婚活百人目のロマンス

美凪ましろ

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#Job01.婚活潰し

#J01-34.美女と権利

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 加賀恭弥は、仕事帰りに呼び出された。恋奈が陶子を説得にかかった翌晩のことである。ノクチの改札前で待ち合わせをする。加賀はバイクを自宅マンション前に置き、電車で向かった。
 一週間ぶりに会う陶子は――痩せたように思えた。短く切った髪がその印象を強化する。加賀は陶子と視線を定めると、
「……ばっさり、いったね。失恋でもした?」
「それは……あなた次第よ。加賀恭弥……」瞳をうるませる陶子は頭を下げ、「ごめん、なさい……。電話もメッセも無視して……。あたし、あなたへの気持ちを整理する時間が欲しかったの。あたし、……恋奈さんの身代わりなのかな、と、悩んでいて……。
 それでもあたしはあなたが好き。加賀恭弥。あたしを、……選んで」
「……陶子」
「単純な女だって思われても構わないわ。ごめんなさいあたし、……あなたとのセックスで骨抜きにされたの。あんなに乱れ狂うのなんて……初めてだった。あなただからこそよ加賀恭弥。あなたが相手だからあたしはあんなに……」
「美山さんのことはもういいの?」
「愚問よ。もう、……過去の話よ。例えばテレビで見る芸能人がああ素敵って思う程度よ……美山悠作に対する気持ちは……」
「ぼくに対しては」
「……いない生活など考えらんない」鼻をすする陶子は、白い頬を赤らめ、「……どうしたらいいか分からないくらいに、好きよ……。実を言うと毎日、あなたの行為を思い返してオナニーしているの。自分がこんなに欲深だなんて知らなかった。あなたがあたしを変えたのよ……加賀恭弥」
「ぼくの率直な気持ちを言おうか……陶子」
「ええ」と陶子が加賀に向き直ると加賀は、
「確かに、きみに近づいたのは恋奈さんとの出会いがきっかけだった……けれど、ぼく自身、恋奈さんが美山さんといるときがあまりに自然で……あのふたり、初々しいけれど長年連れ添った夫婦みたいな安定感があるじゃない? 美山さんといるときにくるくる変わるあの表情……好きでたまらないって気持ちがひしひし伝わる恋奈さんの挙動を見て、……ぼくの入り込む余地はないと、確信した。
 ひとって、誰が一緒にいるかで変わりうるからさ。『美山さんに会って確かめたい』とぼくが言った本意はそこにあるのさ……」
「それで、加賀恭弥。あなたは……」
「陶子。きみといるとほっとする……。安らぎを感じるんだ。自分が綺麗な自分でありたいって思うんだ。あなたにいつ見られても恥じない自分を作りたいって思うんだ。だから、ぼくは……あなたを、選ぶ。陶子。
 ……きみが自分の気持ちに気づいてくれてよかった。
 ぼくも、きみのことが大好きだよ陶子……」
「――ああ、恭弥……!」一目憚らず陶子は加賀に抱きつく。染みついた加賀の匂いを全身に味わい、「……ごめん。本当にごめん……なさい。あたし、自分の気持ちを確かめるのが怖くって……嫌われるのも、本当は変な女なのに、本当の自分を見せるのが怖くって……」
「ずっと、一緒にいよう……陶子。ぼくはきみを愛している……」
 鼻孔に入り込む陶子の華やかな香りに酔いしれ、加賀は陶子を抱き締めた。

「そっかぁ。加賀くん、よかったね。電話、ありがとう。じゃ、あとはふたりでごゆっくりー」
 電話を切った恋奈は美山に微笑みかける。「聞こえた? 加賀くん、無事、陶子さんとくっついたって……」
 ベッドに座る美山の腕に頬で触れ、「……寂しい?」
「まさか」と美山は、「……きみのほうは?」
「ほんと前に言った通り、加賀くんに対する気持ちはそうね、耕平くんに対するようなもので……無事、陶子さんと結ばれてよかったわ。わざわざ電話で報告してくれるなんて……これからいちゃいちゃしたいでしょうに」
「ぼくたちも、いちゃいちゃしよっか……」
「してるじゃない?」と恋奈は笑う。「そうね。美山。思うに、ひとを愛することって――権利なんだと思う」
「……権利」
「自由。束縛ともいえる。そのひとのこれからの人生を束縛したい……自分という存在でもっともっと豊かにしていきたい、そんな率直な欲望。そのひとをがんじがらめにする権利」
「あまい……言葉だね。恋奈……」言いながら美山が恋奈の髪を撫でる。「そっか……ぼくのこれからの人生は、あなたというあまい薔薇の蔦でがんじがらめにされるんだ……素敵だね」
 うっふふ、と恋奈は笑い、「ねえ美山。大好きよ。……キスして」
 二組のカップルが無事恋愛を成就させ、なにごともなければ平穏に終わるストーリー……だったはずが。
 ある晩、恋奈は受電した。娘の明海からだった。

「――お母さん、あたし、妊娠した」

 かくして人生はハプニングの連続である。

 *
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