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Erotical Monster/*色魔獣*/
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(あーっ、しんど……)
絶望的にからだがだるい。いっそ、救急車で病院に運ばれたらどんなに楽だろう。
しかし、電車のなかゆえそれは許されない。座ることも不可能。救急員や駅員に頼るなどもってのほか。気分の悪くなったお客さまの介助で電車遅延することは珍しい話ではない、しかしあれは痛ましいほどの命の危機。二日酔いなどと一緒にしてはならないのである。――朝は常に混雑する小田急線。ラッシュアワーを外したから空いているかと思いきや意外と、混んでいる。始発でないゆえ座席はすべて埋まっており、ぎゅうぎゅう、とは言わないまでも立ちっぱなしのひとが集約してそれなりに苦しい距離感を維持している。夜科アゲハがビンカンなプライベートスペースなど無論確保されていない。小田急さんがいくら頑張っていても企業努力で人口はどうにもならない。ビジネスの辛いところである。
『……瓶、二本あんの。ちゃんと使いきってから帰るぜおれ。それとも――ほかの穴に入れて欲しい?』
あの台詞を思い返すだけで背筋に悪寒が走る。不幸中の幸いにして、デビューはまだのようだが。
散々からだをいじめ抜いておいて、直後、いつもならはだかの彼女を残してさっさと部屋を出て行くはずが、昨晩は違った。彼女は彼氏に自分のからだはおろか、よりによって就職祝いに両親から贈って貰った大切な掛け布団にまで赤ワインをぶっかけられ、散々な状態に至った。彼女は絶望的に酒が弱い。なのでいま勤めている会社で飲み会がほとんど行われない状況に感謝をしている。
昨晩はやけくそで大切で大切な掛け布団を浴槽に突っ込み、湯を張って、――眠ってしまった。シャワーの湯を止めた記憶すら残っていない。彼女は一階の住民だが、それにしてもお湯が外に出てはご近所さん及び大家さんたちに大迷惑。意識を飛ばしても自分を見失わなかった自己に感謝をする。目覚めたのはよりによって朝の四時半。まあ早朝のニュースキャスターを勤める人間は二時に起きるらしいから、それに比べたらましなのであろうが。きっと深酒もしない。
よって、彼女はいつもよりも一時間以上早くマンションをあとにした。というより、部屋中に満載のアルコール臭が我慢ならず、火災報知機が鳴ったときばりに素早い足取りで部屋を出たのだ。化粧もブローも普段どおり。あの状況下で最初から最後までフルセットを闘いぬいた自分を誰か褒めて欲しい。錦織圭並みの体力を要した。
(――うっ)
カーブに差し掛かり、大きく電車が揺れる。ショルダーバッグの紐を掴む手に力を込め、立っているだけが精一杯の彼女は軽く頭突きをするかたちで目の前の男のワイシャツの背にぶつかってしまった。ややもすれば一部汗が点々と、彼女の額にくっつきかねない状況だが、それほど汗が目立たぬのがありがたい。かつ、かつ、と靴音を響かせる彼女。この程度の接触及び音にはみな慣れっこなのか、誰も彼女に見向きなどしない。大学生が就職活動を始める時期や、通勤電車内での振る舞いに不慣れな新入社員が乗り込む四月にはよく見られる光景だ。なお、ぶつかられた張本人は黒いごついオーバーヘッドタイプのヘッドホンで音楽を聴き、集中するあまりゆえか、からだを小刻みに揺らしている。あのタイプのヘッドホンを見るたびにミッキーマウスみたいだなあ、と彼女は思う。小さくごめんなさいと呟いてから、彼女は守るように片手で自分のからだを抱きしめた。
(――うええ)
またもこみあげる吐き気。酔いのせいなのか昨晩ワインをたっぷり染みこんだ布団を抱え込み撃沈したゆえなのか――おそらく両方。彼女は、吐くことができない。吐いたのは新歓コンパでのたった一回こっきり。大学時代のその一回以降は、次々とトイレに駆け込む犠牲者たちを、閉店時間を迎えても気付かずに喋り倒す酔っぱらいのごとく頑なに、気持ち悪さを専有する胸を押さえつつ青白い顔で見守った。ストレスが溜まっているのだろう。お父さんもお疲れさま。日本社会を支えているのはあなたたちです。誇りを持ってください。――人生でたった一回きりの、吐いたあとのすっきり感を思い返す。あれはよかった。あれがいま、欲しい。割りと本気で。
以降、限度を知った彼女はセーブをしている。介助されれば話は別なのであろうが、どうしても喉の奥に指を突っ込むあの行為に抵抗感を伴うのである。残念ながら、藤本ひとみ先生の丹念に描写される、吐き気に苦しむヒロインの口にためらいもなく指を突っ込んでげーげーを介助できる恐るべき美少年は一向に現れる気配がなく。いっそ壁ドンみたく流行ってくれないものか。嘔吐介助。ロマンを込めて『オートカイジョ』。禁書目録(インデックス)の鎌池和馬リスペクトで『嘔吐介助(オートカイジョ)』。――近年少年漫画はエム・ゼロを始めとした『魔力のない』男の子を主役に据える節があるが、でも結局彼らは強い。なのに『嘔吐介助(オートカイジョ)』はアンチスキル風なくせに超弱そうである。黒崎一護には絶対勝てない。卍、解! に対して用いたところで石田雨竜に華麗なるあれを放たれるがオチである。ターゲットを女の子に変えてみたところで花とゆめもない。字面的に美しくない。やはり現実よりもラノベのロマンが勝るわけである。
『――ほら。もっと声、出せよ。感じてんだ、ろ』
唐突にあの低い声が再生される。
痛いくらいに髪を掴み上げられ、痛いやめてよ、と言えば、ぐりぐりと胸を刺激され、「おっぱいびんびんにしちまって。この淫乱、が」と来たものだ。しかも力任せに潰すように握られ――快感とは程遠い。
しかも、あの夜、男は彼女の尻をぶった。そんなのは初めてのことだった。
こころとからだが痛むのを感じつつ彼女は静かに涙を流す。行為はいつも後背位のゆえ、彼に顔を見られたことはない。なのに男は言う。
『すっげ、おまえのなか締まってる。自分で分かるだろ? な?』
そしてある程度の段階にまで突入すると男は本格的な殴打を開始する。抽挿、ではなくまさに性器を用いたビンタ。こんなものがセックスだなんて、考えられない。認めたくもない。女たちはいつも――このように耐えているのか。
『すっごく、気持ちいいの! 意識が飛びそうになって、ひゃーって落っこちていくような、まるでジェットコースターよ!』――。
そう。大学時代の頃の女の子はみんな言っていた。『なかでいけない』『だから演技をしている』『あんあんよがれば勘違いしやがる。男ってほんと馬鹿よね』と。
『あんなエクスタシー感じられるなんて信じられない! セックスってほんとに、サイコー!』
ああもういいから、と胸を掻き抱き悪夢の終末を願う彼女は『彼女』に話しかける。七年前から同じことばかり言いやがって。しつこいっての。
見上げても手持ち無沙汰な吊り革などいっさい見つからず。車内にひとがいっぱいだと吊り革さんも大忙しなのである。座席や網棚も同様。ヒールがかつかつ鳴ってしまい、今度は巨漢の男に後ろから押される。手が回されない辺り痴漢ではないとは思われるが、それにしても彼女の『太い』胸がミッキーマウスヘッドホンの男に当たってしまう。――気にしていないようだが。
(あーぐるじい……)
すると天井の上方隅で、透明な板らしきなにかに座り、足をぶーらぶーらさせながら『彼女』は彼女を見下ろして笑う。本来、『視える』のは『最中』のときのみのはずだが、残存する酔いも手伝って、『彼女』たちの姿がこのときの彼女には『視えた』。
『ちーがうってば。そいつの言うとおり、あんたはあんあんあえいでいればいいのよ。――結局あんたも好きなんでしょ? セックスが』
(ち、がう……)
彼女は涙目で首を振る。現実でもあの世界でも。
『Well, sister, what in the hell are you doing?(ねえおねえちゃん、いったいぜんたいなにヤらかしてんのさ)』
『No way. Don't look Sarah. Choose your words. You are too young to see that.(だめよ見ちゃ。それに言葉を選んで話しなさい。第一あなたにはまだ早すぎるわ、サラ……)』
いつもいつも『グランマ』は同じことを言い、『サラ』の目を覆う。そして隣に座る『エイプリル』は常にうえから彼女をあざ笑うのだ。彼女の嘲笑を浴びつつ、男のあまりに激しい殴打ゆえ声を発せぬ彼女。意識下で必死に答えを探す。――こんなのは、愛のあるセックスなんかじゃ、な――
――代々木上原。代々木上原ぁ――。
アナウンスに気を取られたときには既に、降車する多くの人間の流れに巻き込まれていた。最寄り駅が丸ノ内線西新宿駅のオフィスにて勤務する彼女は、終点の新宿駅で乗り換えるゆえ、迷わず奥の優先席付近に突き進み、車両のあいだを仕切るドアに軽く寄りかかり、文庫本を読むか音楽を聴くのが常である。勿論優先席には座らない。妊婦に譲らぬ大学生男子に注意をしたこともある。
ところが本日。彼女は一メートル先を視野に入れるのがやっとな状態だったゆえ、ポジション取りを完全に失敗した。出入り口付近でヒールをかつかつ鳴らしながらふらついていた彼女は濁流に飲み込まれ、気がついたときにはホームに押し出され膝をついていた。ぎゅっと握りしめていたゆえ、肩にかけていたショルダーバッグの中身をぶちまけなかったのが幸いである。ふうと息を吐き、長い髪を肩にかけ、緑のラインの入った電車に向かってひた走るひとびとを見送る。――やれやれ彼らに罪はない。
何故だろう。
生きていることが急に、虚しく感じられた。
彼氏は、いる。だが実は彼の連絡先すら知らない。場所はいつも彼女のマンション。会話もしない。浴びせられるのは卑猥な動画で聞くようなあの乱暴なたぐいの言葉のみ。毎週水曜日。吉野家で牛丼でも食べる習慣かのように彼は彼女の元を訪れる。
体位は後背位ゆえ、顔すら見られず見られない。激しく叩きつけるやり方で――。正面から抱きしめてくれたのは出会った晩の、ただの一度きり。仕事で疲れていたためか帰宅するなり眠ってしまった彼女。どうやら彼も一緒だったらしく。そのときに限って彼は一切手を出さず、彼女のなかには一晩中抱きしめられていたぬくもりが残っていた。甘覚めた彼女に気づくと彼は彼女の常日頃から手入れを怠らぬ髪に触れ、
『おっまえ。すげえ可愛い顔して寝んだな……』
都会にひとり生きる彼女に染み入る言葉だった。だがあれ以降、彼がそれを行動として表現することはなかった。応えるのは義務だと彼女は思った。彼は行為の際『濡れない』のを不思議がってローションを垂らす。声も出すよう要求する。膣内射精をする彼の姿勢に疑問があったものの、濡れにくく感じないうえ声が出ないのは自分に非がある。セックスのことについては彼氏のほうが詳しいようだし、信じてついていけばきっと道は開かれる――このように彼女は考えた。
『エイプリル』の語るエクスタシーと、大学時代に女の子たちから聞いた話(リアル)に、矛盾は感じるものの。いつでも妥協と矛盾を内在するのが人生というものの意味だ。大学を卒業し働き始めてから実感としてそのことは分かっている。自分のせいでなくとも頭を下げる必要に駆られる機会に恵まれたし、お金を貰って働くことがなにを犠牲にして成り立っているかを彼女は、知っている。――自由であるはずの時間の拘束。
仕事はそこそこ順調。だが自分が辞めたとて代わりの人間はいくらでもいるだろう。過小評価するほど仕事ができないわけではないが、自慢できるほどのレベルではないといった程度のもの。こうして――ホームにうずくまっていても、助ける人間など誰ひとりとしておらず。まさに東京砂漠。もたもたしているうちに背後の新宿行きの電車はもう出発してしまった。目の前の千代田線も然り。――さぁて。
(あたしはどこまで落ちてどこまで置いてけぼりを食らうのだろう)
下を向いていた彼女は零れ落ちそうになる涙をそっと拭い、地に手をつけ、いよいよ自力で立ち上がろうとしたそのとき――
「大丈夫?」
声が、聞こえた。気遣わしげな、やや甘い感じのする、男性特有の、お腹の底にまでやさしく響く声が。
(な、に……?)
思ったときには彼女の目前に手が、差し出されていた。大きくて白い手のひら。手相のラインがくっきりと入っており、手相占い師大喜びって感じの。
片膝をついて彼女に呼びかけているサラリーマンらしき男性。色は淡い灰色のスーツ。ビジネスマンにしては珍しいチョイスだ。普通は黒や限りなく黒に近いグレーを着る。女性の愛をささやき跪くまさに王子様。恐る恐る顔を上げてみればそこには――
はっ、と彼女は息を呑んだ。
――本物の、王子様がいた。
絹のようになめらかな栗色の前髪。そのしたに佇む瞳を囲う淡い、虹彩。
見惚れる彼女は彼の存在に撃ちぬかれ、たちまち悲しみなど消失してしまう。
その変化が伝わったらしく、彼の大きな丸い瞳が、彼女の存在を認めると、柔らかく甘く、収縮した。
――きゅううううんん!
(はっ――)
思わず胸を押さえる。いったいなんなのだこれは。ばく、ばく、ばく……。尋常じゃない強さで心臓が胸郭を攻める。
いったいなんなのだろう。このひとは確かに自分に手を差し伸べているようだが――と。再び彼を見上げようとすれば、それだけで、
――きゅううううん!
「い、た……」たまらず胸元の薄手のニットを握る。と、「きみ、ほんとに大丈夫?」とやさしく彼の声。「胸が苦しいの? 救心とか持ってる? ぼくさあ。持ってないんならちょっと外行って買ってこようか? それか、駅員さんに……」
「いいえ」彼女は作り笑いをした。気遣わしげな美青年にまともに見つめられ、鼓動は素直に認める。――かっこいい……。しかしながらこちらの美青年にこれ以上心配をかけぬよう、彼女は気丈に首を振る。「ご、めんなさい……。あたし。ただの二日酔いなんです。ですから、……平気です。気にしないで、ください……。確かバッグに胃腸薬入れてたはずなんで、それ飲めば治るはずかと……」というより、昨今コンビニでも二日酔い対策ドリンクは売っている。おそらく、駅でも。乗車前に飲んでおくべきだったのだ。二日酔いだとやはり普段ほど思考は働かない。
彼女の必死の説明に対し、やや驚いたようにその美しい瞳が開いていく。花のように美しく。
――シミひとつない透き通るような素肌。ひげなんて一切見当たらない雪景色のよう。すごく、肌が綺麗。直に触ってみたいくらい……。ぜったいすべっすべ。気っ持ちいいだろうなあ……。
髪型はサイドが全体的にシャープにカットされている割にはちょっと前髪だけが長めで。見た感じ二十七歳から三十二歳のあいだ。程よく大人で程よく少年。少年の頃に置き忘れてしまった美しき清らかななにかが彼にはあるのだと、そのときの彼女は確信したのである。
眉毛のいろが、これまた触り心地の良さそうな髪のいろと同じで『フェイク』でないことを物語っている。昨今、眉毛も染める芸能人もいるくらいである。ハーフ? と言う割には瞳の真ん中が黒く、……星を散りばめたような綺麗な瞳をしている。正直に、見惚れる。
勿論、彼女が彼を観察するあいだも、どく、どく、どく、と強い鼓動は打ちっぱなしである。イチロー並みの精度の高さである。
するとその美青年は自ら差し出していたほうの手を使い、困ったように頭の後ろに手をやる。「そっか。そうなんだ。でもきみからはすっごくいいにおいがする。二日酔いだなんて信じられないよ。すごく、……可愛いし、美人さんだし」
白い頬をやや赤らめそのように言う。――瞬間、彼女の頭にひらめくものがあった。
(このひと――色魔獣(エロティカルモンスター)だ!)……と。
* * *
彼は、優先席付近に立つようにしている。出入り口付近でひとの波に巻き込まれることを好まず。また、優先席に座るべき人間が見つかれば即座に声をかけるようにしている。また、彼は車窓を眺めるのが好きだった。広大な世界において、自分の無力さを感じられる。だから――踏ん張れる。
経営するのは二十人前後の小規模の会社とはいえ、『雇い主』には重圧が伴う。間違っても彼らを路頭に迷わせることなどあってはならないのである。よって。周囲を観察することは彼のスキルを底上げした。ホームズほどの精度は伴えないけども、見れば、だいたい、その人間の価値観が、うっすらとだが、見抜けるようになってきた。言えば威圧感を与えるゆえ、このことは彼ひとりの胸に秘めているのだが。
読書をするのは自宅のマンションか帰りのみにしている。行きは――ひたすら観察するのだ。人間がなにを大切にし、どんな生き方を選んでいるのか。そのことへの興味は地下から湧き続ける温泉水のように尽きることを知らない。情熱とはこのようなものを指すのであろう。
電車が代々木上原に到着すると、いつもどおり、小田急さんと連携しご親切にもホームの反対側に停車する千代田線の電車に駆け込むひとびとを彼は見送った。――ところがだ。
同じ車両に乗っていたのか。転んで、うずくまる女性の姿を発見した。髪は長く、どう見てもOL。長い髪に一部隠されている綺麗ないろのニットが目を引いた。千代田線に駆け込むひとびとは日常を優先するゆえ、彼女の存在を無視している。理屈は分かる。電車を逃し仕事に遅刻するなんてのは誰しも避けたい事態である。仕方がない。だが彼は、違った。
――強烈に、引きつけられるなにかを感じたのである。
彼は、自身の業務を『コントロール』する立場にある。一時間程度なら遅れても平気だ。いつも腕時計の示す時間を気にする性分ゆえ、素早く腕時計を見る。六時二十一分。
代々木上原は彼の目的地ではなかった。が、ひとをかき分け電車を素早く降りた。完全に乗り遅れたサラリーマンだと思われているに違いない。だがそれよりも重要なことがあった。ぎりぎりだったゆえ背後でドアが閉まった。そして――そして彼は迷わず彼女の正面に回り込み、跪いたうえで気遣わしげな声を発する。
――「大丈夫?」と。
俯いていた彼女がゆっくりと顔をあげた瞬間、稲妻のようななにかが彼の胸を貫いた。
* * *
【色魔獣(エロティカルモンスター)】
特徴【Ver 1.00@2014.06.19】:
・恐ろしいほどの美形男子。とにかく女の目を引く。
・女は彼と目を合わせるたび激しい鼓動に苦しめられる。
・彼は、女性にはやたら優しい。
・実は自分の星に女を連れて帰る地球外生命体。
・ひとたび目を合わせれば女はイチコロ。一目惚れの提供主。
・人間の穴から侵入し――耳の穴から侵入する場合が多い――人間の精神の一部を乗っ取る。
侵入された人間は色魔獣(エロティカルモンスター)と意識を共有する。
ときに応じて【それ】の声が聞こえるが主人格はその人間のまま。二重人格のような感覚である。
・胸が『太い』女よりも『細い』女を好む傾向にある。
・人間と同じく野菜や肉も食べるが『乗っ取られていない』人肉が主食。基本、共食いはしない。美味しくないらしい。
* * *
実は、彼女は色魔獣(エロティカルモンスター)を目にするのは初めてのことであった。過去に噂に聞いたきりだが。
彼女は「大丈夫です」と懸命に首を振る。
だが目の前の彼は納得していない様相で、「いや、でも、……大丈夫って顔色でもないよ。とにかく、どこかベンチに座ろう? その体勢、辛いでしょう?」
女の子座りで地べたに座り込んだままの彼女は思う。確かに、擦り切れてはいなさそうだが、O脚を悪化させそうなこの姿勢。地面にくっつく部分が初夏とはいえ、冷えてきた。
片足を立てて跪く体勢の彼のほうも相当辛いはずであるが。体幹が鍛えられている。やたら姿勢がいい。そしてブレずに綺麗なポーズをキープ。――学生時代のクラス写真撮影で、中腰を求められる女子が「きっつ。はやく終わんないかなあ」と後ろで言っていたことを彼女は思い返す。
「あ、の、とにかく……」地面についていた手に力を込め、起き上がろうとするのだが。
「手伝うよ」と両の手に順番に手が添えられる。正直――とても助かった。いまにも倒れてしまいそうな直後、こんなにも心拍を速めてしまっては、出社後が心配だ。一刻も早く救心――否。胃腸薬を飲み、症状を和らげなくては。
うい、しょ、と両の手首に順に手を添えられ、どうにかして立ち上がることに成功する――と。
彼の、頭が下がっているのを見た。見ているのは……、
彼女は理解した。
胸の開きの大きいVネックのニットの下にはやや肩紐の長めの胸元にレースを何枚も重ねたキャミソールを合わせている。手を押さえねば屈むたびに『それ』は見えてしまうのだがふんだんに重ねられたデザインが可愛すぎるあまりつい、着てきてしまった。
「やだやだぁっ!」慌てて『太い』胸を片手で隠し彼女は叫ぶ。しかも、『見られた』ことで鼓動が加速するときた。『セクシービーム』を放つことができるのはなにも矢口真里に限られない。「ちょっと。なに、あなた、見ちゃってんですか! ほんとサイテー!」
「ごめんごめん」顔を起こした彼は苦笑いを漏らす。どんな笑顔でもどうにもキュートだ。「そのね、不慮の事故ってやつ。見られて役得って感じ。ごめんね、エロくて……」
「やっぱり」きっ、とショルダーバッグの紐部分を掴み、彼女は気を強く持つ。「あなた――色魔獣(エロティカルモンスター)なんですね!?」
足元がまたふらつくゆえ、かつ、かつ、とヒールを二度鳴らしつつも彼女は足を広げ踏ん張った。驚きのあまり鼻の穴まで開いている美青年。――なにをいまさら。言い当てられたからってなにを驚くことがあるというのか。
彼のために、わざわざ説明してやる方法を彼女は選択した。腕時計の示す時刻は六時二十四分。遅くとも八時二十分には電車を乗れば間に合うはず。幸いにして時間はたんまり残されている。どうやら目の前のサラリーマンに扮する色魔獣(エロティカルモンスター)にも時間的な余裕はあるようだ。――近づき、見上げると、彼が高身長ゆえ、首の角度がすごいことになる。
「分かってます」と小さな声で彼女。「あなたがたが、地球を侵略するためにクン〇星からやってきた色魔獣(エロティカルモンスター)だということを。
ヘンテ星からやってきた〇コリンちゃんたるあたしは、地球を守る義務があるんです。つまり、あなたがたは、地球を侵略するバイ〇ンマンと同じです。で、すので……」美青年もとい色魔獣(エロティカルモンスター)にまっすぐ見据えられ、息が苦しい。「あなたのことを、見過ごすわけには行かないんです。――分かりますよね、あたしの言う意味が……」
「分かるけど理解はしていない」なんだか不可思議な顔をして彼。「先ずね。ひとつ確認させて」すると彼女の耳元に口を寄せ、
「『クン〇』の意味って、……知ってる?」
彼女は耳が究極に弱い。知ったのはいまこのとき。「あはぁあっ!」と変な声が漏れてしまった。ふる、ふる、とからだごと胸が震える。髪をかけているゆえむき出しになり愛のヴォイスが直撃したいまだ熱い右の耳を強く押さえつけ、「勿論です」と答えた。すると彼は真面目な顔で、
「じゃあ、どういう意味?」
「――お口とお口で愛しあうこと、でしょう?」
――ぶっ。
こらえきれず彼は爆笑した。ふらつきつつも気丈に言い張る彼女の左肩を支えながら、反対の手でお腹を押さえ、腰を折り曲げて。
彼女にはその反応が解せない。「……ちょっと。笑うってあなたいったいなに考えてるんですか。あたし、ほんとのことを言ってるだけですよ?」
――朝からとんでもない女の子に出会ってしまった。
彼は時計を見た。六時二十八分。――うん。初動から七分経過。残り六十二分で事態を『締める』。プロジェクトリーダーたる彼は決断した。
するとどうにかして笑いを抑えこみ、――ふと。髪の毛に手をやり、一本でも二本でも引っこ抜いてみようかと思った。だがそれでは面白くない。悩める乙女に結論を即提示するのも、味気ない。
結果、彼は、彼女の妄想活劇につき合うことを決断する。
よって声を低め、
「――きみの言うとおりだよ。ぼくは、実は、アノ星から来た色魔獣(エロティカルモンスター)なんだ……」
彼女の表情が動く。間近に見てもほんと可愛い。尋常じゃなく可愛い。「やっ、ぱり……。だから、あなたの目を見るたび、異様に胸が痛くなったり苦しくなったり……」
ここで彼女は左手で豊満なバストを押さえる。右利きだ。「魅せられたり――するん、ですね……」
膨らんだ胸を押さえるたび胸のサイズ及び柔らかさに目が行くのはどうしようもできない。指先がめりこむあの感じが恐ろしいほどに魅力的だ。彼の視線の動きに、目ざとく彼女が気づき、
「……やっぱり、色魔獣(エロティカルモンスター)のみならず、全世界の男は、『細い』胸の女の子が好きなんですね。で。カモフラ的に『太い』胸の女を追っかける、と……」
――意味が分からない。というわけで質問。「あのさ。胸って『細い』『太い』で表現するものなの? ……『大きい』『小さい』『平均的』で表現するのが一般的だと思うけど……」お〇んぽと同じで。とは流石に言わなかった。うん言えなかった。
「すこし、違います」この頃にはしっかりと立ち上がれるようになった彼女。彼の手から離れ、「……いいですか。男性はですね。本当に手に入れたいのは『細い』胸の女の子なんですよ。でも彼女たちはハイスペックで少数派ゆえなかなか手に入らない。そこで。手近な胸の『標準』もしくは『太い』女の子で欲求を満たそうと考えるわけですよ。因みにご存知かとは思いますが最も多いのが『標準』、続いて『太い』、繰り返すと『細い』胸の女性は究極にレアです。であるからこそ、需要が高い……」
かつ、かつ、とヒールを鳴らして往復する彼女がなんだかいじらしい。愛らしい女教師みたいだ。とはいえ、はいすくーるに落書をした斉藤由貴のかつての教え子・的場浩司にも冴島翠みたく天使なんかにもなれない彼は、「猥本のたぐいとかってきみ、読んだことある? あれ、大概、胸の究極に『太い』女の子ばっかり出てくるよ」
「――そのたぐいを実は映像でもほとんど目にしたことはありませんが」コンマ一秒足らず。なかなか頭の回転の速い人物のようだ。「前述のとおり、『細い』胸の女の子はごくごく少数。つまり、『細い』胸の女の子への人気がこれ以上暴走しすぎちゃっても困るわけで。ですので、『太い』胸のアノ手のは『歯止め』。加えて、裸体を見るのを好む『太い』胸の男性(マイノリティ)のニーズを満たす。どんなサイズであれ胸の愛好家はいらっしゃいますからね。この二つが目的かと……」
「ふーん。なるほど……」言って彼はさっと後方を振り返る。「あのさあ。きみ。立ってて平気? 実はすごく、……辛いんじゃない?」
――実を言うととっても。
二日酔いのうえ胸はきゅんきゅんしっぱなしでいまにも倒れ込みそう。
なにも言わなかったのに『読み取った』らしく、色魔獣(エロティカルモンスター)は実に蠱惑的に笑い、ある提案を持ちかける。
「――ならさあ。いまから三分間、ぼくの言うことに、従ってみてくれる?
きみが言うことを聞いてくれれば、男子高校生で埋まっているあのベンチを――ゲットしてみせる。
したら、次に述べる三つのことを実行しよう。
その一。ぼくはきみと一度だけ手を繋ぐ。
その二。ぼくはきみのためにミネラルウォーターを買う。
ラスト。きみはお薬をちゃんと飲む。――いいかい?」
最後にはウィンクつき。くらぁ、と眩む頭を抑えてみればすばやく彼が駆け寄る。鼓動を速め、顔を金魚のように赤くする彼女の支えに入り、そして顔を近づけて笑いかける。
「鉄は熱いうちに打て、って言うからね」
――二人に残された時間は残り五十二分。
絶望的にからだがだるい。いっそ、救急車で病院に運ばれたらどんなに楽だろう。
しかし、電車のなかゆえそれは許されない。座ることも不可能。救急員や駅員に頼るなどもってのほか。気分の悪くなったお客さまの介助で電車遅延することは珍しい話ではない、しかしあれは痛ましいほどの命の危機。二日酔いなどと一緒にしてはならないのである。――朝は常に混雑する小田急線。ラッシュアワーを外したから空いているかと思いきや意外と、混んでいる。始発でないゆえ座席はすべて埋まっており、ぎゅうぎゅう、とは言わないまでも立ちっぱなしのひとが集約してそれなりに苦しい距離感を維持している。夜科アゲハがビンカンなプライベートスペースなど無論確保されていない。小田急さんがいくら頑張っていても企業努力で人口はどうにもならない。ビジネスの辛いところである。
『……瓶、二本あんの。ちゃんと使いきってから帰るぜおれ。それとも――ほかの穴に入れて欲しい?』
あの台詞を思い返すだけで背筋に悪寒が走る。不幸中の幸いにして、デビューはまだのようだが。
散々からだをいじめ抜いておいて、直後、いつもならはだかの彼女を残してさっさと部屋を出て行くはずが、昨晩は違った。彼女は彼氏に自分のからだはおろか、よりによって就職祝いに両親から贈って貰った大切な掛け布団にまで赤ワインをぶっかけられ、散々な状態に至った。彼女は絶望的に酒が弱い。なのでいま勤めている会社で飲み会がほとんど行われない状況に感謝をしている。
昨晩はやけくそで大切で大切な掛け布団を浴槽に突っ込み、湯を張って、――眠ってしまった。シャワーの湯を止めた記憶すら残っていない。彼女は一階の住民だが、それにしてもお湯が外に出てはご近所さん及び大家さんたちに大迷惑。意識を飛ばしても自分を見失わなかった自己に感謝をする。目覚めたのはよりによって朝の四時半。まあ早朝のニュースキャスターを勤める人間は二時に起きるらしいから、それに比べたらましなのであろうが。きっと深酒もしない。
よって、彼女はいつもよりも一時間以上早くマンションをあとにした。というより、部屋中に満載のアルコール臭が我慢ならず、火災報知機が鳴ったときばりに素早い足取りで部屋を出たのだ。化粧もブローも普段どおり。あの状況下で最初から最後までフルセットを闘いぬいた自分を誰か褒めて欲しい。錦織圭並みの体力を要した。
(――うっ)
カーブに差し掛かり、大きく電車が揺れる。ショルダーバッグの紐を掴む手に力を込め、立っているだけが精一杯の彼女は軽く頭突きをするかたちで目の前の男のワイシャツの背にぶつかってしまった。ややもすれば一部汗が点々と、彼女の額にくっつきかねない状況だが、それほど汗が目立たぬのがありがたい。かつ、かつ、と靴音を響かせる彼女。この程度の接触及び音にはみな慣れっこなのか、誰も彼女に見向きなどしない。大学生が就職活動を始める時期や、通勤電車内での振る舞いに不慣れな新入社員が乗り込む四月にはよく見られる光景だ。なお、ぶつかられた張本人は黒いごついオーバーヘッドタイプのヘッドホンで音楽を聴き、集中するあまりゆえか、からだを小刻みに揺らしている。あのタイプのヘッドホンを見るたびにミッキーマウスみたいだなあ、と彼女は思う。小さくごめんなさいと呟いてから、彼女は守るように片手で自分のからだを抱きしめた。
(――うええ)
またもこみあげる吐き気。酔いのせいなのか昨晩ワインをたっぷり染みこんだ布団を抱え込み撃沈したゆえなのか――おそらく両方。彼女は、吐くことができない。吐いたのは新歓コンパでのたった一回こっきり。大学時代のその一回以降は、次々とトイレに駆け込む犠牲者たちを、閉店時間を迎えても気付かずに喋り倒す酔っぱらいのごとく頑なに、気持ち悪さを専有する胸を押さえつつ青白い顔で見守った。ストレスが溜まっているのだろう。お父さんもお疲れさま。日本社会を支えているのはあなたたちです。誇りを持ってください。――人生でたった一回きりの、吐いたあとのすっきり感を思い返す。あれはよかった。あれがいま、欲しい。割りと本気で。
以降、限度を知った彼女はセーブをしている。介助されれば話は別なのであろうが、どうしても喉の奥に指を突っ込むあの行為に抵抗感を伴うのである。残念ながら、藤本ひとみ先生の丹念に描写される、吐き気に苦しむヒロインの口にためらいもなく指を突っ込んでげーげーを介助できる恐るべき美少年は一向に現れる気配がなく。いっそ壁ドンみたく流行ってくれないものか。嘔吐介助。ロマンを込めて『オートカイジョ』。禁書目録(インデックス)の鎌池和馬リスペクトで『嘔吐介助(オートカイジョ)』。――近年少年漫画はエム・ゼロを始めとした『魔力のない』男の子を主役に据える節があるが、でも結局彼らは強い。なのに『嘔吐介助(オートカイジョ)』はアンチスキル風なくせに超弱そうである。黒崎一護には絶対勝てない。卍、解! に対して用いたところで石田雨竜に華麗なるあれを放たれるがオチである。ターゲットを女の子に変えてみたところで花とゆめもない。字面的に美しくない。やはり現実よりもラノベのロマンが勝るわけである。
『――ほら。もっと声、出せよ。感じてんだ、ろ』
唐突にあの低い声が再生される。
痛いくらいに髪を掴み上げられ、痛いやめてよ、と言えば、ぐりぐりと胸を刺激され、「おっぱいびんびんにしちまって。この淫乱、が」と来たものだ。しかも力任せに潰すように握られ――快感とは程遠い。
しかも、あの夜、男は彼女の尻をぶった。そんなのは初めてのことだった。
こころとからだが痛むのを感じつつ彼女は静かに涙を流す。行為はいつも後背位のゆえ、彼に顔を見られたことはない。なのに男は言う。
『すっげ、おまえのなか締まってる。自分で分かるだろ? な?』
そしてある程度の段階にまで突入すると男は本格的な殴打を開始する。抽挿、ではなくまさに性器を用いたビンタ。こんなものがセックスだなんて、考えられない。認めたくもない。女たちはいつも――このように耐えているのか。
『すっごく、気持ちいいの! 意識が飛びそうになって、ひゃーって落っこちていくような、まるでジェットコースターよ!』――。
そう。大学時代の頃の女の子はみんな言っていた。『なかでいけない』『だから演技をしている』『あんあんよがれば勘違いしやがる。男ってほんと馬鹿よね』と。
『あんなエクスタシー感じられるなんて信じられない! セックスってほんとに、サイコー!』
ああもういいから、と胸を掻き抱き悪夢の終末を願う彼女は『彼女』に話しかける。七年前から同じことばかり言いやがって。しつこいっての。
見上げても手持ち無沙汰な吊り革などいっさい見つからず。車内にひとがいっぱいだと吊り革さんも大忙しなのである。座席や網棚も同様。ヒールがかつかつ鳴ってしまい、今度は巨漢の男に後ろから押される。手が回されない辺り痴漢ではないとは思われるが、それにしても彼女の『太い』胸がミッキーマウスヘッドホンの男に当たってしまう。――気にしていないようだが。
(あーぐるじい……)
すると天井の上方隅で、透明な板らしきなにかに座り、足をぶーらぶーらさせながら『彼女』は彼女を見下ろして笑う。本来、『視える』のは『最中』のときのみのはずだが、残存する酔いも手伝って、『彼女』たちの姿がこのときの彼女には『視えた』。
『ちーがうってば。そいつの言うとおり、あんたはあんあんあえいでいればいいのよ。――結局あんたも好きなんでしょ? セックスが』
(ち、がう……)
彼女は涙目で首を振る。現実でもあの世界でも。
『Well, sister, what in the hell are you doing?(ねえおねえちゃん、いったいぜんたいなにヤらかしてんのさ)』
『No way. Don't look Sarah. Choose your words. You are too young to see that.(だめよ見ちゃ。それに言葉を選んで話しなさい。第一あなたにはまだ早すぎるわ、サラ……)』
いつもいつも『グランマ』は同じことを言い、『サラ』の目を覆う。そして隣に座る『エイプリル』は常にうえから彼女をあざ笑うのだ。彼女の嘲笑を浴びつつ、男のあまりに激しい殴打ゆえ声を発せぬ彼女。意識下で必死に答えを探す。――こんなのは、愛のあるセックスなんかじゃ、な――
――代々木上原。代々木上原ぁ――。
アナウンスに気を取られたときには既に、降車する多くの人間の流れに巻き込まれていた。最寄り駅が丸ノ内線西新宿駅のオフィスにて勤務する彼女は、終点の新宿駅で乗り換えるゆえ、迷わず奥の優先席付近に突き進み、車両のあいだを仕切るドアに軽く寄りかかり、文庫本を読むか音楽を聴くのが常である。勿論優先席には座らない。妊婦に譲らぬ大学生男子に注意をしたこともある。
ところが本日。彼女は一メートル先を視野に入れるのがやっとな状態だったゆえ、ポジション取りを完全に失敗した。出入り口付近でヒールをかつかつ鳴らしながらふらついていた彼女は濁流に飲み込まれ、気がついたときにはホームに押し出され膝をついていた。ぎゅっと握りしめていたゆえ、肩にかけていたショルダーバッグの中身をぶちまけなかったのが幸いである。ふうと息を吐き、長い髪を肩にかけ、緑のラインの入った電車に向かってひた走るひとびとを見送る。――やれやれ彼らに罪はない。
何故だろう。
生きていることが急に、虚しく感じられた。
彼氏は、いる。だが実は彼の連絡先すら知らない。場所はいつも彼女のマンション。会話もしない。浴びせられるのは卑猥な動画で聞くようなあの乱暴なたぐいの言葉のみ。毎週水曜日。吉野家で牛丼でも食べる習慣かのように彼は彼女の元を訪れる。
体位は後背位ゆえ、顔すら見られず見られない。激しく叩きつけるやり方で――。正面から抱きしめてくれたのは出会った晩の、ただの一度きり。仕事で疲れていたためか帰宅するなり眠ってしまった彼女。どうやら彼も一緒だったらしく。そのときに限って彼は一切手を出さず、彼女のなかには一晩中抱きしめられていたぬくもりが残っていた。甘覚めた彼女に気づくと彼は彼女の常日頃から手入れを怠らぬ髪に触れ、
『おっまえ。すげえ可愛い顔して寝んだな……』
都会にひとり生きる彼女に染み入る言葉だった。だがあれ以降、彼がそれを行動として表現することはなかった。応えるのは義務だと彼女は思った。彼は行為の際『濡れない』のを不思議がってローションを垂らす。声も出すよう要求する。膣内射精をする彼の姿勢に疑問があったものの、濡れにくく感じないうえ声が出ないのは自分に非がある。セックスのことについては彼氏のほうが詳しいようだし、信じてついていけばきっと道は開かれる――このように彼女は考えた。
『エイプリル』の語るエクスタシーと、大学時代に女の子たちから聞いた話(リアル)に、矛盾は感じるものの。いつでも妥協と矛盾を内在するのが人生というものの意味だ。大学を卒業し働き始めてから実感としてそのことは分かっている。自分のせいでなくとも頭を下げる必要に駆られる機会に恵まれたし、お金を貰って働くことがなにを犠牲にして成り立っているかを彼女は、知っている。――自由であるはずの時間の拘束。
仕事はそこそこ順調。だが自分が辞めたとて代わりの人間はいくらでもいるだろう。過小評価するほど仕事ができないわけではないが、自慢できるほどのレベルではないといった程度のもの。こうして――ホームにうずくまっていても、助ける人間など誰ひとりとしておらず。まさに東京砂漠。もたもたしているうちに背後の新宿行きの電車はもう出発してしまった。目の前の千代田線も然り。――さぁて。
(あたしはどこまで落ちてどこまで置いてけぼりを食らうのだろう)
下を向いていた彼女は零れ落ちそうになる涙をそっと拭い、地に手をつけ、いよいよ自力で立ち上がろうとしたそのとき――
「大丈夫?」
声が、聞こえた。気遣わしげな、やや甘い感じのする、男性特有の、お腹の底にまでやさしく響く声が。
(な、に……?)
思ったときには彼女の目前に手が、差し出されていた。大きくて白い手のひら。手相のラインがくっきりと入っており、手相占い師大喜びって感じの。
片膝をついて彼女に呼びかけているサラリーマンらしき男性。色は淡い灰色のスーツ。ビジネスマンにしては珍しいチョイスだ。普通は黒や限りなく黒に近いグレーを着る。女性の愛をささやき跪くまさに王子様。恐る恐る顔を上げてみればそこには――
はっ、と彼女は息を呑んだ。
――本物の、王子様がいた。
絹のようになめらかな栗色の前髪。そのしたに佇む瞳を囲う淡い、虹彩。
見惚れる彼女は彼の存在に撃ちぬかれ、たちまち悲しみなど消失してしまう。
その変化が伝わったらしく、彼の大きな丸い瞳が、彼女の存在を認めると、柔らかく甘く、収縮した。
――きゅううううんん!
(はっ――)
思わず胸を押さえる。いったいなんなのだこれは。ばく、ばく、ばく……。尋常じゃない強さで心臓が胸郭を攻める。
いったいなんなのだろう。このひとは確かに自分に手を差し伸べているようだが――と。再び彼を見上げようとすれば、それだけで、
――きゅううううん!
「い、た……」たまらず胸元の薄手のニットを握る。と、「きみ、ほんとに大丈夫?」とやさしく彼の声。「胸が苦しいの? 救心とか持ってる? ぼくさあ。持ってないんならちょっと外行って買ってこようか? それか、駅員さんに……」
「いいえ」彼女は作り笑いをした。気遣わしげな美青年にまともに見つめられ、鼓動は素直に認める。――かっこいい……。しかしながらこちらの美青年にこれ以上心配をかけぬよう、彼女は気丈に首を振る。「ご、めんなさい……。あたし。ただの二日酔いなんです。ですから、……平気です。気にしないで、ください……。確かバッグに胃腸薬入れてたはずなんで、それ飲めば治るはずかと……」というより、昨今コンビニでも二日酔い対策ドリンクは売っている。おそらく、駅でも。乗車前に飲んでおくべきだったのだ。二日酔いだとやはり普段ほど思考は働かない。
彼女の必死の説明に対し、やや驚いたようにその美しい瞳が開いていく。花のように美しく。
――シミひとつない透き通るような素肌。ひげなんて一切見当たらない雪景色のよう。すごく、肌が綺麗。直に触ってみたいくらい……。ぜったいすべっすべ。気っ持ちいいだろうなあ……。
髪型はサイドが全体的にシャープにカットされている割にはちょっと前髪だけが長めで。見た感じ二十七歳から三十二歳のあいだ。程よく大人で程よく少年。少年の頃に置き忘れてしまった美しき清らかななにかが彼にはあるのだと、そのときの彼女は確信したのである。
眉毛のいろが、これまた触り心地の良さそうな髪のいろと同じで『フェイク』でないことを物語っている。昨今、眉毛も染める芸能人もいるくらいである。ハーフ? と言う割には瞳の真ん中が黒く、……星を散りばめたような綺麗な瞳をしている。正直に、見惚れる。
勿論、彼女が彼を観察するあいだも、どく、どく、どく、と強い鼓動は打ちっぱなしである。イチロー並みの精度の高さである。
するとその美青年は自ら差し出していたほうの手を使い、困ったように頭の後ろに手をやる。「そっか。そうなんだ。でもきみからはすっごくいいにおいがする。二日酔いだなんて信じられないよ。すごく、……可愛いし、美人さんだし」
白い頬をやや赤らめそのように言う。――瞬間、彼女の頭にひらめくものがあった。
(このひと――色魔獣(エロティカルモンスター)だ!)……と。
* * *
彼は、優先席付近に立つようにしている。出入り口付近でひとの波に巻き込まれることを好まず。また、優先席に座るべき人間が見つかれば即座に声をかけるようにしている。また、彼は車窓を眺めるのが好きだった。広大な世界において、自分の無力さを感じられる。だから――踏ん張れる。
経営するのは二十人前後の小規模の会社とはいえ、『雇い主』には重圧が伴う。間違っても彼らを路頭に迷わせることなどあってはならないのである。よって。周囲を観察することは彼のスキルを底上げした。ホームズほどの精度は伴えないけども、見れば、だいたい、その人間の価値観が、うっすらとだが、見抜けるようになってきた。言えば威圧感を与えるゆえ、このことは彼ひとりの胸に秘めているのだが。
読書をするのは自宅のマンションか帰りのみにしている。行きは――ひたすら観察するのだ。人間がなにを大切にし、どんな生き方を選んでいるのか。そのことへの興味は地下から湧き続ける温泉水のように尽きることを知らない。情熱とはこのようなものを指すのであろう。
電車が代々木上原に到着すると、いつもどおり、小田急さんと連携しご親切にもホームの反対側に停車する千代田線の電車に駆け込むひとびとを彼は見送った。――ところがだ。
同じ車両に乗っていたのか。転んで、うずくまる女性の姿を発見した。髪は長く、どう見てもOL。長い髪に一部隠されている綺麗ないろのニットが目を引いた。千代田線に駆け込むひとびとは日常を優先するゆえ、彼女の存在を無視している。理屈は分かる。電車を逃し仕事に遅刻するなんてのは誰しも避けたい事態である。仕方がない。だが彼は、違った。
――強烈に、引きつけられるなにかを感じたのである。
彼は、自身の業務を『コントロール』する立場にある。一時間程度なら遅れても平気だ。いつも腕時計の示す時間を気にする性分ゆえ、素早く腕時計を見る。六時二十一分。
代々木上原は彼の目的地ではなかった。が、ひとをかき分け電車を素早く降りた。完全に乗り遅れたサラリーマンだと思われているに違いない。だがそれよりも重要なことがあった。ぎりぎりだったゆえ背後でドアが閉まった。そして――そして彼は迷わず彼女の正面に回り込み、跪いたうえで気遣わしげな声を発する。
――「大丈夫?」と。
俯いていた彼女がゆっくりと顔をあげた瞬間、稲妻のようななにかが彼の胸を貫いた。
* * *
【色魔獣(エロティカルモンスター)】
特徴【Ver 1.00@2014.06.19】:
・恐ろしいほどの美形男子。とにかく女の目を引く。
・女は彼と目を合わせるたび激しい鼓動に苦しめられる。
・彼は、女性にはやたら優しい。
・実は自分の星に女を連れて帰る地球外生命体。
・ひとたび目を合わせれば女はイチコロ。一目惚れの提供主。
・人間の穴から侵入し――耳の穴から侵入する場合が多い――人間の精神の一部を乗っ取る。
侵入された人間は色魔獣(エロティカルモンスター)と意識を共有する。
ときに応じて【それ】の声が聞こえるが主人格はその人間のまま。二重人格のような感覚である。
・胸が『太い』女よりも『細い』女を好む傾向にある。
・人間と同じく野菜や肉も食べるが『乗っ取られていない』人肉が主食。基本、共食いはしない。美味しくないらしい。
* * *
実は、彼女は色魔獣(エロティカルモンスター)を目にするのは初めてのことであった。過去に噂に聞いたきりだが。
彼女は「大丈夫です」と懸命に首を振る。
だが目の前の彼は納得していない様相で、「いや、でも、……大丈夫って顔色でもないよ。とにかく、どこかベンチに座ろう? その体勢、辛いでしょう?」
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胸の開きの大きいVネックのニットの下にはやや肩紐の長めの胸元にレースを何枚も重ねたキャミソールを合わせている。手を押さえねば屈むたびに『それ』は見えてしまうのだがふんだんに重ねられたデザインが可愛すぎるあまりつい、着てきてしまった。
「やだやだぁっ!」慌てて『太い』胸を片手で隠し彼女は叫ぶ。しかも、『見られた』ことで鼓動が加速するときた。『セクシービーム』を放つことができるのはなにも矢口真里に限られない。「ちょっと。なに、あなた、見ちゃってんですか! ほんとサイテー!」
「ごめんごめん」顔を起こした彼は苦笑いを漏らす。どんな笑顔でもどうにもキュートだ。「そのね、不慮の事故ってやつ。見られて役得って感じ。ごめんね、エロくて……」
「やっぱり」きっ、とショルダーバッグの紐部分を掴み、彼女は気を強く持つ。「あなた――色魔獣(エロティカルモンスター)なんですね!?」
足元がまたふらつくゆえ、かつ、かつ、とヒールを二度鳴らしつつも彼女は足を広げ踏ん張った。驚きのあまり鼻の穴まで開いている美青年。――なにをいまさら。言い当てられたからってなにを驚くことがあるというのか。
彼のために、わざわざ説明してやる方法を彼女は選択した。腕時計の示す時刻は六時二十四分。遅くとも八時二十分には電車を乗れば間に合うはず。幸いにして時間はたんまり残されている。どうやら目の前のサラリーマンに扮する色魔獣(エロティカルモンスター)にも時間的な余裕はあるようだ。――近づき、見上げると、彼が高身長ゆえ、首の角度がすごいことになる。
「分かってます」と小さな声で彼女。「あなたがたが、地球を侵略するためにクン〇星からやってきた色魔獣(エロティカルモンスター)だということを。
ヘンテ星からやってきた〇コリンちゃんたるあたしは、地球を守る義務があるんです。つまり、あなたがたは、地球を侵略するバイ〇ンマンと同じです。で、すので……」美青年もとい色魔獣(エロティカルモンスター)にまっすぐ見据えられ、息が苦しい。「あなたのことを、見過ごすわけには行かないんです。――分かりますよね、あたしの言う意味が……」
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――朝からとんでもない女の子に出会ってしまった。
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「――そのたぐいを実は映像でもほとんど目にしたことはありませんが」コンマ一秒足らず。なかなか頭の回転の速い人物のようだ。「前述のとおり、『細い』胸の女の子はごくごく少数。つまり、『細い』胸の女の子への人気がこれ以上暴走しすぎちゃっても困るわけで。ですので、『太い』胸のアノ手のは『歯止め』。加えて、裸体を見るのを好む『太い』胸の男性(マイノリティ)のニーズを満たす。どんなサイズであれ胸の愛好家はいらっしゃいますからね。この二つが目的かと……」
「ふーん。なるほど……」言って彼はさっと後方を振り返る。「あのさあ。きみ。立ってて平気? 実はすごく、……辛いんじゃない?」
――実を言うととっても。
二日酔いのうえ胸はきゅんきゅんしっぱなしでいまにも倒れ込みそう。
なにも言わなかったのに『読み取った』らしく、色魔獣(エロティカルモンスター)は実に蠱惑的に笑い、ある提案を持ちかける。
「――ならさあ。いまから三分間、ぼくの言うことに、従ってみてくれる?
きみが言うことを聞いてくれれば、男子高校生で埋まっているあのベンチを――ゲットしてみせる。
したら、次に述べる三つのことを実行しよう。
その一。ぼくはきみと一度だけ手を繋ぐ。
その二。ぼくはきみのためにミネラルウォーターを買う。
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最後にはウィンクつき。くらぁ、と眩む頭を抑えてみればすばやく彼が駆け寄る。鼓動を速め、顔を金魚のように赤くする彼女の支えに入り、そして顔を近づけて笑いかける。
「鉄は熱いうちに打て、って言うからね」
――二人に残された時間は残り五十二分。
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