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第一話(1)同居中の姑にいびられ悩める女

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「クリスマスでもないのにケンタッキーねえ。……玲子(れいこ)さんあなた、こんなものをいつも食べているの? 富山ではそれが普通なのかしらぁ?」
 ――だったら自分で作ればいいだろ。
 憤懣押し込め、玲子は答える。「普通です。柏木(かしわぎ)のお宅では、違うんでしょうか?」
「もっちろんよ」嬉々とした表情で義母が言う。「柏木の宅ではクリスマスにねえ。毎年、毎年、高島屋で骨付きチキンを買うの。それがもう、ものすごく美味しくってねえ」
 ――だったら自分で買って来ればいいだろ。
 嫁に家事全般を押し付け、悠々自適に年金生活を暮らす義母の気持ちなんざ――推し量りたくもない。
「せっかく買ってきたので、あたたかいうちに食べましょう。お義母さん」
「あっらぁでもこんなもの、若いひとが食べるものでしょう? わたしにはとてもとても……」
「お義母さん充分若いじゃないですか」
「玲子さんに比べたらもーねー、死にかけのババアよ。玲子さんと違って子どもも産めないの!」
「……ババアですか」
「あらやだ! 玲子さんったらぁ!」間の悪いことにそこでちょうど玄関から物音がする。「秀樹(ひでき)ちゃーん! 聞いて聞いて! 玲子さんがわたしのことを、ババアだって罵るの!」
「お義母さんそんなことわたし――」
「おっまえすこしは口を慎めよ玲子」コートを着たままリビングにずんずん入る夫の秀樹は、渋い顔をし、「誰のおかげで飯食えてると思ってんだ。毎回毎回喧嘩しやがってよう。……おれ、疲れてるから。先、風呂入ってくるから」
 ――アラカンの姑と顔を突き合わせて食事をしたところでいったいなにが面白いのだろう。
 尤も、玲子と秀樹の間は冷え切っており、仮に二人で暮らしていたとて、面白いことなどなにもないだろうに。
 いつもいつも、この家での悪役(ジョーカー)は玲子で。母親の言い分を信じる秀樹の思考は、すっかり母親のいろに染め抜かれている。
 以降、会話など弾むはずもなく。秀樹が風呂からあがってくると、『秀樹ちゃーん』とあまったるい声をあげる義母のことが、玲子は大っ嫌いだ。――なにが、秀樹ちゃーんだ。馬鹿馬鹿しい。アラフォー男に秀樹ちゃんもなにもあったものじゃないだろう。一世を風靡したカリスマアイドルならばともかく。
「秀樹ちゃーん。お仕事頑張ってるのね。偉い偉い」
「まーなー。おれが働かなきゃ生活回んねえから、仕方ねえだろ」
「ふふふ。秀樹ちゃんは、わたしの自慢の息子よ。あー優秀な秀樹ちゃんの血を受け継ぐ子がいたら本当に――楽しかったでしょうに」
 後ろで洗い物をする玲子を意識した台詞に、彼女の腹の底がぐっと熱くなる。――だったらあたしも働けと? 不妊治療に専念するため、仕事を辞めろと命じたのはいったい――誰だったかしら?
 体外受精に二度トライし、ひとり子どもを育てられるほどの金を遣い、結局玲子夫婦は諦めた。
 養子という手もあろうが――大反対したのが、義母だ。
『なに考えてんの! 子どもを産まない女なんか、女じゃないのよ! まったく!』
 子どもを諦めた頃から、義母の嫁いびりはひどくなった。
 二人分の洗い物を済ませ、玲子は寝室に入る。どうせ義母がだらだらと喋り、スマホをいじり倒す秀樹が聞き流しているのだろう。あの交流会に加わるという手もあろうが――どうせ自分の悪口大会だ。好きなように言わせてやろう。
 ベッドが玲子の重みで沈む。最後に秀樹に抱かれたのは、いつが最後だったろうか――。
 子どもを諦めて以来、玲子は抱かれていない。
 子を作るための機械的なセックス。――エクスタシーには程遠い。
 このまま、義母たちに罵倒されたまま、本当の愛を知らないで、死んでいくのか。
 急に寂しくなり、玲子はスマホで検索する。
『セカンドバージン ロスト』
「あった」
 検索上位に来るということは、それだけ需要があるのだろう。
 セカンド・ロスト・バージン・サービス。
 そのサイトの概要はこうだ。
 いわゆる、セカンドバージンに悩める女性を対象としている。
 処女は、対象外。十八歳以下の女性も。
 管理者である友哉(ともや)という男性が、セックスをする。
 申し込みはWebで。
 ホテルに入る前に、カフェでお話をし、いろいろと聞き出してくれる。
 不安を取り除いたあとに、ホテルに移動し、いよいよ行為に及ぶ。
 ホテルの滞在時間は三時間程度。初回は性交前に、友哉が緊張を取り除くマッサージをする。
 以降も、基本的には性的なサービスを提供するが、以外のことも可能。
 ただし、スカトロとアナルセックスは除く、と。
「要は、あそこに蜘蛛の巣張ったBBAをタゲった鬼畜だということね。この友哉って男は」
 呆れながら玲子はブラウザを閉じた。――馬鹿馬鹿しい、と玲子は思った。
 本当に好きになった男ならまだしも、見も知らぬ相手にからだを委ねるなどそれでは、風俗ではないか。
 と思ったときに、ふと疑問が湧いた。――男が風俗に通うのは普通なのに、何故、女には許されないのか。
 玲子は詳しくは知らないが、女性向けの性的なサービスもあると聞く。挿入なしの、感じさせるマッサージも人気なのだそうだ。にしても、男性に対するサービスに比べるとまだまだ認知度は低いといったところであろう。
「……理不尽。どこまでも理不尽ね」
 言い知れぬ怒りが沸き、玲子はベッドに横たわった。秀樹の匂いが染みついたベッド。特に枕は――臭い。嫌気が差して、玲子は風呂に入ることを選んだ。どうせ誰も、玲子の挙動なんか気に留めやしないだろう。
 バスタブで自分の乳房に触れる。――乳首も黒ずんでおらず、まだまだいける――と思うのに、こんな家に飼い殺しにされて。哀れな自分。シンデレラも結婚してもどうせ、女の子たちが思い描くようなあまい幸福など得られず、ダイアナ妃や雅子さまのようにもがいたのだろう――華やかな舞台の裏に隠された苦しみの海の中で。
 まだぴんと潤いを保つ自分の肌に触れると何故かあのサービスのことが思い出される。――友哉という男なら、自分のことを完璧に導いてくれるだろうか――。
「アホくさ」
 ざぶり、と音を立てて湯船を出る。玲子は、濡れにくく感じにくい体質で、夫の前でも、過去の男の前でも、演技ばかりしていた。気持ちよくもないのに、いくいくいく……自分が三流のセクシー女優にでもなった気分だった。
 セックスなんか、こりごりだ。
 そう思っていたはずなのに、玲子はこのわずか二十四時間後に、あのサービスに申し込むこととなる。
 ――性の味に飢えた、淑女をターゲットとしたサービスに。

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