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#EX.華麗なあなたと恋愛結婚
#EX-08.おれの女に手を出すな【前編】
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ビルを出ると彼女はにんまりと笑う。広坂のためになにを作ってあげようか、楽しみでならない。昨日は、焼き魚にしたから、今日はお肉がいいな……。立ち止まり、携帯でレシピをチェックしていると、広坂からメッセが。
『今日は七時くらいになりそう』
「やったぁ!」と声に出していた。広坂の早めの帰宅が……嬉しい。同棲生活も含めると広坂と暮らし始めて今日でちょうど二ヶ月を迎える。広坂との生活は、楽しかった。一言では言い表せないくらいに。例えば元彼氏の山崎と比べると、彼は常に、夏妃の意志を尊重してくれる。なにをするにしても彼女の表情から彼女の感情を読み取り、納得の行く決断を下す。それは、山崎との交際では決して得られなかった彼女の財産。休日は一緒に出掛けたり準備をしたり家事をする。家庭人としての顔を保ちつつも、性に溺れる獣を有する、あのバランス感覚にも惹かれる自身を彼女は彼女のなかに認める。通常、他人と暮らし始めることはストレスを覚えるものだが……広坂に関しては別だ。いてくれるだけで、ここちよい。自分という存在を認め、感じる方向に導いてくれる存在。結婚生活のありがたみをつくづく実感する。結婚して……よかったと。
幸せに浸りスマホを見ている彼女は気づかなった。背後から近づく男の存在に。
「……なっちゃん」
ぞくりと肌が粟立った。声質になにか、異様なものを感じたからだ。
「……どしたの」確かめるのが怖くて、振り向けない。前を向いたまま彼女は答えた。「わたしに、なにか用?」
どうやら山崎は何日か会社を休んでいるようだ。最近、彼の姿を見ない。
「顔、見せてくれよなっちゃん……」
「いやよ。もう――関わり合いになりたくないの。あなたとのことは昔のことよ。入籍しているのは……知っているでしょう?」結婚パーティーの招待客に山崎は入っていない。一課と総務部の人間を中心に呼ぶ。「わたし、もうあなたと話したくないの。……行くわね。さよなら」
「……残念だな、なっちゃん。なら――こうするまでだ」
首の後ろに痛みが走る。直後、彼女の意識は途絶え、スマホは地に落ちていた。
「夏妃。ただいま」
夏妃はいつも、『おかえりなさい』といつも玄関に走り寄ってくる。そしてこのおれを激しく求める。……はずだが。あれ……どうしたのだろう。広坂のなかに違和感が走る。
「夏妃。……夏妃ぃ?」靴を脱いで部屋へと入る。キッチンは空。普段であればこの時間は調理中かクイックルワイパーで床を掃除しているはずだというのに、……トイレか? いない。この暑いのに冷房もつけずに。
……おかしい。
部屋中探しまわっても夏妃の姿は見当たらない。夏妃の携帯に電話をする。出ない。いったい……どういうことだ?
夏妃になにか異変があることは感じ取っていた。最近、荒んだ様子のあの男。今週は一回も出社していないと聞いている。山崎に、……違いない!
急いで広坂は金原に電話をかけた。「……もしもし」
「どったの広坂くん」総務は定時退社する人間が殆どであるが、来月の決算期に向けて取引先に向けて連絡をしているはず。広坂の読みは正しかった。周囲は静かで、会社にいるだろうことが読み取れる。
「――夏妃がいなくなった。携帯にも出ない。これは直感だが……彼女は、山崎に誘拐された」
まさか、と金原の声が響いた。――そう、まさかだとは思うが、あの夏妃が突然失踪するだなんて先ず考えられない。毎日愛する男と睦みあいを重ね、来月には結婚式を控える女性が――だぞ。
「とにかく彼女を探したい」と広坂。「山崎の住所は――分かりますか」
「ええ、調べれば」と金原の声。「分かったらすぐに携帯に送るから。待ってて」
金原の声を聞くや否や、広坂は弾丸のように部屋を飛び出していた。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
となにか滴る音が響く……。いったいなんだろう、と彼女は思う。からだを捻らせるとゆるやかに彼女の意識は浮上する。自分のからだがおかしい。手を動かそうとしたがそれは叶わない。何故なら彼女の両手は頭のうえで縛り上げられているからだ。
「ひっ……」
そのとき彼女は完全に覚醒した。うえはブラジャーで、下はパンティにストッキング姿……。あの広坂が選んだ上下の下着姿を露わに、彼女は、手を縛り上げられているのだった。衣類が足元に散らばっている。部屋の隅で水滴が垂れている。この水音が彼女を目覚めさせてくれたのだった。
しかもそんな彼女にスマホを向けるのは――山崎。動画を撮影しているに違いない。たちまち彼女のなかに嫌悪感が走る。
「なにこれ。どういうこと……」言って彼女は室内を見回す。――ここはどこだ? 場所がどこかを特定しなければ。手を動かそうとすればぎりり、と縄が彼女のやわらかな素肌に食い込み、彼女は苦痛に顔を歪める。「あんたいったいなに考えてるの? こんなところに連れてきて……ばれたらあんた、警察行きだよ? ……若見さんは?」ここは二人の新居ではなさそうだ。生活感がない。「若見さんは? いったいどうしているの? 妊娠中の奥さんがいるのに、他の女にこんなことしている――場合じゃないでしょう」
黙って山崎は俯く。――と顔を起こし、
「――おまえがなんにも分かってくれないからだ!」
唾を飛ばし、絶叫する。正常性を失った、狂気の宿る瞳が彼女には怖かった。「ああなっちゃん……おまえがいてくれた頃は、幸せだったよ……飯も空気もあたたかかった。だがあいつは……理佐の馬鹿は、お前と違って飯のひとつもろくに作れねえんだ……あの馬鹿が。
そもそもがナマでやったっつうのもおれの泥酔したタイミングを狙ってのことだ。それも――
妊娠、してねえ」
「――嘘」彼女の声はふるえた。「でも――言ってたじゃない。四ヶ月だって。あれは――」
「大嘘だ。おれとなっちゃんを引き裂くために、あいつが考えた言い訳。あいつは――理佐は、おまえが妬ましかったんだとさ。馬鹿だよな。だからってついていい嘘とそうでもないのがあるってのに――」
「それであなたはどうしたいの? ねえ、若見さんは――」
「理佐ならとっくに出て行った」虚ろな瞳で山崎は、「だから……な。おれにはおまえしかいねえんだよ、なっちゃん。頼むよ。おれのことを見捨てないでくれ……」
あらゆる疑問が生じたが彼女はそれを飲み込む。頭を働かせなければ。きっと……異変に広坂が気づいているはず。そして、必ず自分を見つけ出してくれる。時間稼ぎをしなくては。
「わたしがなにも分かっていないというのなら、教えてちょうだい」やさしい口調を意識して話しかける。「ねえ……いったいあなたはわたしのどこがそんなに好きだったの? 聞かせてくれるかしら……」
「……分かった」涙を拭う山崎は哀れそのものであった。逸るこころを抑え、彼女は山崎の弁に聞き入った。
金原からのメールで住所を特定し、大家さんに事情を話し、山崎の住んでいるはずのアパートに直行する。ドアを開いた――が。
彼女の姿はない。もぬけの殻だ。どう見てもひとり暮らしのワンルーム。若見は? という疑問は生じたが、いったい……
「どこに行ったんだ?」
そのとき、広坂の携帯電話が鳴った。素早く広坂は携帯に出る。「もしもし? 金原さん……駄目だ、いません。彼女いったいどこに――」
「会社の近くに携帯電話が落ちていた。ピンクのカバーで恐竜のストラップがついているの――これ確か、夏妃ちゃんのものよね?」
「ああ……」涙が流れた。「そうです。ピンクのフェルトの恐竜さんのね。それ、夏妃が気に入って買ったデザインです……おれ東京駅で一緒に買ったからよく――覚えてます」
疑問が確信になったのが怖い。明らかに夏妃は――拉致されたのだ。それも、男という狂気を宿す存在に。
「それで、こっちでみんないろいろと聞きまわっているから――夏妃ちゃんの親衛隊の全員がね。
大丈夫。
きっと見つかるわよ」
「おれそっちに向かいます」大家さんに礼を言い、広坂は次なる目的地に走る。夏妃は必ずおれが見つけ出す。待ってろ夏妃――胸のなかで彼女に呼びかけながら。
*
『今日は七時くらいになりそう』
「やったぁ!」と声に出していた。広坂の早めの帰宅が……嬉しい。同棲生活も含めると広坂と暮らし始めて今日でちょうど二ヶ月を迎える。広坂との生活は、楽しかった。一言では言い表せないくらいに。例えば元彼氏の山崎と比べると、彼は常に、夏妃の意志を尊重してくれる。なにをするにしても彼女の表情から彼女の感情を読み取り、納得の行く決断を下す。それは、山崎との交際では決して得られなかった彼女の財産。休日は一緒に出掛けたり準備をしたり家事をする。家庭人としての顔を保ちつつも、性に溺れる獣を有する、あのバランス感覚にも惹かれる自身を彼女は彼女のなかに認める。通常、他人と暮らし始めることはストレスを覚えるものだが……広坂に関しては別だ。いてくれるだけで、ここちよい。自分という存在を認め、感じる方向に導いてくれる存在。結婚生活のありがたみをつくづく実感する。結婚して……よかったと。
幸せに浸りスマホを見ている彼女は気づかなった。背後から近づく男の存在に。
「……なっちゃん」
ぞくりと肌が粟立った。声質になにか、異様なものを感じたからだ。
「……どしたの」確かめるのが怖くて、振り向けない。前を向いたまま彼女は答えた。「わたしに、なにか用?」
どうやら山崎は何日か会社を休んでいるようだ。最近、彼の姿を見ない。
「顔、見せてくれよなっちゃん……」
「いやよ。もう――関わり合いになりたくないの。あなたとのことは昔のことよ。入籍しているのは……知っているでしょう?」結婚パーティーの招待客に山崎は入っていない。一課と総務部の人間を中心に呼ぶ。「わたし、もうあなたと話したくないの。……行くわね。さよなら」
「……残念だな、なっちゃん。なら――こうするまでだ」
首の後ろに痛みが走る。直後、彼女の意識は途絶え、スマホは地に落ちていた。
「夏妃。ただいま」
夏妃はいつも、『おかえりなさい』といつも玄関に走り寄ってくる。そしてこのおれを激しく求める。……はずだが。あれ……どうしたのだろう。広坂のなかに違和感が走る。
「夏妃。……夏妃ぃ?」靴を脱いで部屋へと入る。キッチンは空。普段であればこの時間は調理中かクイックルワイパーで床を掃除しているはずだというのに、……トイレか? いない。この暑いのに冷房もつけずに。
……おかしい。
部屋中探しまわっても夏妃の姿は見当たらない。夏妃の携帯に電話をする。出ない。いったい……どういうことだ?
夏妃になにか異変があることは感じ取っていた。最近、荒んだ様子のあの男。今週は一回も出社していないと聞いている。山崎に、……違いない!
急いで広坂は金原に電話をかけた。「……もしもし」
「どったの広坂くん」総務は定時退社する人間が殆どであるが、来月の決算期に向けて取引先に向けて連絡をしているはず。広坂の読みは正しかった。周囲は静かで、会社にいるだろうことが読み取れる。
「――夏妃がいなくなった。携帯にも出ない。これは直感だが……彼女は、山崎に誘拐された」
まさか、と金原の声が響いた。――そう、まさかだとは思うが、あの夏妃が突然失踪するだなんて先ず考えられない。毎日愛する男と睦みあいを重ね、来月には結婚式を控える女性が――だぞ。
「とにかく彼女を探したい」と広坂。「山崎の住所は――分かりますか」
「ええ、調べれば」と金原の声。「分かったらすぐに携帯に送るから。待ってて」
金原の声を聞くや否や、広坂は弾丸のように部屋を飛び出していた。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
となにか滴る音が響く……。いったいなんだろう、と彼女は思う。からだを捻らせるとゆるやかに彼女の意識は浮上する。自分のからだがおかしい。手を動かそうとしたがそれは叶わない。何故なら彼女の両手は頭のうえで縛り上げられているからだ。
「ひっ……」
そのとき彼女は完全に覚醒した。うえはブラジャーで、下はパンティにストッキング姿……。あの広坂が選んだ上下の下着姿を露わに、彼女は、手を縛り上げられているのだった。衣類が足元に散らばっている。部屋の隅で水滴が垂れている。この水音が彼女を目覚めさせてくれたのだった。
しかもそんな彼女にスマホを向けるのは――山崎。動画を撮影しているに違いない。たちまち彼女のなかに嫌悪感が走る。
「なにこれ。どういうこと……」言って彼女は室内を見回す。――ここはどこだ? 場所がどこかを特定しなければ。手を動かそうとすればぎりり、と縄が彼女のやわらかな素肌に食い込み、彼女は苦痛に顔を歪める。「あんたいったいなに考えてるの? こんなところに連れてきて……ばれたらあんた、警察行きだよ? ……若見さんは?」ここは二人の新居ではなさそうだ。生活感がない。「若見さんは? いったいどうしているの? 妊娠中の奥さんがいるのに、他の女にこんなことしている――場合じゃないでしょう」
黙って山崎は俯く。――と顔を起こし、
「――おまえがなんにも分かってくれないからだ!」
唾を飛ばし、絶叫する。正常性を失った、狂気の宿る瞳が彼女には怖かった。「ああなっちゃん……おまえがいてくれた頃は、幸せだったよ……飯も空気もあたたかかった。だがあいつは……理佐の馬鹿は、お前と違って飯のひとつもろくに作れねえんだ……あの馬鹿が。
そもそもがナマでやったっつうのもおれの泥酔したタイミングを狙ってのことだ。それも――
妊娠、してねえ」
「――嘘」彼女の声はふるえた。「でも――言ってたじゃない。四ヶ月だって。あれは――」
「大嘘だ。おれとなっちゃんを引き裂くために、あいつが考えた言い訳。あいつは――理佐は、おまえが妬ましかったんだとさ。馬鹿だよな。だからってついていい嘘とそうでもないのがあるってのに――」
「それであなたはどうしたいの? ねえ、若見さんは――」
「理佐ならとっくに出て行った」虚ろな瞳で山崎は、「だから……な。おれにはおまえしかいねえんだよ、なっちゃん。頼むよ。おれのことを見捨てないでくれ……」
あらゆる疑問が生じたが彼女はそれを飲み込む。頭を働かせなければ。きっと……異変に広坂が気づいているはず。そして、必ず自分を見つけ出してくれる。時間稼ぎをしなくては。
「わたしがなにも分かっていないというのなら、教えてちょうだい」やさしい口調を意識して話しかける。「ねえ……いったいあなたはわたしのどこがそんなに好きだったの? 聞かせてくれるかしら……」
「……分かった」涙を拭う山崎は哀れそのものであった。逸るこころを抑え、彼女は山崎の弁に聞き入った。
金原からのメールで住所を特定し、大家さんに事情を話し、山崎の住んでいるはずのアパートに直行する。ドアを開いた――が。
彼女の姿はない。もぬけの殻だ。どう見てもひとり暮らしのワンルーム。若見は? という疑問は生じたが、いったい……
「どこに行ったんだ?」
そのとき、広坂の携帯電話が鳴った。素早く広坂は携帯に出る。「もしもし? 金原さん……駄目だ、いません。彼女いったいどこに――」
「会社の近くに携帯電話が落ちていた。ピンクのカバーで恐竜のストラップがついているの――これ確か、夏妃ちゃんのものよね?」
「ああ……」涙が流れた。「そうです。ピンクのフェルトの恐竜さんのね。それ、夏妃が気に入って買ったデザインです……おれ東京駅で一緒に買ったからよく――覚えてます」
疑問が確信になったのが怖い。明らかに夏妃は――拉致されたのだ。それも、男という狂気を宿す存在に。
「それで、こっちでみんないろいろと聞きまわっているから――夏妃ちゃんの親衛隊の全員がね。
大丈夫。
きっと見つかるわよ」
「おれそっちに向かいます」大家さんに礼を言い、広坂は次なる目的地に走る。夏妃は必ずおれが見つけ出す。待ってろ夏妃――胸のなかで彼女に呼びかけながら。
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