少年人魚の海の空

藍栖 萌菜香

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37-少年人魚の生まれてきた意味

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 キングが好きだ。

 おばあさまが数十年ぶりに森から出られたのが、キングの『うっかり』のおかげだったなんて……。

 それを知ったとき、僕が生まれてきたのは、巡りめぐってキングと出会うためだったんだと信じられるほど……彼のことで胸がいっぱいになった。


 おばあさまは、僕が持ち込んだ流木の手すりを使って、森の屋敷を自在に動きまわっていた。
 手すりをつけるたびに、以前より尾が痛まなくなったと喜んでくれた。

 それでも、森から出られず、閉じ込められているような生活には、きっと堪えていたはずなんだ。

 僕が持ち込むいろんなものを興味深げに観察し、過去の資料を持ち出しては、あーでもない、こーでもないと唸っていた。

 もしおばあさまにまだ尾びれがあったなら、きっと外へ飛び出して関連資料を探しまわったに違いない。


 キングのうっかりが、おばあさまを森から出させてくれた。

 キングの物を勝手に持ち去ったりして悪かったけど、この偶然はきっとただの偶然じゃない。


 キングがあの海に忘れ物をしたことも。
 それを見つけた僕が、おばあさまに渡したことも。

 おばあさまの薬で、僕が人間になったことも。
 そして、あの入り江でキングに拾われたことも……。
 
 きっとなにかの意味があって、きっとなにかに繋がってる。

 そのために、僕はキングと出会ったんだ。


 ラボに来る前は、キングのパートナーになれない自分が悲しくて仕方なかった。

 パートナーになれれば、ずっといっしょにいられる。
 好きな人と離れないで済むならそれがいいのにって、せつない気持ちでいっぱいだった。


 でも、そんなことは、もうどうでもいい。

 たとえキングのパートナーになれなくても。

 この先の未来で、人間のメスがキングのパートナーとして彼の赤ちゃんを産んだとしても……。

 もし許されるなら、それでもキングのそばにはいたいけど……たとえ、キングのそばにいられなくなっても……。

 僕は、キングがずっと好き。
 大好きだ。


 そう思ったら、キングのことがいっそう気になった。

 キングは人魚をどう思っているんだろう。

 キングのひいおじいさまが人魚に恋して、おじいさまはその恋を応援した。

 でもキングのお父さんとメアリーは、家族につらい思いをさせた元凶として人魚を否定し、キングから遠ざけたいと考えてる。


 あのやさしいメアリーが、キングにだけはときどきつらく当たる。
 ずっと、なんでだろうと思ってたけど、やっとわかった。

 メアリーは、キングとおじいさまを重ねている。
 もしくは、キングにはおじいさまのようになってほしくないから厳しくしてるんだ。

 もしかしたらその両方かもしれない。


 でも、キングは?

 同じ発明家のおじいさまとよく似ていると、以前メアリーが言っていた。
 船をたくさんもっていて、海もダイビングも好きらしい。

 もしキングが、ひいおじいさまやおじいさまと同じく人魚を求めているのに、尊敬するお父さんやメアリーの期待にも応えたいと願っていたら……。

 それは、左右に身を引かれるようなもので、たぶんきっと、つらいことなんじゃないだろうか。

 キングがつらければ、僕もつらい。
 キングのことを知りたいと、切実に願った。


「キングは、……人魚をどう思う?」
「俺? 俺は……」

 キングが戸惑いを見せながらも考えてくれる。
 あの青い瞳で僕を見つめながら……。


 もしキングが望むなら……みんなに『僕は人魚だ』と告白してもいい。

 おじいさまたちが信じたものはちゃんと存在してたんだと、人魚の姿になってメアリーたちに証明してみせてもいい。

 そうしたら、キングは心安らげるだろうか。
 メアリーはキングにもやさしくしてくれるだろうか。


 でもたぶん、そのとき僕はキングのそばにはいられない。

 キングやメアリーじゃない、ほかの誰かに捕まって、きっと晒し者にされるだろう。
 里の人魚たちが言ってたように……。

 もしそうなれば、海へ逃げ延びるか、逃げるのも諦めて切り刻まれるか……。

 どっちにしても、キングのそばにはいられないんだ。


 首元にあったキングの手が、僕の髪をそっと梳いていく。

 キングのそばにいられなくなるのは、きっとつらいだろうな……。

 思わずキングの手を取り、母譲りの金の髪越しに頬を寄せた。

 でも、つらくたっていい。
 キングのためなら、僕は……。

 彼の幸せを祈るような気持ちで瞳を閉じていると、キングが、あの低くて艶のある声で語り始めた。
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