碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第七章 選べません……全部嫌です

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 新しく誰かと関わるとき。
 向こうが私を分別する。
 適度な近距離を保つのか、遠く離しとくべきなのか。
 敵か、味方か。
 必要なのか、別段絡む必然などないのか。
 端的に言えば。
 好きか、
 嫌いか。
 この二者択一。
 私はジャッジに異議など唱えない。
 承服するというよりは、subject to……服従するという表現が相応しい。
 決定権は先方にあるのだから。
 極端に嫌われたりすれば、不必要に接近せぬように。
 稀に積極的な好意を示されれば、リードに任す。
 自分の快不快を除けばそれは至極簡単だった。
 一部の女子に嫌われれば迷う余地はなく。複数の選択肢のうちの、一人で突っ張る、って一つに絞られる。求められるそのフォーメーションに応じれば済むだけの話だ。寂しいって感情をこっそりポッケに忍ばせて。耐え切れないって思った頃合いに四次元ポケットが登場、別のなにかで解消すればいい。それこそマックでの人間観察など。
 行動様式を頂戴して身を任す。
 任せるだけで済むのだからコンビニに行くよりお手軽だ。

 人間関係において。
 この。
 受身的なスタンスが誰かを寄せ付けないのも自覚していたし。
 だからってそんな変える意志もなかった消極的な私はここに来て。

 見直しの機会を頂戴している。

 転がるダイス、明後日の行方は確率の分子にも知れない。
 ましてや今日のことなど、誰が?

「ぬ、わーにをむっつかしー顔しとんのーほらぁーっ」
「むほわぁっ」
 突っ込まれてる。クレープの皮だ、なかにいちご。いちごジャムとポイップクリームのふわっとした味が広がる。
「ど? おいし?」
「おいふぃ」ごほん。カスタード飲み込んで「うん。美味しい」
「やろー? クレープはなー祭りでもかんなり外れのが多いんやけどなあ、家庭部が作っとるんは当たり。あっ、……十時回っとるやん。これから中庭で食べよう思うとんのね? 早いけどお昼。美味しいもん昼前に売り切れるさけさき買うてかな。カステラも人気やしなーそれとお好み焼きもなーあっでも炭火焼の焼き鳥も捨てがたいしー」
 ……両手塞がってますのにまだ買うんですか。
「どうしよっかなあーもーっあたし選べんーっ……ほんならなーいまから言うんなかから真咲、二つだけ選んでぇな? りんご飴と広島風お好み焼きと焼き鳥と朝市せんべいとイカ焼きと鈴カステラとー……」
「日持ちしそうなのを先に買おう」と私は断定する。「それと、お好み焼きと焼き鳥がいいな。……てイカ焼き以外全部だね」
「なして。鈴カステラは入らんやろ」
 もし余ってもね。「食べてくれそうなひとに心当たりあるでしょう?」
「……あっ」

 荷物持ちが楽しかったリチャード・ギアってこんな心境だったのかもしれない。
 可愛い子に分かりやすく男子はサービスつけてくれる。大盛り大盛り。
 両手が空いてなくたって。
 なんとなく楽しい。
 活気ある校内を。なんかね、それと、紗優って男の子の注目集めてる。並んで歩くと分かる。うんちょっと優越感。きらきらのオーナメントで飾り立てられるクリスマスツリー、見てるだけでこころが弾む。
 飾らない素の美しさ。
 モデル体型の子って食事を我慢するのが当たり前なのに彼女、ヘーキでがしがし買う。大丈夫なのかってくらい。三年生の先輩にまーた買いに来たんかぁ宮沢よー食うなって言われようとも、とかゆーて先輩あたし来てくれて嬉しいんしょー? って先輩まんざらでもないもはや冗談にならない。

 好意のベクトルに応じず。
 あやふやにしておく。
 本音では、好かれると照れくさいのと。
 いずれ飽きられるときが来るから。 
 私という人間の賞味期限が。
 水っぽさが足らず口当たりもっそもそしてるやーっぱシュークリームのがいいやーって離れられても。
 
 追わないのが私のやり方だった。

「あーっあたし真咲にばっか持たしとるやん貸して貸してっ!」
「平気だよ」
「ほんなことゆわんと。ごめんなーあたし食べもんことなるとほかんことなんも見えんくなってまうんよ。あーっとこれはい、最後の一口ぃーっあぁーんっ」

 超羨ましそうにそこの男子見てる。
 私口を開いた。
 応じてしまうのは。
 同性の私から見ても可愛い子で。
 しかも好意を示してくれるから。
 なだけじゃなく。
 関心があるってことなんだと思う。
 同じだけ返してみたい好奇心のフラグを。
 私のこころのなかは素直にそれを認めた。
 舌に残る甘酸っぱいイチゴの風味と共に。

「食べよ食べよーっ」
 ガーデンテーブルに所狭しと並んでまさに中華の円卓状態。これ私たちだけで完食できる? あ。いった。一口大きい。ほら真咲もあっついうちに、では私もいただきます。まずはお好み焼きから。
「あっふ」
 湯気立ってるもん。「んおいふぃーほれふわっふわ」焼きあがるの待ってた甲斐があった。
「やろー?」
 てお好み焼き半分平らげてたこ焼きつまんでる。……食べるの速くないか。このすごい量、その細いからだのどこに消えて行くのか。
「……タスクって。紗優と和貴とは同じ中学なの?」
「ううん。昔っからタスクのことは知っておったけど……口利いたのつい最近。有名やったしな。CDよう借りるってそんだけやったわ」
 CD? と訊く前に「永迂光愚蓮会。タスクが言うとったやろ?」頬杖をついて得意げな目をよこす。「あの集まりあたし行ったことあるんよ。入会した彼氏おったときおもろそーやと思ってな、溜まり場についてってん」
「バイクぶんぶん走らせるやつ?」
 冗談のつもりでハンドル握る仕草なんてしてみると、
「そ。そこで顔合わせてんよ」
 意外な事実まで付け加わりお好み焼きを吹きそうになる。地味な顔して裏番張ってるのはいったい誰だ。「あの、まー……そんな風に見えないよね」紳士的だし。「びっくりしたけど昨日のタスク。すごく格好良かった」
「そやねー」頬を挟みふう、と息を吐く。「ほんにかっこよかった……王子様みたいやったわ……」
 んん?
「紗優。恋する乙女の顔してるよ」遠くを見る目がどこか陶然としてる。
「もお! からかわんといて! そんなんやないんやから」
「タイプ外でもきっかけさえあれば惚れられるんじゃなかったっけ?」
 じゃ紗優って実際どんな男の子がタイプなの?
 私は訊かなかった。
『……やめてよ』
 思い出させてしまう。
 焼き鳥のパックを紗優はパキパキ開きにかかる。たこ焼き三つ残してるのは私のぶんか。「ほんならなーそーゆーあんたこそどうなが?」
 私ですか。進捗芳しくなくまだお好み焼き最中ですよ。
「そっちやのーて」呆れ目でコーラを喉に流しこむ。……お好み焼きと相性が悪そうに思うのだがお腹ヘーキなのかな。

「マキに、和貴」

 どうして。
 心臓に悪い。
 そんな筋合いは、ない。
「……普通に部活とクラスが同じなだけだよ」
「恋心が一パーセントもないなんてあんた、言わせんよ?」
 紗優とは幾度も行動を共にしている。
 夏祭りの夜。
 体育祭のひととき。
 部活動中も。
 見惚れる私のことなど分かり切ってることだろう。でも私。「二人って誰がどう見ても惚れ惚れするビジュアルだし。そのね、顔とかだけじゃなくて魅力的だと思う。友達……て呼べるほど親しくはないけど」
 男の子との関係性の築き方がいまだ私には分からない。
 どれだけ近づけばいいのかとか。
 どれだけ離れるべきなのかとか。
「や、私がどうこうって言うより、二人がそういう目で見てないことは確かだよ」
「そお? マキも和貴もいまは彼女おらんよ?」
 和貴がよくしてくれるのは、迷い子を放っておけない大人と同じ。紗優だって言ってた。緑川に来た頃の自分を重ねてるって。私だって怜生くん飛びついてきたら可愛がったげるし。
 近づいて驚かすのは、反応を面白がってるだけで。
 自意識過剰になる必要など、どこにもない。
 マキは、
「私とは全然喋らないし。嫌われてるかもって思う。ううん、冷たいひとじゃないけど、壁作られてる感が……」
 やだ。
 告げ口だこんなの。ますます気落ちする。私なんでこんなこと口にしちゃったのだろう。新しい話題探さないと……

「ほんなら。試してみる?」

 いちご飴かじりながらにやり紗優。
 なにかを企むように。

 私の不安は杞憂に終わらず、三時間後に現実となる。

 * * *

「さーさ、まずは自己紹介を女性陣のほうからどーぞ」
「都倉真咲です。趣味はパソコン部と読書です。最近読んだのは『フロイトとユング』……河合先生と小此木先生の対談に感激しました。その道の先駆者の思想の交わりは含蓄に飛んでいて、読む者の好奇心と知識欲を存分に満たしてくれま、……」
 あれ。
 なんでこんな話してんだっけ。
 他の子、もっと違うこと言ってる。テニス部です、料理が好き、猫飼ってます、趣味ゲームです、弟いるんで面倒見いいほうです、……。
「そんじゃ男性陣のほーから質問のある方どーぞ。手ぇ挙げてくださいねはいはーいっ」
 裏門近くの特設ステージにて。
 私とマキだけ動かない。
 ビリヤード台に似た長方形のテーブルを挟み、男子五人に対し女子が五人。合コンなら妥当、……やちょっと多いかも。
 公開見せしめ合コンだ。
 こんなの、来たくなかった。いえ望んで来てなんかないもん。
 午後の三時だった。迎えに来るねーって約束してたメイド紗優がタキシードカフェ訪れたと思ったらごめんなーあたし抜けれんくって手伝い戻らな。私は平気だよ一人で回れるからと伝えたのに、小澤さんもマキに休憩入れと。労働基準法違反並みに働かせたことに罪悪でもあるのか。押し出すように教室おんだされて気まずく階段降りたらいきなし都倉さんと蒔田くんですねーって知らない三年にがしっと拉致されていまに、至ります。
 フィーリングカップルって看板に飾られた安っちい青とピンクのお花もだけど、ステージに近い両脇をタキシードが固めてるのもどうなの。この番号ついたバッジ、手抜きな手書きだ。
「女性から見てどきっとする男性の仕草ぁー。さーなんでしょーねぇ一番のあなたから言ってくれまっかー」
「座ってて足。組み替えるの」
「拳鳴らすバキバキ、あれヤバいです」
 あしてる男子がいる、会場笑い。
「仕草っつーか。笑顔。笑顔っすね」
「車。片手でバックしとる人に憧れます。好み? 年上ですぅ」
 みんな可愛く答えてんのに。
 あ、あ、「ありません。フ、ロイトが顎を摘まむくらいしか」
 会場静まる。
 完、全、に、
 ……場違いだ。
「ほんなら逆からいきましょか。一番のあなたから男性陣に質問ターイムっ」
「んーほしたらな、女落とす口説き文句。教えてくださーいっ。とっておきのやつ」
 あれなんか今日可愛くない?
 悪いけど惚れてます。
 おれ、一番さんのこと好きになったら困りますか?
「ぼくの一番の人になってください」
 被ってる。えーっと田辺くん、だったかな。同じクラスの。気づかなかったいまのいままで。あ、目が合う。坊主の頭かいてる。かゆいのかな。

「んなことここで言えっかばかやろう」

 ……
 客引いてます……。

「渡哲也さんです。信長に鬼気迫るものがありました。降板されたことがあっただけにあの役は必ずやり遂げるという信念を持って演じたと聞き及びます。あの迫力。本能寺で炎に包まれ、辞世の句を詠む最期は忘れられません」
「海似合う爽やかなひとーっ竹野内みたいなーっ」
「藤重政孝」
「尾崎」
「しぶいっすねーみんな。ましゃしか考えられんしょ。エロトークさいこー」
 好みの芸能人訊かれればそういうこと言うんですね。もう終わりにしませんか。誰も得しませんよこのゲーム。
「ほんならラストになりますよ。五番のあなた、なんでもどーぞー」
 え私?
 マイク向けられて咄嗟の一言は、
「自分を動物に例えるとしたらなんですか」
 瞬間。
 黒豹マキの鋭い眼光が飛ばされる。
 ……帰りたい……。

「ほんならどきどきタイムに入りまーっす。これだ! て思う番号書いてくださいねー」
 ペン。サインペンと白い画用紙とが配られる。
 男性陣の誰かの番号書けってことだよね。
 誰を書く。
 誰。
 だれ。
 あの。
 逃げさせてはくれませんでしょうか。
「五番の女性のかたーずいぶん迷っとるようですがばしっと心決めてくださいねー」
 笑われた。うるさいわ司会者。
「時間切りますよー残り十秒。九、八、七、……」
 うわわ。
 どうしようどうしよう。
 ……ええい。
 ままよっ。
「ほんならせぇーので挙げてくださいねー客席のほう向けてーせぇーのぉっ」
 観客に向かって挙げただけなのに。
 わあっと歓声が沸いた。
 どしたんだろ。
「おおっ! フィーリングカップルの誕生でーすっ! 三番の男性と五番の女性のかたーおめでとーございまーす! さーさこっち。こっちおいでくださーい」
 な。
 な、
 なんですと?
 逃げ。
 れない。どっからこんなスタッフ湧いてきたの。おいでっつうか連行されてますよ囚人ですか私。うちのクラス回してくんないかなこんなひと余剰なんだったら。
 司会者挟んでステージの前面に立たされる。ああもうどんな状況なの。見れないよ下が。
「彼女のどんなとこにあなた、惹かれましたか」
「目が、合いました。何回も」
 いっぺんだけです。
「五番のあなたは?」
「……なんとなく」絶対に自分の番号を書かないと思った男子の番号を書いただけです。
 やる気ない一言を横山やすしさん似せた司会者はスルー。いきなし声張って、
「それでは皆さんお待たせしました、愛の儀式のコーナーです!」
 おーまーかせ。
 おーまーかせ。
 スタッフのひとじゃんやらせじゃん。ステージ裏から聞こえるよ手拍子してるし。
 観客釣られちゃってる。
 儀式、……なんのことだろ。田辺くんも理解してないっぽい。つかこの元ネタってなに。
 司会者が私にマイク向け、
「男性から女性にキスすることになっとんですが。どこがいいですか」
 ……は。
 うそ。
 嘘でしょう!?
 自慢じゃないけどファーストキスなんてまだなんだからっ。
「あーそーですか。ほんならおまかせっちゅうことで三番さーんお好きなとこ、どぞ」
 言ってないそんなこと。
 司会者、身を引いて、背を押す。
 目の前に、田辺くん。
 うそ。
 肩、手を添えられる。
 何故か、
 和貴が思い出された。
 やじゃなかった。
 こんな風に触られても。
 おまかせの声が増す。
 騒がしい。口笛。
 顔が、迫る。
 やだ嫌すぎる。
 知らない男子の、匂い。
 こう面と向かって来られては顔を背けることも叶わず。
 目を閉じて耐えようと思った。
 鼻の頭に息がかかる。
 拳を、強く、固め。
 息を殺す。
 死んだ気分になった。

「田辺、そりゃねーだろおまえ」

 ……なに?
 そろそろとまぶた上げてみると、

「俺のことはどうするつもりだ」

 いつの間に。
 私の隣に立っている存在が、
 坊主頭を手荒に引き寄せ、

 唇に唇を重ねた。

 雷が落ちる騒ぎとなった。
 特に女子の悲鳴すさまじく。
 阿鼻叫喚と化す。

 崩れ落ちた田辺くん。
 ほ、放心状態。
 寸止めだったのに。

 どっちも……

「なんっということでしょうか! ちょっと待ったコールですっ」
 このなかで唯一声弾ませる司会者無視して、彼。
 こちらに目をくれると、
「逃げるぞ。三秒数える。一、二の、」

 三。

 掴まれる。
 引っ張られてる。
 和貴とは違う感じの、彼の。

 私――

「なんということでしょうかぁあああっ」

 声を置き去りし迫る絶叫を無視し群集をかき分け、段を駆け下りる。足がもつれそうになりながらもついていった。

 信じられる彼の。

 見覚えのある背中だけを頼りに。
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