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insider
第三話(1)愛す女
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そのサイトを見つけたときに、多恵子(たえこ)は声を出して笑った。「なにこれ」
読めば読むほど馬鹿馬鹿しい。――セカンド・ロスト・バージン・サービスだと? なにを言っているのだこいつは。
夫婦間のセックスレスが叫ばれて久しい。が、そもそも結婚制度自体に無理があるのだ。
いつまでも同じ相手に、パーシャル冷凍されたような鮮度の高い愛を保つことなど――。
缶チューハイをあおり、歯でさきいかを裂きながら多恵子は画面をスクロールする。そもそも顔を出さない辺りがアヤしい。よほどの醜男か、騒がれるのを嫌う超絶的美男子――のいずれかか。
「馬鹿馬鹿しい」
結婚制度自体に、無理があるのだ。――あんなものに幸せを見出すことなど。
〇クシィなど、もはや宗教だ。結婚相談所の類も。
独身者は、みんな、結婚自体をゴールだと思い込んでおり、その実態が墓場に等しいことなど知らないでいる。一方で張りぼて住まいの男どもは、炎上回避なのか、自分たちが住むのが実は墓場であることをカミングアウト出来ずにいる。暗黙の了解を強要する辺りが多恵子には気持ちが悪い。ゲロっちゃえばいいのに。SNSで延々と義理両親一族への愚痴を綴る女たちのように。
だいたい結婚相談所に三十万を叩くくらいなら、マッチングアプリを駆使するか、いっそ諦めてエステ! 高級料理! に舌鼓を打てばいいのに。
ここ人間界は、愚かな人間どもの巣窟だ――。
「愚民どもが。せいぜい孤独な愛を叫ぶがいい」
ごろん、と横になっても、『飲んで横になるとからだ冷えちゃうよ』と気遣ってくれるあのひとはいない。もういない。どこにも――。
ひとは、どうせ、死ぬのだ。確実に。絶対に。
どうせ死ぬと分かっているのに、何故、ひとは想いを伝えようとするのだろう――無駄なのに。
「……馬鹿馬鹿しい。愛なんて、愛なんて、実体のない、紙幣価値など皆無の代物なのに……みんな、騙されちゃって」
ぐだぐだ言いながらもちゃっかり手は動き、結果、予約を済ませていた。なんと、この友哉という男の提供する性的なサービスは需要があるのか、最短で予約可能なのが一ヶ月後だという。一日二人まで、ひとり三時間、平日もいっぱいだから驚きだ。
ひょっとしたら売れてまっせと客を煽っているブサメンかもしれないが。――それならまあ、それはそのときだ。ちゃっかり、プレイを、楽しめればそれでいい。
ところがだ。
当日、多恵子の目の前に現れたのは、目のくらむような美青年と来た。
外国の血が入っているのか、瞳は淡いグレー。髪は、銀髪に近い。
待ち合わせたカフェにて、露骨に店員も見てきたくらいだ。近くのJKもなにやら、きゃー、尊いー、と叫んでいる。
そしてどうやらこちらの青年はこうした周囲の反応には慣れっこなのか。極めて落ち着いた口ぶりで、
「『事前』に一時間ほどお時間を頂戴しますが、場所はどうします? あなたさえよければ引き続きここにしますが、或いは、ホテルの一階のカフェ。そこのほうが落ち着いて話せるかもしれませんが」
なるほど、この友哉という青年が、若者のたむろうカフェを避けようと伝えた事情もよく理解出来る。理解した多恵子は、友哉の提案に従った。
「あなた、さほど飢えていませんね」
場所を変え、友哉の指定した、だだ広いカフェに入るなり、彼が看破した。目で多恵子の疑問を悟ってか、「見ればわかるんです」と友哉は補足を加える。
「肌の色つや……化粧ののり……頬の肉のコンディション。指先の動き、などなど。まあ見れば大体分かりますね。男の肌に飢えた淑女なのか、はたまた……」
ここで友哉は目配せをし、
「男を狂わせる、妖婦なのか」
「面白いことを言うのねあなた」喉の奥で多恵子は低く笑った。「あなた、自分が女を抱くサービスを提供する立場でありながら、顧客を糾弾するつもり? なにさま?」
「ぼくは何者でもない、透明人間に久しい人間です。ぼくの姿に、遠い過去を見出す人間もいます。そう、思い出というものは、いつになっても色あせません。結婚とは違って」
なにかを懐かしむような友哉の目の色に、日頃隠し持つ多恵子のなにかが動いた。
「ご結婚は?」
「しているように見えます?」
「確かに」
その頃には彼女は確信していた。この瞳の色は――カラコンだ。
おそらく、友哉という男は、相手をする女によっていろを変える。優秀なコスプレイヤーのように。
この例えに彼女自身納得した。――確かに。今日のこの友哉のいでたちを見て、レイヤーと呼ばぬならなんと呼ぶ。
「なにか面白いことでも?」
多恵子の笑みに気づいた友哉が問いかける。いいえ、なにも、と彼女は首を振り、
「ねえ。友哉くん。あなた、なんのためにこんなことをやっているの。虚しくなったり――しない?
富と名声を手に入れた人間は、大概、潰れるの。
ホストクラブなんか行ったことないけど、でも女を金づるにしてわーきゃー持ち上げる野郎ばっかよね。
でも、あなたは、違う。
あなたは、おかしいくらいに普通――よね。その、見た目を除けば」
「ぼくと寝てもないのに、どうしてぼくが普通だって分かるんです?」
それが、若さだ、と多恵子は思った。なかなかのジェントルマンに見えて、言い返す辺りが可愛らしい。いつの間にやら多恵子は、この、愛くるしいチワワのような美青年に好感を抱き始めていることに気づいていた。
じっくりと多恵子は値踏みするような目線を与え、答えた。「――指」
「……指」
「そ」と彼女は得意げに首をかしげ、「爪が、短く切り揃えられていて。女のあそこにやさしいわよね……指毛もちゃんとシェーブされていて、見られることを『意識している』。あなた流のタームで言えば、コンディションは上々ね。爪のいろが桜貝のような綺麗なピンク。若さっていいわね」
「ぼくは、あなた世代の質感もすごく好きですよ……吸い付くように、やわらかくって」
うるんだ友哉の瞳を見つめ返したときに、もう、彼女のそこは濡れていた。夢にまで見た事態。見目形の麗しい、年下男に、蕩けるような愛を提供される展開。
彼女の変化を見越してだろう。落ち着いた声音で友哉が切り出した。
「――上に、行きましょう」
*
読めば読むほど馬鹿馬鹿しい。――セカンド・ロスト・バージン・サービスだと? なにを言っているのだこいつは。
夫婦間のセックスレスが叫ばれて久しい。が、そもそも結婚制度自体に無理があるのだ。
いつまでも同じ相手に、パーシャル冷凍されたような鮮度の高い愛を保つことなど――。
缶チューハイをあおり、歯でさきいかを裂きながら多恵子は画面をスクロールする。そもそも顔を出さない辺りがアヤしい。よほどの醜男か、騒がれるのを嫌う超絶的美男子――のいずれかか。
「馬鹿馬鹿しい」
結婚制度自体に、無理があるのだ。――あんなものに幸せを見出すことなど。
〇クシィなど、もはや宗教だ。結婚相談所の類も。
独身者は、みんな、結婚自体をゴールだと思い込んでおり、その実態が墓場に等しいことなど知らないでいる。一方で張りぼて住まいの男どもは、炎上回避なのか、自分たちが住むのが実は墓場であることをカミングアウト出来ずにいる。暗黙の了解を強要する辺りが多恵子には気持ちが悪い。ゲロっちゃえばいいのに。SNSで延々と義理両親一族への愚痴を綴る女たちのように。
だいたい結婚相談所に三十万を叩くくらいなら、マッチングアプリを駆使するか、いっそ諦めてエステ! 高級料理! に舌鼓を打てばいいのに。
ここ人間界は、愚かな人間どもの巣窟だ――。
「愚民どもが。せいぜい孤独な愛を叫ぶがいい」
ごろん、と横になっても、『飲んで横になるとからだ冷えちゃうよ』と気遣ってくれるあのひとはいない。もういない。どこにも――。
ひとは、どうせ、死ぬのだ。確実に。絶対に。
どうせ死ぬと分かっているのに、何故、ひとは想いを伝えようとするのだろう――無駄なのに。
「……馬鹿馬鹿しい。愛なんて、愛なんて、実体のない、紙幣価値など皆無の代物なのに……みんな、騙されちゃって」
ぐだぐだ言いながらもちゃっかり手は動き、結果、予約を済ませていた。なんと、この友哉という男の提供する性的なサービスは需要があるのか、最短で予約可能なのが一ヶ月後だという。一日二人まで、ひとり三時間、平日もいっぱいだから驚きだ。
ひょっとしたら売れてまっせと客を煽っているブサメンかもしれないが。――それならまあ、それはそのときだ。ちゃっかり、プレイを、楽しめればそれでいい。
ところがだ。
当日、多恵子の目の前に現れたのは、目のくらむような美青年と来た。
外国の血が入っているのか、瞳は淡いグレー。髪は、銀髪に近い。
待ち合わせたカフェにて、露骨に店員も見てきたくらいだ。近くのJKもなにやら、きゃー、尊いー、と叫んでいる。
そしてどうやらこちらの青年はこうした周囲の反応には慣れっこなのか。極めて落ち着いた口ぶりで、
「『事前』に一時間ほどお時間を頂戴しますが、場所はどうします? あなたさえよければ引き続きここにしますが、或いは、ホテルの一階のカフェ。そこのほうが落ち着いて話せるかもしれませんが」
なるほど、この友哉という青年が、若者のたむろうカフェを避けようと伝えた事情もよく理解出来る。理解した多恵子は、友哉の提案に従った。
「あなた、さほど飢えていませんね」
場所を変え、友哉の指定した、だだ広いカフェに入るなり、彼が看破した。目で多恵子の疑問を悟ってか、「見ればわかるんです」と友哉は補足を加える。
「肌の色つや……化粧ののり……頬の肉のコンディション。指先の動き、などなど。まあ見れば大体分かりますね。男の肌に飢えた淑女なのか、はたまた……」
ここで友哉は目配せをし、
「男を狂わせる、妖婦なのか」
「面白いことを言うのねあなた」喉の奥で多恵子は低く笑った。「あなた、自分が女を抱くサービスを提供する立場でありながら、顧客を糾弾するつもり? なにさま?」
「ぼくは何者でもない、透明人間に久しい人間です。ぼくの姿に、遠い過去を見出す人間もいます。そう、思い出というものは、いつになっても色あせません。結婚とは違って」
なにかを懐かしむような友哉の目の色に、日頃隠し持つ多恵子のなにかが動いた。
「ご結婚は?」
「しているように見えます?」
「確かに」
その頃には彼女は確信していた。この瞳の色は――カラコンだ。
おそらく、友哉という男は、相手をする女によっていろを変える。優秀なコスプレイヤーのように。
この例えに彼女自身納得した。――確かに。今日のこの友哉のいでたちを見て、レイヤーと呼ばぬならなんと呼ぶ。
「なにか面白いことでも?」
多恵子の笑みに気づいた友哉が問いかける。いいえ、なにも、と彼女は首を振り、
「ねえ。友哉くん。あなた、なんのためにこんなことをやっているの。虚しくなったり――しない?
富と名声を手に入れた人間は、大概、潰れるの。
ホストクラブなんか行ったことないけど、でも女を金づるにしてわーきゃー持ち上げる野郎ばっかよね。
でも、あなたは、違う。
あなたは、おかしいくらいに普通――よね。その、見た目を除けば」
「ぼくと寝てもないのに、どうしてぼくが普通だって分かるんです?」
それが、若さだ、と多恵子は思った。なかなかのジェントルマンに見えて、言い返す辺りが可愛らしい。いつの間にやら多恵子は、この、愛くるしいチワワのような美青年に好感を抱き始めていることに気づいていた。
じっくりと多恵子は値踏みするような目線を与え、答えた。「――指」
「……指」
「そ」と彼女は得意げに首をかしげ、「爪が、短く切り揃えられていて。女のあそこにやさしいわよね……指毛もちゃんとシェーブされていて、見られることを『意識している』。あなた流のタームで言えば、コンディションは上々ね。爪のいろが桜貝のような綺麗なピンク。若さっていいわね」
「ぼくは、あなた世代の質感もすごく好きですよ……吸い付くように、やわらかくって」
うるんだ友哉の瞳を見つめ返したときに、もう、彼女のそこは濡れていた。夢にまで見た事態。見目形の麗しい、年下男に、蕩けるような愛を提供される展開。
彼女の変化を見越してだろう。落ち着いた声音で友哉が切り出した。
「――上に、行きましょう」
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