昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ

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番外編4 至上の幸せ――多感な莉子SIDE

#EX04-24.それでもあなたが

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 薄闇のなかでひかるきらめきが、不覚にも美しいと感じた。――わたしは、狂っているのかもしれない。

「……わたしのせい?」

 ベッドの横に膝をついて、あなたの濡れた頬を撫でれば、あなたは、

「違う。自己嫌悪……」と首を振る。

「本来、喜ぶべきなんだよ。きみは、孤独で……紅城くんも孤独な身の上で。ごめんね、彼女を採用する以上は、彼女の経歴を見てしまったからね。

 孤独な魂が二つ向き合えば、このような化学反応が起こりうる。きみと紅城くんは、ただの友達じゃない。魂で……結びついているんだね」

「でも、……わたし。確かに、高嶺のことは特別ですけれど。でもこれは、一過性のものだと……思っています」

「一過性」

「そうです」と言い切るわたしは、冷たい人間なのかもしれない。「課長との関係が……落ち着いてきて、軌道に乗って。ある意味安定して、刺激が足らなくなってきた。そこへきて、新たな刺激が加わり、瞬く間にわたしは魅せられた……。

 でもわたし。高嶺とセックスしたいだなんて思いませんよ? 彼女には惹かれている。でも友達として……」

「けど莉子」と課長は腹筋を使って身を起こし、濡れた頬を拭うと、「紅城くんといるときのきみは、なんだか……そうだね。生き生きとして、まるで別人だ。そう……水を得た魚という表現がぴったりというくらいで……」

 課長の目にはそう見えるんだ。やっぱりわたし、課長への配慮が足らなかった。

「でもね」と課長はわたしの頭をぽんぽんと撫でた。「そうだな……時と場所によって人間の表情が変わりうるなんて、よくある現象だ。おれだって外で顔を使い分けている。きみだって同じ。誰だって同じだ……ああ、なんてこんな簡単なことが分からなかったんだろう。おれは、自分が自分で恥ずかしいよ……」

 顔を押さえる課長の手首を、笑ってわたしは握り、

「話してみないと分からないことってありますものね」と頷いた。「課長は……待っていてくれたんですよね。わたしのなかで気持ちの整理がつくまで……。ああ、わたしのほうこそ、あなたを傷つけてごめんなさい。……ひとりで耐えていたんだよね。耐えさせて……ごめんなさい」

「おれさぁ莉子」

「うん」

 わたしの腕のなかで課長は、

「矛盾して聞こえるかもしれないけれど。紅城くんといるときの、生き生きとしたきみも大好きなんだよ。嫉妬と同時に羨望を覚えていた。あんなに、あでやかなきみを引き出せる紅城くんの魔力に……」

「それは――課長がいたから」

「……うん?」

「課長との愛情という、しっかりとした基盤があるから、わたし、安心して行動出来るんです。あなたがいなかったらいまのわたしは、ない。課長がいるから……あなたがいるから、わたし、……生きていけるんです」

「そっか。よかった」

「ずっと長い間孤独だったんだね。……あなたの孤独に気づいてあげられなくてごめんね。ううん……分かっていたのにわたし、あまえていた。ごめんなさい……」

「いいんだよ」と課長はわたしの頭をぽんぽんし、「お互いに……まだ始まったばかりだからさ。こうやって、相手の気持ちが落ち着くのを待つのも、愛情のひとつだと思うんだ。

 ……でも、これからは、もっと……きみに話すよ。思っていることをなんでも。もし……きみに迷惑でなければ」

「迷惑だなんて水臭いなあ」わたしは課長の頬をかるく抓り、「わたしとあなたの仲でしょう? 遠慮なんかしないの……」

「遠慮しないでっていうなら……」課長はそっとわたしの頬を包み、「おれ、今夜は、遠慮なくきみを抱きたい……。いいかな? 莉子……」

 その夜、課長は、やさしくわたしを抱いた。

 わたしのなかで、静かに情欲を爆発させる課長のことが、どうしようもなく愛おしかった。

 いままで、ひとりで抱え込んでいた、疑問や謎が氷解して、綺麗なパズルのピースとして組み立っていき、ひとつの結論を導き出していく。――ああやっぱりわたし、あなたが好き。

 あなたが、一番好き……。

 恋とは、排他的で、独善的な願望なのだと思う。このひとひとりを愛しぬきたい。このひとさえいれば他になにもいらないという、動物的な希求。

 それに従い、わたしは自分を表出させた。淫らに溺れるわたしのすべてを――ありのままのわたしを、課長は受け止めてくれていた。

 * * *

「――この流れで言うのもアレだけどさ」

「なぁに?」とわたしがぴったりと彼とからだを重ねながら言えば、

「おれさ。――本当に、紅城くんには、きみを助けて欲しいと思っている。

 紅城くんは、自分の見せ方というものを知っている。おれには出来ないカスタマイズが彼女には出来る。

 おれだってなかなか、きみのコーディネーター役を頑張っていたつもりだけれど、やっぱり女の子は違うね。ちょっとしたメイクのコツや、表情の作り方……。

 彼女。美容部員みたいだよね。完璧だ。完璧すぎて……ね。だから、荒石くんみたいな、不完全な男と一緒になることで、彼女は満たされているのだと思う。彼は……彼で、特殊な性格をしているからね。

 ま、荒石くんが、おれのするような嫉妬の炎に焦がされているとは考えにくいが。……案外、彼、こころが広いんだよね。最初のインパクトがでかかっただけに、いやはや……最近の若者は伸びしろがあるよね。入社した頃とはまるで別人だ。

 ともかく。きみとの出会いが、紅城くん、荒石くんの、双方にとってプラスに働いていることは疑いもない。荒石くんは、表情が豊かになったし、角が取れたよね。ぼくが知る頃の彼は、もう少し、独善的で、自分のことしか考えない男だった。……そう、きみに新人教育を受け始めたあの頃はね。

 きみに出会えたことでおれも変わった。荒石くんも変わった。紅城くんもね……。つんけんした感じだったが、明るい、年相応の女の子になったよね。会社でも思っていることはぽんぽん言うし。

 だからね。莉子。

 自分の想いには素直になって欲しい。この先どんなことがあっても……もし、気持ちが変わることがあったとしても、それこそが、きみなのだから。変化を恐れないで……互いに手を取り合って、これからも一緒に歩いて行こう……莉子」

「課長……。本当にいいんですか」とわたしは彼の髪を撫で、「引き返すならいましかありませんよ。わたし、……わたしが、高嶺に骨抜きにされたら課長、どうするつもりなんですか……」

 課長は小さく笑った。「そしたら、きみを挟んだ三角関係の誕生だ。ぼくは歓迎さ。……女の子と、大好きな女の子を取り合う経験なんて、なかなか出来ないからね。……そう、人生は、なにごとも経験だ。

 だから、……莉子。

 試着会は、引き続き、彼女に手伝って貰う。

 彼女には、おれには見えないものが見えている。見ていて頼もしいよ。言うことに外れがない。直感が冴えている。センスがあるんだね彼女は。生きていくセンスというものが」

「課長……」

「好きなものを諦めるのは駄目だよ莉子」課長は、濡れたわたしの頬を拭い、「紅城くんが好きだという気持ちも、きみのなかの大切な感情だ。無理に蓋をする必要はない。

 おれの予測したとおり、きみは、どんどんいろんなものが好きになっていく。恋を……愛を覚えたことで、『好き』がどんどん加速していく。……それはね、人間として、喜ばしい感情だから。

 おれも、……楽しくて仕方がない。まさか、この年になってね。自分が、女の子同士の素敵な友情に嫉妬するだなんて思わなかった。

 おれは、きみを、愛している。……莉子。

 貴重な体験をさせてくれるきみには感謝をしている。……正直ね、莉子。紅城くんに、嫉妬していないといえば、嘘になるけれど、それでもおれは……この感情に、しっかりと向き合いたい。

 きっといつか、自分のこの感情に答えが出るときが来ると思う。

 だから、おれは……逃げない。

 ちゃんとこの嫉妬と向き合う。

 おれに、力を……くれ」

「課長。でもいいの……?」わたしは彼の腕のなかで身を起こし、「わたし……。課長と高嶺が大好きっていう、ひどい女なんだよ……? 許せる……?」

「許せるもなにも」と課長はわたしの耳たぶをやさしく引っ張り、「友情と愛情は別物だよ。きみは、紅城くんに、性的な感情を抱いていない……そのことが知れただけで十分だ」

「課長……」

「愛情も友情も変化しうるものだよ。だからね。焦らずゆっくり、自分のなかで答えが出る、そのときを待つんだ。

 おれはきみの味方だよ。莉子。

 好きなものは好きでいい。好きなものを好きと言ってなにが悪い。

 恥ずかしいことなんかなにもしていない。

 恥じることなどないのなら、自分を誇るんだ。莉子……」

「課長……」たまらず視界が滲んだ。「どうして課長は……そんなにもやさしいんです? どうしてそんなに……」

 泣きじゃくるわたしの髪を撫でる課長は、

「好きだからだよ」

 と結論する。

「好きだから……大好きだから、この恋の行く末を見守っていきたい。きみが……おれに、力をくれるんだ……莉子。そしておれは――」

 薄闇のなかで、野性的に目を光らせ、

「おれにしか出来ないことを、やり遂げる」

 朝までわたしは彼に、抱かれた。

 *
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