碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第十章 知り合い?

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 お正月特番の抜けない頭で底冷えのする体育館にて校長の長々とした挨拶を聞き流しストーブでぬくめられた教室に戻り休み明けの試験を受ける。
 ただし三年生は除外される。
 今更に実力の確認は必要ない。選別目的の無慈悲なセンター試験を翌週に控える、彼らの纏うぴりぴりとした空気が一二年生にいくばくかは伝染するもので。
「真咲なにがい? 午後ティーのミルク?」
「あうん。でも」
「こないだのお返し。おごったげる」
 試験勉強の合間にコーヒーブレイク。といっても私はいつものミルクティ。
「ありがと」
 自販から取って手渡すと、私の後ろに目を注ぐ。
 学校からほど近い図書館の玄関前を何人もの緑高生が通り過ぎる。傘差し雪道を歩く、片時も赤本が手放せぬ彼らの深刻な真剣さに、お疲れ様です、と内心で唱えた。
 紗優に続いて缶を開く。缶の音に、壁に寄りかかった彼女が私に視線を移した。「真咲は来年センター受けんがか」
「受けない。就職希望」
 ガラス越しに見る雪の空が体感温度を落とす。確かに玄関は寒いけども。
 私は缶を両手に持ち温める。
「勿体ないなあ」
 一口、すする。
 喉を潤す、火傷しそうな熱。
 試験の都度学年のトップ20まで貼り出されるので、私の成績を紗優も知っている。
「……宮本先生にも同じこと言われたな。でも今月の進路調査もそれで出す」
 紗優の選んだのはBOSSのブラック。マキに当てられてか。
「真咲はハッキリしとっていいなあ。あたしまだ迷うとる。進学しよっか就職しようか……」
 就職。「何の仕事がしたいの?」
「美容師。……けどなーそれ決めたらばしっと決めなならんやろ。他の仕事選ばん覚悟固まらんくってなあ」
「いいね。紗優に合ってると思うよ」
「ほんとっ?」
 壁から背を浮かせ、ぱっと顔を輝かす。
 その反応で分かる。
 彼女が本当になりたいものが。
「うん。だって紗優、おしゃれ好きでしょう。ファッション雑誌いつもチェックしてるし……」前髪を自分で切ってる。ヘアアレンジも得意だし。「正直、こっちの子はみんな服のこと全般無頓着だよね。タスクとか」
 一言が余計だった。
 ひと睨みが突き刺さる。
「とと。とにかく。好きなことがあるんだったらそれをそのまま仕事にするのも手だよ」
 うんうん、と縦に大きく頷く姿に思う。
 いまの言葉は。
 私にも当てはめられないのだろうか。
 表層に浮かびかけた考えを首を振ることで打ち消す。「ね。みんなの進路って決まってるの?」
「ん? あータスクは畑大……畑中大学のことな。国立志望。んで和貴はこっちで就職組」上を見て紗優は指折り数える、「あーっとそんで……」
 あとは。
 残りの一人は。
 身を乗り出した私を。
「自分で聞きいや」
 コーヒー香る息と共に紗優は笑顔でかわした。

「――俺か?」
 誰か。
 あくる日に早速確かめた私を誰か褒めてください本日もしかめっ面が怖いです。
「関東の大学で歴史を勉強しようと思っている」
「ふぅん。て東京?」
「出来ればな」
 東京と名のつく大学は非常に多い。立地が埼玉や千葉神奈川であろうと東京と名がつけばなんだっていいのだ。成城学園前と狛江くらいにステイタスが違う。
 そのなかでも彼は、場所が東京がいいと語る。自然と大学の偏差値が高くなる、のだが。
 見合った頭脳をお持ちだ。
 サッカーはかなりのレベルだったと聞く。スポーツ全般を得意とし、パソコン部でもタスクの次点に位置する。彼の言うことをすべて理解してるのってきっとマキだけだ。
 のみならず。
 日本史の成績がトップクラスだ。全国の模試でランキングに入ったことがあるらしい。
 横山光輝の漫画もゲームの『三國志』『信長の野望』もみんな大好きらしく。大河ドラマは勿論見てる。福島正則みたくなりたくはないと言っていた。私からすれば名前聞いたことあるな程度の人物なのに。
 それでその恵まれたビジュアル……
 神は、何物だってお与えになる。
 もっとも。
 本人が一番なりたいものになれないのならばそれらは意味を成さないのだが。
「おまえは?」
 興味はないけど一応。
 といった感じで高い位置から声が降る。
 私は、
「実家の手伝い、かな」
「そうか」
 さくさく。
 雪道を。
 さくさく。
 しぃん。
「いっ。意外だとか思わないの?」
 これ明かすと私必ず言われる。
 のに彼、しれっと。

「おまえが自分で考えて決めたことなんだろう。誰かに止めて欲しいのか」

「……痛いところを突くよね」
 クールななりをして誰にも関心持たずのくせに。
 そんなところに惹かれるんだけど。
「迷ってなんかないよ。ちゃんと自分で考えた結果なんだから。あ……」
 雪だ。
 雪。
 足元の固められた白い雪道を。
 空がグレイがかった白さ、いまにも落ちそうだったそれが、落ちてくる。
 手のひらをうえにして確かめる。
 雪など見ず駅の屋根に入る。珍しくもないのだろうマキにとっては。
「じゃあな」
「うん。バイバイ」
 一年後に、東京へと旅立つ。
 会えなくなる。
 隔たれた向こうへ、もっとはるか遠くへ。
 私はここに残るから。
 残された時間を精いっぱい。
 悔いの残らないよう、生きるのみ。
 見慣れたはずの黒い背中を。
 改札から消えてしまっても、私は逸らせなかった。
 視界に入れられるだけでいい。
 触れられなくても。
 見てるだけでいいと思っていた。
 こんなちっぽけな願いにも、限りがあるのだ。
 足元から崩れ落ちてしまいたい。
 悲しんで、海見ながらもう一度慰めてもらいたい。
 あの日のように。

 でも私がこれから生きるべき道は、それではなかった。

 くずおれたい衝動をこらえ、私は彼の進む道をこの胸に刻み込んだ。
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