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番外編3 「直後」のふたり――敏感な莉子SIDE
#EX03-10.初めてのプレイ・初めての水族館デート☆ *
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胃の底まで入り込まれているかのような圧迫感。苦しさを覚えるのに何故か――安心を知る。それは、きっと。
わたしに触れる課長の肌から、やさしい、花束のような想いが伝わるせいだろう。
「すこし――慣れたかな?」と、わたしの肩に口づける課長は、「じゃあ――動くね」
始めは、静かに、やさしく。課長のやり方をもうわたしは知っている。このひとは、相手の意志を置き去りにしない、そういうひとだ。
後ろから課長はわたしのあらゆる箇所に口づける。緊張を――ほぐしてくれている。課長の誠意が伝わった。
段々、開いていくのが分かった。自分の穴がだらだらよだれを垂らす。もっと、もっと、欲しいのだと……。
「か、ちょう……ああーっ」
ぐりぐりと最奥を刺激され、とうとうわたしは叫んだ。「いや、あ……もう、駄目、ぇ……っおかしく……、おかしくなっちゃう!」
「――莉子。莉子……」こちらのスイッチが入ったのが分かってか、課長の動きは激しくなる。「ああ……こっちの莉子も、最高だよ……ぎゅうぎゅう締め付けてもう、たまらない……」
からだからなにかが排出されているのか、課長が抜き差しをする都度、その動きはなめらかになっていく。いつしか――羞恥心とか、論理とか、そんなものが消し飛んでいた。
「課長、あ……、あっ……、あっ……、あ、……愛している……」
課長の腰使いによって、高みに導かれる直前にわたしは叫んだ。
「……遼一、さぁ、ん……!」
* * *
「莉子……」とわたしの頬にキスの雨を降らせる課長は、「やっぱり、顔を見て、ってのが、最高だな……。おれ、莉子の感じてる顔が好き……。このときだけに聞けるやーらしい声も……」
「あ――んんっ、課長……」
そうしてわたしの乳首を貪るのだから、どうしようもない。どうしようもないのは、課長の一挙一動に、初めて恋を覚えた少女のように、ときめいてしまう自分……。
やさしい愛撫を受けながら、わたしは、課長の小さな頭を抱き締めた。ちゅ……ちちゅ、と、課長の舌使いの音が響く。聴覚までも、愛撫されている。
「あ――や、課長……それ以上、は……」
「莉子って本当おっぱい弱いよね」わたしに挑発的な視線を投げ、思い切りわたしのそこを貪り、引っ張る彼は、「ああ……また、いった……」
「ひあっ……あぁっ……」
課長がわたしに覆いかぶさる。ひどい。まだいっている最中だというのに、この男は……。
「おれはひどい男だから」課長は、泣きじゃくるわたしの鼻に口づけると、「莉子。おまえがいってる最中なのに、激しいセックスを見舞う、ひどい男なんだ。だから――泣け」
課長の言葉は魔法なのだと思う。相手を――その方向に、着実に、堅実に導く魔法。
課長の魔術で、わたしは赤子のように泣き叫び、いままでに出したことのない自己を表出させた。狂っている――狂っている、と頭の中でどこか冷静な自分が傍観するのに、その自分を、野性的な自己がねじ伏せる。セックスとは、戦いなのかもしれない。こうありたいという自分を、理想の鏡を、叩き壊すための居場所を求める戦い。
課長は、すべてを、受け止めてくれた。
腕を広げて、泣いて、泣いて泣いて――恍惚のあまり、狂ってしまう寸前のわたしを抱き締めてくれた。そのはだかの胸で包み込んで、滂沱を受け止める。
男のひとも、器なんだな――とわたしは思った。
女は、男を受け入れる器ではあるけれど、同時に、女にとって、男は器でもあるのだと。
落ち着いた頃に、課長と、シャワーを浴びた。穴に違和感を感じながらも、身支度を整え、かるく、遅い朝食を食べる。そうこうしているうちに、十一時を回ってしまった。
「莉子――その服」
出かける直前、玄関で靴を履いていると、課長がわたしに声をかけた。ええ、とわたしは笑い、
「課長に初めて愛された日に、着ていたいっちょうらです。……初めてのお外デートに、ぴったりだと思いません……?」
「だよな」ナチュラルにわたしの腰を包む課長は、「……痛くない? 激しかった?」
「えと。……違和感はありますけど、慣れると……思います」
課長がこの話題に触れなかったのはたぶん意図的だ。このひとにはそういうところがある。わざと相手に考える時間を与え、気持ちを整理させる趣味嗜好――段々掴めてきた。
「そっか」ドアを開く課長は、歯磨きのCMに出てくる芸能人のように、爽やかに笑い、「楽しみが増えちまったな。莉子。……そこに目覚めると後が怖いぞ……例えば」
「……例えば?」
ふるえながらわたしが問えば、課長は、わたしの髪に触れて笑った。「莉子にはまだ――教えてやんない」
* * *
課長の住むここは、最高の場所だと思う。海に近く、巨大な公園があり、公園のなかに水族館もある。爽やかな潮風に吹かれ、太陽に包まれて、平和な家族連れを見ていると、自分の悩みなんかちっぽけなものだと思えてくる。波に近い公園で遊ぶ無邪気な子どもたちのシルエットが陽炎のように揺れる。
「莉子。……好き」
恋人繋ぎをする課長は、繋いだ手を挙げると、ちゅ、とわたしの手の甲に口づけ、「大好き。愛している。好きすぎてたまらない……」
欧米人? って突っ込みたくなるくらいに、課長はストレートな愛情表現をするひとだ。こんな課長を、会社の人間が知ったら、絶対びっくりよ。あの人間洞察力に優れた中野さんだって、こんな一面を知らない。
なんか、……笑えて来た。
「えとおれ。なんか、……面白いこと言った?」水族館へとゆっくり、歩を進めながら課長は、「莉子って時々不思議だよね。ここで笑うの? ってところでいきなり笑ったりするよね。……ま、そんな莉子が、おれは大好きなんだけど……」
課長は、足を止めると身を屈め、わたしの耳元に顔を寄せると、
「アナルセックスに、ハマっちゃった?」
「――ちょ、もぉっ……!」手を離し、ぽかぽかと課長を叩くふりをする。「えーと遼一さん! お近くに健やかなお子様もいるんですから! そういう言葉は謹んで貰いた――」
「あ、なーる。あ、なる。……アナル雪の女王?」
「〇〇ズニーに訴えられますよ!」近距離にある海の向こうのワンダーランドに目をやるとわたしは、「知らないんですか! 一流なだけあって、コンプライアンスめっちゃ厳しいんですよ! お子様が学校でお絵描きをするのは勿論、SNSにアップするのだって禁じられているんですから!」
「あ、なーる」ぱちん、と指を鳴らすと課長は、「莉子ちゃん、よーく知ってるね? ひとつ大人になったねえ。さっすが、……アナル雪の女王」
「なにげに課長気に入ってるでしょそれ」
「ばれた?」課長はチケット売り場の列に並ぶと、「ほーら。手ぇ出して。莉子と手ぇ繋がないともう、歩けないー」
「課長ったらもう。あまえんぼさんなんだから……」
「ん」
「はい」
がっちりと、恋人繋ぎへと移行。見上げると課長は、照れくさそうに笑った。「なんか、……おうちでいちゃいちゃするのも最高だけど、こういうのもいいね……」
「はい。わたし――幸せです」
券売機でチケットを買い、笑顔でわたしたちは水族館へと乗り込んだ。
* * *
真っ暗な空間に、淡い水槽が映える。高い、高すぎる天井まで続く巨大な水槽に、まぐろの大群が泳いでいる。ベンチに座り、手を繋ぎながら、生き物の世界に魅せられる。――不思議。どこか別の世界に迷い込んだみたい……。
それでも安心感を感じられるのは、隣に課長がいるから。――課長、すごく、見入っている……。そんなに課長を夢中にさせるなんて。わたしは素晴らしい水族館で勤務する皆さんの営業努力に、ちょっぴり嫉妬をしてしまう……。
トンネル状の水槽の下に立つと、……自分の存在が不確かに感じられる。自分の目で見て感じているものが、実は、切り取られた小さな世界の一部で、自分など。矮小な存在に過ぎないのではないかと。
「きれい……」うっとりとわたしが声をあげると、「ほんとにね」と課長。
「ずぅっと、ずぅーっと、きみとこうしていたいな……永遠に」
それは、重ね合う、わたしたちの願いだった。同じことを、同じものを見て感じられることが、嬉しくもある。
一通り水槽で泳ぐ魚たちを眺め、ガラスドームの建物を出ると、今度は岩場がいっぱいに広がる。いるのはそう――
「ペンギン!」走り出してわたしは叫んだ。「きゃあ! 可愛いー!」
わたしは課長の手を離すと素早くバッグから携帯を取り出し、「きゃーっ写真写真! ねえ課長! あの小さいペンギンさん、すっごく可愛い! ぴちぴちぴち、ってああ、もう……!」
林家パー子さんばりのテンションで写真を撮りまくっていると、後ろから課長が、
「――可愛い」
そっ、と後ろから抱かれる。――てえええ!? ここ、外ですよ! 駄目ですって課長――!
課長の、散々わたしを愛しまくった手が、わたしの前方に回され、くるり、カメラの被写体が変わる。
ぱしゃり。器用に写真を撮ると課長は、
「驚いたときのきみの顔も――最高に可愛いんだ……」
背後からわたしの耳に髪をかけると、耳たぶにそっと口づける。それだけで――それだけでわたしは、腰を抜かしそうになってしまった。
* * *
「幸せですね……」
「んー」
風を浴び、光る水面を眺めながら過ごす、時間を忘れるひととき。芝生に小さなレジャーシートを敷いて、課長は、横座りをするわたしの膝に頭を乗せ、寝そべっている。穏やかで――凪いだ時間。こんなにも大切な幸せが、目の前に広がっていることなど、つい、二週間前のわたしは知らなかった。
家に閉じこもりで愛欲にむせぶあのときもたまらないけど。こうして――静かに過ごすときも幸せ。課長に出会ってから、数え切れない種類の幸せを、わたしは自分の人生のなかに見出している。
「課長……わたし、幸せです。
ありきたりで凡庸な表現だけど、もう、……幸せって言葉しか、見つからなくって……。
わたしにこんな気持ちを教えてくれた、課長に感謝をしているんです……。
課長に出会えて、よかった。
誰かに対してこころを開くことが、こんなにも自分を幸せにしてくれるだなんて……知らなかったんです。
重いですかね? こういうの。……あでも、課長、意外とこういうポエミーなの嫌いじゃないって知っているんですよ? ね。課長……。課長。課長……っ?」
やさしい手つきで撫でていたつもりが。課長は、見れば――眠っていた。
「ああもう」とわたしは恥ずかしくなる。「やだ……本人が眠ってるところで告白するってもう、とんだポエマーだわ。なんなのわたし……。本人の目を見て、ちゃーんと言わないと意味がないのに。こういうのは。……ああ、もう、やんなっちゃう……」
ふ、と息を漏らす音が聞こえた。課長が身を起こし、いたずらに笑う。
「ごめん。――起きてた」
「ごめんって言うときの顔じゃあないでしょそれ! んもう……っ、んっ」
短くわたしに口づけた課長は、天使が見惚れるほどにあまやかに笑った。
「ごめん。きみを見ているともう――止められなくなるんだ。
おいで。莉子。……いちゃいちゃしよう」
「え、でも……」わたしは周りを見回す。ちらほらテントを張って楽しむ人々もおり、そうか、テントがあれば存分にいちゃつけるのだとか、淫らなことをつい、考えてしまう。
それなのに、課長は。
「来ないのなら――こっちから奪いに行く」
「や、ちょ……」
背中に手を回され、課長に覆いかぶさる格好となる。課長は、いたずらな少年のように笑った。「好きだよ莉子。――愛している」
「……わたしも……」胸の奥から突き上げてくる情愛を感じる。こんな自分……こんな自分を、課長と出会うまでは知らなかった。
芝生のうえで転がりながら、子どものようにじゃれあう。大切で――貴重なひととき。そうして、外の空気が寒さを覚え始めるまで、わたしたちは、残されたひとときを、楽しんでいた。
*
わたしに触れる課長の肌から、やさしい、花束のような想いが伝わるせいだろう。
「すこし――慣れたかな?」と、わたしの肩に口づける課長は、「じゃあ――動くね」
始めは、静かに、やさしく。課長のやり方をもうわたしは知っている。このひとは、相手の意志を置き去りにしない、そういうひとだ。
後ろから課長はわたしのあらゆる箇所に口づける。緊張を――ほぐしてくれている。課長の誠意が伝わった。
段々、開いていくのが分かった。自分の穴がだらだらよだれを垂らす。もっと、もっと、欲しいのだと……。
「か、ちょう……ああーっ」
ぐりぐりと最奥を刺激され、とうとうわたしは叫んだ。「いや、あ……もう、駄目、ぇ……っおかしく……、おかしくなっちゃう!」
「――莉子。莉子……」こちらのスイッチが入ったのが分かってか、課長の動きは激しくなる。「ああ……こっちの莉子も、最高だよ……ぎゅうぎゅう締め付けてもう、たまらない……」
からだからなにかが排出されているのか、課長が抜き差しをする都度、その動きはなめらかになっていく。いつしか――羞恥心とか、論理とか、そんなものが消し飛んでいた。
「課長、あ……、あっ……、あっ……、あ、……愛している……」
課長の腰使いによって、高みに導かれる直前にわたしは叫んだ。
「……遼一、さぁ、ん……!」
* * *
「莉子……」とわたしの頬にキスの雨を降らせる課長は、「やっぱり、顔を見て、ってのが、最高だな……。おれ、莉子の感じてる顔が好き……。このときだけに聞けるやーらしい声も……」
「あ――んんっ、課長……」
そうしてわたしの乳首を貪るのだから、どうしようもない。どうしようもないのは、課長の一挙一動に、初めて恋を覚えた少女のように、ときめいてしまう自分……。
やさしい愛撫を受けながら、わたしは、課長の小さな頭を抱き締めた。ちゅ……ちちゅ、と、課長の舌使いの音が響く。聴覚までも、愛撫されている。
「あ――や、課長……それ以上、は……」
「莉子って本当おっぱい弱いよね」わたしに挑発的な視線を投げ、思い切りわたしのそこを貪り、引っ張る彼は、「ああ……また、いった……」
「ひあっ……あぁっ……」
課長がわたしに覆いかぶさる。ひどい。まだいっている最中だというのに、この男は……。
「おれはひどい男だから」課長は、泣きじゃくるわたしの鼻に口づけると、「莉子。おまえがいってる最中なのに、激しいセックスを見舞う、ひどい男なんだ。だから――泣け」
課長の言葉は魔法なのだと思う。相手を――その方向に、着実に、堅実に導く魔法。
課長の魔術で、わたしは赤子のように泣き叫び、いままでに出したことのない自己を表出させた。狂っている――狂っている、と頭の中でどこか冷静な自分が傍観するのに、その自分を、野性的な自己がねじ伏せる。セックスとは、戦いなのかもしれない。こうありたいという自分を、理想の鏡を、叩き壊すための居場所を求める戦い。
課長は、すべてを、受け止めてくれた。
腕を広げて、泣いて、泣いて泣いて――恍惚のあまり、狂ってしまう寸前のわたしを抱き締めてくれた。そのはだかの胸で包み込んで、滂沱を受け止める。
男のひとも、器なんだな――とわたしは思った。
女は、男を受け入れる器ではあるけれど、同時に、女にとって、男は器でもあるのだと。
落ち着いた頃に、課長と、シャワーを浴びた。穴に違和感を感じながらも、身支度を整え、かるく、遅い朝食を食べる。そうこうしているうちに、十一時を回ってしまった。
「莉子――その服」
出かける直前、玄関で靴を履いていると、課長がわたしに声をかけた。ええ、とわたしは笑い、
「課長に初めて愛された日に、着ていたいっちょうらです。……初めてのお外デートに、ぴったりだと思いません……?」
「だよな」ナチュラルにわたしの腰を包む課長は、「……痛くない? 激しかった?」
「えと。……違和感はありますけど、慣れると……思います」
課長がこの話題に触れなかったのはたぶん意図的だ。このひとにはそういうところがある。わざと相手に考える時間を与え、気持ちを整理させる趣味嗜好――段々掴めてきた。
「そっか」ドアを開く課長は、歯磨きのCMに出てくる芸能人のように、爽やかに笑い、「楽しみが増えちまったな。莉子。……そこに目覚めると後が怖いぞ……例えば」
「……例えば?」
ふるえながらわたしが問えば、課長は、わたしの髪に触れて笑った。「莉子にはまだ――教えてやんない」
* * *
課長の住むここは、最高の場所だと思う。海に近く、巨大な公園があり、公園のなかに水族館もある。爽やかな潮風に吹かれ、太陽に包まれて、平和な家族連れを見ていると、自分の悩みなんかちっぽけなものだと思えてくる。波に近い公園で遊ぶ無邪気な子どもたちのシルエットが陽炎のように揺れる。
「莉子。……好き」
恋人繋ぎをする課長は、繋いだ手を挙げると、ちゅ、とわたしの手の甲に口づけ、「大好き。愛している。好きすぎてたまらない……」
欧米人? って突っ込みたくなるくらいに、課長はストレートな愛情表現をするひとだ。こんな課長を、会社の人間が知ったら、絶対びっくりよ。あの人間洞察力に優れた中野さんだって、こんな一面を知らない。
なんか、……笑えて来た。
「えとおれ。なんか、……面白いこと言った?」水族館へとゆっくり、歩を進めながら課長は、「莉子って時々不思議だよね。ここで笑うの? ってところでいきなり笑ったりするよね。……ま、そんな莉子が、おれは大好きなんだけど……」
課長は、足を止めると身を屈め、わたしの耳元に顔を寄せると、
「アナルセックスに、ハマっちゃった?」
「――ちょ、もぉっ……!」手を離し、ぽかぽかと課長を叩くふりをする。「えーと遼一さん! お近くに健やかなお子様もいるんですから! そういう言葉は謹んで貰いた――」
「あ、なーる。あ、なる。……アナル雪の女王?」
「〇〇ズニーに訴えられますよ!」近距離にある海の向こうのワンダーランドに目をやるとわたしは、「知らないんですか! 一流なだけあって、コンプライアンスめっちゃ厳しいんですよ! お子様が学校でお絵描きをするのは勿論、SNSにアップするのだって禁じられているんですから!」
「あ、なーる」ぱちん、と指を鳴らすと課長は、「莉子ちゃん、よーく知ってるね? ひとつ大人になったねえ。さっすが、……アナル雪の女王」
「なにげに課長気に入ってるでしょそれ」
「ばれた?」課長はチケット売り場の列に並ぶと、「ほーら。手ぇ出して。莉子と手ぇ繋がないともう、歩けないー」
「課長ったらもう。あまえんぼさんなんだから……」
「ん」
「はい」
がっちりと、恋人繋ぎへと移行。見上げると課長は、照れくさそうに笑った。「なんか、……おうちでいちゃいちゃするのも最高だけど、こういうのもいいね……」
「はい。わたし――幸せです」
券売機でチケットを買い、笑顔でわたしたちは水族館へと乗り込んだ。
* * *
真っ暗な空間に、淡い水槽が映える。高い、高すぎる天井まで続く巨大な水槽に、まぐろの大群が泳いでいる。ベンチに座り、手を繋ぎながら、生き物の世界に魅せられる。――不思議。どこか別の世界に迷い込んだみたい……。
それでも安心感を感じられるのは、隣に課長がいるから。――課長、すごく、見入っている……。そんなに課長を夢中にさせるなんて。わたしは素晴らしい水族館で勤務する皆さんの営業努力に、ちょっぴり嫉妬をしてしまう……。
トンネル状の水槽の下に立つと、……自分の存在が不確かに感じられる。自分の目で見て感じているものが、実は、切り取られた小さな世界の一部で、自分など。矮小な存在に過ぎないのではないかと。
「きれい……」うっとりとわたしが声をあげると、「ほんとにね」と課長。
「ずぅっと、ずぅーっと、きみとこうしていたいな……永遠に」
それは、重ね合う、わたしたちの願いだった。同じことを、同じものを見て感じられることが、嬉しくもある。
一通り水槽で泳ぐ魚たちを眺め、ガラスドームの建物を出ると、今度は岩場がいっぱいに広がる。いるのはそう――
「ペンギン!」走り出してわたしは叫んだ。「きゃあ! 可愛いー!」
わたしは課長の手を離すと素早くバッグから携帯を取り出し、「きゃーっ写真写真! ねえ課長! あの小さいペンギンさん、すっごく可愛い! ぴちぴちぴち、ってああ、もう……!」
林家パー子さんばりのテンションで写真を撮りまくっていると、後ろから課長が、
「――可愛い」
そっ、と後ろから抱かれる。――てえええ!? ここ、外ですよ! 駄目ですって課長――!
課長の、散々わたしを愛しまくった手が、わたしの前方に回され、くるり、カメラの被写体が変わる。
ぱしゃり。器用に写真を撮ると課長は、
「驚いたときのきみの顔も――最高に可愛いんだ……」
背後からわたしの耳に髪をかけると、耳たぶにそっと口づける。それだけで――それだけでわたしは、腰を抜かしそうになってしまった。
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「幸せですね……」
「んー」
風を浴び、光る水面を眺めながら過ごす、時間を忘れるひととき。芝生に小さなレジャーシートを敷いて、課長は、横座りをするわたしの膝に頭を乗せ、寝そべっている。穏やかで――凪いだ時間。こんなにも大切な幸せが、目の前に広がっていることなど、つい、二週間前のわたしは知らなかった。
家に閉じこもりで愛欲にむせぶあのときもたまらないけど。こうして――静かに過ごすときも幸せ。課長に出会ってから、数え切れない種類の幸せを、わたしは自分の人生のなかに見出している。
「課長……わたし、幸せです。
ありきたりで凡庸な表現だけど、もう、……幸せって言葉しか、見つからなくって……。
わたしにこんな気持ちを教えてくれた、課長に感謝をしているんです……。
課長に出会えて、よかった。
誰かに対してこころを開くことが、こんなにも自分を幸せにしてくれるだなんて……知らなかったんです。
重いですかね? こういうの。……あでも、課長、意外とこういうポエミーなの嫌いじゃないって知っているんですよ? ね。課長……。課長。課長……っ?」
やさしい手つきで撫でていたつもりが。課長は、見れば――眠っていた。
「ああもう」とわたしは恥ずかしくなる。「やだ……本人が眠ってるところで告白するってもう、とんだポエマーだわ。なんなのわたし……。本人の目を見て、ちゃーんと言わないと意味がないのに。こういうのは。……ああ、もう、やんなっちゃう……」
ふ、と息を漏らす音が聞こえた。課長が身を起こし、いたずらに笑う。
「ごめん。――起きてた」
「ごめんって言うときの顔じゃあないでしょそれ! んもう……っ、んっ」
短くわたしに口づけた課長は、天使が見惚れるほどにあまやかに笑った。
「ごめん。きみを見ているともう――止められなくなるんだ。
おいで。莉子。……いちゃいちゃしよう」
「え、でも……」わたしは周りを見回す。ちらほらテントを張って楽しむ人々もおり、そうか、テントがあれば存分にいちゃつけるのだとか、淫らなことをつい、考えてしまう。
それなのに、課長は。
「来ないのなら――こっちから奪いに行く」
「や、ちょ……」
背中に手を回され、課長に覆いかぶさる格好となる。課長は、いたずらな少年のように笑った。「好きだよ莉子。――愛している」
「……わたしも……」胸の奥から突き上げてくる情愛を感じる。こんな自分……こんな自分を、課長と出会うまでは知らなかった。
芝生のうえで転がりながら、子どものようにじゃれあう。大切で――貴重なひととき。そうして、外の空気が寒さを覚え始めるまで、わたしたちは、残されたひとときを、楽しんでいた。
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ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
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