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第二十九章 努力します
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「私は、三年間、きみたちの姿を見てきた」
宮本先生の自分呼称はたまに『おれ』が出る。
真面目な場面は『私』。
「……偶然にも三年間担任を受け持った者も居るな? こうして晴れの日を迎えられることが出来て、先生は嬉しく思う。無事に卒業を迎えられたのは、勿論、きみたちが三年間頑張ってきたお陰だが、きみたちが学生生活を快適に過ごす裏では、いろんなひとがきみたちのために働いていたことを、こころに留めておいて欲しい。きみたちの成長を見守ってきた保護者のかた。毎日お弁当を作ってもらった者がほとんどだろう。それと……うちの学校は中学と違って掃除をしないが、清掃員の木村さんに用務員の土屋さんが、落ちたごみを拾うなど丁寧なケアをしてくれていた。お昼時にみんながお世話になった、購買の三上さんや、恩を着せるつもりは無いんだが、きみたちを指導した先生たちもな。……いろんなところで、もしかしたらきみたちの知らないところでも、きみたちのために動いてくれている」
宮本先生は、教壇に手をついて、私たちのことを見回す。
「忘れないで欲しい。これから、きみたちの道は別れるけれども、決して一人で歩んでいるのではないことを。
忘れないで欲しい。この緑川高等学校で過ごした日々を。ここにいるみんなと笑い、悲しみ、悩みを、分かち合った日々を」
教室は、静かだ。女子がすすり泣くのを除いて。
「きみたちは、……私もだが。ひとに支えながらに生きている。就職を決めた者もいるし緑川を離れる者も多い。いままで同じ学校に行くことで繋がっていたみんなの道が別れ、それぞれの道にそれぞれが進むのだが、支えられるだけでなく、やがては誰かを支える立場になることを、知ってほしい。……卒業してもな、気軽に顔を出してくれ。先生は生物室に常駐しておるからな。それから、……」
先生は段を降り、左手前方へ進む。
「秋田」
先頭に座る彼に声をかける。「きみは、いつも教室を綺麗にしてくれていたな。日直じゃない日も、黒板をクリーナーで掃除していただろう。黒板もぴっかぴかで、先生はいつも助かっていた。そういう、気配りのできるところは、どんな場面でも役に立つはずだ」
「はい、先生……」彼は就職が決まっている。
「しっかりやれ」
肩に触れ、先生は彼の後ろの生徒に声をかける。「林。きみは、……」
右隅に座る私の視界に必ず坂田くんが入るのだが、彼。
号泣している。箱ティッシュを使い切る勢いだ。
「桜井」
その単語に意識が引っぱり出される。
先生が彼になにを伝えるのだろうかと。
「ひょうひょうとしているように見えて人一倍、クラスの雰囲気に気を遣っていたな。細やかな性格をしているから……老人ホームに就職すると聞いて先生はなるほどと思った」
「はい、みやもっちゃ、」背筋を正して座り直し、宮本先生、と彼は言い直した。「僕も、三年間、宮本先生が担任で嬉しかったです」
「最後の最後で休みまくって先生冷や冷やさせたがなあ。まるで、手のかかる子どもやったわ」
親みたく彼の髪をぐしゃっと押さえる宮本先生に、自然と笑いが誘われる。
出席日数がちょっと危うかったのはみんなが知っている。
「我慢も辛抱も必要やけど、時には吐き出せ。いつでも聞くぞ。近くにおるからな」
彼は無言で頷いた。泣いているのかもしれない。
それから宮本先生は、クラスの縦でも横でも真ん中に位置する紗優の席に来ると、
「美容師になる夢を聞いて、最初は驚いたが、先生は、宮沢になら出来ると思った。技術と知識を身につける必要があるが、それ以外に話術も求められる。おまえは素質を持っているのだから、とことん活かせ」
「……宮本先生」
「一般常識も会話の糸口として必要だ。新聞も読めよ。テレビ欄以外もな」
もぉーっと紗優がお約束通りに宮本先生を軽く叩き、笑って宮本先生は次の生徒のところに向かう。
坂田くんには、
「泣きすぎだろ」
腰に手をやり、ちょっと笑った。
「おれは、『The Red and the black』の活躍を願っている。CDが出たら教えろよ。何十枚でもまとめ買いしてやる」
「CDなんていつ出せるか分からんですわ」
「作詞も出来た方がいいな。気張れや」
すれ違いざまに先生は、
「最後に坂田。年寄りの戯言だと思って聞いてくれ。
――遠距離恋愛に、携帯電話は不可欠だぞ」
途端に周囲が彼らを冷やかすものに変わる。
闇雲に投げた空のティッシュ箱を、和貴が無言でキャッチした。
「都倉」
宮本先生が声をかけるのは、私がこのクラスで最後となった。
「途中から緑川へ来て苦労したかもしれん。だが、ここで得たものはみな、きみの財産だ」
「はい」
「心理学という学問は奥が深い。どの分野に進むにしろ必要な知恵が詰め込まれている」
「はい」
「……よう分からん小難しい本ばかり読んでおるやろ都倉は。たまには恋愛小説でも読んだらどうだ」
「先生、偶然ですね」
意図が分からず宮本先生は首を傾げる。
「私もそう言おうと思っていました。……先生は生物の図鑑やパソコンの参考書しか読まないですものね。パソコンの勉強なんて、いつから開始したんですか」
「都倉、おまえ」
クラスのみんなを見渡して私は言った。
「パソコン検定準二級に合格されたそうですね。おめでとうございます」
私が一礼をし手を叩くと、皆もそれに続く。
「それを誰から。誰にも言っとらんぞ」
焦ってか首を振り見回す宮本先生は、続いて、合点が行ったようだ。
「……田中先生か」
小さく舌打ちをする。
鳴り響く拍手の渦の真ん中で。
こないだ保健室に行ったときに聞いたのだ。
『パソコン部の顧問やから、なんか役立つことせんとって言うとったよ。宮本先生って、一見なあ、神経質で生真面目な先生やけど、ほんに不器用で……裏で努力するひとながよ』
事情をよく分からない人も居るだろうけど、皆の拍手が響くから結果オーライだ。
――そのとき。宮本先生に告白しないんですか、と私がからかったことと、田中先生が赤く頬を染めたことは、誰に聞かれても言わないでおこう。
幸い二人とも独身だ。脈が無いとは言えない。
「よっしゃああー」
拍手万雷のなかを突如坂田くんが起立した。
「いまっから卒業ライブすんぞ! みんな! 体育館集合や!」
「……坂田。ホームルームはまだ終わっとらん」
「野暮言うなや。ほな行くでえー」
白い目を向ける宮本先生を意に介さず、坂田くんはあの振り付けを始めた。
「Red!」
「Red!」
あ、やば。私も手が動く。
「&!」
「&!」
「「blaaaack!」」
「おまえら、ついてこーい」と坂田くんが拳を天に突き上げたまま飛び出すのを皮切りに、みんな怒涛のごとく続いた。
砂埃が立ち、ほぼ無人の教室内。
「おまえら……。おれ、良いこと言ったと思うんだが……」
あっさり取り残された宮本先生が、教壇で一人肩を落とす。
いろいろと良いことを言ったのをすべて坂田くんに持ってかれたかたちだ。
気の毒になり、歩み寄ろうとしたところを、
「わ」
「真咲さんも行くよ」
後ろから襟首を掴まれていた。
振り返れば、前方を見据える、尋常じゃないくらい近い位置に存在する和貴の顔が。
慌てて顔を戻した。
からだじゅうから湯気が出そう。
後ろに感じられる彼の気配。
首根っこを掴まれたままどうやら教室外に誘導されそうで、
「桜井」
出入口にて、和貴が先生を振り返るも、私は真っ赤な頬を押さえていた。だから宮本先生が何を言ったかを知らない。多分口パクだ。
「努力します」
とだけ答えて教室の外に出た。
宮本先生の自分呼称はたまに『おれ』が出る。
真面目な場面は『私』。
「……偶然にも三年間担任を受け持った者も居るな? こうして晴れの日を迎えられることが出来て、先生は嬉しく思う。無事に卒業を迎えられたのは、勿論、きみたちが三年間頑張ってきたお陰だが、きみたちが学生生活を快適に過ごす裏では、いろんなひとがきみたちのために働いていたことを、こころに留めておいて欲しい。きみたちの成長を見守ってきた保護者のかた。毎日お弁当を作ってもらった者がほとんどだろう。それと……うちの学校は中学と違って掃除をしないが、清掃員の木村さんに用務員の土屋さんが、落ちたごみを拾うなど丁寧なケアをしてくれていた。お昼時にみんながお世話になった、購買の三上さんや、恩を着せるつもりは無いんだが、きみたちを指導した先生たちもな。……いろんなところで、もしかしたらきみたちの知らないところでも、きみたちのために動いてくれている」
宮本先生は、教壇に手をついて、私たちのことを見回す。
「忘れないで欲しい。これから、きみたちの道は別れるけれども、決して一人で歩んでいるのではないことを。
忘れないで欲しい。この緑川高等学校で過ごした日々を。ここにいるみんなと笑い、悲しみ、悩みを、分かち合った日々を」
教室は、静かだ。女子がすすり泣くのを除いて。
「きみたちは、……私もだが。ひとに支えながらに生きている。就職を決めた者もいるし緑川を離れる者も多い。いままで同じ学校に行くことで繋がっていたみんなの道が別れ、それぞれの道にそれぞれが進むのだが、支えられるだけでなく、やがては誰かを支える立場になることを、知ってほしい。……卒業してもな、気軽に顔を出してくれ。先生は生物室に常駐しておるからな。それから、……」
先生は段を降り、左手前方へ進む。
「秋田」
先頭に座る彼に声をかける。「きみは、いつも教室を綺麗にしてくれていたな。日直じゃない日も、黒板をクリーナーで掃除していただろう。黒板もぴっかぴかで、先生はいつも助かっていた。そういう、気配りのできるところは、どんな場面でも役に立つはずだ」
「はい、先生……」彼は就職が決まっている。
「しっかりやれ」
肩に触れ、先生は彼の後ろの生徒に声をかける。「林。きみは、……」
右隅に座る私の視界に必ず坂田くんが入るのだが、彼。
号泣している。箱ティッシュを使い切る勢いだ。
「桜井」
その単語に意識が引っぱり出される。
先生が彼になにを伝えるのだろうかと。
「ひょうひょうとしているように見えて人一倍、クラスの雰囲気に気を遣っていたな。細やかな性格をしているから……老人ホームに就職すると聞いて先生はなるほどと思った」
「はい、みやもっちゃ、」背筋を正して座り直し、宮本先生、と彼は言い直した。「僕も、三年間、宮本先生が担任で嬉しかったです」
「最後の最後で休みまくって先生冷や冷やさせたがなあ。まるで、手のかかる子どもやったわ」
親みたく彼の髪をぐしゃっと押さえる宮本先生に、自然と笑いが誘われる。
出席日数がちょっと危うかったのはみんなが知っている。
「我慢も辛抱も必要やけど、時には吐き出せ。いつでも聞くぞ。近くにおるからな」
彼は無言で頷いた。泣いているのかもしれない。
それから宮本先生は、クラスの縦でも横でも真ん中に位置する紗優の席に来ると、
「美容師になる夢を聞いて、最初は驚いたが、先生は、宮沢になら出来ると思った。技術と知識を身につける必要があるが、それ以外に話術も求められる。おまえは素質を持っているのだから、とことん活かせ」
「……宮本先生」
「一般常識も会話の糸口として必要だ。新聞も読めよ。テレビ欄以外もな」
もぉーっと紗優がお約束通りに宮本先生を軽く叩き、笑って宮本先生は次の生徒のところに向かう。
坂田くんには、
「泣きすぎだろ」
腰に手をやり、ちょっと笑った。
「おれは、『The Red and the black』の活躍を願っている。CDが出たら教えろよ。何十枚でもまとめ買いしてやる」
「CDなんていつ出せるか分からんですわ」
「作詞も出来た方がいいな。気張れや」
すれ違いざまに先生は、
「最後に坂田。年寄りの戯言だと思って聞いてくれ。
――遠距離恋愛に、携帯電話は不可欠だぞ」
途端に周囲が彼らを冷やかすものに変わる。
闇雲に投げた空のティッシュ箱を、和貴が無言でキャッチした。
「都倉」
宮本先生が声をかけるのは、私がこのクラスで最後となった。
「途中から緑川へ来て苦労したかもしれん。だが、ここで得たものはみな、きみの財産だ」
「はい」
「心理学という学問は奥が深い。どの分野に進むにしろ必要な知恵が詰め込まれている」
「はい」
「……よう分からん小難しい本ばかり読んでおるやろ都倉は。たまには恋愛小説でも読んだらどうだ」
「先生、偶然ですね」
意図が分からず宮本先生は首を傾げる。
「私もそう言おうと思っていました。……先生は生物の図鑑やパソコンの参考書しか読まないですものね。パソコンの勉強なんて、いつから開始したんですか」
「都倉、おまえ」
クラスのみんなを見渡して私は言った。
「パソコン検定準二級に合格されたそうですね。おめでとうございます」
私が一礼をし手を叩くと、皆もそれに続く。
「それを誰から。誰にも言っとらんぞ」
焦ってか首を振り見回す宮本先生は、続いて、合点が行ったようだ。
「……田中先生か」
小さく舌打ちをする。
鳴り響く拍手の渦の真ん中で。
こないだ保健室に行ったときに聞いたのだ。
『パソコン部の顧問やから、なんか役立つことせんとって言うとったよ。宮本先生って、一見なあ、神経質で生真面目な先生やけど、ほんに不器用で……裏で努力するひとながよ』
事情をよく分からない人も居るだろうけど、皆の拍手が響くから結果オーライだ。
――そのとき。宮本先生に告白しないんですか、と私がからかったことと、田中先生が赤く頬を染めたことは、誰に聞かれても言わないでおこう。
幸い二人とも独身だ。脈が無いとは言えない。
「よっしゃああー」
拍手万雷のなかを突如坂田くんが起立した。
「いまっから卒業ライブすんぞ! みんな! 体育館集合や!」
「……坂田。ホームルームはまだ終わっとらん」
「野暮言うなや。ほな行くでえー」
白い目を向ける宮本先生を意に介さず、坂田くんはあの振り付けを始めた。
「Red!」
「Red!」
あ、やば。私も手が動く。
「&!」
「&!」
「「blaaaack!」」
「おまえら、ついてこーい」と坂田くんが拳を天に突き上げたまま飛び出すのを皮切りに、みんな怒涛のごとく続いた。
砂埃が立ち、ほぼ無人の教室内。
「おまえら……。おれ、良いこと言ったと思うんだが……」
あっさり取り残された宮本先生が、教壇で一人肩を落とす。
いろいろと良いことを言ったのをすべて坂田くんに持ってかれたかたちだ。
気の毒になり、歩み寄ろうとしたところを、
「わ」
「真咲さんも行くよ」
後ろから襟首を掴まれていた。
振り返れば、前方を見据える、尋常じゃないくらい近い位置に存在する和貴の顔が。
慌てて顔を戻した。
からだじゅうから湯気が出そう。
後ろに感じられる彼の気配。
首根っこを掴まれたままどうやら教室外に誘導されそうで、
「桜井」
出入口にて、和貴が先生を振り返るも、私は真っ赤な頬を押さえていた。だから宮本先生が何を言ったかを知らない。多分口パクだ。
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