少年人魚の海の空

藍栖 萌菜香

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16-少年人魚の重い嘘

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 胸元に垂らしていた金髪を掻き集める。

 彼女に右手を差し出す勇気も、こんな風に掻き集められたらいいのに。

 視界に映る金色に少し励まされて、大丈夫、きっと大丈夫と頭の中で繰り返す。

 どうか、正体がバレませんように……。

 左手に金髪を握り締めたまま、そっと右手を差し出した。


 それを見たメアリーが、ニコッと笑いながら僕の手を攫って、ギュッと握って、パッと離した。


 え……? 呆気ない……。

 驚く暇もないくらいの早業だった。
 なんだ、ぜんぜん平気だった。

 僕が、触れた手のひらを見ながらホッとしていると、メアリーが『そうそう』と言いながら布の束を差し出した。

「あなたが着れそうな服を持ってきたの。私の古着だけどね。その綺麗な足はキングの目には毒みたいだから、隠さないと」

 ええっ!? 僕の足が、キングの目に毒っ!?
 人間にはそんなことがあるの!?

 驚きながらもキングの目を守りたくて、メアリーが僕の手に持たせてくれた布の束で、慌てて自分の足を覆い隠した。


「ああいや、大丈夫だって。そんなに警戒しないでほしいな」

 困り顔のキングが、そう言ったけど……。

 ホントに? 大丈夫?
 キングの目が潰れたりしない?

 怖くて口も利けないまま、キングに目で問いかける。

「まいったな。ほら、メアリーが変なこと言うからベリルが怯えてるじゃないか」

「そう思うなら、あなたはその挙動不審な態度を改めることね。ところでベリル。昨日はルークを助けてくれてありがとう」

 キングの苦情をまったく取り合わないメアリーが、
「ルークも、この子たちも、私の子なの。ルークの恩人は私たち家族の恩人よ」
 と微笑んだ。


 彼女が口にした『家族』という言葉の響きは、あたたかくて、胸の奥がほうってなった。

 同じ美人でもクリスとはタイプが違うみたいだ。

 そのメアリーが僕の前に屈み込んで、布の束を押さえる僕の手にあたたかい手を添えてきた。


「ねえベリル。私たち、あなたの力になりたいわ。どうして浜に倒れていたの?」

 それは……答えられない。

 浜に倒れていたのは、たぶんおばあさまの薬を飲んだせいだ。
 でも、そのことを説明したら、僕が人魚だったということもバレてしまう。

 元人魚だったということがバレた人間は、どうなっちゃうんだろう。
 たぶん食べられたりはしないだろうけど……わからない。

 力になりたいという言葉はとてもうれしい。
 でも……正体がバレるのは、まだ怖い。

 なにも言えなくなってしまった僕は、髪で顔を隠すように俯いて、力なく首を振ることしかできなかった。


「あのね、ママ。人魚の薬はきっとジューダイな秘密なのよ。ベリルの口から言えないのも仕方ないわ」

 ニーナとノーラが、顔をあげられない僕の背中を撫でてくれる。

「あーはいはい。そうかもね」
 メアリーは少しうんざりしたような声を出して立ちあがった。


「キング、ベリルは記憶を失くしてるんじゃないかしら。浜に打ちあげられていたのも、溺れたかなにかが原因だと思うわ」

「やっぱりそうかな。俺もその線を考えてたんだ。主治医にもう一度診てもらおう」


 記憶は失くしてない。
 けど、その記憶を口にできないかぎり、周りの人から見れば、ないも同然だ。

 でもだからって、このまま黙っていることは、彼らに嘘をつくことになるんじゃないか?

 力になりたいと、やさしくしてくれるこの人たちに嘘をつくのか?


 ……言ってしまおうか、本当のことを……。

 言ったそのあとに、どうなるかはわからない。
 でもたぶん、この人たちなら、ひどいことはしないだろう。

 それなら、いっそ正直に……。


 そうやって、僕が金の髪を握りしめながら迷っているうちに、キングとメアリーはどこかへ行ってしまった。

 結果的についてしまった嘘が重たくて、小さく溜め息をつく。

 人魚の里でついた溜め息は、ふわふわと浮きあがって消えていくのに、ここでは重く沈んだままだった。
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