昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ

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番外編4 至上の幸せ――多感な莉子SIDE

#EX04-15.エゴと自覚と嫉妬 *

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「それで。……紅城さんになにをしたの」

 朝のうちに荒石くんにはメールをした。昼休みに、紅城さんと本来話すはずであろう時間を計算し、十二時半に、会議室に彼を呼び出したわたしは、

「紅城さん。泣いていたじゃない。……どうして?

 念のため聞くけど、彼女に……手を出したわけではないわよね」

 荒石くんは、会議室の上座の位置に立つわたしを一瞥すると、窓際に向かい、

「……いったいどんな気持ちで彼女はこの美しい景色を眺めていたんだろうな」

 二階とはいえ、高層ビルから眺める景色は確かに美しいはずだ。でも、何故そんな話が。

 怪訝に思ったのが伝わったらしい。荒石くんはこちらを見て目を細め、「いえ、こっちの話です」と答える。

「おれは、……紅城さんには手を出していません。なにもしていません。信じて下さい」

「じゃあ、どうして……紅城さんが泣いていたの? 状況からして、あなたが、彼女を泣かせることをしたのと考えるのが妥当だと思うけれど」

「それは……」なにかの感情に顔を歪めた荒石くんは、「守秘義務があるので。おれの口からは言えません」

 確かに。紅城さんが泣いたのを気にするのなら、紅城さんに直接聞くのが筋なのだ。回りくどいことなんかせず。

 そう思いつつもわたしは口を動かした。「念のため確認だけど、荒石くんが、紅城さんをなにか傷つけることをしたのが理由――では、ないんだよね?」

「はい。……でも、桐島さん、どうしてそんな必死なんです? 放っておけばいいじゃないですか。他人のことなんか」

「でも。……荒石くんはわたしが教育したし。紅城さんだって一緒に働く大切なメンバーだから。なにかが起きたのだと分かったら……放置なんか出来ないよ」

 下を向いた荒石くんは、大きく息を吐く。顔をあげた荒石くんの顔には、なにかしらの感情が走っていて、

「それは、……誰のためなんです? おれや紅城さんのためだとか言って、本当は、……桐島さんは、自分の周りが平和であって欲しい。自分のエゴに基づいて行動しているだけなんじゃないですか。

 もっと言うと。……紅城さんに、無事結婚式に来て欲しい。そのためだけに動いているんじゃないですか?」

 わたしは、絶句した。……言われるまでまったく気づかなかった。でも、わたしの深層心理は確かにそうなのかもしれない。――ああ。なんて醜いんだわたし。ふたりのためだとかいう大義名分を振りかざして、結局彼らを傷つけ、自己満足に浸っている……。

「ごめんなさい。ひどいこと言いましたおれ……」わたしの顔色を見て荒石くんが補足を入れる。「まあ、普通に考えると、いつも始業時間十分前までには来るおれたちが、一緒に来たうえに、紅城さんは泣いた痕跡が見られた。……てなったら、普通、動揺しますよね。

 告白すると、おれ……。紅城さんが好きです。

 中野さんの離職で泣いたのを見たときにがつーんと来て。桐島さんが好き、三田課長のことが好き、とか言っておいて、自分でも呆れちゃうんですけど……。

 おれ、紅城さんのことは本気です。彼女は特別なんです。ですから、仕事が終わったら彼女におれの気持ちをちゃんと――伝えようと思っています」

「そっか。頑張って」

 他意は、なかった。励ますつもりで言ったのだが――荒石くんは、

「おれと紅城さんが上手くいったほうが、桐島さん的には楽なんでしょう? そうですよね……紅城さんは仕事も出来るし、美人だし。あんな女が三田課長の周りにいたら、落ち着きませんよね。彼女、華がありますし……」

 わたしの胸中を看破するのだ。醜いわたしのことを暴き出す。

 わたしの無言を肯定と受け止めたのか、荒石くんは、

「課長にも言っておいてください。決して、派遣会社との関係を悪化させることはなにもしていないことを。……紅城さんには、紅城さんの意志があります。決して彼女の意志を捻じ曲げることはなにもしないと――誓います」

 そして会議室には、自分のことしか考えていない、醜い女が取り残された。

 * * *

 紅城さんに、友達になって欲しい、と持ち掛けて以来、わたしは紅城さんと帰るようにしていたのだが。あれ以降――そう、紅城さんへの嫉妬に気づいた。荒石くんが紅城さんに初めて声をかけた、あの日から、数分程度残業をしている。紅城さんは別段気に留める様子もなく、「お先に失礼します」と帰っていく。

 心境、複雑。

 課長を好きなのなら、他のひとと幸せになって欲しい。どうやら荒石くんは、わたしが思っているよりも、ずっとマチュアな男だから――意外と周りが見えている――だから、そんな荒石くんと紅城さんが結ばれてくれたら、嬉しいのだが。

 結婚式に来て欲しいからってそこまでするか? わたしは荒石くんの指摘した通り、ふたりのためという大義名分を用いて、結局自分のエゴのために動いていたのか。

 悲しい。苦しい。

 時間をずらして退社したはずが、ビルを出ると、並んで歩く荒石くんと紅城さんの姿を見かけ、わたしは動揺した。声など、かけられるはずがなかった。

 うちの会社は商業ビルと通路と繋がっており、ふたりはこれから飲みでも行くのか、角を曲がり、どこか店に入っていくようであった。

 見送るわたしの胸のなかには、形容しがたい黒々としたものが広がっていた。

 * * *

「――莉子。悩んでいるのなら、おれに言っていいんだよ」

 帰宅した課長に、開口一番そう言われ、どっと涙があふれた。――いえあの、課長ご飯まだなのに。まあ、ご飯そっちのけでセックスするのがわたしたちの日常なのに。紅城さんの想いに気づいて以来、わざとわたしは課長を避けている。

「おいで……莉子」

 わたしを抱き寄せると課長は、わたしの頭をぽんぽんしてくれている。「……様子がおかしいのは気づいていたんだけど、もうすこしね、あのふたりのあいだで決着がついてから……そう思っていたんだよ。遅くなってごめんね」

「いえあの。わたしが……醜いだけで。今回の件でつくづく、……わたしって自己中心的な女の子なんだって、思い知らされて……惨めで」

「念のため言っておくと、おれ、紅城さんには異性としての興味はないよ。確かに美人さんだけど、なんというか、そそられない。

 おれと同じ匂いがするんだ。……彼女も彼女で、顔を使い分けている。そんな感じがするんだ……」

 同じ印象を課長も抱いていたのか。自分の予感が正しかったことを知り、なんだか安心する。

「おれが愛しているのは世界でたったひとり、莉子だけ。そのことは分かってくれる?」

 課長に目を覗き込まれ、わたしは笑った。久しぶりだと思えるくらいに晴れやかに。そして、

「課長。……えっちしたい。エロエロしようよ……」

 わたしが課長のワイシャツのボタンに手をかけると課長は微笑み、「じゃあ、ベッドに行こうか……」

 * * *

 課長に胸の頂きをきつく吸われると、おかしな気持ちになる。こころの奥から、見たこともないなにかがあふれだす。声も――出ちゃう。

「ああ……ああん、あん、課長……っ」

 淫らな声をいっぱいあげる。……思えば、この二日間課長とセックスしてない。わたしたちにとっては異例のことであり、課長がわたしになにかあったのかと考えるのも、無理からぬことだと、今更ながら分かる。

「莉子のおっぱい美味しい。……こっちは、どうかな……?」

「……ひゃん。あ……もう、指、挿れないで……ああ」

 そういえばこの二日間、オナニーすらもしていなかった。いえ、課長と結ばれて以来、セックスばかりで、オナニーする必要なんてなかったんだけど。でもたまに、滅茶苦茶激しい指使いで、自分を導きたくなることがあって。課長のことを思い返しながら。

「へへ……莉子ちゃんのここ、とろっとろ……。ねえ、激しくしちゃっていい?」

「いいよ……」彼の背に手を回し、わたしは課長の愛撫に溺れる。

 そうして課長はわたしを導くと、いつも通り、エクスタシーの波に溺れるわたしに――容赦なく入り込む。挙句、激しく腰を振る。わたしのからだがバウンドしてしまうくらいの激しさで。

「ひあ……あ、あ、あぁんっ……、課長、課長ぅ……っ!」

 わたしは必死に彼を抱き寄せた。自分の真ん中を占めるある感情――その力を感じながら。

 * * *

「セックスすると、頭がすっきりしますね……。いやなこと全部忘れられる」

 それから一緒に風呂に入り、後ろから……課長に胸を包まれている。いつものことだ。

 課長は勃起している。いつものことだ。

「アル中とか……いや、いまはアルコール依存症とか言うんだっけ? とにかく、いけないと分かっていても溺れる連中の気持ちが分からなくもないよ。……セックスは確かに魅力的だからね」

「課長。……ぺろぺろしたい」

「え? いいけど莉子、立ちバックしようよ……。おれ、久しぶりに莉子のこと、ここであんあん叫ばせたい……」

「立ちバックはフェラチオのあとで。……わたし、卑怯な女なんです。……わたしにしか出来ないことをして、あなたを……独占したいと思ってる」

「念のため言うけどねえ、おれ、莉子以外の女とセックスしたいなんて思わないよ? 莉子は特別。T〇NGAでも駄目。おれね。きみの感じる顔が好き。声も好き。匂いも好き。締まるおまんこも匂いも……莉子のあまい汁を吸うのも好き。

 きみじゃないと、駄目なんだ。

 おれの人生至上、きみ以上に愛せる女の子なんか……存在しない」

 課長は、わたしを安心させようとして言っている。でもわたしは……エゴイストだから。もっともっと、わたしのことを、課長のなかに叩き込みたかった。

「分かってます。でも、舐めさせて……?」

 わたしの発言にどうやら頷いたようであった。ざぶりと、わたしのからだを支えながら、課長は浴槽を出た。

 *
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