っておきたかった。
「すみません。でも、これだけは……。ベリルが里へ戻ったら、必ず地上へ戻してほしいんです」
「え?」
ベリルが反応して俺を見あげた。たぶん『戻らないわけがないのに』とでも言いたいんだろう。
わかってる。でもこれは、ベリルに話してるんじゃないんだよ。
「ベリルが地上に帰りたくないと言っても、追い返してください。もしなにかの誤解があって、それを話し合う前にベリルが里に逃げ込んでしまったら……俺は追いかけていけないから」
いや、これは嘘だ。
そんなことになれば、俺はたぶん追いかけていくだろう。今日みたいに命を顧みず、無謀なことを何度でも。
ただ、そうしてまたベリルを泣かせるのは本望じゃないから……。
「どれだけ苦労しても、どれだけ時間がかかっても、必ず誤解は解いてみせます。もし誤解じゃなく、俺がベリルを傷つけたのだととしても、それは絶対にわざとじゃないと断言できる」
ベリルのためにも、里に味方が欲しかった。
それも、ベリルを思うがゆえに、俺に協力せざるを得ないような味方が。
俺はその味方の信頼を、いまここで勝ち取っておかなきゃならないんだ。
「謝って、話し合って、理解して、理解してもらえるチャンスがほしい。だから、無理やりにでも、ベリルを俺の元へと追い返してもらいたいんです」
一番の味方は、きっとおばあさまだ。
お願いします、とおばあさまへ向かって頭をさげる。
「はぁ……しゃーないねぇ。わかった。請け負うよ」
嫌々そうに、おばあさまが請け負ってくれた。
よかった。これで安心していられる。
「それから……」
「なんだい、まだあんのかい」
予想通りのうんざり声が返ってくる。
いっぺんに頼みごとをしすぎたかな。でも、これだって譲れないんだ。
俺は欲張りを承知で、続けざまに口を開いた。
俺がそう言うと、大婆様が一気に気色ばむ。
「人魚を人間の晒し者にすることは許さないわよ? ベリルの恋しい人だっていうから、いまだって見逃してるの。勘違いしないで。いまここでこの船を沈めることだって」
そう言いながら、大婆様が片手をこちらに向かって差し出してくる。
途端に、船の周りの海面がうねりだし、船体がぐらぐらと揺れ始めた。
「ああ、いや。すみませんっ、誤解です! これからも人魚を探すけど、見つからないようにしてほしいってお願いでッ……」
しまった。アプローチが不味かった。
船の揺れに翻弄されるベリルを庇いながら、慌てて訂正する。
すると、大婆様は『なんだ、つまらない』とでも言いたげな顔をして手をおろした。すぐに、船も海も、なにごともなかったみたいに静かになる。
この人は極力怒らせない方がよさそうだ。
「祖父は、曾祖父が恋した人魚に憧れていて、生涯を賭して人魚を探し続けるつもりなんです。それを無理にやめさせてしまえば、彼から生き甲斐を奪うことになりかねません」
そんな事態は避けたいと思う。孫として。
「なんだい。人魚本人に引き合わせて、ってことは考えないのかい?」
ここに本人がいるじゃないさと、大婆様がおばあさまを横目で見た。
「いえ、曾祖父ならまだしも、相手は祖父なので、そういった気遣いは無用です」
むしろ、そうして夢を終わらせてしまう方が、彼から楽しみを奪ってしまいそうだから。
「……曾祖父とやらは、もう……?」
おばあさまが静かに尋ねてきた。
「ええ、亡くなりました。二年前に」
おばあさまはさっき、未練は船の上に置いてきたと言っていたけど、はやり自分にプロポーズした男の行く末は気になるんだろうか。
でも、それきりおばあさまはなにも言わない。
もう百年近く昔のことだ。ロマンチックな男だけがその恋を覚えていたのだというなら、それはそれでいいと思う。
「それから海底調査も……この海を守るためにどうしても必要なんです。探索兼調査の実施期間やエリア情報をベリルを通して里へ流すので、そのあいだだけ注意願えませんか?」
俺が具体的な依頼内容を告げると、
「……まあ、もともと里からでるようなヤンチャは、ベリルくらいだったからね。問題ないだろ」
と、おばあさまが、ベリルをチラリと見遣りながら許可をくれる。
「ありがとうございます。それから、もうひとつお願いが」
「なんだい、この婿殿は……注文が多いね」
『もういい加減、話はうんざりだ』とでも言いたげなおばあさまだったが、ここは我慢してもらうしかない。
里へ戻れるベリルは別として、俺は、おばあさまや大婆様と次回いつ話せるかわからないんだ。なるべく思い残すことなく話し合っておきたかった。
「すみません。でも、これだけは……。ベリルが里へ戻ったら、必ず地上へ戻してほしいんです」
「え?」
ベリルが反応して俺を見あげた。たぶん『戻らないわけがないのに』とでも言いたいんだろう。
わかってる。でもこれは、ベリルに話してるんじゃないんだよ。
「ベリルが地上に帰りたくないと言っても、追い返してください。もしなにかの誤解があって、それを話し合う前にベリルが里に逃げ込んでしまったら……俺は追いかけていけないから」
いや、これは嘘だ。
そんなことになれば、俺はたぶん追いかけていくだろう。今日みたいに命を顧みず、無謀なことを何度でも。
ただ、そうしてまたベリルを泣かせるのは本望じゃないから……。
「どれだけ苦労しても、どれだけ時間がかかっても、必ず誤解は解いてみせます。もし誤解じゃなく、俺がベリルを傷つけたのだととしても、それは絶対にわざとじゃないと断言できる」
ベリルのためにも、里に味方が欲しかった。
それも、ベリルを思うがゆえに、俺に協力せざるを得ないような味方が。
俺はその味方の信頼を、いまここで勝ち取っておかなきゃならないんだ。
「謝って、話し合って、理解して、理解してもらえるチャンスがほしい。だから、無理やりにでも、ベリルを俺の元へと追い返してもらいたいんです」
一番の味方は、きっとおばあさまだ。
お願いします、とおばあさまへ向かって頭をさげる。
「はぁ……しゃーないねぇ。わかった。請け負うよ」
嫌々そうに、おばあさまが請け負ってくれた。
よかった。これで安心していられる。
「それから……」
「なんだい、まだあんのかい」
予想通りのうんざり声が返ってくる。
いっぺんに頼みごとをしすぎたかな。でも、これだって譲れないんだ。
俺は欲張りを承知で、続けざまに口を開いた。
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