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番外編2 お兄ちゃんは絶対渡さないんだから! ――ブラコンの妹SIDE

罪深き意識の目覚め・そして開放

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 この手で彼女を突き飛ばした。


 自分が、恐ろしい。


 あたしは、ぎゅっと自分を抱いた。こんなこと生まれて初めてだ。憎くて消えて欲しくてたまらない存在との出会い。それが思いもよらぬ攻撃性を目覚めさせた。

 あたしは、自分が、怖い――。

「……綾音ちゃん?」再び、ドアを叩く音。彼女だ。

 いったいなんの用があるってんだろう、さっきから、この女は。

「入るね」と断りを入れて彼女はあたしの部屋に入った。

 丸椅子をぐるりと回し、あたしは、きっと彼女を睨みつける。

「あたし、あんたなんか居なくなればいいと思ってる」

 さすがに、彼女の顔から、笑みが消えた。

「憎くて憎くてたまらなくて鬱陶しいの。だから出ていって!」

「出て行かない」真顔で彼女は答えた。「少なくとも話が終わるまでは出て行かない」

「あたし。あんたなんかに話すことなんかなんにもない! 分かったでしょ。自分がどう思われているのか。次、あんたがあたしに近づいてきたら、なにするか、分っかんないわよ」

「それでも、構わない」彼女は、どんどん近づいてくる。明らかな拒否を示されても。それがあたしにはかえって怖かった。「……お互い納得しないまま今日という一日を終えるのは、いやでしょ?」にっこりと彼女は笑う。

 ああこの微笑みに兄もやられたのかと、――直感した。

「さっきも言ったけど、綾音ちゃんにとってお兄さんは一生お兄さんなんだよ。わたしが現れたからといってそれは、なんら、変わりないことなんだよ」

「兄は……小さい頃から、わたしの面倒をずうっと見てくれて……」

「うん。面倒見のいいお兄さんなんだろうね、なんか想像つく……」くすりと彼女は笑う。愛しい人間の顔を思い浮かべている……。「彼。わたしのことも、親身になって、助けてくれたから……。

 遼一さんがいなかったらどうなっていたか、分からない。

 彼は、わたしの『救い』なの」

「『救い』……?」あたしは問い返した。「そう」と彼女は頷く。

「彼がいるから、強くなれるし、頑張れる。どんなことも、乗り越えていけるって、世の中のことをすこしだけ、信じられるように、なったの。

 そんな大切な遼一さんの家族だから綾音ちゃんとも、仲良くしたいって思ったの。でも――

 性急すぎたかもしれないね。

 綾音ちゃんの気持ちが落ち着いてからでいいから、いつか、わたしのことを認めてもらえるように、頑張るね」

 ふふっ、と彼女は笑う。愛される者の強さを、そこに見た。

 ……かなわないと思った。仮にこれ以上彼女に攻撃を加えたとて自分が虚しくなるだけで。

 彼女の、彼への愛を深めるだけに終わるんだろう。

「……ふ」更に悪いことに。

 あたしの、目から涙が流れだした。この女の前で泣くなんて。

 理性が抑制しようと思うんだけど思うほどに、止められない。

「あ。たし、あんたなんか、大嫌いでい、なくなればいいって、思って」

「うん」聖女のような笑みとともに、彼女はあたしに歩み寄る。

「そ、れで

 ……


 ごめんなさい……」


 頭を下げると。

 温かいものに包まれている感触が続いた。ほのかな香水の匂い。女のひとの匂い、そしてやわらかさ……。

 彼女に抱かれ、あたしは首を振った。「ちょっと。離せ。離して」

「思い出すなあ。わたし――わたしも遼一さんにこころを開く前に、怒ったり泣いたりして。こうやって彼。抱きしめてくれたの。

 彼がしてくれたことをすこしでも、彼の大切なひとに、分け与えてあげたい」

 あたしはそんなことをされる資格などない。

 首を振ると頭を優しく撫でられた。それはかつて兄が、あたしにしてくれたのとそっくり同じ手つきだった。

 彼女のなかに兄が息づいているのを、悟った。すると――

 ますます胸が詰まり、涙が止まらなくなる。

 失ったものの悲しみに。

 胸のなかにぽっかり空洞が開いたみたいで苦しい。

 これが、失恋というものの痛みなのか。

「いいんだよ。泣きたいときは、好きなだけ泣いて。おとなになると、あんまり泣けなくなっちゃって、寂しいもんだよ」

「離せ」

「いやだ。綾音ちゃんが落ち着くまで、離したくない」

「うう」

「……遼一さん、幸せだね。こんなに想ってくれる妹がいて。まあ彼なら納得……だけど。

 きっと家族を大切にしてきたんだろうね。わたし初めてこの家にお邪魔してみて……それが、わかったよ……」


 彼女は、宣言通り、あたしが落ち着くまで抱きしめてくれていた。

 身を離すと、「それじゃあ、遼一さんが好きなもの同士、よろしくね」と手を差し出し握手を求めた。

「突き飛ばしたことは謝ります。ごめんなさい。でもあたし、あんたと仲良くする気なんか、さらっさらないんだからね!」

 苦笑いをしつつも、彼女は両手であたしの手を包んだ。その手はしっとりとしていて、女の人の手だなと思った。

 そしてその右手の薬指にはめられた指輪に気づかないほど、あたしは鈍感ではなかった。

 *
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