少年人魚の海の空

藍栖 萌菜香

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23-彼の気がかり

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 焦りにジリジリと痛む胸を宥めながら、待つこと数分……。

 いや、実際にはそんなに待ってないんだろう。

 でも、俺にとっては数分どころか、もっと長く感じられる待ち時間だった。


 「どうぞ」というベリルの声を確認してから、浴室のドアをそっと開ける。
 その隙間から、シャワーの水音と湯気が漏れてきた。

 ぴっちりと閉められたシャワーカーテンに目の前を遮られて、『ベリルはどこだ?』と思っていたら、「ハイ、キング」と小さな声がする。

 声に誘われて視線をやると、少し下の位置にベリルの顔があった。

 どうやらバスタブに沈んでいるようだ。
 閉めきったシャワーカーテンの下からひょこっと顔を覗かせている。

 バスタブの縁から覗く指先がなんとも愛らしい。


「怪我はしてないのか?」
「うん。大丈夫。ちょっとひっくり返っただけだから」

 にっこりと可愛く笑ってみせているが、必死になってなにかを隠そうとしているようにしか見えない。

「ちょっとって音じゃなかったぞ。どっか打ってるだろ」
「ああうん。少しだけ……」

 かわいい指先が片方だけ引っ込んだ。
 身体のどこかを撫でているのか、忌々しいカーテンが思わせぶりに揺れている。


「どこだ? 見せてみろ」

 そう言って浴室に一歩踏み込むと、「あ!」とベリルが焦ったような声をあげた。

「あー……あとじゃ、ダメ?」

 少し崩れた頭のタオル。
 そこから零れ落ちるハニーブロンド。
 加えて遠慮がちな上目遣いの三段攻撃……。

 これに抗える男がいるなら紹介してほしい。弟子になる。


「あ、ああ……あとでいい。シャワーが終わったら、ちゃんと手当しような」

 そう言い残して、なに食わぬ顔で退室したが、浴室のドアを閉めた途端、俺は深い深い自己嫌悪に陥った。


 …………ベリルが、俺を警戒している……。


 さっき俺がドアを開けようとしたときも、『ちょっと待って! ちょっとだけ!』と、大きな声で制された。

 あの咄嗟の制止も、シャワーカーテンに隠れるようにしていたのも、全部、俺の視線を避けるためだ。


 やはり……アレがまずかっただろうか?

 寝惚けたベリルに腕を引かれるがまま、覆いかぶさっていたアレだ。

 あのときの俺は、自分を抑えることに必死だった。

 ベリルへと向かう愛しさと欲望がいきなり込みあげてきて、それがあっという間に大きく膨らんでいった。

 どう足掻いても誤魔化しきれず、結局、『これは恋だ』と認めざるを得なかった。

 俺はベリルが好きで、彼をどうにかしてしまいたいという欲を抱いてるんだ。

 その欲をベリルに押しつけたりしないよう、なんとか抑えきったつもりでいたが……もしかして、滲み出ていたんじゃないのか?

 ベリルを手に入れたいと願う、雄の狩猟本能のようなものが。

 だから、ベリルにあそこまで拒絶されたんだ。

 目覚めたベリルに思いきり突き飛ばされたのは、俺が怯えさせたからに違いない。


 それとも……アレだろうか?

 もうひとつの心当たりに、思い至って、うろうろと部屋の中を歩き回っていた足がピタリととまる。


 ベリルの髪を洗うときに思う存分、小さな頭を撫で回したからか?

 狭い個室で二人きり。
 ベリルの体温を感じながら滑らかな髪を指で撫で梳くのは、正直言って至福のひとときだった。

 できればもっと気持ちよくなってもらいたいと、少しだけ邪な気持ちを指先に込めていたのが、ベリルに伝わってしまったんじゃ……。


 ああっ、いや、それよりもっ!!

 さらなる自分の失態に思い及んで、絶望する。
 目の前にあったソファにどさりと沈み、思いきり頭を抱え込んだ。


 昨夜、ベリルの身体を拭いたことを、ついうっかり口を滑らせたから……。

 あ、あれは俺じゃない。アンナがやったんだ。

 まあ確かに、俺もアンナのサポートにはついていたけど。
 灯りの下で見るベリルの美しさに、ぼーっともしたけど。


 あのときはまだ、自分の気持ちに気づいてなかった。

 疾しい気持ちよりも、美しさに対する畏れの方が強くて……。

 結局は、直視できずにいたんだから、けして責められる謂れはない。


 ……まあ、さっき話題にしたとき、ついつい思い返して、思わず脳内ベリルを堪能してしまったけど。

 ニヤけた顔は見せてないはずだから、そこはセーフのはずだ。

 …………だよな?
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