少年人魚の海の空

藍栖 萌菜香

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00 少年人魚と海の空

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 心臓が動きをとめた。
 そう思った次の瞬間には、信じられない速さで胸を打ちはじめた。

 船の上からこちらを見おろしているその人は、白く眩しい太陽の影になって、顔なんてほとんど見えない。
 ただ、濃いブラウンの髪が陽に透けて、金色に輝いているのがわかるだけだ。


「あの……ありがとう」
 戸惑いの滲んだ低い声にやさしく話しかけられて、ただでさえ騒がしかった胸の奥がさらに大変なことになった。

 この声だ。
 さっきまで恋物語を紡いでいたのは、この声だった。
 この人が……。


 目が慣れてきたのか、それとも海面に揺れた光が彼を照らしたのか。その人の顔が急に視界に飛び込んできた。

 瞳が……青い。
 いつも海の底から見あげてるあの青色に、彼の瞳が輝いてる。
 この人の瞳の中には、海の空があるんだ。


 ああ、どうしよう。
 いますぐ逃げなきゃダメだってことはわかってる。わかってるんだけど……。

 できることなら、海の空を宿すこの瞳を、もっとずっと見ていたい。
 もっとずっと……。
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