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48-少年人魚の彼の視線
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「え、ちょっとまって。いまのどうやったの?」
「じゃあ、もう一回な」
キングが作業台の上で卵を弾ませると、コンコンと軽い音がした。続いてボウルの上に掲げて、卵の殻にできた窪みに親指を差し入れる。
すると、ぱかりと左右に割れた殻のあいだから、白身と黄身がボウルの中へぽてりと落ちてた。ボウルの中でいくつもの黄色い玉がくるりと揺れる。
「おお~!!」
息を詰めて見ていた一同が、感嘆の声をあげた。
「すごいわ! キングおじさん!」
「いまどきのオトコはリョーリくらいできないとだめだって、ママがいってたわ」
キングを称賛するニーナの横で、さっきいっしょに『おお~』と叫んだはずのノーラがおしゃまな口調でそう言った。
『いってた』というメアリーの口調を想像してしまって、僕はこっそりと笑う。
「パパは料理ができるのかい?」
「うちのご飯は、全部パパが作るのよ!」
キングの質問に、ニーナが元気に答える。
「あのね、人には適材適所っていう」
「わかってるよ。メアリーが料理できないことくらい知ってるし」
ダイニングから持ってきた椅子に腰かけて、キングの料理を遠目に見学していたメアリーの言葉をキングが遮った。素知らぬ顔をしてメアリーの弱みをみんなにバラしている。
今日のキッチンは人でいっぱいだ。
足首を捻挫したアンナに代わってキングが料理するというので、みんなが見学に集まったんだ。
僕が興味津々で覗き込んでいたら、キングが『教えてやろうか?』と言ってくれた。
そこに、ニーナとノーラも加わって、いまではキッチンが即席の料理教室みたいになっている。
いつも美味しい料理を作ってくれるアンナの手伝いを、僕ができるようになったらいいなと思う。
それに……もしいつか、僕がここを出て行かなくちゃならなくなったとき……。
海に帰らず、人として生きていく道が残されていたとしたら……料理ができるようになっていれば、少しはなんとかなるかもしれないし……。
ボウルの中身をカシャカシャと掻き混ぜるキングの手をじっと見つめる。
見つめながら、キングの視線の動きを意識のどこかで追っていた。
あ、また見てる……。
やっぱり、僕の足を見てるんだ……。
無言のまま視線だけで僕の足をちらりと見ては、ふいっと顔を背けるキング……。
これで何度目だろう。
今朝、廊下で顔を合わせたときもそうだった。
僕の顔を見るより先に、キングは僕の足を見ていた。
もしかしたら……キングは見てしまったのかもしれない。
昨夜のルーク救出のときに晒した、僕の人魚姿を。
ケント先生とアンナは病院へ行っていたし、メアリーはニーナとノーラをバスに入れていた。
ルークにはバッチリ見られてしまったけれど、彼はまだ上手にしゃべれないし、ほかのみんなにバレることはないと安心していたのだけど……。
思えば、キングがルークを探していたのは二階だった。
裏庭にあるプールは二階廊下の窓から丸見えだ。
それに、破れたジーンズも見られてしまった。
水に潜った瞬間に、人魚の尻尾が引き裂いてしまったジーンズの残骸……。
あんなふうに破れるわけもない丈夫なジーンズがボロ布になってたんだ。
咄嗟にわからないふりをしたけど、そんなことで誤魔化せるわけもない。
キングは確実に僕を人魚じゃないかと疑っている。
疑っていながら、僕を問い詰めないのはどうして?
「油は全体にいきわたらせて、バターも入れる。フライパンをよく熱してから卵液を入れるんだ」
キングの説明に我に返ると、熱くなったフライパンがジュッと音を立てて、形を失くした黄色い液を受けとめていた。
「火の通った部分を内側に、火が通ってない卵液を外側に弾きだすようにして」
キングがフライパンをガタガタと回しながら中身を掻き混ぜていく。
両手を同時に動かすのはちょっと難しそうだけど、キングが教えてくれてるんだから僕もちゃんと覚えなくちゃ。
「玉子がはがれやすくなってきたら、返しどきだ」
フライパンを斜めにすると、黄色い玉子が端から、ぺろんぺろんとおじぎをするようにして集まってきた。
「ここで、くるんとしてやると……ほら、オムレツのできあがり」
フライパンの奥側に集まった玉子が、あっという間にオムレツに形を変えた。
ええっ! いまの、どうなったの?
ニーナとノーラが「すごい! もう一回!」と騒いでる。
「……魔法みたいだ」
あまに見事な手捌きに、思わず感嘆の溜め息が出る。
おばあさまの魔法もすばらしいけど、キングの魔法も負けてない。
「魔法か…………使えたら素敵だろうね」
キングが囁くようにつぶやいたその言葉に、僕は息を呑んだ。
いつものキングだったら、そんな台詞も楽しそうに言うだろう。
でもいまの言葉を口にしたキングは、ひどく思い詰めたような顔をしていた。
もしかして、僕がキングにそんな顔をさせているの……?
次のオムレツをつくりはじめた恋しい人の背中を見つめながら考える。
僕は……ここにいたら、いけないのかもしれない。
僕がここに身を寄せていられたのは、キングやメアリーの好意があったからだ。
キングに人魚だとバレて、そのせいであんなつらそうな顔をさせているのだとしたら……。
僕は、ここにいない方がいい。
「じゃあ、もう一回な」
キングが作業台の上で卵を弾ませると、コンコンと軽い音がした。続いてボウルの上に掲げて、卵の殻にできた窪みに親指を差し入れる。
すると、ぱかりと左右に割れた殻のあいだから、白身と黄身がボウルの中へぽてりと落ちてた。ボウルの中でいくつもの黄色い玉がくるりと揺れる。
「おお~!!」
息を詰めて見ていた一同が、感嘆の声をあげた。
「すごいわ! キングおじさん!」
「いまどきのオトコはリョーリくらいできないとだめだって、ママがいってたわ」
キングを称賛するニーナの横で、さっきいっしょに『おお~』と叫んだはずのノーラがおしゃまな口調でそう言った。
『いってた』というメアリーの口調を想像してしまって、僕はこっそりと笑う。
「パパは料理ができるのかい?」
「うちのご飯は、全部パパが作るのよ!」
キングの質問に、ニーナが元気に答える。
「あのね、人には適材適所っていう」
「わかってるよ。メアリーが料理できないことくらい知ってるし」
ダイニングから持ってきた椅子に腰かけて、キングの料理を遠目に見学していたメアリーの言葉をキングが遮った。素知らぬ顔をしてメアリーの弱みをみんなにバラしている。
今日のキッチンは人でいっぱいだ。
足首を捻挫したアンナに代わってキングが料理するというので、みんなが見学に集まったんだ。
僕が興味津々で覗き込んでいたら、キングが『教えてやろうか?』と言ってくれた。
そこに、ニーナとノーラも加わって、いまではキッチンが即席の料理教室みたいになっている。
いつも美味しい料理を作ってくれるアンナの手伝いを、僕ができるようになったらいいなと思う。
それに……もしいつか、僕がここを出て行かなくちゃならなくなったとき……。
海に帰らず、人として生きていく道が残されていたとしたら……料理ができるようになっていれば、少しはなんとかなるかもしれないし……。
ボウルの中身をカシャカシャと掻き混ぜるキングの手をじっと見つめる。
見つめながら、キングの視線の動きを意識のどこかで追っていた。
あ、また見てる……。
やっぱり、僕の足を見てるんだ……。
無言のまま視線だけで僕の足をちらりと見ては、ふいっと顔を背けるキング……。
これで何度目だろう。
今朝、廊下で顔を合わせたときもそうだった。
僕の顔を見るより先に、キングは僕の足を見ていた。
もしかしたら……キングは見てしまったのかもしれない。
昨夜のルーク救出のときに晒した、僕の人魚姿を。
ケント先生とアンナは病院へ行っていたし、メアリーはニーナとノーラをバスに入れていた。
ルークにはバッチリ見られてしまったけれど、彼はまだ上手にしゃべれないし、ほかのみんなにバレることはないと安心していたのだけど……。
思えば、キングがルークを探していたのは二階だった。
裏庭にあるプールは二階廊下の窓から丸見えだ。
それに、破れたジーンズも見られてしまった。
水に潜った瞬間に、人魚の尻尾が引き裂いてしまったジーンズの残骸……。
あんなふうに破れるわけもない丈夫なジーンズがボロ布になってたんだ。
咄嗟にわからないふりをしたけど、そんなことで誤魔化せるわけもない。
キングは確実に僕を人魚じゃないかと疑っている。
疑っていながら、僕を問い詰めないのはどうして?
「油は全体にいきわたらせて、バターも入れる。フライパンをよく熱してから卵液を入れるんだ」
キングの説明に我に返ると、熱くなったフライパンがジュッと音を立てて、形を失くした黄色い液を受けとめていた。
「火の通った部分を内側に、火が通ってない卵液を外側に弾きだすようにして」
キングがフライパンをガタガタと回しながら中身を掻き混ぜていく。
両手を同時に動かすのはちょっと難しそうだけど、キングが教えてくれてるんだから僕もちゃんと覚えなくちゃ。
「玉子がはがれやすくなってきたら、返しどきだ」
フライパンを斜めにすると、黄色い玉子が端から、ぺろんぺろんとおじぎをするようにして集まってきた。
「ここで、くるんとしてやると……ほら、オムレツのできあがり」
フライパンの奥側に集まった玉子が、あっという間にオムレツに形を変えた。
ええっ! いまの、どうなったの?
ニーナとノーラが「すごい! もう一回!」と騒いでる。
「……魔法みたいだ」
あまに見事な手捌きに、思わず感嘆の溜め息が出る。
おばあさまの魔法もすばらしいけど、キングの魔法も負けてない。
「魔法か…………使えたら素敵だろうね」
キングが囁くようにつぶやいたその言葉に、僕は息を呑んだ。
いつものキングだったら、そんな台詞も楽しそうに言うだろう。
でもいまの言葉を口にしたキングは、ひどく思い詰めたような顔をしていた。
もしかして、僕がキングにそんな顔をさせているの……?
次のオムレツをつくりはじめた恋しい人の背中を見つめながら考える。
僕は……ここにいたら、いけないのかもしれない。
僕がここに身を寄せていられたのは、キングやメアリーの好意があったからだ。
キングに人魚だとバレて、そのせいであんなつらそうな顔をさせているのだとしたら……。
僕は、ここにいない方がいい。
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