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60-少年人魚の愛しのキング
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「キングッ!!」
どうしようっ……キングがクリスの体当たりをまともに食らった。
キングが里へ来たらこうなることはわかってたんだ。だから来てほしくなかったのに……。
人間には厳しい場所にあるからという理由でキングを遠ざけたけど、本当はそれだけが理由じゃなかった。
人魚は人間を嫌ってる。過去、何人もの仲間が人間に捉えられ悲惨な死を遂げたと、里では言い伝えられていた。そのせいで人魚は人間を怖れると同時に、憎んでるんだ。
そんな人間相手に、海の底で人魚が手加減なんてするものか。
かなり痛かったんだろう。キングは身体を丸めて呻いている。
早く助けに行きたいのに、僕の両手を掴んで離さないクリスの仲間が、それを許してくれない。
どうしたら……。
「きゃああぁっ! 人魚岩がっ!」
突然の叫び声に振り向くと、幾人かの人魚たちが一点を見つめて震えあがっていた。彼女たちの目の前には、無惨にも斜めに真っ二つに割れた人魚岩がある。
その向こうを、主をなくして勢いづいた水中スクーターが、低く唸りながら進んでいった。
どうやら、キングの持ち込んだスクーターが、人魚岩を壊してしまったらしい。
寿命を迎えて脆くなっていたのか、割けて転がった上部は、粉々に砕けて緩い海流に流されていった。
人魚岩が消えた。
たちまち人魚の里に激震が走った。
人魚岩は、これまで何百年と人魚たちに赤ちゃんを授けてくれていた。もはや神様のような存在だ。
僕が生まれてからは誰も赤ちゃんに恵まれていないけど、それでもみんな諦めずに、毎日毎日祈りを捧げてたんだ。
個体数が減り続ける一方の人魚たちにとっては、唯一の希望で、心の支えだった。
いくら大婆様に寿命だと宣告されても、きっとその神聖さはすぐにはなくならないんだろう。
僕はオスだし、祈りを捧げたこともないからまだ冷静でいられるけど……。
ある人魚はその場で泣き崩れ、ある人魚は人魚岩の残骸に取り縋って何事かを叫んでいる。
乙女たちだけじゃない。娘が子を成せるようにと毎日祈っていた母たちも同様に取り乱していた。
絶叫と、号泣と、狂乱と、自失……まるで人魚の里全体がパニックを起こしたみたいだった。
それまで僕を取り押さえていたクリスの仲間も、無惨な人魚岩を見て呆然としている。
チャンスだ!
すでに力のない拘束の手を振り解くと、簡単にその場を抜け出すことができた。
急いでキングのいた場所を振り仰いだら、キングがもってきてくれたナイフが光を反射しながら落ちていくのが見える。
「ルシナ、ナイフを!」
反射的に叫んでいた。
けれど、僕が叫び終わるより早く、ルシナがナイフを咥えくる。
ルシナだって里じゃ息継ぎができなくて苦しいだろうに……。僕のためにギリギリまで頑張るつもりらしい。その気持ちがすごくうれしかった。
「おばあさま、じっとしててね」
切れ味のいいナイフが、次々と頑丈な藻をバラバラにしていく。おばあさまを藻の半分ほどが崩れると、残りは自然と解けていった。
弱りきっていたおばあさまの体調も気になったけど、それよりもいまは……。
振り返った僕が見つめるその先で、キングが大きな泡の塊を吐いた。意識がないのか、ゆっくりと沈んでいく。
「キングッ!」
キングの元へ急ぐと、いきなりグイと髪を引かれて身体が反転した。
「ベリル! 逃さないんだからね!」
「クリスッ!? 放してっ!!」
早くキングを助けないと!
「イヤよ。あんな人間のどこがいいの? 小さい頃からずっとそばにいる私の方がいいに決まってるじゃない」
は? 何度もいじめてきたクリスより、こんなところまで助けに来てくれたキングの方がいいに決まってるじゃないか。
「言ってる意味がわからないよ」
クリスには、これまで何度も髪を引っ張られた。いつもは、楽しそうなクリスに腹を立てつつも、隙を見て逃げ出すだけの僕だったけど、いまはそんな悠長なことはしてられない。
それはクリスも同じらしく、いつもみたいな意地悪を楽しんでる様子じゃなかった。見たこともない形相で、手にした僕の髪をグイグイと手繰り寄せはじめる。
そこまでして僕をキングのところへ行かせないつもりか……。
それなら……。
ザクリ。
クリスの手元に、ナイフで切られた僕の髪が力なく垂れていく。
それを見たクリスは、なぜか人魚岩が壊れたときよりも呆然としていたけど、そんなことはどうでもいい。
これで僕とクリスを繋ぐものはなにもない。
僕は手に持ったままだったナイフを放り出して、キングの元へと急いだ。
軽くなった身を翻して、海底に沈んでしまった力ない身体を抱き留める。
「キング! キング! 目を開けて!」
人間は水の中じゃ生きていけないのに。
どうしよう……このままじゃ、キングが死んじゃう。
「落ち着きな、ベリル。焦るんじゃないよ」
ルシナに手伝ってもらったのか、キングのスクーターを手に入れたおばあさまが寄ってきて、真剣な声で僕を叱った。さっきまであれだけ弱っていたのに、不思議とその口調はしっかりしていた。
「まず、そのホースを人間の口に入れておやり」
そう言われて、コポコポと泡を出し続けるホースの先を、慌ててキングの口に突っ込んだ。
向きが合ってるかはわからないけど、とりあえずキングの頬や胸には空気が入ったみたいで、キングの身体がぐぐっと膨らむ。
それでもすぐに、力のないキングの口の端から空気が漏れてくる。どうしよう。
「その泡は大丈夫だ。放っときな」
ただ狼狽えるだけの僕に、おばあさまが的確に指示をしてくれる。さすが魔女としか言いようがない。人間のことまで細かく知識を蓄積してきた歴代魔女様様だ。
「それよりも声をかけながら、海面に出るんだよ。一気に出ちゃダメだ。人間はヤワだからね。休み休み、ゆっくりだ」
「わかった……やってみる!」
僕はおばあさまの揺るぎない声に励まされながら、愛しい人の大切な身体を抱き寄せた。
どうしようっ……キングがクリスの体当たりをまともに食らった。
キングが里へ来たらこうなることはわかってたんだ。だから来てほしくなかったのに……。
人間には厳しい場所にあるからという理由でキングを遠ざけたけど、本当はそれだけが理由じゃなかった。
人魚は人間を嫌ってる。過去、何人もの仲間が人間に捉えられ悲惨な死を遂げたと、里では言い伝えられていた。そのせいで人魚は人間を怖れると同時に、憎んでるんだ。
そんな人間相手に、海の底で人魚が手加減なんてするものか。
かなり痛かったんだろう。キングは身体を丸めて呻いている。
早く助けに行きたいのに、僕の両手を掴んで離さないクリスの仲間が、それを許してくれない。
どうしたら……。
「きゃああぁっ! 人魚岩がっ!」
突然の叫び声に振り向くと、幾人かの人魚たちが一点を見つめて震えあがっていた。彼女たちの目の前には、無惨にも斜めに真っ二つに割れた人魚岩がある。
その向こうを、主をなくして勢いづいた水中スクーターが、低く唸りながら進んでいった。
どうやら、キングの持ち込んだスクーターが、人魚岩を壊してしまったらしい。
寿命を迎えて脆くなっていたのか、割けて転がった上部は、粉々に砕けて緩い海流に流されていった。
人魚岩が消えた。
たちまち人魚の里に激震が走った。
人魚岩は、これまで何百年と人魚たちに赤ちゃんを授けてくれていた。もはや神様のような存在だ。
僕が生まれてからは誰も赤ちゃんに恵まれていないけど、それでもみんな諦めずに、毎日毎日祈りを捧げてたんだ。
個体数が減り続ける一方の人魚たちにとっては、唯一の希望で、心の支えだった。
いくら大婆様に寿命だと宣告されても、きっとその神聖さはすぐにはなくならないんだろう。
僕はオスだし、祈りを捧げたこともないからまだ冷静でいられるけど……。
ある人魚はその場で泣き崩れ、ある人魚は人魚岩の残骸に取り縋って何事かを叫んでいる。
乙女たちだけじゃない。娘が子を成せるようにと毎日祈っていた母たちも同様に取り乱していた。
絶叫と、号泣と、狂乱と、自失……まるで人魚の里全体がパニックを起こしたみたいだった。
それまで僕を取り押さえていたクリスの仲間も、無惨な人魚岩を見て呆然としている。
チャンスだ!
すでに力のない拘束の手を振り解くと、簡単にその場を抜け出すことができた。
急いでキングのいた場所を振り仰いだら、キングがもってきてくれたナイフが光を反射しながら落ちていくのが見える。
「ルシナ、ナイフを!」
反射的に叫んでいた。
けれど、僕が叫び終わるより早く、ルシナがナイフを咥えくる。
ルシナだって里じゃ息継ぎができなくて苦しいだろうに……。僕のためにギリギリまで頑張るつもりらしい。その気持ちがすごくうれしかった。
「おばあさま、じっとしててね」
切れ味のいいナイフが、次々と頑丈な藻をバラバラにしていく。おばあさまを藻の半分ほどが崩れると、残りは自然と解けていった。
弱りきっていたおばあさまの体調も気になったけど、それよりもいまは……。
振り返った僕が見つめるその先で、キングが大きな泡の塊を吐いた。意識がないのか、ゆっくりと沈んでいく。
「キングッ!」
キングの元へ急ぐと、いきなりグイと髪を引かれて身体が反転した。
「ベリル! 逃さないんだからね!」
「クリスッ!? 放してっ!!」
早くキングを助けないと!
「イヤよ。あんな人間のどこがいいの? 小さい頃からずっとそばにいる私の方がいいに決まってるじゃない」
は? 何度もいじめてきたクリスより、こんなところまで助けに来てくれたキングの方がいいに決まってるじゃないか。
「言ってる意味がわからないよ」
クリスには、これまで何度も髪を引っ張られた。いつもは、楽しそうなクリスに腹を立てつつも、隙を見て逃げ出すだけの僕だったけど、いまはそんな悠長なことはしてられない。
それはクリスも同じらしく、いつもみたいな意地悪を楽しんでる様子じゃなかった。見たこともない形相で、手にした僕の髪をグイグイと手繰り寄せはじめる。
そこまでして僕をキングのところへ行かせないつもりか……。
それなら……。
ザクリ。
クリスの手元に、ナイフで切られた僕の髪が力なく垂れていく。
それを見たクリスは、なぜか人魚岩が壊れたときよりも呆然としていたけど、そんなことはどうでもいい。
これで僕とクリスを繋ぐものはなにもない。
僕は手に持ったままだったナイフを放り出して、キングの元へと急いだ。
軽くなった身を翻して、海底に沈んでしまった力ない身体を抱き留める。
「キング! キング! 目を開けて!」
人間は水の中じゃ生きていけないのに。
どうしよう……このままじゃ、キングが死んじゃう。
「落ち着きな、ベリル。焦るんじゃないよ」
ルシナに手伝ってもらったのか、キングのスクーターを手に入れたおばあさまが寄ってきて、真剣な声で僕を叱った。さっきまであれだけ弱っていたのに、不思議とその口調はしっかりしていた。
「まず、そのホースを人間の口に入れておやり」
そう言われて、コポコポと泡を出し続けるホースの先を、慌ててキングの口に突っ込んだ。
向きが合ってるかはわからないけど、とりあえずキングの頬や胸には空気が入ったみたいで、キングの身体がぐぐっと膨らむ。
それでもすぐに、力のないキングの口の端から空気が漏れてくる。どうしよう。
「その泡は大丈夫だ。放っときな」
ただ狼狽えるだけの僕に、おばあさまが的確に指示をしてくれる。さすが魔女としか言いようがない。人間のことまで細かく知識を蓄積してきた歴代魔女様様だ。
「それよりも声をかけながら、海面に出るんだよ。一気に出ちゃダメだ。人間はヤワだからね。休み休み、ゆっくりだ」
「わかった……やってみる!」
僕はおばあさまの揺るぎない声に励まされながら、愛しい人の大切な身体を抱き寄せた。
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