18 / 103
番外編2 お兄ちゃんは絶対渡さないんだから! ――ブラコンの妹SIDE
罪深き意識の目覚め・そして開放
しおりを挟むこの手で彼女を突き飛ばした。
自分が、恐ろしい。
あたしは、ぎゅっと自分を抱いた。こんなこと生まれて初めてだ。憎くて消えて欲しくてたまらない存在との出会い。それが思いもよらぬ攻撃性を目覚めさせた。
あたしは、自分が、怖い――。
「……綾音ちゃん?」再び、ドアを叩く音。彼女だ。
いったいなんの用があるってんだろう、さっきから、この女は。
「入るね」と断りを入れて彼女はあたしの部屋に入った。
丸椅子をぐるりと回し、あたしは、きっと彼女を睨みつける。
「あたし、あんたなんか居なくなればいいと思ってる」
さすがに、彼女の顔から、笑みが消えた。
「憎くて憎くてたまらなくて鬱陶しいの。だから出ていって!」
「出て行かない」真顔で彼女は答えた。「少なくとも話が終わるまでは出て行かない」
「あたし。あんたなんかに話すことなんかなんにもない! 分かったでしょ。自分がどう思われているのか。次、あんたがあたしに近づいてきたら、なにするか、分っかんないわよ」
「それでも、構わない」彼女は、どんどん近づいてくる。明らかな拒否を示されても。それがあたしにはかえって怖かった。「……お互い納得しないまま今日という一日を終えるのは、いやでしょ?」にっこりと彼女は笑う。
ああこの微笑みに兄もやられたのかと、――直感した。
「さっきも言ったけど、綾音ちゃんにとってお兄さんは一生お兄さんなんだよ。わたしが現れたからといってそれは、なんら、変わりないことなんだよ」
「兄は……小さい頃から、わたしの面倒をずうっと見てくれて……」
「うん。面倒見のいいお兄さんなんだろうね、なんか想像つく……」くすりと彼女は笑う。愛しい人間の顔を思い浮かべている……。「彼。わたしのことも、親身になって、助けてくれたから……。
遼一さんがいなかったらどうなっていたか、分からない。
彼は、わたしの『救い』なの」
「『救い』……?」あたしは問い返した。「そう」と彼女は頷く。
「彼がいるから、強くなれるし、頑張れる。どんなことも、乗り越えていけるって、世の中のことをすこしだけ、信じられるように、なったの。
そんな大切な遼一さんの家族だから綾音ちゃんとも、仲良くしたいって思ったの。でも――
性急すぎたかもしれないね。
綾音ちゃんの気持ちが落ち着いてからでいいから、いつか、わたしのことを認めてもらえるように、頑張るね」
ふふっ、と彼女は笑う。愛される者の強さを、そこに見た。
……かなわないと思った。仮にこれ以上彼女に攻撃を加えたとて自分が虚しくなるだけで。
彼女の、彼への愛を深めるだけに終わるんだろう。
「……ふ」更に悪いことに。
あたしの、目から涙が流れだした。この女の前で泣くなんて。
理性が抑制しようと思うんだけど思うほどに、止められない。
「あ。たし、あんたなんか、大嫌いでい、なくなればいいって、思って」
「うん」聖女のような笑みとともに、彼女はあたしに歩み寄る。
「そ、れで
……
ごめんなさい……」
頭を下げると。
温かいものに包まれている感触が続いた。ほのかな香水の匂い。女のひとの匂い、そしてやわらかさ……。
彼女に抱かれ、あたしは首を振った。「ちょっと。離せ。離して」
「思い出すなあ。わたし――わたしも遼一さんにこころを開く前に、怒ったり泣いたりして。こうやって彼。抱きしめてくれたの。
彼がしてくれたことをすこしでも、彼の大切なひとに、分け与えてあげたい」
あたしはそんなことをされる資格などない。
首を振ると頭を優しく撫でられた。それはかつて兄が、あたしにしてくれたのとそっくり同じ手つきだった。
彼女のなかに兄が息づいているのを、悟った。すると――
ますます胸が詰まり、涙が止まらなくなる。
失ったものの悲しみに。
胸のなかにぽっかり空洞が開いたみたいで苦しい。
これが、失恋というものの痛みなのか。
「いいんだよ。泣きたいときは、好きなだけ泣いて。おとなになると、あんまり泣けなくなっちゃって、寂しいもんだよ」
「離せ」
「いやだ。綾音ちゃんが落ち着くまで、離したくない」
「うう」
「……遼一さん、幸せだね。こんなに想ってくれる妹がいて。まあ彼なら納得……だけど。
きっと家族を大切にしてきたんだろうね。わたし初めてこの家にお邪魔してみて……それが、わかったよ……」
彼女は、宣言通り、あたしが落ち着くまで抱きしめてくれていた。
身を離すと、「それじゃあ、遼一さんが好きなもの同士、よろしくね」と手を差し出し握手を求めた。
「突き飛ばしたことは謝ります。ごめんなさい。でもあたし、あんたと仲良くする気なんか、さらっさらないんだからね!」
苦笑いをしつつも、彼女は両手であたしの手を包んだ。その手はしっとりとしていて、女の人の手だなと思った。
そしてその右手の薬指にはめられた指輪に気づかないほど、あたしは鈍感ではなかった。
*
0
お気に入りに追加
1,200
あなたにおすすめの小説
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
イケメン仏様上司の夜はすごいんです 〜甘い同棲生活〜
ななこ
恋愛
須藤敦美27歳。彼氏にフラれたその日、帰って目撃したのは自分のアパートが火事になっている現場だった。なんて最悪な日なんだ、と呆然と燃えるアパートを見つめていた。幸い今日は金曜日で明日は休み。しかし今日泊まれるホテルを探す気力がなかなか起きず、近くの公園のブランコでぼんやりと星を眺めていた。その時、裸にコートというヤバすぎる変態と遭遇。逃げなければ、と敦美は走り出したが、変態に追いかけられトイレに連れ込まれそうになるが、たまたま通りがかった会社の上司に助けられる。恐怖からの解放感と安心感で号泣した敦美に、上司の中村智紀は困り果て、「とりあえずうちに来るか」と誘う。中村の家に上がった敦美はなおも泣き続け、不満や愚痴をぶちまける。そしてやっと落ち着いた敦美は、ずっと黙って話を聞いてくれた中村にお礼を言って宿泊先を探しに行こうとするが、中村に「ずっとお前の事が好きだった」と突如告白される。仕事の出来るイケメン上司に恋心は抱いていなかったが、憧れてはいた敦美は中村と付き合うことに。そして宿に困っている敦美に中村は「しばらくうちいれば?」と提案され、あれよあれよという間に同棲することになってしまった。すると「本当に俺の事を好きにさせるから、覚悟して」と言われ、もうすでにドキドキし始める。こんなんじゃ心臓持たないよ、というドキドキの同棲生活が今始まる!
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。
−−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!!
イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。
お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛
ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……
合意的不倫関係のススメ《R-18》
清澄 セイ
恋愛
三笹茜二十六歳。私には、二つ年上の夫・蒼が居る。
私達は、一見何の変哲もない夫婦だ。子供はいないけれど、二人で穏やかに毎日を過ごしていた。
けれどその穏やかな毎日は、ある“暗黙の了解”から成り立っているもので……
私達は確かに、お互いを愛してる。
それだけは、真実。
※別名義で他サイトにも掲載しています。
恋に焦がれて鳴く蝉よりも
橘 弥久莉
恋愛
大手外食企業で平凡なOL生活を送っていた蛍里は、ある日、自分のデスクの上に一冊の本が置いてあるのを見つける。持ち主不明のその本を手に取ってパラパラとめくってみれば、タイトルや出版年月などが印刷されているページの端に、「https」から始まるホームページのアドレスが鉛筆で記入されていた。蛍里は興味本位でその本を自宅へ持ち帰り、自室のパソコンでアドレスを入力する。すると、検索ボタンを押して出てきたサイトは「詩乃守人」という作者が管理する小説サイトだった。読書が唯一の趣味といえる蛍里は、一つ目の作品を読み終えた瞬間に、詩乃守人のファンになってしまう。今まで感想というものを作者に送ったことはなかったが、気が付いた時にはサイトのトップメニューにある「御感想はこちらへ」のボタンを押していた。数日後、管理人である詩乃守人から返事が届く。物語の文章と違わず、繊細な言葉づかいで返事を送ってくれる詩乃守人に蛍里は惹かれ始める。時を同じくして、平穏だったOL生活にも変化が起こり始め………恋に恋する文学少女が織りなす、純愛ラブストーリー。
※表紙画像は、フリー画像サイト、pixabayから選んだものを使用しています。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる