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43-彼の本当に侮れない甥っ子
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そう思って勢い込んだものの、世の中はそんなに甘くなかった。
アンナに妙に懐いているベリルは、手伝いのあいだずっと彼女にベッタリで、離れる様子もなかったんだ。
アンナの前でベリルを取り乱させるのは気が引ける。
ずっと昔から世話をしてくれているメイドのアンナを敵に回したくないということもあったが……。
なによりも、アンナに心配をかけたくないだろうベリルの機嫌を、さらに損ねる可能性が否めなかったからだ。
結局、声をかける隙もなく、いつもより元気のない笑顔を盗み見ただけで、午後の前半戦は終わってしまった。
幼いナイトたちが昼寝中だった後半戦も、ベリルの勉強を邪魔するわけにもいかず……。
あっという間に夜が来てしまった。
もうずいぶん……ベリルと言葉を交わしていない。
早いとこ関係を修復しなければと焦るのに、焦れば焦るほどベリルとの距離が遠くなっていく気がする。
もしかして、神様かなにかが、ベリルに触れた俺に嫉妬して、意地悪してるんじゃないだろうな?
そんなバカげたことを真剣に考えながらも、完全に否定できずにいると……。
案の定、いつもよりぎこちない夕食が終わって、いざベリルを捕まえようと意気込んでいた俺の方が、メアリーに捕まった。
ちくしょう……誰の仕業だよ……。
メアリーの用件は、このあとの子どもたちの入浴を手伝ってほしい、とのことだった。
ニーナとノーラを入浴させるついでに、ベビーバスを卒業したルークも洗ってしまおうという算段らしい。
俺の仕事は、時間差でルークをバスルームまで連れていくことだ。
「うーん……アンナは?」
こんなタイミングじゃなければ快く引き受けたんだが、一刻も早くベリルを捕まえたい俺は返事を渋った。
「アンナは無理。さっき踏み台から落ちちゃって、ケントがいま病院へ連れていってるの」
「え、大丈夫なのか?」
本人にそんなつもりは、さらさらないようだが、アンナは結構な年齢だ。骨折などしたらおおごとになる。
「骨の方は大丈夫そう。たぶん捻挫ね。数日は安静にした方がいいと思うけど」
「よかった……。家事なら俺だってできるし、安静だけなら問題ないな」
アンナが無事なら、ベリルも気を揉まないで済む。彼の心配事が少しでも増えずに済むのなら、それに越したことはない。
本当によかった。
「だからお願い。あとでルークを連れてきてよ。ベリルに頼むと子どもたち、はしゃぎそうだし」
確かに。プールで一緒に遊べなかった分、大騒ぎになりそうだ。
仕方ない。ベリルの件は後回しか……。
「わかった、俺がやる。で、そのルークは?」
「ベビーベッドよ。今日はプールに入ったせいでひどく興奮しちゃって、こんな時間に昼寝がずれたの」
よろしくね、と手を振りながらメインバスルームへと向かうメアリーの向こうに、すでにスタンバイしていたニーナとノーラが見えた。
気のせいかもしれないが、微妙に睨まれているような……。
これは、いよいよやばいな。
ベリルと仲直りしない限り、キングおじさんは許してもらえないらしい。
別にベリルをいじめてるわけでも、喧嘩してるわけでもないんだけどな。
むしろ、仲良くしたいと奔走しているのに、それを邪魔してくれてるのは君らナイトだぞ?
そんなことを考えながら、子ども部屋へと入る。
ルークの寝ているベビーベッドは一番奥だ。
「ルークー、起きろー。さあ、おじさんと一緒に……え、あれ? ルーク?」
寝ているはずのルークがいない。ベビーベッドはもぬけの殻だ。
あいつ……どこ行った?
見れば、ベビーベッドの枕元には大きなぬいぐるみが何体か積まれている。
その一番上に置かれたウサギの柔らかそうな腹には、明らかにルークのものと思われる足形の凹みがあった。
その足形の行く先を視線で辿ると、ベビーベッドの柵、それに並ぶようにして、ぶら下がるカーテンと、鍵のかかったままの出窓がある。
その少し先にはチェスト……また少しずれた先には、不自然に引き寄せられたような椅子が。
まるで……階段みたいに並んでいる。
「え、嘘だろ? マジで?」
一歳前の乳児が、そこまでするのか?
でも、この状況を考えたら、ルークがベビーベッドを脱走したとしか……。
たとえこの連想がどんなに信じられなくても、ルークがベビーベッドにいない事実は変えられない。
ルークが海に転落したときみたいに、一瞬で冷や汗が全身を覆った。
まったく……どんどん賢くなっていくルークには心底驚くほかないが、いまは驚いている場合でもない。
「ルーク! どこだ? 隠れてるんなら出ておいで!」
ニーナやノーラのベッドにも、ベッドの下にもルークはいない。
クローゼットのなかやチェストの隙間も確認したが、結果は同じだ。
ちょっと待て、落ち着け、俺。
俺はさっき、子ども部屋のドアを『開けて』入ったか?
最初から開いていたなんてことは……。
ぞっとしながら思い出そうとするが、そのときの自分に何気ない動作があったかどうか、なかなか思い出せない。
ドアさえ閉まっていれば、ドアノブには届かないルークには開けようがない。
必ずこの部屋に……ああ、いや、アレコレ使えば……あのルークのことだ。
ドアなんて、閉めてあったって意味がないのか……。
絶望的な気分でドアを眺めたが、そんな悠長なことしてる場合じゃない。
いま唯一確かなことは、ベビーベッドにも子ども部屋にも、ルークがいないということだ。
「ちくしょう! どこ行った! ルークッ!!」
俺は慌てて子ども部屋を飛び出した。
アンナに妙に懐いているベリルは、手伝いのあいだずっと彼女にベッタリで、離れる様子もなかったんだ。
アンナの前でベリルを取り乱させるのは気が引ける。
ずっと昔から世話をしてくれているメイドのアンナを敵に回したくないということもあったが……。
なによりも、アンナに心配をかけたくないだろうベリルの機嫌を、さらに損ねる可能性が否めなかったからだ。
結局、声をかける隙もなく、いつもより元気のない笑顔を盗み見ただけで、午後の前半戦は終わってしまった。
幼いナイトたちが昼寝中だった後半戦も、ベリルの勉強を邪魔するわけにもいかず……。
あっという間に夜が来てしまった。
もうずいぶん……ベリルと言葉を交わしていない。
早いとこ関係を修復しなければと焦るのに、焦れば焦るほどベリルとの距離が遠くなっていく気がする。
もしかして、神様かなにかが、ベリルに触れた俺に嫉妬して、意地悪してるんじゃないだろうな?
そんなバカげたことを真剣に考えながらも、完全に否定できずにいると……。
案の定、いつもよりぎこちない夕食が終わって、いざベリルを捕まえようと意気込んでいた俺の方が、メアリーに捕まった。
ちくしょう……誰の仕業だよ……。
メアリーの用件は、このあとの子どもたちの入浴を手伝ってほしい、とのことだった。
ニーナとノーラを入浴させるついでに、ベビーバスを卒業したルークも洗ってしまおうという算段らしい。
俺の仕事は、時間差でルークをバスルームまで連れていくことだ。
「うーん……アンナは?」
こんなタイミングじゃなければ快く引き受けたんだが、一刻も早くベリルを捕まえたい俺は返事を渋った。
「アンナは無理。さっき踏み台から落ちちゃって、ケントがいま病院へ連れていってるの」
「え、大丈夫なのか?」
本人にそんなつもりは、さらさらないようだが、アンナは結構な年齢だ。骨折などしたらおおごとになる。
「骨の方は大丈夫そう。たぶん捻挫ね。数日は安静にした方がいいと思うけど」
「よかった……。家事なら俺だってできるし、安静だけなら問題ないな」
アンナが無事なら、ベリルも気を揉まないで済む。彼の心配事が少しでも増えずに済むのなら、それに越したことはない。
本当によかった。
「だからお願い。あとでルークを連れてきてよ。ベリルに頼むと子どもたち、はしゃぎそうだし」
確かに。プールで一緒に遊べなかった分、大騒ぎになりそうだ。
仕方ない。ベリルの件は後回しか……。
「わかった、俺がやる。で、そのルークは?」
「ベビーベッドよ。今日はプールに入ったせいでひどく興奮しちゃって、こんな時間に昼寝がずれたの」
よろしくね、と手を振りながらメインバスルームへと向かうメアリーの向こうに、すでにスタンバイしていたニーナとノーラが見えた。
気のせいかもしれないが、微妙に睨まれているような……。
これは、いよいよやばいな。
ベリルと仲直りしない限り、キングおじさんは許してもらえないらしい。
別にベリルをいじめてるわけでも、喧嘩してるわけでもないんだけどな。
むしろ、仲良くしたいと奔走しているのに、それを邪魔してくれてるのは君らナイトだぞ?
そんなことを考えながら、子ども部屋へと入る。
ルークの寝ているベビーベッドは一番奥だ。
「ルークー、起きろー。さあ、おじさんと一緒に……え、あれ? ルーク?」
寝ているはずのルークがいない。ベビーベッドはもぬけの殻だ。
あいつ……どこ行った?
見れば、ベビーベッドの枕元には大きなぬいぐるみが何体か積まれている。
その一番上に置かれたウサギの柔らかそうな腹には、明らかにルークのものと思われる足形の凹みがあった。
その足形の行く先を視線で辿ると、ベビーベッドの柵、それに並ぶようにして、ぶら下がるカーテンと、鍵のかかったままの出窓がある。
その少し先にはチェスト……また少しずれた先には、不自然に引き寄せられたような椅子が。
まるで……階段みたいに並んでいる。
「え、嘘だろ? マジで?」
一歳前の乳児が、そこまでするのか?
でも、この状況を考えたら、ルークがベビーベッドを脱走したとしか……。
たとえこの連想がどんなに信じられなくても、ルークがベビーベッドにいない事実は変えられない。
ルークが海に転落したときみたいに、一瞬で冷や汗が全身を覆った。
まったく……どんどん賢くなっていくルークには心底驚くほかないが、いまは驚いている場合でもない。
「ルーク! どこだ? 隠れてるんなら出ておいで!」
ニーナやノーラのベッドにも、ベッドの下にもルークはいない。
クローゼットのなかやチェストの隙間も確認したが、結果は同じだ。
ちょっと待て、落ち着け、俺。
俺はさっき、子ども部屋のドアを『開けて』入ったか?
最初から開いていたなんてことは……。
ぞっとしながら思い出そうとするが、そのときの自分に何気ない動作があったかどうか、なかなか思い出せない。
ドアさえ閉まっていれば、ドアノブには届かないルークには開けようがない。
必ずこの部屋に……ああ、いや、アレコレ使えば……あのルークのことだ。
ドアなんて、閉めてあったって意味がないのか……。
絶望的な気分でドアを眺めたが、そんな悠長なことしてる場合じゃない。
いま唯一確かなことは、ベビーベッドにも子ども部屋にも、ルークがいないということだ。
「ちくしょう! どこ行った! ルークッ!!」
俺は慌てて子ども部屋を飛び出した。
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