霧の晴れた海

美凪ましろ

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第二部 正体

#02-01.暴露 *

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 東京から上越新幹線に乗り、バスを乗り継ぎ、新潟から両津港へと向かう。新幹線は二時間ちょっと、フェリーも二時間半ほど。高速の便もあるが、時間もあるので、ゆったりとした便をわたしは選んだ。ジェットフォイルだと6000円を超えてしまうが、フェリーだとその半額以下でいける。金銭的に、決して余裕しゃくしゃくとは言い難い生活を送るわたしとしては、節約する道を選んだ。
 久しぶりの佐渡。空気が澄み渡っており、潮の香りが混ざる、……この、懐かしい景色。
 バスとタクシーを駆使して実家に帰った。わたしが上京してから、改装をしたそうだ。母の世代で終わるというのに、何故、金をかけるのか。疑問は胸のうちにしまっておいた。母たちには母たちなりの、事情があるのだろう。車窓から見る街並みも昔となにひとつとて変わらないのに、変わったのはわたしのほうか。いたずらに、時間ばかりが、過ぎていく。
「おかえりー。詩文ぃー」
「……おねえちゃん」
 店の表で母と談笑していた鳴海おねえちゃん。思いのほかフランクな感じで、手を振ってくれる。「長旅お疲れー。いま、帰ってきたんだよね?」
「うんそう」わたしはキャスターをからころ鳴らしながら、「おねえちゃんたちは、秋原さんのところに泊まるんだって? いいなあ。わたしも、そうすればよかった……」
「じゃあ、わたしたちの部屋に泊まる?」
 こんなジョークを言うひとだったか? わたしの目に見る姉は、昔とちっとも変わらないというのに。
「冗談よ」当惑するわたしに向けてくすりと姉は笑い、「雅哉さんは、……茶の間で、休んでるわ。仕事で疲れてるみたい……もし寝てたら、そっとしておいて……?」
 姉の助言は、わたしには届かなかった。何故なら、
「やめ、てぇ……こんなところで。もし、見つかったら……!」
「ふみちゃんが、悪いんだよ」悪びれもせず、わたしの胸を揉む雅哉さんは、熱い息をわたしの耳に吹きかけ、「こんな、……簡単に、濡れるからだを持つ、ふみちゃんのほうが、悪い……」
 誰が来るかもしれない、実家の茶の間にて。わたしは背後から雅哉さんに覆いかぶさられ、
「ああ……濡れてる。すっごく……」嬉々とした雅哉さんの声。「ああ、もう、……我慢できない。挿れちゃう。挿れちゃう、ね……」
 わたしのパンティを下ろすと一気に――挿入した。
 わたしは事実に気づいて慌てた。「やめ、……雅哉さん。ゴムは。ゴムは?」
 いつも装着していたのに。明らかに生だ。ところが、雅哉さんは慌てた様子もなく、
「ずっと……夢だったんだ」うっとりと、歌うように雅哉さん。「ふみちゃんのナカに、おれの精子をたっぷり、……注ぎこむのが」
「だめぇ。いやあっ……」
「しっ」口を塞がれる。「ただでさえ、ふみちゃん声がおっきいんだから……そんなふみちゃんの声を聞いたら、みんな、おかしな気分に、なっちゃうよ……」
 わたしは必死で声を堪えた。もし――見つかりでもしたら、大変だ。ところが、スリルと隣り合わせのセックスは、こちらの快楽を倍加させてくれる。気づいた雅哉さんはすかさず指摘をする。「――ん? ふみちゃん、感じてんの……? 感じてる顔、おれにいっぱい、見せて……?」
 からだを反転させ、わたしの唇を貪る。いまのいままで、キスなんか、したことがなかったのに。熱い雅哉さんの舌は、こちらの思考力を、奪ってくれる。嵐のようなキス。
 激しい、絶頂を、迎えた。肩で息をしながらわたしは、雅哉さんの背に手を添えた。意識も理性もどろどろに溶かされていく。彼の背も汗ばんでいた、そのくらい、激しいセックスだった。
 自分で、自分の気持ちが、分からない。姉のものだから、興味が湧いたのか。他人の夫だったらこれほどまでにそそられなかったのか。ただ、わたしが言えるのは、
「……好き」
 胸の内を告白したわたしに、雅哉さんは、やさしいキスをくれた。

「本日は、お忙しいところをお集まりくださり、ありがとうございます。……辛いことも悲しいこともありましたが、こうして夫婦として二十五年という節目を迎えることが出来たのは、妻・正子の努力によるものであり、ここにおられる皆様のお陰でもあります……皆様、本当に、ありがとうございました。今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます……」
 父の、簡潔なる挨拶に、会場の皆が、拍手を送った。……思ったよりも、大きな会だった。大きな部屋を貸し切り、三十人前後の人間が、集まっていると見受けられる。親戚やご近所の方々……母たちが、皆に、慕われているのが分かった。ところがわたしは、アフターピルが間に合うのか? どうしよう……と、ひとり、誰にも言えない不安を、抱え込んでいた。
 姉とは同じテーブルだ。勿論、姉の顔などまともに見られるはずがない。わたしは――犯罪者だ。逃げようと思えば逃げられたのに、快楽に甘んじる道を選んだ――売女なのだ。
 和やかに、銀婚式は、進んでいった。振る舞われる料理が、美味しかった。お刺身など最高。酒は勿論、母のお店から届けられたものである――はずが。
「おねえちゃん、飲まないの?」酒を注がれても手をつけぬ姉を疑問に思った。すると姉は目を細め、「ちょっと、そんな気分じゃ、なくって……」
「おねえちゃん体調悪いの?」わたしは心配になった。「もし、具合が悪いんなら、お母さんたちに言って、退席させて貰っても――」
「大丈夫よ。心配しないで」
 強く言い切る姉に雅哉さんは、なにも――言わなかった。

 会は、つづがなく進んでいった。余興やスピーチも行われ、まるで結婚式であった。わたしは服装をどうしたものか迷ったが、無難に、紺のドレスでまとめた。すると色が主役である母と被ってしまったのでひとり、苦笑いをした。わたしは隣に座る従妹とばかり会話をした。姉の目がまともに――見られなかった。
 締めの挨拶を父が行い、拍手に包まれたときだった。「あのぅ――」と姉が手を挙げた。なにごとかとわたしは思った、のだが。
 前方に進むと姉はマイクの前に立ち、皆をぐるりと見回し、
「富田の長女の、成岡鳴海です。本日は――ありがとうございます」と頭を下げ、「わたくしごとで恐縮ですが……。
 妊娠、しております」
 えっ、と声をあげた。皆が動揺する、だが直後、拍手を送るという選択を送った。わたしは――周りに同調しながらも、困惑していた。何故、ここで、それを言うのか……。
 同時に、雅哉さんに、失望していた。ついさきほどまでわたしのなかで暴れ狂っていた彼は、裏では妻と、親交を結んでいた。至極当たり前の事実が、わたしの胸を、締め付ける。夫婦なら当然――なのに。雅哉さんは、わたしを選んだはずではなかったのか?
「それから、……この場をお借りしてもう一点だけ、申し上げます」
 すると姉はわたしに真っ直ぐ目を向け、

「妹とうちの主人は、不貞関係にあります」

 *
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