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Vol.7.店長VS大樹【深崎視点】
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中村美沙に足りないのは、誰かに聞かれたら、ユーモアだな、なんて笑って答えるだろうけれど、おれは、本当は、ずる賢さや毒、だと思っている。
接客は見事。頭の回転が速く、お客様のニーズをいち早く察知。常に先を読み行動出来る。男性客で、わざわざ彼女の接客を望む客もいるくらいだ。……気持ちは分かるがな。
ただ。
まんなかが、真綿のようにまっしろで。しっかりしているのに、危なっかしい一面もある。……本社帰りにこっち戻った日は、なんか変だったな。珍しくも、ぼうっとして、顔が赤くて。……そんな彼女にむらむらする男は、一人や二人ではない。和泉《いずみ》なんか、機関車トーマスになってたもんな。ぽっぽー。
おれはレジも接客もやるけど、レジは中村さんと交代でだ。アプリも込みですべてデータ化されているんだが、たまにクレカ絡みとかでトラブルがあって、調べるのに時間を要する。レジは、任せられるレベルの社員にのみ任せている。……和泉も、そろそろかなっと。
浮ついた気持ちを抑えにこやかに接客する中村美紗はプロフェッショナル 仕事の流儀。……おっと。来たな。あいつだろ絶対。店内でおまえの姿を目で探し、見つけると、ぱぁっ、と顔を赤くするイケメン。中坊かよ。
生憎、こちらはひとを見る目に長けている。……ふぅん。デスクワークのサラリーマンか。
しゅっ、とした体形だが鍛えている。姿勢がいい。剣道でもやってたか。それともあれか? 天与呪縛、フィジカルギフテッド。
おれの目線に気づくと、そいつは小さく会釈をし、ゆったりとした足取りでおれに近づいてくる。
トップスは、淡いグレーのロンT。ほどよくだぼっとして清潔感を感じる。下は、紺のデニムパンツ。細すぎず太すぎず……自分の筋肉を見せつけるタイプではなーい。パナのCMの西島秀俊を見習って袖を肘までまくり上げているのはあっぱれ試してガッテン。……三十路前後かな。中村より上か?
「篠田さまですね。いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
服を畳んでいた手を止め、にこやかに笑う。するとそいつはおれの前に来ると、ぴしーっと警官みたく背筋を伸ばしたまま、丁寧なお辞儀をし、「今日はお時間を頂き、ありがとうございます。……篠田大樹です」
歯が白《しれ》え。芸能人は、歯が命。by東幹久。
――おっと。名刺名刺。おいたん普段から名刺なんか使わないけど、こういうこともあろうかと、後ろポッケに入れときましたよ。無事、名刺交換完了。
きゃつは丁寧な手つきで名刺入れを胸ポッケにしまうと、「『シンシアリー』さんは、N社さんに受注しているんですよね? POSを含む全システムを。
うちも、服飾系の取り扱いはあるので、アプリとの連携もお手の物ですよ。レジでのトラブルは、過去、一度も起きたことがありません。
UI《ユーザーインターフェース》にもこだわりがあり、口コミで何pt入る、いいねがつくとptゲット、これらが一目瞭然。アプリとパソコンでの連携・親和性にもこだわり……いまどきの流行も取り入れております。ご要望がありましたら、まるっと対応可能です。24時間対応のコールセンターがありますのでね。なにかありましたらわたくしが駆け付けて参ります。しゅたっ。
……とっ」
やつは、流れるような弁舌を急に止めると、くしゃっと破顔し、「ここまでは半分冗談です。……泰斗《たいと》さん。ぼくをジャッジするためにぼくを呼んだんですよね」
「いきなり名前呼びかよ。距離感バグってるぞ」
「深崎《ふかざき》さん」さして動ぜぬ様子できゃつは答える。「ぼくは、……素直に言いますね。試して貰って嬉しいです。あなたが、美紗を心配して、ぼくの人間性を確かめようとしているところ……それから美紗に、そんな素敵な仲間がいるということが」
「仲間っつーか」ぼりぼり、とおれは頭を掻き、「普通に放っておけんだろ。あいつは」
「ですよね」くすくすとやつは笑う。「……それで。せっかくですので、ぼく。こちらのお店をじっくり見たいです。先ずはゆっくり歩き回ってみても……?」
「好きにしろ」
「容赦なく」
古畑任三郎みたくエレガントに胸に手を添えたままお辞儀をして、あっちの雑貨から見るらしい。歩いていくのを見送るおれの底に、得体のしれない真っ黒な感情が湧いてくる。――なんだ? これは。
ミサミサのことをおれが好きってか? ……嘘、だろ。
そもそも和泉や須賀ちゃんはミサミサにメロメロだし、おれが好意なんて抱いたら、ややこしいことこの上ないだろ。ビバヒルかよ。
うちは、基本、お客様が対応して欲しい、ってニュアンスのときに、見抜いて、お声がけする。以外はノータッチ。……ノルマはないが店の売り上げにはシビアだからな。押しつけがましい接客をせず、かつ、利益を出さなければならない。そこんとこも、中村はわきまえてはいるんだけど、ちょっぴりな。あまちゃんなところがあるんだよな。まーそーゆーフェアプレイ精神が見てて気持ちいんだけど。……おれなら客一名につき必ず二着は買わせる。そのくらいの技術《テク》は持っている。――そう。あいつに足りないのは、
「エゴ」
口に出して何食わぬ顔をして店内をうろつくきゃつを見据える……と、ざらついた感情が胸の中を流れてきた。
*
接客は見事。頭の回転が速く、お客様のニーズをいち早く察知。常に先を読み行動出来る。男性客で、わざわざ彼女の接客を望む客もいるくらいだ。……気持ちは分かるがな。
ただ。
まんなかが、真綿のようにまっしろで。しっかりしているのに、危なっかしい一面もある。……本社帰りにこっち戻った日は、なんか変だったな。珍しくも、ぼうっとして、顔が赤くて。……そんな彼女にむらむらする男は、一人や二人ではない。和泉《いずみ》なんか、機関車トーマスになってたもんな。ぽっぽー。
おれはレジも接客もやるけど、レジは中村さんと交代でだ。アプリも込みですべてデータ化されているんだが、たまにクレカ絡みとかでトラブルがあって、調べるのに時間を要する。レジは、任せられるレベルの社員にのみ任せている。……和泉も、そろそろかなっと。
浮ついた気持ちを抑えにこやかに接客する中村美紗はプロフェッショナル 仕事の流儀。……おっと。来たな。あいつだろ絶対。店内でおまえの姿を目で探し、見つけると、ぱぁっ、と顔を赤くするイケメン。中坊かよ。
生憎、こちらはひとを見る目に長けている。……ふぅん。デスクワークのサラリーマンか。
しゅっ、とした体形だが鍛えている。姿勢がいい。剣道でもやってたか。それともあれか? 天与呪縛、フィジカルギフテッド。
おれの目線に気づくと、そいつは小さく会釈をし、ゆったりとした足取りでおれに近づいてくる。
トップスは、淡いグレーのロンT。ほどよくだぼっとして清潔感を感じる。下は、紺のデニムパンツ。細すぎず太すぎず……自分の筋肉を見せつけるタイプではなーい。パナのCMの西島秀俊を見習って袖を肘までまくり上げているのはあっぱれ試してガッテン。……三十路前後かな。中村より上か?
「篠田さまですね。いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
服を畳んでいた手を止め、にこやかに笑う。するとそいつはおれの前に来ると、ぴしーっと警官みたく背筋を伸ばしたまま、丁寧なお辞儀をし、「今日はお時間を頂き、ありがとうございます。……篠田大樹です」
歯が白《しれ》え。芸能人は、歯が命。by東幹久。
――おっと。名刺名刺。おいたん普段から名刺なんか使わないけど、こういうこともあろうかと、後ろポッケに入れときましたよ。無事、名刺交換完了。
きゃつは丁寧な手つきで名刺入れを胸ポッケにしまうと、「『シンシアリー』さんは、N社さんに受注しているんですよね? POSを含む全システムを。
うちも、服飾系の取り扱いはあるので、アプリとの連携もお手の物ですよ。レジでのトラブルは、過去、一度も起きたことがありません。
UI《ユーザーインターフェース》にもこだわりがあり、口コミで何pt入る、いいねがつくとptゲット、これらが一目瞭然。アプリとパソコンでの連携・親和性にもこだわり……いまどきの流行も取り入れております。ご要望がありましたら、まるっと対応可能です。24時間対応のコールセンターがありますのでね。なにかありましたらわたくしが駆け付けて参ります。しゅたっ。
……とっ」
やつは、流れるような弁舌を急に止めると、くしゃっと破顔し、「ここまでは半分冗談です。……泰斗《たいと》さん。ぼくをジャッジするためにぼくを呼んだんですよね」
「いきなり名前呼びかよ。距離感バグってるぞ」
「深崎《ふかざき》さん」さして動ぜぬ様子できゃつは答える。「ぼくは、……素直に言いますね。試して貰って嬉しいです。あなたが、美紗を心配して、ぼくの人間性を確かめようとしているところ……それから美紗に、そんな素敵な仲間がいるということが」
「仲間っつーか」ぼりぼり、とおれは頭を掻き、「普通に放っておけんだろ。あいつは」
「ですよね」くすくすとやつは笑う。「……それで。せっかくですので、ぼく。こちらのお店をじっくり見たいです。先ずはゆっくり歩き回ってみても……?」
「好きにしろ」
「容赦なく」
古畑任三郎みたくエレガントに胸に手を添えたままお辞儀をして、あっちの雑貨から見るらしい。歩いていくのを見送るおれの底に、得体のしれない真っ黒な感情が湧いてくる。――なんだ? これは。
ミサミサのことをおれが好きってか? ……嘘、だろ。
そもそも和泉や須賀ちゃんはミサミサにメロメロだし、おれが好意なんて抱いたら、ややこしいことこの上ないだろ。ビバヒルかよ。
うちは、基本、お客様が対応して欲しい、ってニュアンスのときに、見抜いて、お声がけする。以外はノータッチ。……ノルマはないが店の売り上げにはシビアだからな。押しつけがましい接客をせず、かつ、利益を出さなければならない。そこんとこも、中村はわきまえてはいるんだけど、ちょっぴりな。あまちゃんなところがあるんだよな。まーそーゆーフェアプレイ精神が見てて気持ちいんだけど。……おれなら客一名につき必ず二着は買わせる。そのくらいの技術《テク》は持っている。――そう。あいつに足りないのは、
「エゴ」
口に出して何食わぬ顔をして店内をうろつくきゃつを見据える……と、ざらついた感情が胸の中を流れてきた。
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