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第二十九章 努力します
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「探しましたよっ、都倉先輩っ……」
息切らせ言われ少々面食らった。
以前に会ったときよりも伸びた髪が、風になびいている。
「どうしたの」
「どうしたもこうしたもないですよ。宮沢先輩と一緒にライブ観てたと思えば急に居なくなるし……」近寄る安田くんを意識してか、マキは私と距離を離した。「この花束が目に入りませんか」
水戸黄門みたいな決め台詞で花束を突き渡される。
「……私に?」
「ほかに誰が居るって言うんですか」
無言で隣を見上げてみる。
「言っておきますが、蒔田先輩のぶんなんか用意してませんよ」安田くんは察したらしく、息巻いて言う。「パソコン部有志からお渡しするのは、宮沢先輩と都倉先輩だけにですっ」
「ああ。男から貰っても嬉しくねえし」
小突いていいですかこの色男を。
噂によると、生徒玄関の一角には紙袋に入れられた盛大な花束が三つ、置かれている。誰向けにかなど言わずもがな。
「本当に、……いいの」
「しつっこいですね。いいから、貰ってくださいっ」
ピンクのチューリップが中心にこしらえられ、ふんだんな量のかすみ草が取り巻く。白と淡いブルーの品のいい和紙のラッピング……卒業式の花束って赤やピンクの華やかなものが多いけれどもこれは、花嫁のサムシングフォーを思わせる、清楚な印象だった。私にはそれも嬉しかった。受け取れば花のにおいが鼻腔をくすぐる。鼻の頭に当たりそうな、大きさだった。
「……嬉しい。まさか、安田くんから貰えるなんて、思わなかった。ありがとう……」
「だーから、パソコン部有志からだって言ってるじゃないですかっ」
「分かってるよ」
「ああそうだ」校門を背に歩き出すマキに、焦ってか安田くんがなにかを手渡す。「蒔田先輩にはこれを」
見た感じ、ピンクの封筒に達筆な字で、蒔田先輩と書いてある。
表裏を確かめ、マキは平静に言ってのける。「すまん。……俺には、こころに決めた相手が」
「ちっがいます! 写真です写真ですっ!」
大仰に頭を横に振る安田くんを見てもにこりともせず。せっかちな彼がその場で開封しだすから私は隣から覗いた。「都倉先輩のぶんも勿論ありますよ」
「あ。ありがとう」花束を持ち替え片手で受け取った。
「全部、おまえが撮ったのか」
「そうです。僕が入部してからのものですから、数は少ないですけど……」
「十分じゃねえか。よく撮れてる」
マキが褒めるなんて珍しいな。
でも彼の持つ写真の分厚さは何十枚だろう、一センチはありそう。
それが安田くんが私たちと積み上げてきた時間の重み。
光沢のある写真に、いろんな私たちが撮影されている。マキは写真を半分に分けうしろに回したところ、ちょうど合宿の場面だった。みんなで行った合宿の車中、爆睡してるタスク。ジャージ姿でピースしてる紗優。口開けて寝てるはずが、手でカメラをブロックしてるかに見える、マキ。
渡す相手が映っているものを通常渡すものだが、マキが映っていない写真も混ざっている。その法則に気づき、……密かに赤面した。
集合写真に差し掛かれば、私の目は第一に好きなひとを探してしまう。
「この猫娘は、完全におまえの趣味だろ」
「ちっがいますっ」
頭上でなにか会話を繰り広げているが、合宿所の前で、ピースしてる彼に私は釘づけだった。白い歯を見せて笑っている。風が吹いた瞬間だったろうか、寝癖みたくピンと髪が立っているのが、可愛らしかった。
「サンキュ。……悪かった、安田」
「いーえっ」
「奴らのライブ、まだ続いてんだろ。行くか」
「はい」
十枚程度を見ただろうか。マキが安田くんに言い、私たちは体育館に戻る。
二人は、……同じ中学の出身で、実は同級生だ。
私とマキがこのマイナーな裏門に来たのは、紗優ファミリーとうちの母を見送るためだ。あの盛況のライブを抜けたマキを追いかけてきた安田くん。
……最後だろうし、
私はあんまり二人の話に加わらないでおこうと思った。
再び熱い会場に戻ることを想定してか、マキは、サラリーマンみたくブレザーを脱ぎ、小脇に抱える。
内履きが、運動場の土に汚れてしまったことに、ちょっと良心が痛んだ。
校内の拭き掃除は在校生の仕事だ。私も去年、した。
「なあ、安田」
「なんですか」安田くんがマキを見上げる角度は私よりか緩い。
「おまえは、いまやらなくて後悔しないのか」
「なんの話ですか」
「とぼけるなよ。俺が気づかないとでも思ってるのか」
「いま、ここでするべき話じゃないでしょう」
「そう言っていると、後手後手に回り、しないだけに終わる」
「蒔田先輩のほうこそ、どうなんですか」
「後悔しないようには動いている。手も打った。……おまえは時間が限られているだろう。見るに見かねてな」
大仰に安田くんがため息を吐いた。私はなるべく舗装された歩道のほうを歩くよう努めた。
「蒔田先輩がどういう立ち位置につきたいのか……どのポジションを望んでいるのかが、僕には、見えません」
「俺か? 俺にはサイドバックが合っているな。守備も攻撃もする」
「サッカーの話をしているんじゃないんですよ」
「俺こそ、サッカーの話なんざしていない」
「……例えるなれば、僕は、観客です」
「つまんねーだろ。控えに甘んじているようだが、いつでも試合に出て構わないんだぞ」
「どうしてそうやって炊きつけるんです。蒔田先輩は、いったい誰の味方なんですか」
「決まってんだろが」
「あの、」
一斉に安田くんとマキが振り返る。
体育館はもう十メートル先だった。
「行ってきなよ。安田くん。紗優のぶんの花束と写真なら、預かっとくから」
安田くんは紗優向けの薔薇の花束を抱えている。
彼が振り返ると花束ががさついた。
「ちょうど紗優が歌ってるみたいだし。だからステージに上がれないんだよね。前に、安田くん、紗優の誕生日の話したとき、The Red and The Blackと歌えるなんて羨ましい、って言ってた、じゃ……」
そこでようやく気がついた。
目を見開いたまま凝固してる安田くんの横で、
マキも同じく白眼を大きくしていることに。
「い、まのって、そういう話じゃ、なかったの……」
く。
とマキが息を吐き、片手で目を覆う。
それから、やや前傾姿勢で、笑いを漏らし始めた。
「ど、どうしたの」
声をかけても治まらず。
安田くんは顔を赤くして横を向くし。
要するに私が余計な一言いや二言以上を言ったのは分かった。
「あ、の、じゃ。紗優のとこ行ってる。花束、ありがとうね安田くん」
パソコン部有志からです、という安田くんの返事は無かった。
当てずっぽうで会話に入るとろくなことが無い。
息切らせ言われ少々面食らった。
以前に会ったときよりも伸びた髪が、風になびいている。
「どうしたの」
「どうしたもこうしたもないですよ。宮沢先輩と一緒にライブ観てたと思えば急に居なくなるし……」近寄る安田くんを意識してか、マキは私と距離を離した。「この花束が目に入りませんか」
水戸黄門みたいな決め台詞で花束を突き渡される。
「……私に?」
「ほかに誰が居るって言うんですか」
無言で隣を見上げてみる。
「言っておきますが、蒔田先輩のぶんなんか用意してませんよ」安田くんは察したらしく、息巻いて言う。「パソコン部有志からお渡しするのは、宮沢先輩と都倉先輩だけにですっ」
「ああ。男から貰っても嬉しくねえし」
小突いていいですかこの色男を。
噂によると、生徒玄関の一角には紙袋に入れられた盛大な花束が三つ、置かれている。誰向けにかなど言わずもがな。
「本当に、……いいの」
「しつっこいですね。いいから、貰ってくださいっ」
ピンクのチューリップが中心にこしらえられ、ふんだんな量のかすみ草が取り巻く。白と淡いブルーの品のいい和紙のラッピング……卒業式の花束って赤やピンクの華やかなものが多いけれどもこれは、花嫁のサムシングフォーを思わせる、清楚な印象だった。私にはそれも嬉しかった。受け取れば花のにおいが鼻腔をくすぐる。鼻の頭に当たりそうな、大きさだった。
「……嬉しい。まさか、安田くんから貰えるなんて、思わなかった。ありがとう……」
「だーから、パソコン部有志からだって言ってるじゃないですかっ」
「分かってるよ」
「ああそうだ」校門を背に歩き出すマキに、焦ってか安田くんがなにかを手渡す。「蒔田先輩にはこれを」
見た感じ、ピンクの封筒に達筆な字で、蒔田先輩と書いてある。
表裏を確かめ、マキは平静に言ってのける。「すまん。……俺には、こころに決めた相手が」
「ちっがいます! 写真です写真ですっ!」
大仰に頭を横に振る安田くんを見てもにこりともせず。せっかちな彼がその場で開封しだすから私は隣から覗いた。「都倉先輩のぶんも勿論ありますよ」
「あ。ありがとう」花束を持ち替え片手で受け取った。
「全部、おまえが撮ったのか」
「そうです。僕が入部してからのものですから、数は少ないですけど……」
「十分じゃねえか。よく撮れてる」
マキが褒めるなんて珍しいな。
でも彼の持つ写真の分厚さは何十枚だろう、一センチはありそう。
それが安田くんが私たちと積み上げてきた時間の重み。
光沢のある写真に、いろんな私たちが撮影されている。マキは写真を半分に分けうしろに回したところ、ちょうど合宿の場面だった。みんなで行った合宿の車中、爆睡してるタスク。ジャージ姿でピースしてる紗優。口開けて寝てるはずが、手でカメラをブロックしてるかに見える、マキ。
渡す相手が映っているものを通常渡すものだが、マキが映っていない写真も混ざっている。その法則に気づき、……密かに赤面した。
集合写真に差し掛かれば、私の目は第一に好きなひとを探してしまう。
「この猫娘は、完全におまえの趣味だろ」
「ちっがいますっ」
頭上でなにか会話を繰り広げているが、合宿所の前で、ピースしてる彼に私は釘づけだった。白い歯を見せて笑っている。風が吹いた瞬間だったろうか、寝癖みたくピンと髪が立っているのが、可愛らしかった。
「サンキュ。……悪かった、安田」
「いーえっ」
「奴らのライブ、まだ続いてんだろ。行くか」
「はい」
十枚程度を見ただろうか。マキが安田くんに言い、私たちは体育館に戻る。
二人は、……同じ中学の出身で、実は同級生だ。
私とマキがこのマイナーな裏門に来たのは、紗優ファミリーとうちの母を見送るためだ。あの盛況のライブを抜けたマキを追いかけてきた安田くん。
……最後だろうし、
私はあんまり二人の話に加わらないでおこうと思った。
再び熱い会場に戻ることを想定してか、マキは、サラリーマンみたくブレザーを脱ぎ、小脇に抱える。
内履きが、運動場の土に汚れてしまったことに、ちょっと良心が痛んだ。
校内の拭き掃除は在校生の仕事だ。私も去年、した。
「なあ、安田」
「なんですか」安田くんがマキを見上げる角度は私よりか緩い。
「おまえは、いまやらなくて後悔しないのか」
「なんの話ですか」
「とぼけるなよ。俺が気づかないとでも思ってるのか」
「いま、ここでするべき話じゃないでしょう」
「そう言っていると、後手後手に回り、しないだけに終わる」
「蒔田先輩のほうこそ、どうなんですか」
「後悔しないようには動いている。手も打った。……おまえは時間が限られているだろう。見るに見かねてな」
大仰に安田くんがため息を吐いた。私はなるべく舗装された歩道のほうを歩くよう努めた。
「蒔田先輩がどういう立ち位置につきたいのか……どのポジションを望んでいるのかが、僕には、見えません」
「俺か? 俺にはサイドバックが合っているな。守備も攻撃もする」
「サッカーの話をしているんじゃないんですよ」
「俺こそ、サッカーの話なんざしていない」
「……例えるなれば、僕は、観客です」
「つまんねーだろ。控えに甘んじているようだが、いつでも試合に出て構わないんだぞ」
「どうしてそうやって炊きつけるんです。蒔田先輩は、いったい誰の味方なんですか」
「決まってんだろが」
「あの、」
一斉に安田くんとマキが振り返る。
体育館はもう十メートル先だった。
「行ってきなよ。安田くん。紗優のぶんの花束と写真なら、預かっとくから」
安田くんは紗優向けの薔薇の花束を抱えている。
彼が振り返ると花束ががさついた。
「ちょうど紗優が歌ってるみたいだし。だからステージに上がれないんだよね。前に、安田くん、紗優の誕生日の話したとき、The Red and The Blackと歌えるなんて羨ましい、って言ってた、じゃ……」
そこでようやく気がついた。
目を見開いたまま凝固してる安田くんの横で、
マキも同じく白眼を大きくしていることに。
「い、まのって、そういう話じゃ、なかったの……」
く。
とマキが息を吐き、片手で目を覆う。
それから、やや前傾姿勢で、笑いを漏らし始めた。
「ど、どうしたの」
声をかけても治まらず。
安田くんは顔を赤くして横を向くし。
要するに私が余計な一言いや二言以上を言ったのは分かった。
「あ、の、じゃ。紗優のとこ行ってる。花束、ありがとうね安田くん」
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