昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ

文字の大きさ
上 下
77 / 103
番外編4 至上の幸せ――多感な莉子SIDE

#EX04-27.仲間たち

しおりを挟む
 待ち合わせ場所に行けばもう、みんなの姿があった。……懐かしい! 何年ぶりだろう……!

「やーん。もう、すっかりみんな元気そうでー!」

 きゃーきゃー高い声をあげ、手を取り合ってしまう。あっちゃんも、いーたんも、しおたんも、みんなみんな……変わらない! ちょっとほっぺが丸くなった感じの子はいれど、みんな――変わらない!

「あれーれーこは?」

 とわたしが周囲を見回せば、改札の向こうから令子(れいこ)がやってきた。ところが、彼女は派手にすっころんだ。受け身の取り方も慣れたもので――心配するというよりも、やっぱりな、という反応だ。――令子は昔からドジっ子で、転ぶことも水たまりに足を突っ込むこともしょっちゅうで。今日が晴天でなければどうなっていたことやら。

「やーんみんなー。久しぶりー。会えて超嬉しいー!」

 ややふっくらしたからだをふるわせ、みんなに手を振り、手を握り合う令子の姿を見て、なんだか安堵のようななにかが湧いてくる。

「みんな集まったみたいだから、……行きましょうか」

 こういうときに、仕切るのはわたしだ。全員集まったのを見届けて、喋りながら、改札前から、店のほうへと移動する。

 大学の同級生と久々に集まっている。わたしたちは、滝沢(たきざわ)ゼミのメンバーで、主にわたしが幹事の仕事を行っていた。……が、卒業してからのあれやこれやで、なかなか集まれず。勿論みんなの結婚式で会うことはあれど、こうして改めてみんなで集まるのは何年ぶり……五年ぶりだろうか?

「ああーっ滝沢先生ーっ。お元気そうでー!」

 店に入ると、滝沢教授は先に席についていた。水をぐびぐびと飲み、

「やあみなさん。久しぶりだね。元気そうで――なによりだ」

 人間は、ある程度年齢を重ねると、時が止まってしまうのかもしれない。荒木飛呂彦然り。Gackt然り。わたしが十代の頃と変わらない容貌を保つ滝沢教授は、わたしたちに変わらない笑顔を振るまってくれた。

 * * *

「滝沢先生。学生にギャルっているんですか?」

「いるにはいるね。奇抜な髪型で派手な色合いの服を着る若者が」

「まさかそういう若者が、滝沢ゼミを選んだりするんですか? 超厳しいって有名な滝沢ゼミを……」

 わたしたちもまたその厳しい試練を潜り抜けてきたメンバーだ。滝沢教授。熱心に生徒の指導に当たりながらも、精力的な研究活動を続け、年に二~三本論文を執筆する。

 初めて書いた論文なんて、みんなEやF評価で真っ赤っ赤に赤入れがされて。あまりの事態に落ち込むことすら出来なかった。頑張っても頑張っても、最終的にわたしはC評価しか貰えず、自分には研究が向いていない――と結論するに至った。

 学内外で滝沢教授は厳しいと有名なひとなのだが。一般向けに、その斬新な思想をかみ砕いた著書も多数出版しており。そのネームバリューもあってか、滝沢ゼミに果敢に挑む若者が後を絶たない。されど、……滝沢教授は先ず、授業の段階で選別をするから……講義中に携帯をいじる者が現れれば、静かにそのひとを追い出す。勿論その生徒のことを滝沢教授は記憶しており、その後彼が、滝沢教授の授業を受講することなど、起こりえない。

「正直に言うと、ギャルがぼくの授業を受講することに、驚きはしたが……話してみると案外普通の若者だね。人間を外見だけで判断してはならないと、つくづく実感するね……」

「はーそうなんですね。時代ですねえ……。ギャルなんて、絶滅危惧種だと思っていたのに……」

「ああそうだ、滝沢先生。歌手の水品(みずしな)佐奈(さな)って学校だとどんな感じですか?」

「――やはり、遠目に見て違うね。オーラがある。その辺を歩くだけで空気が変わる。……彼女は天賦の才を持っているのだと思うよ」

 地味で落ち着いた印象の、滝沢教授が言うだなんて相当なんだと思う。やっぱり芸能人は、オーラが違うんだなと。

 水品佐奈とは、大学在学中の歌手だ。驚いたことに、自分で作詞作曲編曲まで出来る、一流のシンガーソングライターだ。十代の頃から創作をしており、自作の動画を投稿したのがきっかけで、芸能界入りを果たしたんだとか。わたしの出身大学在学中でなければ、知らない存在だったかもしれないが、いや、最近ではメディア露出もじわじわと増えだし、『知る人ぞ知る』な存在だったはずが、わたしの周りでも人気が高まっている。

「そうかー水品佐奈がいるんだ。すごいですね!」

 この手の話題に疎い令子が乗ってくる。「そんなに……すごいんですか? 水品佐奈って……」

「すごいもなにも最近はもう、テレビつければ必ず彼女の歌が流れてるじゃない! すごい勢いだよね! 飛ぶ鳥を落とす勢いってこういうことを言うんだよね!」

「水品佐奈目当てで大学入る学生も多いんだって」

「へえー……」

「わたし、洋楽派だったけれど、水品佐奈ってなにか違うよ。ちゃんと、洋楽派、JPOPにも聴けるように、カスタマイズしているのがよく分かる……」と口を挟むわたし。「実験的な、洋楽的アルバムも作っているし、そう、わたしあのアルバムで虜になったの……」

「『The dead and the dog, sorrow...』だっけ?」この手の話題に目のないいーたんは、「わたしもあれ聴いて驚いたよ。ああいう路線もいけるんだってね。彼女の魅力ってああいう、捉えどころのないものを提供出来るところにあるのかもねー。洋楽しか聴かないってタイプの層にも、彼女は人気だもんねー」

「でも、忙しすぎて大学通う暇なんてないんじゃない?」

「それが、そうでもないようだよ」と滝沢教授は語る。傍から見れば、女子学生を誑かす大学教授ウハウハ、な構図、かもしれない。「ライブは、大学の休み期間中に行っているようだし、何より、彼女は優秀だ。普通の人間の倍以上の速度で仕事が出来るんだね。大学で学んだことを創作活動にも生かしているようだよ……」

「喜ばしいことですよね」とカシスオレンジ入りのグラスを傾けるあっちゃん。「そうやって水品佐奈が売れれば、うちの大学の知名度もあがる。ファンは喜ぶ。水品佐奈も伸びる。……ウィンウィンの関係じゃないですか」

「決して無理のない範囲で、彼女の活動をサポートしていこうと、ぼくたちも考えているよ……」

「――あ。先生そうだ。柱谷教授お元気にされてます?」

 そうして、話題がどんどん転がっていく。ころころと笑い……よく飲み、よく食べ。場所をファミリーレストランに移しても、わたしたちはパフェにがっつきながら、飽きることなく、喋り続けていた。

 * * *

「ただいまー」

「おかえりー」

 帰宅すると、課長はひとりで本を読んでいるようだった。ドストエフスキーの『罪と罰』。そういう、どす黒い本を読める辺りも、実はわたしは好きだったりする。わたしが近づくと彼は本を下に置き、

「……飲み会、どうだった?」

「楽しかったよ」んー、とわたしは彼のうえにまたがると、彼の首筋の匂いを嗅ぎ、「ちょっと充電ー」

「いいよいいよ」と課長の笑う気配。彼の手がわたしの髪を撫で、「おれたちって、コンセントみたいなもんだもんなぁ。アウトがおれで、インが莉子」

「ああそうだ。結婚式のお話してきたよ。みんな喜んで出席してくれるって。滝沢教授も大丈夫そう。みんな元気にしてたよー」

「そっかそっか。莉子が元気ならおれも嬉しい」

「仲間ってやっぱ特別だよね。時間も距離も隔たれていたみんなが、会えばたちまち、時間を巻き戻せる。青春の輝きが目の前に広がる。……年を重ねるって悪いことばかりじゃないな、って思って……。そういう仲間がいること自体、幸せなんだな、って……」

「大人になるとなかなか新しい友達作るの難しいからさぁ。特に女のひとはさぁ」とわたしの頬を片手で包む課長は、「紅城くんのときもそうなんだけど、人生ってタイミングがあるからね。このときを逃しちゃ絶対駄目だ、ってタイミング……。その流れに乗っかることが人生の面白味だとおれは思うよ」

 久々だったから不安もあったけれど、みんな、明るく接してくれて、こころがほぐれた。離れていても――友達なんだと。

 たとえ、この先どんなことがあろうとも、わたしはこの気持ちを大切にしたい――。このとき、分かり合えた貴重なひとときを大事にしたい、と改めて思った。

 *
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...