碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第十二章 見ちゃった

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「ねえ真咲さん、包装のいろが違うのってなんか意味があるの」
 甘ったるい外見にそぐわず取り立てて甘党でもない。飲むのがスポーツドリンクなのは陸上部だった名残なのか。冬は時々ホットチョコレートをチョイスする。
 タスクはお茶派だ。なんでも食べ、好き嫌いを持たない。
 マキは糖分が大の苦手でコーヒーのブラック以外はNG。彼流に言えばミルクと砂糖はコーヒーを冒涜している。
 自販でなんの飲み物を選ぶかで趣味嗜好のほどは大方掴める。
 タスクがミルクで和貴のはキャラメル、マキへはビター。渡し違えのないよう包装紙を緑とオレンジと青とで分けた。
「ううん。家にあったのを使っただけで」
 ふぅん、と逆の手に彼が持つのはマーブルチョコの筒――路線変更をした紗優が渡したチョコだ。
 バレンタインじゃなくても買えるチョコ。裸ではいっと手渡した。
「あり。手作りやないんや」と珍しがる和貴に「このほうが食べやすいやん」あっけらかんと答える声に胸が、痛んだ。

 私のせいだ。

 二人の関係性を変えた。

 いつも、エヴァを語るのが常だったのに。

 慣れは、慣れ合いへと変化する。どんな環境でも。
 そこのところを最もケアしていたのがタスクだった。
 仲間内で延々雑談でもしかねない空気を、彼が、仕切ることで。
 先生、部長、憎まれ役。
 規律を実践することで成り立っていた。

 半年近くも経てば、気づかないうちに汚れるブレザーのように、慣れや、緊張感の喪失が浸透するもので。
 タスクもちょっとはおしゃべりに加わる余裕も出てきた。
 時に、意識的にそれを抑える節も見られた。

 四組に紗優が迎えに来てそのまま、漫画談義しながらふたり職員室に行くこともあった。
 休み時間にならいくらでも喋れた。

 共に。

 まったく、見られなくなった。

 私が余計なこと言ったせいで……本当、ごめん。

 伝えても、紗優はううんぜんぜん気にせんで、と首を振り。
 逆に笑みを作りこちらを気遣うばかりだった。

 悲しい紗優を見るのが、私は悲しかった。

 あんたのせいやよって責められれば良心の呵責は解消する。
 こんなことに気づくことで更に自己嫌悪が深まる。
 この罪悪と引き換えに二人の関係が解消されればいいのに。

 行きどころが無かった。

「今年も大人気ですね蒔田くんは」
 帰り道の雪道は。
 紙袋で両手が塞がるマキを見てますます気が塞いだ。
「全部ほんとにチョコなんだよね。こんなに沢山、一人で食べれるの?」
 やけっぱちでなかを覗いてみると……冗談じゃなく大量で。

 見なければよかった。

 気の利く子がいたもので、片方の袋は缶コーヒーでいっぱいだった。だからなおのこと、重たそうだった。
 日頃は黒を纏う彼が。
 GODIVAの袋とピンクの丈夫そうな袋をのっそり持つのは、あまりに不似合いで。
 見ようによってはコミカルでもある。
 笑ってる場合でも気分でもないんだけど。

「それでは僕はここで。また来週お会いしましょう」

 クイズ番組のエンディングめいた挨拶で去るタスクの。
 ブラックコートを見送り、ため息がこぼれる。

 来週お会いするときに事態が改善していないか。
 そんなことを毎週のように私、望んでいる。

 望むだけで変わるなら誰も苦労などしない。
 世界も、
 思いのたけも、
 気持ちのほども。

「置いてくぞ」
「――あ、うん」
 道に張る氷は春に向けて厚さを失い。
 走って追いつこうにも支障はない。
 けど彼は、止まり。

「んな顔したところで、なんにもならねえ」

 ピンクの袋の中身が、震えた。

「当人同士の問題だ。他人がいくら気を揉んでもなるようにしかならん」

 驚くほど見ている。
 傍観者決め込んでるくせに。
 タスクのこと。
 紗優のこと。
 気落ちする私のことだって。

「他人、……って言い方は寂しいと思う。友達なんだし」
「友達だろうがなんだろうが、力になれねえことだってある。あいつらの気持ちをコントロールできるとでも思ってるのか」
 混ぜ物を嫌う彼は言葉もストレートだ。
「和貴……と私がぎくしゃくしてたとき、紗優たちこんな気持ちだったんだね。なんかもう、……やるせない」
「一枚かんでんだな?」
 う。
 く、と息を吐いたマキとまともに目がかち合う。
「だーから落ち込んでるってか。分かりやすいやつだな」
「わ、るかったわね」
「宮沢が怒らない程度のおまえの行為でこじれるのならそれまでの話だ。誰が言わずともいずれは壊れている」
 気にするなって意味なのかな。
 明確な達観主義に基づき運命論者じみた発言をする。

 それだったら。
 夜の海で和貴の話をしてくれたことと。
 自分の、過去を明かしたことは。

 どうにかしたい。
 意志がひどく強かったのかなんて、
 ……期待したくもなる。

 そんな仏頂面が睨みを利かせて私を諭す。
「……おまえが望むようなことにならなかったとしても、タスクを恨むんじゃねえぞ」
「分かってるって」言われなくても。

 睨みを緩めると、道の行き先を見やり、

「時間が解決してくれることもある」

 まだすこし遠い、駅の改札を見ている。
 待つのも信じることのうちの一つだ。
 と発言内容とは裏腹に。
 ひどく、自嘲的に。

 それは、

 だれのことを言っている?

 マキの内側に棲まうのは、きっと――

「ねえ。マキ」

 肘を引いた。私はこの場にない、彼の気持ちを引き留めたかった。
「うぜえな。離せよ」
 ……そんなもんよね。
 我ながら、大木にしがみつくコアラだと思った。
 しかも拒否られて。かっこわる。
 それでも。
「あのねマキ。心配してくれてありがとう」
 伝えるべきことは伝えておきたい。
「――あ?」
「私のことを」
「してねえよ。行くぞ」
 突き放しておきながら、
 頭をわしゃっと掴んでくる、から私は、……離れられなくなる。

 手加減した優しさと。

 紗優と私からのチョコはその紙袋に放らず、学生かばんの内側に大切そうに仕舞ってたのも、知ってる。

 嫌いになれる方法があるのなら知りたい。
 バレンタインは、ほろ苦い夜を過ごした。
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