17 / 87
16-少年人魚の重い嘘
しおりを挟む
胸元に垂らしていた金髪を掻き集める。
彼女に右手を差し出す勇気も、こんな風に掻き集められたらいいのに。
視界に映る金色に少し励まされて、大丈夫、きっと大丈夫と頭の中で繰り返す。
どうか、正体がバレませんように……。
左手に金髪を握り締めたまま、そっと右手を差し出した。
それを見たメアリーが、ニコッと笑いながら僕の手を攫って、ギュッと握って、パッと離した。
え……? 呆気ない……。
驚く暇もないくらいの早業だった。
なんだ、ぜんぜん平気だった。
僕が、触れた手のひらを見ながらホッとしていると、メアリーが『そうそう』と言いながら布の束を差し出した。
「あなたが着れそうな服を持ってきたの。私の古着だけどね。その綺麗な足はキングの目には毒みたいだから、隠さないと」
ええっ!? 僕の足が、キングの目に毒っ!?
人間にはそんなことがあるの!?
驚きながらもキングの目を守りたくて、メアリーが僕の手に持たせてくれた布の束で、慌てて自分の足を覆い隠した。
「ああいや、大丈夫だって。そんなに警戒しないでほしいな」
困り顔のキングが、そう言ったけど……。
ホントに? 大丈夫?
キングの目が潰れたりしない?
怖くて口も利けないまま、キングに目で問いかける。
「まいったな。ほら、メアリーが変なこと言うからベリルが怯えてるじゃないか」
「そう思うなら、あなたはその挙動不審な態度を改めることね。ところでベリル。昨日はルークを助けてくれてありがとう」
キングの苦情をまったく取り合わないメアリーが、
「ルークも、この子たちも、私の子なの。ルークの恩人は私たち家族の恩人よ」
と微笑んだ。
彼女が口にした『家族』という言葉の響きは、あたたかくて、胸の奥がほうってなった。
同じ美人でもクリスとはタイプが違うみたいだ。
そのメアリーが僕の前に屈み込んで、布の束を押さえる僕の手にあたたかい手を添えてきた。
「ねえベリル。私たち、あなたの力になりたいわ。どうして浜に倒れていたの?」
それは……答えられない。
浜に倒れていたのは、たぶんおばあさまの薬を飲んだせいだ。
でも、そのことを説明したら、僕が人魚だったということもバレてしまう。
元人魚だったということがバレた人間は、どうなっちゃうんだろう。
たぶん食べられたりはしないだろうけど……わからない。
力になりたいという言葉はとてもうれしい。
でも……正体がバレるのは、まだ怖い。
なにも言えなくなってしまった僕は、髪で顔を隠すように俯いて、力なく首を振ることしかできなかった。
「あのね、ママ。人魚の薬はきっとジューダイな秘密なのよ。ベリルの口から言えないのも仕方ないわ」
ニーナとノーラが、顔をあげられない僕の背中を撫でてくれる。
「あーはいはい。そうかもね」
メアリーは少しうんざりしたような声を出して立ちあがった。
「キング、ベリルは記憶を失くしてるんじゃないかしら。浜に打ちあげられていたのも、溺れたかなにかが原因だと思うわ」
「やっぱりそうかな。俺もその線を考えてたんだ。主治医にもう一度診てもらおう」
記憶は失くしてない。
けど、その記憶を口にできないかぎり、周りの人から見れば、ないも同然だ。
でもだからって、このまま黙っていることは、彼らに嘘をつくことになるんじゃないか?
力になりたいと、やさしくしてくれるこの人たちに嘘をつくのか?
……言ってしまおうか、本当のことを……。
言ったそのあとに、どうなるかはわからない。
でもたぶん、この人たちなら、ひどいことはしないだろう。
それなら、いっそ正直に……。
そうやって、僕が金の髪を握りしめながら迷っているうちに、キングとメアリーはどこかへ行ってしまった。
結果的についてしまった嘘が重たくて、小さく溜め息をつく。
人魚の里でついた溜め息は、ふわふわと浮きあがって消えていくのに、ここでは重く沈んだままだった。
彼女に右手を差し出す勇気も、こんな風に掻き集められたらいいのに。
視界に映る金色に少し励まされて、大丈夫、きっと大丈夫と頭の中で繰り返す。
どうか、正体がバレませんように……。
左手に金髪を握り締めたまま、そっと右手を差し出した。
それを見たメアリーが、ニコッと笑いながら僕の手を攫って、ギュッと握って、パッと離した。
え……? 呆気ない……。
驚く暇もないくらいの早業だった。
なんだ、ぜんぜん平気だった。
僕が、触れた手のひらを見ながらホッとしていると、メアリーが『そうそう』と言いながら布の束を差し出した。
「あなたが着れそうな服を持ってきたの。私の古着だけどね。その綺麗な足はキングの目には毒みたいだから、隠さないと」
ええっ!? 僕の足が、キングの目に毒っ!?
人間にはそんなことがあるの!?
驚きながらもキングの目を守りたくて、メアリーが僕の手に持たせてくれた布の束で、慌てて自分の足を覆い隠した。
「ああいや、大丈夫だって。そんなに警戒しないでほしいな」
困り顔のキングが、そう言ったけど……。
ホントに? 大丈夫?
キングの目が潰れたりしない?
怖くて口も利けないまま、キングに目で問いかける。
「まいったな。ほら、メアリーが変なこと言うからベリルが怯えてるじゃないか」
「そう思うなら、あなたはその挙動不審な態度を改めることね。ところでベリル。昨日はルークを助けてくれてありがとう」
キングの苦情をまったく取り合わないメアリーが、
「ルークも、この子たちも、私の子なの。ルークの恩人は私たち家族の恩人よ」
と微笑んだ。
彼女が口にした『家族』という言葉の響きは、あたたかくて、胸の奥がほうってなった。
同じ美人でもクリスとはタイプが違うみたいだ。
そのメアリーが僕の前に屈み込んで、布の束を押さえる僕の手にあたたかい手を添えてきた。
「ねえベリル。私たち、あなたの力になりたいわ。どうして浜に倒れていたの?」
それは……答えられない。
浜に倒れていたのは、たぶんおばあさまの薬を飲んだせいだ。
でも、そのことを説明したら、僕が人魚だったということもバレてしまう。
元人魚だったということがバレた人間は、どうなっちゃうんだろう。
たぶん食べられたりはしないだろうけど……わからない。
力になりたいという言葉はとてもうれしい。
でも……正体がバレるのは、まだ怖い。
なにも言えなくなってしまった僕は、髪で顔を隠すように俯いて、力なく首を振ることしかできなかった。
「あのね、ママ。人魚の薬はきっとジューダイな秘密なのよ。ベリルの口から言えないのも仕方ないわ」
ニーナとノーラが、顔をあげられない僕の背中を撫でてくれる。
「あーはいはい。そうかもね」
メアリーは少しうんざりしたような声を出して立ちあがった。
「キング、ベリルは記憶を失くしてるんじゃないかしら。浜に打ちあげられていたのも、溺れたかなにかが原因だと思うわ」
「やっぱりそうかな。俺もその線を考えてたんだ。主治医にもう一度診てもらおう」
記憶は失くしてない。
けど、その記憶を口にできないかぎり、周りの人から見れば、ないも同然だ。
でもだからって、このまま黙っていることは、彼らに嘘をつくことになるんじゃないか?
力になりたいと、やさしくしてくれるこの人たちに嘘をつくのか?
……言ってしまおうか、本当のことを……。
言ったそのあとに、どうなるかはわからない。
でもたぶん、この人たちなら、ひどいことはしないだろう。
それなら、いっそ正直に……。
そうやって、僕が金の髪を握りしめながら迷っているうちに、キングとメアリーはどこかへ行ってしまった。
結果的についてしまった嘘が重たくて、小さく溜め息をつく。
人魚の里でついた溜め息は、ふわふわと浮きあがって消えていくのに、ここでは重く沈んだままだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
177
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる