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42-彼の届かぬ想い
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なぜだ……とりつくしまがない。
ベリルに避けられるのはわかる。
あんな無体なことをしたんだ。避けられて当然だ。
昨夜、メアリーから大目玉をくらって、重々反省した。
ベリルは記憶を失ってるんだ。
セックスに関する知識も記憶もない様子だったのに、身体が覚えてるだろうだなんて、自分に都合のいい判断は間違っていた。
ベリルの立場に立って、ひとつひとつ段階を踏んで、これ以上ないくらい思いやるべきだった。
なのに……昨夜の俺は自分本位の欲望でベリルに触れた。
本当に最低だ。
それでも、触れたこと自体は後悔していない。
あのとき、彼に触れずにいることは、俺にとっては不可能だったから……。
初めてベリルを見たときから、なんて美しいんだろうと思っていた。
触れるとどうなるのか、何度となく想像もした。
それが、あんなにかわいく、しかも色っぽくなるなんて……俺の想像の範疇を遙かに超えていた。
そんなベリルを前にして自分の欲望に抗えていたなら、俺は聖職者にだってなれるだろう。
並大抵の男じゃ、あの色香には絶対に抵抗できない。
断言する。
それに……ちょっと焦ってたんだ。
いまのところ、ベリルを攫おうなんてヤツは周りにいないが、いつ状況が変わるともわからないじゃないか。
ベリルが記憶を取り戻して、本来の居場所へ戻ったとき、そこに俺のライバルがいないとは言いきれない。
いや、確実にいるだろう。
ベリルが無人島でひとり暮らしでもしていたというなら別だが、ベリルと生活空間を同じにしていながら、彼を欲しがらないヤツはいない。
それはベリルの過去に限った話じゃない。
これから先、ベリルが仕事を持つ、あるいは学校へ行くなんて場合もあるかもしれない。
いくら俺がこの家を拠点にしてほしいと願っていても、ベリルから完全に自由を奪うことはできないんだ。
そうしてベリルが活動範囲を広げていけば、そこにもライバルが現れるに決まっている。
きっとそいつも、ベリルを手に入れようと躍起になるだろう。
その前に、ベリルとの絆を確かなものにしておきたかったんだ。
だから、触れたことについては、仕方がないというか、やむを得ないというか……。
そういうことで、ひとまず置いとくとして。
誠意がなかったことについては、ベリルに精一杯謝りたい。
もう一度最初から告白して、今度はベリルのペースに合わせて、ふたりでゆっくりと関係を深めていこうと提案するつもりだった。
なのに。
「あ! ベリル、そういえばお庭にきれいな花が咲いたのよ。いっしょに見に行きましょう」
「そうねそうね~。ここにいたら、あぶないわー」
俺がリビングに顔を出した途端、ベリルの両脇を小さなナイトが固めて、あっという間にベリルをリビングから連れ去ってしまった。
まあ、彼女たちの気持ちもわからなくはない。
ベリルは今朝、明らかに泣き腫らしたような顔でダイニングに現れた。
自覚はあるらしく、髪で隠そうと必死に俯いていたが、そんな姿は見る者にさらに痛々しい印象を与えるだけだった。
事情を知っているメアリーは別として……。
昨日、泣いたベリルを目のあたりにしたばかりの姪っ子たちが、一気にピリピリと気を張ってしまったのも無理はない。
そうした微妙な雰囲気の中で、ベリルが静かに席に着き、なにごともなく朝食がはじまるのかと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
ベリルがふいに顔をあげ、先に席についてコーヒーを飲んでいた俺を目にした途端、真っ赤になったのだ。
ついで、『僕、僕……わ、忘れ物っ』と小さく叫んで、小走りにダイニングから去っていってしまった。
そのあとの気まずい空気と言ったら……。
ああ、いや。そんなことよりも。
予想はしていたが、ベリルに避けられるのは思っていたよりもキツかった。
きらきらと輝く碧の瞳で話しかけてくれていたあのベリルが、俺を認めるや否やすぐに顔を背けて逃げ去ってしまう。
いつもの惜しみない笑顔もない。
知らず笑ってしまうような会話もない。
たまに向けられるのは、真っ赤になって引き攣ったぎこちない笑いだけ……。
もう、一刻も早く謝って信頼を回復しないことには、俺の方がどうにかなりそうだった。
それに、昨夜のベリルの最後の言葉……。
『やっぱりキングのパートナーにはなれない』とは、どういうことなのか……。
ベリルは俺の気持ちを知っていた。
知った上で、そばにいると約束してくれた。
パートナーになってほしいという求愛のキスにも、気持ちよさそうに身を震わせていたのに……。
明け方まで散々悩んだけど、その理由はわからなかった。
きっとなにかの思い違いか行き違いだ。
そのことについても、一刻も早く説明がほしいし、説得させてほしい。
だけど、ナイト二人分のガードは厳しく、ベリルに近寄ることはなかなか許されなかった。
だからと言って諦める俺じゃない。
百年近くも人魚を追い続けたひいジイさんの血を受け継いでるんだからな。
当然、ベリルに声をかけるチャンスを虎視眈々と狙っていたさ。
昼食の席でのことだった。
メアリーと子どもたちが、裏庭のプールで水遊びをしようという話になった。
ベリルも一緒に、と誘われていたが、彼はメイドのアンナを手伝う約束があるからと辞退していた。
……ということは。
ベリルはあの手厳しいナイト二人とは別行動になる、ということだ。
これは……まさに、チャンス到来ってことじゃないか?
ベリルに避けられるのはわかる。
あんな無体なことをしたんだ。避けられて当然だ。
昨夜、メアリーから大目玉をくらって、重々反省した。
ベリルは記憶を失ってるんだ。
セックスに関する知識も記憶もない様子だったのに、身体が覚えてるだろうだなんて、自分に都合のいい判断は間違っていた。
ベリルの立場に立って、ひとつひとつ段階を踏んで、これ以上ないくらい思いやるべきだった。
なのに……昨夜の俺は自分本位の欲望でベリルに触れた。
本当に最低だ。
それでも、触れたこと自体は後悔していない。
あのとき、彼に触れずにいることは、俺にとっては不可能だったから……。
初めてベリルを見たときから、なんて美しいんだろうと思っていた。
触れるとどうなるのか、何度となく想像もした。
それが、あんなにかわいく、しかも色っぽくなるなんて……俺の想像の範疇を遙かに超えていた。
そんなベリルを前にして自分の欲望に抗えていたなら、俺は聖職者にだってなれるだろう。
並大抵の男じゃ、あの色香には絶対に抵抗できない。
断言する。
それに……ちょっと焦ってたんだ。
いまのところ、ベリルを攫おうなんてヤツは周りにいないが、いつ状況が変わるともわからないじゃないか。
ベリルが記憶を取り戻して、本来の居場所へ戻ったとき、そこに俺のライバルがいないとは言いきれない。
いや、確実にいるだろう。
ベリルが無人島でひとり暮らしでもしていたというなら別だが、ベリルと生活空間を同じにしていながら、彼を欲しがらないヤツはいない。
それはベリルの過去に限った話じゃない。
これから先、ベリルが仕事を持つ、あるいは学校へ行くなんて場合もあるかもしれない。
いくら俺がこの家を拠点にしてほしいと願っていても、ベリルから完全に自由を奪うことはできないんだ。
そうしてベリルが活動範囲を広げていけば、そこにもライバルが現れるに決まっている。
きっとそいつも、ベリルを手に入れようと躍起になるだろう。
その前に、ベリルとの絆を確かなものにしておきたかったんだ。
だから、触れたことについては、仕方がないというか、やむを得ないというか……。
そういうことで、ひとまず置いとくとして。
誠意がなかったことについては、ベリルに精一杯謝りたい。
もう一度最初から告白して、今度はベリルのペースに合わせて、ふたりでゆっくりと関係を深めていこうと提案するつもりだった。
なのに。
「あ! ベリル、そういえばお庭にきれいな花が咲いたのよ。いっしょに見に行きましょう」
「そうねそうね~。ここにいたら、あぶないわー」
俺がリビングに顔を出した途端、ベリルの両脇を小さなナイトが固めて、あっという間にベリルをリビングから連れ去ってしまった。
まあ、彼女たちの気持ちもわからなくはない。
ベリルは今朝、明らかに泣き腫らしたような顔でダイニングに現れた。
自覚はあるらしく、髪で隠そうと必死に俯いていたが、そんな姿は見る者にさらに痛々しい印象を与えるだけだった。
事情を知っているメアリーは別として……。
昨日、泣いたベリルを目のあたりにしたばかりの姪っ子たちが、一気にピリピリと気を張ってしまったのも無理はない。
そうした微妙な雰囲気の中で、ベリルが静かに席に着き、なにごともなく朝食がはじまるのかと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
ベリルがふいに顔をあげ、先に席についてコーヒーを飲んでいた俺を目にした途端、真っ赤になったのだ。
ついで、『僕、僕……わ、忘れ物っ』と小さく叫んで、小走りにダイニングから去っていってしまった。
そのあとの気まずい空気と言ったら……。
ああ、いや。そんなことよりも。
予想はしていたが、ベリルに避けられるのは思っていたよりもキツかった。
きらきらと輝く碧の瞳で話しかけてくれていたあのベリルが、俺を認めるや否やすぐに顔を背けて逃げ去ってしまう。
いつもの惜しみない笑顔もない。
知らず笑ってしまうような会話もない。
たまに向けられるのは、真っ赤になって引き攣ったぎこちない笑いだけ……。
もう、一刻も早く謝って信頼を回復しないことには、俺の方がどうにかなりそうだった。
それに、昨夜のベリルの最後の言葉……。
『やっぱりキングのパートナーにはなれない』とは、どういうことなのか……。
ベリルは俺の気持ちを知っていた。
知った上で、そばにいると約束してくれた。
パートナーになってほしいという求愛のキスにも、気持ちよさそうに身を震わせていたのに……。
明け方まで散々悩んだけど、その理由はわからなかった。
きっとなにかの思い違いか行き違いだ。
そのことについても、一刻も早く説明がほしいし、説得させてほしい。
だけど、ナイト二人分のガードは厳しく、ベリルに近寄ることはなかなか許されなかった。
だからと言って諦める俺じゃない。
百年近くも人魚を追い続けたひいジイさんの血を受け継いでるんだからな。
当然、ベリルに声をかけるチャンスを虎視眈々と狙っていたさ。
昼食の席でのことだった。
メアリーと子どもたちが、裏庭のプールで水遊びをしようという話になった。
ベリルも一緒に、と誘われていたが、彼はメイドのアンナを手伝う約束があるからと辞退していた。
……ということは。
ベリルはあの手厳しいナイト二人とは別行動になる、ということだ。
これは……まさに、チャンス到来ってことじゃないか?
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